現代の白人酋長モノとして『アバター』が真っ先に出てくるのも、
客をもてなす手段として型を自覚的に利用してるからなんだよな。逆に言えばあれだけ典型的なものを現代で現実の民族でやることはもはや「できない」
どのようにやだみ回避をするための現代的ズラしを施されつつ、白人酋長モノの枠組みからついぞ出ることはなかった、という視点から金カムを捉えるのもきっと必要になってくること

相変わらず何言うてるかわからん