窓を開ければ野花の香りのせいなのか夜の空気が芳しくて、軽くめまいがする。
どこかでひっきりなしにナァーオ、ナァーオと人間の赤ん坊のもののようでもあるが不気味に色めく声がする。
盛りのついた猫の声だ。恋の相手を探しているのか。俺も鳴くだけで恋を呼び寄せられたらな……メスじゃねえけど。
猫を羨んでばかりだ。自由に歩き、鳴き声一つで異性にアピールできる。でももしかしたら、言葉として認識できていないだけで、猫同士でしかわからない言語があるのかも知れない。奴らにしかない苦労や諍いもあるだろう。
やっぱり俺は人間だから、人間らしいやり方で行こう。
手元のケータイにメールの新規作成を立ち上げる。アドレス帳、ま、み、み……あった。三橋廉。現在の関係はメル友でしかないし、彼も俺のことは単なる「友達になろうと声をかけてきた男」でしかないと思う。
あのとき咄嗟に友達に……と言わなかったら逃げられていた気がする。
あの日、ナンパや告白などした経験がないのについ声をかけずにいられなかった。帰宅途中の車を走らせていたら、一人で道端を歩く子が目に入った。
女の子でないのはわかる、しかし男にしては華奢で色白でやわらかそうで、いや、理由など後からでもいい。
三橋君が可愛かったからに尽きる。
道を尋ねるふりをして、礼を言って、急いでレシートの裏にアドレスを書いて渡して。改めて思い出すと不審者として通報されてもおかしくなかったと思う。
恋愛感情ではない……はず。彼女は欲しいが彼氏は欲しくはない。
俺は最低でも週2くらいのペースで会いたいが、彼は高校生、あの日以来会えていないしメールでたわいない会話を交わすのが精一杯だ。
電話をしようとすると手が震えるのは、会いたくて会いたくて震えるからではなく、肝心なところで意気地がないから。
「こんばんは! 新しいクラスはどんな感じ?」
新一年生だと言っていた。もちろんメールで。文字だけで知る、彼の情報。
おっ、返事が来た。今日は早いな。
「少しの人しかわからないです。俺さんはどうですか」
何がどうなんだ。職場は変わりなくオジサンオバサンもといお兄さんお姉さんが多いよ、と返せばいいのか。「相変わらずさ!」。
返事はなかった。おやすみ、三橋君。