今も昔も、人が社会のなかで能力を発揮する為には、社会生活する上で一定の身体、精神のスペックを満たさないと難しいわけだが、

その必要スペックをなるべく低くして不足部分は社会が補うことで、
一部のスペックが極端に低い人=障害者、も、スペックが極端に低い部分がない人=健常者と同様に社会で活躍できるようにしよう

という考え方は最近の先進国の主流ではあるね。無論コストもかかるので反発も大きいようだ
これだと全項目で必要スペックギリギリの人なんて、何の支援も受けられずに障害者達が自分より良い目を見る憂き目に遇うわけだしな