P2でエロパロ その2
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0463名無しさん@ピンキー2009/11/10(火) 20:10:35ID:ho8RBSfq
0466永き地獄の終わり35/?2009/11/25(水) 00:57:06ID:xTVAYACa
審判の声が途切れるより早く、私は駆け出していた。
受け止めようとする手は間に合わず、ヒロムは受け身も何も取らずに顔面から床に崩れ落ちた。
直後に背後が慌ただしくなった。
「担架だ!救急車も呼べ!」
監督の指示で遊部が動き、川末が携帯を取り出すのを意識の端で確認しながら、
慌てて抱き起こした身体は、人間の正常な体温ではなかった。
あの化け物と渡り合うのに、どれほどのエネルギーを使ったのか、想像を絶する。
「ヒロム!」
「ヒロムくん!」
お姉様と……、なんでアンタが来るのよ。
追い払いたかったけど、そんなことをやっている場合じゃないとさすがに自重した。
「氷!保冷剤!とにかく冷えるものなんでも持ってきて!」
「お、おう!」
山雀先輩が慌てて持ってきた氷でヒロムの動脈に近い部分を冷やしつつ、三人がかりで担架に乗せた。
救急車が来る体育館の外までひとまず運んでいくことにして、動き出そうかというところで、
「……」
兄が感情の見えない表情で、傍に来ていた。
それまで気づかなかったけれど、兄も全身が汗だくだった。
ほとんどのスポーツを汗一つかくことなく勝利してきた兄のこんな姿を、誰が想像できるだろう。
そもそもそんな姿を衆目に晒すことすら兄は嫌っていたはずだった。
そんな兄がわざわざ試合後に来るとは、どういうつもりだろうか。
「そいつの名、ヒロムと言ったか。
 指輪はひとまず貴様に預けておくと伝えろ」
それだけ言うと兄は、試合前の私への干渉やヒロムへの関心からは意外なほどあっさりと部屋から出て行った。
お姉様とブラコンは首を捻った。
何のことかさっぱりわからなかったのだろう。
おそらくニーベルングに掛けた言葉のあやだろうが、大体想像はつく。
何故小鳥から言い換えたのかはわからないが、指輪、とは私のことだろう。
そもそもこの戦いは、私の身体を弄んでいた兄をヒロムが止めたところからエスカレートしたのだ。
預けておく、ということは、兄はしばらく私に手を出さないと宣言したことになる。
そうと宣言したら、兄は自らの誇りに賭けて覆すことはないだろう。
しかし、渡すのではなく預けると言った。
猶予期間は、次にヒロムと対戦するときまで、ということだろう。
それも単なる練習試合では兄の気が晴れるはずもない。
公式戦で次にぶつかる時まで待つ気でいるに違いない。
そしてそのときには、完膚無きまでにヒロムを叩き潰して、私を手中に収める気なのだ。
いわば抹殺予告に等しい。
それでも、私にとっては、つかの間の平穏を与えて貰ったことになる。
ヒロムのおかげで。
少なくとも次にヒロムと兄が対戦するまで、私は兄の玩具ではなく、ヒロムの占有物になった。
ひどく、心が軽かった。
一時の夢とわかっていても、それがどれほど心安らぐことか。
お姉様とブラコンとともに救急車に乗り込みながら、私はさほど焦っていなかった。
兄がああ言ったということは、ヒロムが再起できることを確信していたことになる。
あれでも、人を見抜くことに間違いはないのだ。
ヒロムはきっと大丈夫。
少なくとも、次に兄と戦うときまでは。
その確信を裏付けるように、医者の診断結果は良好なものだった。
脱水症状と極度の疲労で数日の入院が必要と言われたものの、心配されていた脳や神経、筋肉などへの損傷は無かった。
それはそうと、どうして川末の実家の病院なのか。
ブラコンはそれに理由を付けて、ヒロムにつきまとう気らしい。
マネージャーでもないアンタにヒロムを任せてたまるものか。
私はもうヒロムの……ヒロムの、何だろう。
ああ、そうか。
不意に、思い至った。何故私が指輪なのか。
あれは、絶望の予告だった。
小鳥は愛でるものだろうが、
指輪は、嵌めるものだ。

私は兄にとって、性交の対象になったということだ。
0473永き地獄の終わり36/?2010/01/12(火) 22:33:31ID:haGgI+no
その後の試合の結果は私にとって意味のないものだった。
ヒロムは当然その後の試合は出場停止であり、私はブラコンとの鍔迫り合いに忙しかったから。
それからしばらくは平穏な日々が続いた。
ヒロムにとっては色々とあっただろうけど、私にとっては少なくとも平穏だった。
終わることがわかっている日々ではあったけど、逃げ回っていたときとは明らかに違っていた。
次なる決戦が来るまでは、ヒロムの傍は安心できる場所だった。
幸いなことに、ヒロムと兄との公式戦はそれから長らく機会が訪れなかった。
六花と久勢北とがトーナメントでぶつかることが様々な要因によって妨げられたからだ。
他のチームとて無能ではないことを示すように、久勢北が途中敗退することもあり、
兄だけでは団体戦に勝てないということを示すように六花が敗退することもあり。
もちろん、些末なことはいくつもあった。
ドイツの別の変態とヒロムが激突した後、ヒロムがブラコンとよろしくないことになりかけたのを
絶妙のタイミングで邪魔してやったときはどれほど胸がすく思いだったことか。
アンタはあのシスコン兄とよろしくやってればいいのよ。
ただ、腹は立った。
邪魔する直前まで覗いていたあのブラコンの身体は、本当に、綺麗だった。
兄に弄ばれてもいない、汚れのない無垢な身体。
羨ましくて、妬ましくて、ノートに書くことがまた増えた。
……せっかくそんな綺麗な身体なんだから、焦ってヒロムにあげようとしなくてもいいのに。

一方で、私には時間がなかった。
決着がついたとき、私は兄に……される。
それまでに、と思う気持ちは逸るけど、お姉様の家に居候している身分ではなかなかそんな機会はない。
何度か絶好のタイミングが訪れたこともあったけど、自分自身がそれを押しとどめてしまった。
仮にもローゼンベルクの令嬢がそんな簡単に股を開いていいのか、なんて下らないプライドはとっくの昔に消えている。
ここにあるのは兄に弄ばれた肉人形だ。
でも、兄のペニスから逃げるために他のペニスを銜え込もうとすること自体欺瞞ではないか。
そう思うと自分で自分がわからなくなる。
処女を兄に奪われるのを避けたところで、何になるのだろう。
