>>51
西洋では紫の染料をアクキガイ科の貝から取り出しておりこの色は貝紫と呼ばれていました。
この染料は、1gを取り出すのに2000個の貝が必要であり、大変高価でした。
ジュリアス・シーザーが貝紫を着る権利を独占し、
以降貝紫は皇帝の色となりローマ紫、帝王紫と呼ばれ人民の使用は禁止されました。

この帝王紫の思想が、中国経由で日本に入り、
聖徳太子は「冠位十二階」の最高位を紫としました。
この頃の中国皇帝は紫色の服を着ていましたが、
その後中国では、五行の中央の色である黄色が皇帝の服の色となりました。


中華は紫→黄色に時代によって変わった^−^