軍計画書を作っている最中だった。 「陸大ですか?」 「うむ」 「どうしてです?」 「いや、何、いいんじゃないかなと思ってな」 大尉殿は続けてこんなことを言う。
じき、戦争が始まってしまう。陸大の修学期間は三年だ。大戦前に貴様が参謀に与すれば、さぞ帝国の力になるだろうと。 「まさかあ、大尉殿。私、新発田ですっごく嫌われていて」 「知らん、貴様の過去は何も知らん」 「嘘ばっかり」
「貴様が参謀に上がれたら、俺も安心できる。国を変えたいんだろう?内から変えればいいじゃないか」 和田大尉殿は、さっきから何を話しているのだろう。 参謀は確か、大将とかがいるところで、東京だ。
戦時下の陣頭指揮を振るう役割だとか、学科で習った覚えがある。 国を変えたい? 誰が? 和田大尉殿にはそう話しているのだろうか 「私はそんなに志し高くないですよ」 昼下がり、これから、楽しい楽しい、行軍計画を練るところ。
鶴見中尉殿は「旭川で初めてだなあ、行軍」と嬉しそうに肩を揺らし、差し込む蜂蜜色の陽に細く目尻を下げ とても麗らかな午後のひとときだったのだ。 それを、何やら突然、煩わしい。
我々の時間を壊さないでほしい。 「そうだ。いいこと思いついた。和田大尉殿が行けばいいのでは」 「つ、鶴見。俺にその資格がないと知ってて、貴様ー!」 「はは」 愁眉を開く。
この人がどこにも行かないのを確かめて。 参謀が何をするところか、なんて、さほど詳しくはないけど、この人に将官なんて似合わない。
自分の知る中尉殿には似合わない。 「さ、月島軍曹。地図を持ってきてくれまいか」 「は」 軽やかに伏せた睫毛はこっくりと影を落としている。 白々と日差しに溶ける横顔は今日も美しかった。