最後は結局兄の奴隷に戻るだけなのに。
永劫に犯され続ける日々が来るのに、最初の一回だけ逃げることの意味を自嘲気味に考える。
それに、それをしてしまえば、ヒロムとのこの日々は間違いなく変わってしまう。
ブラコンとの危ういところでの応酬を見ている限り、ヒロムはまだ経験が無い。
ならば、何も知らないでいて欲しい。
兄と私が知っているような、淫らで爛れた世界など知らずに、どこまでも真っ直ぐあって欲しい。
太陽のように、手が届かない世界ででも、私を照らして欲しかった。
そして何よりも、私がヒロムと交われば、心から私を慈しんでくれるお姉様を裏切ることになる。
私が城での日々をフラッシュバックして泣き叫ぶと、お姉様は何度でも私を抱きしめてくれた。
眠れない夜にはベッドで朝まで抱きしめ続けてくれたことも一度や二度じゃない。
お姉様がいなければ私はとうに破綻していたろう。
どれほど感謝してもし尽くせない。
そのお姉様が、何年も前から全力で育ててきた最愛の存在がヒロムだった。
私が抱いているような恋心なんか遙かに超越して、試練も安らぎも与えるその姿勢は、
シグルズを守るブリュンヒルデにさえ見えた。
その手から、シグルズを奪う資格などあるはずがない。
いっそ太陽にまで駆け上がれ。
兄との対決後、ヒロムは翼でも生えたかのように強くなっていった。
ブリュンヒルデの庇護の下、一年、二年と過ごしたシグルズの成長を、
私は間近で見ることが出来ただけで、喜ぶべきなのだと無理矢理自分に言い聞かせた。

だが、時は誰にでも過ぎる。
長らく対決が無い日々に、あの化け物が焦ったはずはないだろうが、我慢ができなくなったのかもしれない。
ローゼンベルクの政治力を使って、とんでもないことをやっていたことに、気づいたときには遅かった。
詳しくはわからないが、ドイツと中国のスポーツ担当省に圧力を掛けたらしい。
この二国は卓球の世界では恐ろしく影響力がある。
ここが動けば国際的な卓球連盟がそもそも動かざるを得ない。
そうして、気がつけば私の回りにいる者たちが軒並み参加させられていた。
ユース以下年齢無制限、国際個人戦決定戦。
兄はそれを、ヒロムとの決着のためだけにお膳立てしたのだ。
その大会の名前を、Prime Player杯、……P2、という。
0481名無しさん@ピンキー2010/03/03(水) 01:59:06ID:e31SwAsH
あったのかよ!
0486永き地獄の終わり37/?2010/04/25(日) 13:54:17ID:69OFUhjv
不正するつもりはなかったらしい。
大会の規模を考えれば、兄はともかくヒロムが本選トーナメントまで行ける可能性はかなり低い。
それでも兄は予選でヒロムとぶつかるようには仕組まなかった。
そしてまた、ヒロムが順当に本選に進めるようにも仕組まなかった。
それは、兄なりに、ヒロムを評価しているということだったのかもしれない。
世界六カ国で行われる予選は既に国際試合の体を為していて、
ヒロムの予選は中国で行われた。
同じ組に何人か知っている顔がある。
トーゴっていう、ブラコン女につきまとってヒロムに噛みついてる男が初戦の相手なのは、
さすがに兄がこんなどうでもいいことを仕組むとも思えなかったので偶然なのだろう。
おまけに丁度中国で行われていた大会のために来中していた
ブラコン女まで会場に顔を出したから始末が悪い。
トーゴとヒロムとの対戦を前に一騒ぎになっていた。
あの悪女め、幼い身体でどれだけ男を籠絡したんだ。
そんなことより、ヒロムに余計な心労を掛けさせないで欲しい。
でも、そんな具体的用事も無いのにヒロムにつきまとっている私に言えた立場でもない。
正直言って、今の私はある程度卓球の腕がわかるようになっていた。
以前はともかく、既にトーゴはヒロムの敵じゃない。
それよりも厄介なのは、あっちだろう。確かに見覚えがある。
あの中国人の男は、私が初めてヒロムと会ったあの会場で、遊部と激闘を繰り広げた選手だ。
三年前よりもさらに迫力が増している。
多分、ヒロムにとって予選の最難関になるはず。
他にも、ドイツ出身の見覚えのある強化選手が二人。
中国選手もこの大会に出場するからには並の選手じゃないだろう。
でも、これだけの面子を相手にすることになるヒロムは、不思議なくらいに落ち着いていた。
よく見ると騒いでいるのはトーゴだけで、ヒロムの対応は憎らしいくらい冷静だ。
……ちょっと、そこでなんでブラコン女と妙な視線を交わしてるのよ。
でも、そうしてからコートを見据えるヒロムの瞳には、もう、子供っぽさは無い。
わくわくしているのか、口元はすっと微笑んでいた。
その大人びた男の顔に、遠くから見惚れていた。
…………私が、ヒロムに抱かれたいと思ったのは、多分それが最初だ。
手段として処女を奪って欲しいんじゃなく、心から。
バカにしていたはずの男の子は、いつの間にか、大きな男になっていた。
兄の手の者が、つまりそれはローゼンベルクの者が偵察にでも来てるかと思ったけど、
見ればそんなものは不要だとわかった。
特に中国とドイツといった卓球強国で注目されているこの大会は、
新聞テレビネット配信といった様々なメディアが予選の末端にまで入り込んでいる。
ヒロムの試合まで全て録画されて手に入るのなら、兄は取り立てて何もしなくていいのだろう。

そうして大会が始まった。
トーゴ戦は、何があったのか、序盤はトーゴが押していたけど
ブラコン女が後ろから声を掛けただけでヒロムは立ち直ってしまった。
同じことが、どうして私に出来なかったのか。
ここに私が来ていることすら、ヒロムに知られないように変装している。
こんなのは私じゃない。
ヒロムを罵倒し続けて、でも傍にいれた私じゃない。
でも、ヒロムをこの過酷な戦いに呼び込んだのは私のせいだ。
大会主催者にローゼンベルクの名前が入っていれば、ヒロムだって気づいているだろう。
ブラコン女のように、さも無関係のように声なんて掛けられない。
ただそれでも、近くにいて、ヒロムを見ていたかった。
躍動する少年の身体は、初めて会った頃とは比べものにならないくら眩しくて。
彼がまだ童貞でいてくれることが、よくわからないけど私にとっての救いだった。
終わってみれば第一試合の結果は予想通り。
ヒロムの圧勝だった。
そこから、快進撃が始まる。
0490名無しさん@ピンキー2010/06/10(木) 01:55:08ID:6v/320fr
可愛い子に目がない女誰だったっけ?
