体についた切創のサイズから、この兎族を襲った獣の巨大さ、凶暴さが窺い知れる
「やっぱり狂暴化した熊にやられたようだな」
だが、この娘が食われずに生きていることから、その熊は「もう腹は空いてない」状態にあると判断できる
つまり、熊に襲われたのはこの娘だけではないと
この時期になると湖の周辺には若い兎族が寝床を作る習性があるが、
きっとその集団が襲われ、殆どの兎族が食われた中、この娘だけ命辛々逃げ延びたのだろうと推測できる
この地では、モンスターとここに住まう訳ありの人間とは相容れない立場にあるし、助ける義理はない
それに自分は正しい人間ではないし、消えかかっている命、それもモンスターをわざわざ助けるなんてことはしない
自分は故郷にいた時から社会の裏で汚い仕事をしてきた最低の人間なのだ
「安心しな、せめて楽にしてやるよ」
ナイフを抜き、苦しそうにしている娘の心臓のところへ刃を近づけ、
ナイフの刃を落とす間際でふと、兎族は愛玩奴隷として高く売れるということを思い出した
このまま死なせるのは惜しいかもしれないな
治療すればまだ助けられるし、傷を癒したあと都に連れて行って売れば金になる
そう思い、考えを改め助けることにした
治癒の薬を道具袋から取り出し、栓を抜いて娘の口に無理やり流し込む
それから娘を背負うと森を出て小屋に戻り、ベッドに寝かせた
娘が眠っているあいだに干し肉と野菜でスープを作り、食事の用意をする
人間嫌いの兎族を油断させるために「治療して食べ物をくれたいい人」を演じるためだ