>>128
そりゃ江戸以前にも処女厨はいたかも知れんが、でも『国民的価値観』になったのは少なくとも明治以降で、且つ処女性にこだわっ
たのは女性の方だよ。
よくよく考えてみて?当時の人達から見たら純潔という概念は『西洋から来た新しい概念』で、且つ政府もそれを推奨…というか
『命令』したんだよ?
あの頃の価値観や流行の傾向から言って取り入れる素地は十分あったんだよ。
ましてや『旧習打破』を求めてる人たちにとってはね。
でなければ雑誌の投稿欄に「私は処女の学生ですが…」というのが頻発する筈無いでしょ。

『婦人新報』と母性保護論争--矯風会の婦人界における位置づけを検討する指標として
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/9380/002000510002.pdf

婦人新報の皇室関連記事
https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/9385/002000510007.pdf

処女会組織化の理念 一セクシュアリティの装置一
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/13278/1/shakaikyouikushujika_6_47.pdf

>>129
残念ながら「昔のフェミニストの悪質な点というのは現代においてはさほど重要
ではない」という理屈は成り立たない。
そりゃ「その悪質性を排除しないでそのまま運用している」んだから当たり前だよ。
それと、その悪質性は男がどうのとかという理由じゃないんだよ。
何しろ日本のフェミ思想はエレンケイやマーガレットサンガーの理論が付いた
状態で入ってきたんだから。
てかこの二人がフェミニスト扱いした事が、フェミ腐敗の始まりなんだよね。

本来ならエレンケイは『児童保護運動家』として、マーガレットサンガーは『民族主義型
福祉思想の提唱者』として扱われるべきだった。
そうしたら矯風会のような『宗教主義・国家社会主義的フェミニズム』なんて生まれなかったのに。