そいつらがヒロムを逆林間するやつよんでみたい
0494名無しさん@ピンキー2010/08/10(火) 16:50:40ID:WC9Mx9Ut
age
0495名無しさん@ピンキー2010/08/26(木) 18:06:58ID:SpmLSJ1X
あげ
0498名無しさん@ピンキー2010/09/22(水) 09:03:57ID:eLuN+Jls
久々に江尻先生のHP行ったらはやぶさ支援イラストなんてのがあってワロタ
ずっと更新止まってて心配だったけどご健在のようで安心した
P2!じゃなくてもいいから新しい連載始まんないかなぁ
0499名無しさん@ピンキー2010/10/10(日) 13:03:19ID:eqDFP8JS

0503永き地獄の終わり38/?2010/11/08(月) 01:10:24ID:Lj8pJcl/
後で知ったことだが、兄は兄でテレビ放映されることを十二分に踏まえていたらしい。
予選の最初の三試合で、兄と対戦した選手は全員再起不能になった。
ある者は身体的に、ある者は精神的に、ある者はその両方で。
圧倒的な力をもって、容赦無く、手加減することなく、その力を見せつけた。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというたとえを本気で実行した。
その圧倒的な姿が、メディアを通じて方々に知られることとなる。
結果、予選の後半から、兄と対戦しようとする者はいなくなった。
全て不戦勝。
本選で兄との対戦までたどり着いた者は全て棄権した。
文字通りの無敵の進軍。
もはや暴君とすら呼ぶのも生ぬるい。
どこかの新聞記者が書いた称号が暴帝カリギュラ。
兄は以後、その称号で呼ばれることを好んだ。
しかし、ニュースは盛り上がっても、大会としては試合が無ければ盛り上がりに欠ける。
そんな中で、多くの大会観戦者たちは、準々決勝での対決を心待ちにしていたようだ。
順当に行けば、そこで兄と対決するのは、「疾風」サシャ・クリングバイル。
あのドイツの誇るロリコン変態がそんな称号付きで呼ばれる現状は笑うしかないが。
ドイツの貴公子と呼ばれる彼ならば、暴帝の前に立ちはだかり、壮絶な試合を見せてくれるだろう。
そんな風潮のコメントが大会掲示板に満ちてきた。
おそらくほとんどの人がそう思っているのだろう。
当事者以外は。
そのサシャは、兄と激突する三つ前の四回戦で、ヒロムとぶつかるのだ。

ヒロムはといえば、予選の最終試合で大苦戦したものの、それすらバネにしてレベルアップした。
体力を温存するという器用な真似ができるわけではないが、
大会の規模が大きい分、序盤は試合のたびにインターバルがあるのでヒロムには助かっていた。
一回戦で、水無瀬とか言う因縁づくめらしい相手と対戦するし、
二回戦の鰐淵というのも確か元王華の選手で知り合いだろう。
毎度毎度、神経をすり減らすような戦いが続いたが、そのたびにヒロムは強くなっていった。
そのことに気づいている者は気づいているだろう。
三回戦では、サシャは自らヒロムの観戦に来ていた。
順当に行けばサシャVSハインリヒのカードは決定済みなどと言われているが、
サシャ自身は到底そんな気は無いらしい。
兄と違って見下すつもりもないのか、最前列で堂々とヒロムに姿を見せるように観戦していた。
ヒロムも無視するのではなく、コート入りの際に律儀にもぺこりとサシャに一礼していた。
ヒロムが卓球を始めた頃からの因縁があると、以前ブラコン女から少し小耳に挟んだことがある。
だから隠すつもりも無いのだろう。
ヒロムはサシャの前だというのに、手の内を隠すことなく、全力で三回戦を戦い、勝った。
元より、手の内を隠しておけるほど実力に余裕がないということもあるのだろうけど、
とても、ヒロムらしいと思った。
かくて、四回戦のカード、サシャVSヒロムが実現することになった。
試合は、一週間後。
0505永き地獄の終わり39/?2010/11/16(火) 02:13:10ID:xZYefPDP
注目している者は多くない。
スポーツ記者たちはサシャと兄の対決までは前座程度のつもりだろう。
その程度の記者数で足りるのだろうかと思ってしまう。
とはいえ、私にも番狂わせがあると確信できるわけじゃなかった。
正直言って、今のヒロムでもかなりつらい相手だと思う。
こんなところで負けて欲しくない。
でも、ヒロムが兄と戦う前にサシャと激突できたのは僥倖だった。
ヒロムは、ギリギリの勝負を経てどんどん強くなる。
大会が始まってからも、もっともっと駆け上がっている。
ブラコン女に懸想しているそんな奴、踏み台にしてしまえ。
一方、元久勢北メンバーなどのうち、勝ち残っている者は別の会場での試合があるからここには来れない。
おそらくは各会場を結んでいるリアルタイム実況回線を通じて見てはいるんだろうけど。
あ、山雀先輩がいた。
ということは早々に負けているみんなは結構集まってきてるんだろう。
当然来ているブラコン女のことはあえて視界に入れないようにしたい。
そして、二人が会場に入ってきた。
四回戦ともなると一会場で同時並行の試合はなく、先の試合が終わった後の練習時間だ。
しかし、入ってきた途端に会場の空気が張り詰めたのを誰もが感じたことだろう。
意外なことに、その空気を張り巡らせているのはヒロムではなくサシャの方だった。
ブラコン女関係で何かまた因縁でも出来たのだろうか。
あいつは、悲劇のヒロインのような顔をして二人の顔を交互に……見ていなかった。
まっすぐに、ヒロムを見ていた。
わかってしまう。あの目は、……私と同じだ。
遊びでも、気の迷いでもなく、ひたすらに向け続ける瞳だった。
悔しいとは思わない。
負けているとは、思っていないから。
決して、勝っているとも思えないけど。
そんな、踏み込めないでいることさえ、私たちは同じだった。
あいつとそこまで同じというだけで、とことん腹立たしいけど。
ともあれ、サシャの雰囲気が、楽勝だと思われたこのカードの評価を見事に否定した。
ようやくにして意義に気づき始めた記者たちの目が変わる。遅い。
対するヒロムには、さすがに笑顔は無い。
だけど、気負っているようにも見えなかった。
ようやくたどり着いたものを見据えるかのようにして、サシャの視線を真っ向から受け止めていた。
……あれに惚れるなというのは、無理だ。
「注目のカードですね」
後ろからいきなり声を掛けられて、ときめいていた心臓が口から飛び出るかと思った。
振り返ってみれば、そこには草次郎がいた。
ずいぶん久しぶりだけど……
「なんであんたがここにいるのよ」
「この試合の勝者と対戦する予定ですからね」
は?
