トムは、あくまで自分の頭のなかで構築したサマーを愛している。
トムって、サマーのことを知ろうとしたことがあったっけ?とふと思う。
サマーはトムを知ろうとした。トムが本当は建築家になりたかったことを知り、彼の目を通して建築物を見たりと、彼の夢を理解しようとしていた。
破局後にトムはサマーからパーティに招待される。そこで彼がプレゼントに持っていったのが建築の本である。
何やってるんだよ、トム!サマーは別に建築が好きではないんだよ!君のことが好きだから、君の世界を知りたかったから、あんなに熱心に話を聞いていたんだよ。想いが冷めてしまった今、建築の本なんて嬉しいわけないじゃん、と。

一方、トムからサマーについて尋ねているのって、過去の恋愛遍歴についてぐらいだ。
君、サマーの趣味を知っているかい?サマーはどうして『卒業』を観て号泣したの?
サマーの一番好きなアーティストは誰?スミスが一番好きだとは限らないよ。

トムの妄想と現実のズレが極致に達するのが、サマーのパーティに参加するシーンだ。
ここで画面を二分割して妄想と現実のシーンを並行させるのは、捻りをきかせた演出をしたいという以上の意図を感じる。
妄想の中でトムはサマーとよりを戻したが、現実ではサマーは別の男と婚約中だった。
トムの妄想の中のサマーと現実のサマーは、こんなにも乖離していた。
交際中にトムがもっとサマーに歩み寄っていたら、ここまで乖離することがあったのだろうか?

思い込みでサマー像を構築し、目の前のサマーを見ようとしない。
サマーがそのことに気づいたのが191日目から259日目の間のことなのではないかと私は思う。

後にサマーは語っている。デリでサマーが『ドリアン・グレイの肖像』を読んでいるときに、今の夫が「何を読んでいるの?」
と話しかけてきたことが出会いのきっかけだった、と。
夫は初対面の時点から、サマーの心を知ろうとした。これがトムとの差だった。
運命的な出会いについて語るサマーを、トムは理不尽だと皮肉るが、そんなことはない。
ずっと運命を信じたいにもかかわらず、できなかったサマーの心を今の夫が解きほぐせただけだったのだ。

サマーは確かに自分の本心を押し殺して虚勢を張っている、少々面倒くさい女性だ。しかし、彼女なりにトムを愛していたし、一時期は彼との幸せな未来を夢見ていたように思う。
今の夫の前では意地を張らず、自然体な姿で、いつまでも幸せに暮らしてほしい。

そして、トムである。思い込みが激しいし、少々独りよがりだが、人が良くて憎めない。よりを戻せないと知り、彼は一時的に自暴自棄になるが、その期間に自分の夢と向き合い、サマーとの思い出を棚卸しする。内省の期間だ。
その最後で、彼はサマーに別れを告げられる直前に何があったかを思い出す。ここで何か気づくことがあったのだろう。
完璧なものではないかもしれないが、トムは確実に成長している。