>>433
ない子はグラスを傾けシャンパンを飲み干し、ゴージャスなガラスのフルーツ皿から薄い緑の宝石のように輝くブドウの粒をつまみ上げ、気だるく呟いた。
「飽きたわ」
皿をささげもつ風見は「はっ」とかしこまった。
「今他のフルーツをお持ちいたします」
ない子はつまんだブドウの粒を風見の額に投げ付けた。
「バカね。フルーツの話じゃないわよ」
「…と、申されますと」
藤で編まれた孔雀の扇形の羽根を模した椅子に掛け直すと、アンニュイに頬杖をついた姿勢でない子視線を遠くに飛ばした。
「高校生探偵工藤新一…青臭い所があるけれど、顔は可愛くて運動もできる賢い子だったわ…でも幼馴染みが忘れられないとかいうからわたくしの『ガーデン』には相応しくないので追い出した」
「はっ、前途ある若者で、奥方様に感謝しておりました」
「次はキールとかいう長髪の男…ミステリアスで好みだったけれど、意外と無能で醒めてしまったわ」
「意味ありげな事を言うだけでしたね」
「3人目は工藤を探しにきたとかいう色黒な少年。知性にもルックスにも問題はなかったけれど、あの方言を聞いていると微妙にイライラした」
「しかも工藤くんにしか興味がありませんでしたね」
「高木…すぐ侍女の佐藤と通じて駈け落ちしてしまったわ。というかそもそもあまり好みではなかったけれど」
「人は良さそうだったんですがね」
「みんな私を一時安らぐための止まり木にしてさってゆく…ハーレムなんて名ばかり。寂しいものね」
「奥方様…」
気遣わしげな風見。その奥の柱の影から含み笑いが聞こえた。
「ふふふ」
「誰です?!わたくしの許可を得ずにこの『ガーデン』に入り込むとは不届きもの!」
「おっと…申し訳ありません」
柱の影からスッと現れた男。小麦色の肌…明るい亜麻色のさらりと流れる髪。垂れ気味の目許の印象は幼いほどだが、その瞳に宿す光は隠せない知性と強い意思を感じさせる。ない子のドリ子センサーはビンビンに反応した。
「この『ガーデン』に咲くたった一輪の花である美しい貴女に名乗る無礼をお許しください…僕は安室透と言います」
「安室…透…あなた、恋人は…いて?」
すると安室と名乗る男は少し野性味のある笑みをこぼした。
「僕の恋人は…この国ですよ」
ない子は「なんじゃそりゃ」とも言えなかった。完全にずぎゃーんと来た。彼とならフロントガラスのない車で時速180キロでドライブしたかった。
しかしない子は知らない。警備を任せている赤井とこの安室が出会った途端『ガーデン』跡形もなく壊滅する事を、知るよしもない。