サシャと兄のことばかり気に掛けて、他の面子を全然見ていなかった。
トーナメント表を見ると確かに草次郎の名前が記載されていて、確かに次でヒロムと当たる。
「どっちが勝つと思ってるのよ」
丁度いい、草次郎に聞いてみることにしよう。
私ではもう二人のレベルがどこまで到達しているのかわからない。
「……現時点では、サシャに一日の長がありますね」
冷静な回答は、気分こそよくないが納得できないものでもなかった。
「現時点では、ね」
「ええ。この試合が終わったときにはどうなっているかわかりません」
ということは、草次郎はヒロムがここまでどういう勝ち上がり方をしてきたかを見ているのだろう。
「ヒロム君は目がいいです。目だけはサシャの神速に追いつくかもしれない」
試合が始まろうとしている。
「でも、勝つには、ヒロム君の身体が、サシャの弾速に追いつかなければならない」
一閃。
サシャの腕がどう動いたのか、私には見えなかった。
打ち込まれた球……いや、弾が、ヒロムの背後で跳ねた。
0506永き地獄の終わり40/?2010/11/24(水) 00:30:11ID:zcBM80vy
サシャの速さは、私を私を含めた観衆には驚異的だったけど、
驚くべきことにヒロムはわずか二回見ただけでそれに反応し、三回目にはあの超高速を打ち返していた。
これは、下馬評を覆して勝ってしまうんじゃないか。
「いえ、勝負はこれからです」
次の瞬間、対応できていたはずのヒロムの動きが止まった。
「何が起こったの!?」
「サシャの異名の元になった奥義・疾風ですよ」
草次郎の説明によると、サシャは一瞬で、打ち下ろし、横薙ぎ、打ち上げの三動作をしているらしい。
実際にボールにラケットが当たるのはそのうちの一つ。
しかし、一つ一つの動作を捉えることは常人には不可能に近く、
ヒロムもサシャの動きの全てを捉えているのではなく、動きの入り始めを見極めて、
先読みして反応していた可能性が高いということらしい。
そうなると、三通りのどの動きでボールが打ち出されるかわからない以上、
ヒロムにはサシャの弾道を見切ることができないということになる。
「僕も勝つための糸口を探しに来たけど……、あれには……」
草次郎の声は途中でかすれていたけど、最後に何を言おうとしたのかはわかった。
勝てない、と。
再び繰り出される疾風を、ヒロムは当て推量で打ち返そうとしたが、完全に裏を掻かれた。
一瞬の間に壮絶な読み合いをしているんだろうけど、最初から三振りする前提で動いている以上、
サシャは直前でヒロムの動きを察知して打撃を変えることができるんだろう。
あっという間に1ゲームが終わってしまった。
予選からここまで接戦をものにしてきたヒロムが、ここまで一方的にやられた試合はなかった。
チェンジエンドするヒロムの顔は蒼白で、
これまでの危機とは比べものにならないことはここからでもうかがい知れた。
そんな……、そんな顔をしないで。
あなたのそんな顔なんて見たくない。
あの暴君、いや、暴帝にさえ貴方は立ち向かったじゃない。
アイツが待っているの。
アイツを打ち倒してくれるのを待っているの。
あなたを知っている。
この三年のあなたをよく知っている。
あなたの限界は、こんなところじゃない。
こんな……
「こんなところで、負けてるんじゃないわよおっ!!」
……?今、私、何をした?
草次郎があっけにとられている。
ブラコン女が、唇を噛んでこちらを睨んでいる。
そして、俯いていたヒロムがこちらを向いて……笑った。
そういえば私は、ヒロムをまじめに応援するのは初めてじゃないだろうか。
ヒロムの笑みに、どれほどの思いが込められていたのかは知らない。
そして、ヒロムは何か、小声でサシャに呼びかけた。
サシャの鉄面皮がこちらを注視した後、ヒロムを見据える視線から、余裕が消える。
始まった第二ゲーム。
炸裂する疾風を二度、ヒロムは反応せずに棒立ちだった。
当て推量で動いていた第一ゲームとは違う。
そして三発目の疾風。
ヒロムの動きには、一切の無駄がなかった。
打ち返されたサシャの顔は、鉄面皮が崩れるほどの驚愕で満ちていて。
「信じられない……。あの疾風を完全に見切ったっていうんですか……!」
ヒロムの顔には、かすかな微笑みがあった。
0516永き地獄の終わり41/?2011/03/26(土) 02:41:08.67ID:Jq2iRYgE
苛烈な激突が再開された。
疾風を読み切るようになったヒロムは、要所要所でサシャから点を奪い返していった。
結果、第二ゲームはヒロムが取った。
だけど、サシャだけじゃなくヒロムにも余裕なんて見え無い。
ヒロムの目は常に超高速が見えているわけじゃなく、驚異的な集中力で追いかけているだけなんだろう。
疾風を読み切ろうとすれば、その分ヒロムは消耗するはず。
一方のサシャも、疾風を常に繰り出さないところを見ると、打てる数に限りがあるみたいだ。
迎えた第三ゲーム。
群衆が物音一つ立てずに見守る中、風と風が激突する。
空を裂き、地を蹴る音だけが、余計な虚飾を排して激闘を飾る。
一進一退の攻防から、ヒロムがわずかにリードした。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」
会場を震撼させる咆吼が上がった。
吠えたのは、サシャだった。
漫画みたいに闘気でも放ったかのように、髪の毛はざんばらに乱れ、あの貴公子然とした雰囲気を全て振り払っていた。
あんな目をすることができたのかと、誰もが絶句するほどに野生じみた瞳でヒロムを見据えていた。
次のサーブで、サシャの周囲に竜巻が見えた気がした。
ここまでサシャの疾風に追いついていたはずのヒロムの動きが明らかに遅れた。
「!!?そんなっっっ!」
横で草次郎が絶句した。
「今の……何?」
「三回でもありえないはずなのに……、サシャは一瞬で五回、腕を振り切ったんです……。
 フェイントの効果もあるでしょうが、当たる振りの動きも常人のそれではありません」
振り切った二の腕をサシャがもう片方の手で押さえている。
サシャのコーチらしい人が後方からわめいている。
おそらく、サシャにとってもそれは限界を超えた奥の手なんだろう。
それを使わねばならないと判断しての咆吼だったのか。
だけど、そんな我が身を削るような必殺技を叩き込まれたヒロムは、少しも臆していなかった。
ラケットを握り直し、サシャを見据え、はっきりと向き直る。
野生じみたサシャの顔にも、狼のような笑みが浮かぶ。
どちらもこれで終わるとは思っていないようだった。
そう、ヒロムはその超高速にさえ、わずか三度目でもう反応しきった。
リターンで決めることはできないが、ポイントを取るのにサシャは奥義を二度三度と使わねばならない。
もちろんそれに反応するヒロムの全身も既に限界を超えているはずだ。
それでも、互いに譲らない。
1ポイントが、ひどく長い。
ラケットで敵と我が身とを切り裂き合うような死闘の終わりは、

カーン……

追い込まれたサシャが、五回連続で秘奥義を放とうとした直後に、乾いた音が響いた。
血を噴いたその手から、ラケットが滑り落ちていた。
愕然と……ではなく、あの優男には似つかわしくない、どこか晴れがましい笑顔で、
サシャは、自分の背後に落ちたボールを確認して、その場に倒れた。

勝者、ヒロム。
やったあ、とばかりに拳を突き上げ、直後にヒロムもその場にひっくり返った。
男女が慌てて駆け寄り、山雀先輩たちも殺到する。
因縁の相手だけに、今回は男女に譲ろう。
いずれにせよ、草次郎には悪いけど、これで兄とヒロムの対戦は決まったも同然だ。
「あのヒロム君に勝たないとダメなんですか……」
途方に暮れたように呟いた草次郎は、後日、五回戦でそれなりに粘ったものの、ヒロムに敗れた。
0530永き地獄の終わり42/?2011/09/14(水) 01:46:07.99ID:bsaRGQyz
兄に呼ばれた。
ヒロムと兄との決戦を前にしての召喚が、ろくでもない理由であることは疑う余地もなかった。
それでも、逆らえるはずもない。
感情を排して恭しく丁寧に連絡を持ってきた執事を恨んでも仕方がない。
兄が滞在するホテルに行くと、ずいぶんと慎ましいことにホテル丸ごとを借り切らずに、1フロアだけの占拠で済ましていた。
あまり派手なことをして、周辺の雑音に騒がれる方が嫌なのかも知れない。
そのせいか、ホテルの周辺にいるマスコミの数は多くなかった。
少なくとも、私が気づかれずに侵入することができるくらいに。
マスコミ一同は、トーナメント本選開始後ここまで全て不戦勝の兄が
次の闘いが行われると確信していることに気づいても居なかった。
サシャが敗退した時点で兄の優勝は間違いないと思っていたらしい。
揃いも揃ってバカだろう。
そのサシャを下したのは誰だと思っているのか。
そう考えたとき、私の心の中にあったのは、確かに高揚感だった。
そう、かつてならば決してありえないと考えていたであろうことを想像していた。
その想像のおかげで、私の足は恐怖に凍らずに動いてくれた。
兄の待つ部屋をノックするときも、私の心を守ってくれたのはその想像だった。
「入れ」
兄は待っていた。
当然のように、全裸で。
とはいえ、私への嫌がらせというつもりはなかったようだ。
信じがたいことに、兄はラケットを手にして恐るべき速度でのシャドーを繰り返していた。
その兄の全身から湯気ともオーラともつかないものが立ち上っている。
その全身が汗で濡れていることに私は驚愕せずにはいられなかった。
ここまでの全ての試合を不戦勝している分、身体がなまっているのではないか
などというのは愚かすぎる希望だったと知る。
兄は、ヒロムとの戦いを前に、全力で身体を仕上げてきていた。
元から人間の領域を超えていたような存在が、
もはやドラゴンにも匹敵する強大な覇気を放っていた。
人間の姿を保っていることが信じられないほどに。
この私が、本当に兄であるのかと見まがうほどに。
それに私が入ってきたというのに、兄は私の身体に触れようともしない。
ただ、その下半身にある剣は私の記憶にあるものよりもさらに猛々しく巨大になっていた。
「ようやく、あのベルセルクとの対決が叶う」
ベルセルク、というのが誰のことを言っているのか一瞬わからなかった。
それが、もはやニーベルングでもファフニールでもなく、
先の闘いを通じて兄がヒロムに対して抱いている姿なのだと気づいた。
確かに、先の闘いのヒロムは常軌を逸していた。
それにしてもベルセルクとは、兄がそこまで言うのはもはや絶賛と言っていい。
文字通り目にも留まらぬ速さで動き続けている兄の視線の先に、
私は一瞬ヒロムの幻影を見た。
それが、兄が見据えているヒロムの姿なのだろう。
「預けていた指輪は、返して貰う」
その言葉は、予想されたものだった。
「お前も16になった。
 もう、俺の指輪として相応しい大きさになっただろう」
全身から飛び散る汗とともに、下半身からそそり立つ肉槍からも汁が飛び散る。
それで、兄がかなり長い期間に亘って女を犯していないことが察せられた。
どれほどに全力でヒロムを迎え撃つつもりなのか。
「奴との戦いに勝利し、ようやくお前は俺のところに返ってくる。
 お前が俺の子を孕む日がようやく訪れる」
それは提案でも命令でもなく、決定事項のようだった。
これまで私の処女だけは奪わずにいたのは、ただ、時期を待っていただけだったのだ。
「奴に、期待していると伝えろ」
その後で、そんな、信じがたい命令が下された。
処刑宣告以外の何物でもない。
それが、今日私を呼んだ理由だとようやくわかった。
先ほどまであった高揚感は、邪竜のオーラに消し飛ばされたいた。
勝てるはずがない。
人間に、あれが倒せるわけがない。
0534永き地獄の終わり43/?2011/10/23(日) 02:26:43.27ID:kX0R9kgm
ふらふらと歩いていた。
いつ兄のホテルを出たのかも定かじゃなく、
執事にどこで降ろされたのかも憶えておらず、
どこでどうタクシーでも拾ったのかも憶えていないけど、
気がつけばヒロムが滞在しているホテルに来ていた。
兄の命令に無意識でも完全に従うこの身体がつくづく恨めしい。
だけど、ヒロムに会ってどうしようというのだろう。
何か兄に命じられた気がする。
ああ、そうだ。
お前を殺すと、ヒロムにそう伝えるように言ったのだった。
卓球の試合で何の冗談かとは笑わないだろう。
過去の対戦で兄の常軌を逸した強さ、いや、人外ぶりはヒロムもよく知っている。
辞めさせないと。
辞めさせないと、ヒロムが死んでしまう。
辞めさせないと、ヒロムが殺されてしまう。
ヒロムの部屋の前まで来て、自分が何をしているのかと自問自答する。
こんな深夜に男の部屋を訪れるということが何を意味するのか。
そんなことくらい、この身体に嫌と言うほど刻み込まれている。
でもそれなら。
いっそ、その方が、いい。
倒れ込むように扉をノックする。
「……はーい?」
小憎らしいくらいにいつもと変わらない声がした。
「……ここ、開けなさい」
「え?えええええ!?エリス?」
何に慌てふためいているのか。
想像すると、ささくれ立っていた心が少し柔らかく泡になった。
しっかりしろ。
ヒロムの命が、こいつの命がかかっている。
「アンタに用があって来たのよ。早く開けなさい」
「えー……、わかったよ」
疑いもせずに扉を開けて見たヒロムの顔は、初めて会ったあのときのように、
優しげな不満を湛えていた。
ああ、思い出してしまった。
この困ったような顔で助けられてしまったあの日のことを。
「……どうしたの、エリス。すごく疲れた顔してる」
「……」
誰のせいよ。と言いかけて、違うと思って黙り込んだ。
「えっと……、用って何?」
「こんなところで立ち話させる気?」
「むー……」
しばし悩んでから、中に招き入れられた。
私には椅子を勧めて、自分は少し離れたベッドの縁に座るのは
お姉様が叩き込んだ騎士道精神のたまものだろう。
椅子の横に備えられたテレビでは、昨年あたりの兄の映像が映っていた。
おそらく、珍しく兄がまともな勝負をした試合の映像を再確認していたんだろう。
その事実だけで、ヒロムがまったく臆していないことはわかった。
ヒロムらしい。
すごく、こいつらしい。
「それで、用って何?」
「……想像つかないの?」
言い出しにくくて、ずるい聞き方をした。
「うん。お兄さんを相手にわざと負けて、って相談をする必要があるとは思えないし」
思わず笑いたくなった。
確かにその通りだ。
八百長を持ちかけるなんてのは愚の骨頂だ。まったく意味が無い。
0535名無しさん@ピンキー2011/10/29(土) 18:54:32.27ID:NqeL6Ltb
保守的
0536 忍法帖【Lv=1,xxxP】 2011/10/30(日) 12:29:27.71ID:9wWrbGrb
保守的な行動
0540名無しさん@ピンキー2011/12/21(水) 18:54:06.98ID:EhOXcR+j
続きを楽しみに待ってるぜ・・・
読み返すたびに終わってしまって惜しかった漫画だなと思うぜ・・・

それにしてもちょっと出てきただけのハインリヒでここまでできるのスゲーよな。
0548永き地獄の終わり44/?2012/04/07(土) 00:55:54.53ID:VdqyQS4g
「……棄権しなさい。死にたくなければ」
「それは、聞けないよ。エリス」
まったく躊躇いなく答えたヒロムの目線は、……こんなにも、高かっただろうか。
「お兄さんは、僕との戦いに何かを賭けている。
 彼は昔、僕に指輪を預けると言った」
ずきり、と身体のその場所が疼く。
「それが何なのかは結局わからなかったけど、彼にとって大切なものを僕は預かっているんだと思う」
わかっていなかったの。と思わず口にしそうになったのを辛うじて堪える。
「僕が逃げたら、彼を裏切ることになる。
 彼との約束を違えることになる。
 それは、できないよ、エリス」
あきれた。こいつは、このお人好しは、かつては怒りをもって戦った相手だというのに、
あの兄に対して、誠心誠意ともいうべき姿勢で臨もうとしていたんだ。
「死ぬわよ」
「そうかもね」
「怖くないの」
「怖いよ」
「なんで逃げないのよ」
「男だから」
「………………………………」
その答えは、あまりにも予想外で。そしてあまりにも、雄弁だった。
目の前にいるヒロムが、とてつもなく大きく見えた。
私のために戦う、なんて言いだしたら、はっ倒してでも止めることができただろうに、
ヒロムが見ていた世界はもっともっと澄んでいた。
きっと、かつて私の嘆きをくみ取って戦ってくれたことも、
善意とか、愛情とか、憐憫とか、恋慕とか、そんなものじゃなくて、
お姉様が育て上げたヒロムという人間の真っ直ぐな有り様そのままだったのだ。
眩しい。
眩しくて、まっすぐに見ていられない。
「だから、僕は戦うよ。エリス。
 そうすれば、何か、ずっと昔からあったような倒さなきゃいけないものが、終わる。
 そんな予感がするんだ」
「……」
止められなかったことが悔しくて、
「あんたが……」
ヒロムが私へ向いていなかったことが悲しくて、
「あんたなんかが……」
それなのに全てを察していることが嬉しくて、
もう、これ以上涙を堪えることなんてできそうになくて、
私は逃げる様に部屋から出て行くしかなかった。
「あんたなんかが、お兄様に勝てるはずがないのよ!」
多分私はきっと、その言葉をヒロムに否定して欲しかった。
駆ける私の背中に、ヒロムが何かを語りかけたような気がしたけど、
私は自分の足音でそれをかき消して、聞かなかった。

ホテルの外まで駆けてから、荒れる息をなんとか抑える。
もっと言い様がなかったのか。
もっと素直になればよかったのか。
抱きついて泣きついて、私の処女をあげるから棄権してとでも懇願していたら、ヒロムはどう答えていただろう。
私が処女でなくなっていたら、あの兄は私をどうするだろう。
――お前が俺の子を孕む日がようやく訪れる――
それが兄の目的だとしたら、ヒロムの子を孕んでしまえば、兄の目的は達成できなくなる。
だけど、ヒロムのあの目を見た後では、試合を前にそんなことをさせることはできなかった。
でも、試合が終わった後ならば。
……決心がついた。
もしヒロムが兄に勝てたなら、私は、ヒロムに貸し出されたものではなく、ヒロムのものになろう。
それで、終わる。今度こそ終わる。

だがそれは、最愛のお姉様を、裏切るということだった。
0555永き地獄の終わり45/?2012/09/01(土) 01:04:47.16ID:TxsXHYYh
お姉様はこの大会が始まる前から留学している。
ヒロムの傍にいないのですかとお聞きしたら、躊躇いなく微笑んで、それでいいと仰った。
この三年間、お姉様の態度を見てきたからそれはそれでわかる。
お姉様は、ヒロムを過保護に扱ったりはしない。
育てるには、見守ることも、あるいは時には見放すことさえ必要だとわかっていらっしゃる。
時には傍にいないことが必要であるということも。
それでいて、ヒロムの日々の思考や行動は常にお姉様の育てられた延長にある。
お姉様がいなくても、ヒロムの態度のそこかしこに、私は常にお姉様の息吹を感じ取っていた。
今先ほどの姿にさえ、お姉様を感じずにはいられないくらいに。
ただ、この大会が始まってから、おそらくお姉様はヒロムに連絡を取ってはいないのだろうと思う。
少なくともそんな形跡はなかった。
もちろん、この大会のことを把握していないはずはない。
今のヒロムが最大の敵を前にしているということも、きっとわかっていらっしゃるはずだ。
その敵が、私にゆかりの者であるということも。
連絡先の携帯番号は教えて頂いていた。
ヒロムには番号を伝えるな、という念を押された上で。
それは、私からは連絡を取ってもいいということだろうか。
お姉様に電話して何を話せばいいのか。
この胸の中にあるどす黒い思いを吐露して許しを請うのか。
それとも、お姉様に……
お姉様の電話番号を携帯に表示させたまま、
私は自分がどれくらい止まっていたのかよくわかっていなかった。
長い、ながい、永い、逡巡の後、自分でもよくわからない衝動が、
私の指を動かして、発信していた。
国際電話特有の間がしばしあって、……お姉様は寝ていらっしゃるかもしれない、
そんな風に思ったとき、
「……エリス?」
もう、懐かしいとすら思えてしまうお姉様の声が手の中から聞こえてきて、
慌てて私は携帯を左耳に当てた。
「あ……」
だけど、何を話していいのか何も考えていなかった私は、そこで言葉が出てこなかった。
お姉様は悪戯か、間違って発信しただけだと思われただろうか。
それならお姉様が切って下されば、それでこれは終わる。
だけど、お姉様は通話を切るでもなく、私の言葉を待っているかのようだった。
「……お、お姉様……」
辛うじて、神の前で最後の審判を待つ罪人の心境で、それだけを言うのがやっとだった。
それを、お姉様はどうお聞きになっただろうか。
「エリス」
私の名前を呼ぶその声は、いつかのように慈愛に溢れていて。
「あなたの好きにしなさい」
「……っ!」
息を呑んだ。
「私から、ヒロムを取れると思っているのなら、やってみなさい。
 戦う前から逃げるなんて私は許さないからね」
それはまるで、ヒロムに向けて差し伸べられる愛情と同じように。
その場にいて、抱き締めて下さるような言葉が、私の心を揺さぶった。
「お姉様……」
「返事は?」
「……………………はい」
「よろしい」
それだけで、気持ちよいくらいにすっぱりと、お姉様は通話を打ち切った。
ツーツーという信号音をしばし呆然となりながら聞き続けていた。
謝ることができなかった。
ああ、ごめんなさいお姉様。
本当の私は、あなたが思い描いているよりも、もっとずっと、
汚くて、淫らで、下賤で、はしたない女なのです。
でも、でも、お姉様の言いつけには従います。
お姉様から、一時、ただ一時でいいです……。
ヒロムを、頂きます。
0556永き地獄の終わり46/?2012/09/01(土) 02:35:29.75ID:TxsXHYYh
六回戦とは思えないほどの報道陣が集まった。
ここまで不戦勝続きだった兄の試合が行われるというだけで一つのニュースなのだ。
暴君改め暴帝ハインリヒの前に立ちはだかるのはサシャ・クリングパイルであると思われていたが
そのサシャを破った日本人が、棄権することなくハインリヒと対決する。
これはこれで関係者が喜びそうなニュースになるらしい。
まだ世界四カ所に分かれている各会場を結んでいるリアルタイム実況回線を見ても、
この対決を前に各会場の試合が無い空白時間に設定されていた。
各会場の注目が、ここに集まっている。
観客席は既にほぼ満員の状態だ。
かつての久瀬北生の姿や、他にも知っている顔がちらほら見える。
……ということを、私は席に座らずに、観客席の最高段、最後方から眺めていた。
さすがにこの対決を最前列で眺める勇気は無かった。
歓声が上がる。
まず兄が、執事や護衛すら伴わずに入ってきた。
堂々たる王者の歩みから立ち上る風格や王気は、見る者に歓声を上げさせずにはいられないのか。
観客を慰撫するかのように、わずかに手を挙げて応える様は確かに皇帝だった。
だが兄がわざわざ先に入ったということは、ヒロムを待ち受けるという意志の現れだろう。
それからしばらくしてヒロムが入城、いや、入場してきた。
土壇場での試合放棄もあり得るとのおそれがついに取り払われて、歓声が一際大きくなる。
兄の戦いが見られるというだけで、期待が高まったということもあるだろう。
その会場の騒音のために聴き取れないが、二人は二言三言交わし、
一瞬、私の方を見てから、兄が満足そうに笑みを浮かべたのが見えた。
試合前のラリーは、拍子抜けするくらい穏やかに終わった。
そして、大歓声とともに、試合が始まった。



……それから、何十分経ったのか。
場内は、静まりかえっていた。
ただ、ほとんど一定の周期で球が往復する音だけが、あらゆる歓声を封じるようにたて続く。
点の表示は0−0のまま。
最初の1ポイントが、未だに入らない。
ひたすらに、ひたすらにラリーが続く。
ヒロムが打ち込んだあらゆる球を、兄はことごとく拾い、ヒロムに絶好球として打ち返す。
その絶好球を打ち込んだスマッシュを、当然のように打ち返す。
兄はまったく攻めるつもりがないかのようだった。
だが、ヒロムの攻撃の一切が、まるで通じていない。
終わらないのだ。ただただ、最初の1ポイントが入らない。
もちろん、ヒロムがミスをすればそこで最初の1ポイントは入る。
だが、それは陥落を意味することくらい、場内の誰もがわかっていた。
1ポイント入ってラリーが終わったとしても、それに続くのはまた同じラリーなのだ。
ここでヒロムがミスをすれば、それはそのまま敗北へと一直線へ繋がる坂道を転げ落ちることになる。
方向を変え、回転を変え、フェイントを入れ、
ヒロムが何をやっても、兄はそれらのことごとくを受け止めた。
どちらも恐るべき技巧であることは間違い無い。
ヒロムだってこの過酷な大会を六回戦まで勝ち抜いてきているのだ。
そのあらゆる技術を駆使した戦いは確かに見事とさえ言えるもので、
いかに兄が絶好球を返しているからといって、ここまでノーミスで続けているのは絶賛されていい。
だが、それ以上に兄はもう、人間の領域を越えているとしか思えない。
まるで金剛石で出来た嘆きの壁のごとく、暴帝はヒロムの前にとてつもない壁として立ちはだかっていた。
0557永き地獄の終わり47/?2012/09/13(木) 01:48:56.37ID:SXo+uW9i
何十、いや、何百回の交錯を繰り返したことだろう。
ヒロムの顔にはどうにも隠しきれない焦燥感が募っていた。
ありとあらゆる攻撃が通じないのだ。
兄の意図が私にもようやくわかってきた。
兄は以前、ヒロムと対戦している。
ヒロムの強さの源泉が、その超人的な視力にあるとわかっているのだ。
技巧を凝らし、打ち込もうとしたところで、その手を見破られる可能性が高い。
なにしろサシャの疾風すら見切ったヒロムなのだ。
兄はヒロムを一切過小評価しなかったということなのだろう。
何をしても見破られるのであれば、最初から全て手を見せる。
ヒロムにあらゆる手を打たせ、その手の全てを撃ち返す。
それも、ヒロムの技巧だけでなく、心まで征圧する圧倒的な形で。
ヒロムに全てを使い尽くさせた上で、勝利する。
ことごとくヒロムへの絶好球を返すその様は、猫が鼠をいたぶるように見えたかもしれない。
だけど私にはわかる。
兄はまったく笑っていない。
これが、兄にとってヒロムを完全に打ち倒すための全力なのだ。
君臨する静かなる暴帝。
それは、ヒロムをこの上なく認めていると言うことでもあった。
点は0−0のまま。しかし徐々に、確実に、ヒロムは追い詰められていった。
何百度目かの球を返そうとしたとき、滑ったのか、ヒロムの体勢がぐらりと泳いだ。
「!!」
私を含めて会場中が息を呑む。声にならない悲鳴のようなものが観客席を駆け抜けた。
その時、ヒロムの身体が、一瞬、二重にぶれたように見えた。
「!?」
乾いた音が台を叩き、そして、続く音は、兄の背後から聞こえた。
何秒か、時が止まったような空白の後、悲鳴なのか歓声なのかわからない声が一斉に爆発した。
ヒロムがとったわずか1ポイント。
だが、その1ポイントがどれほどに重いものか、誰もがわかっていた。
不滅の壁たらんとした暴帝の壁を突破した。
それは、ヒロムに勝機があることを、明確に知らしめるものだった。
でも、両者、様子がおかしかった。
絶対の行軍を阻まれた兄が、怒りより先にとまどっている。
会心の一撃を入れたはずのヒロムも、自分が何をしたのかまるでわかっていないように
自分の手とラケットを繰り返し見つめ直している。
今の一撃が偶然の産物だったことは間違い無い。
でも、何をどう偶発させたら、あの兄の壁を打ち破ったというのだろう。
ヒロムの最大の武器はその視力であることくらいよくわかっている。
腕の長さが絶望的に足りない彼に、いきなり倍速のスマッシュが打てるようになるはずもない。
一体何が起きたというのか。
歓声が収まった後の会場は、先ほどの奇跡を検討するざわめきに満ちていた。
その当事者たちは、どちらからともなく試合を再開する。
お互いを量り直すかのように、試合前のラリーのように静かな打ち合いがしばし続く。
それから不意に、兄の姿勢が変わった。
意識的に大振りに転じたその顔は、微かに微笑んでるようにさえ見えた。
ヒロムを誘っている。
打ってこいと。貴様の全てを見せてみろと、
応じるように、ヒロムは何度かスマッシュを打つ際に体勢を崩してみた。
しっくりこないのか、何度かヒロムの体勢が泳ぐ。
その隙に点を取れるのに、兄は、しない。
六度目か七度目だったか、ヒロムの体勢が一瞬後ろに傾いた直後、
再び、白球が一閃した。
「…………」
兄が何をヒロムに言ったのか、歓声の中で聴き取れなかった。
ただ、剣を突きつけるかのようにラケットを突きつけるその顔は、確かに、笑っていた。

そして、ここからが両者の対決の本当の始まりだった。
0558名無しさん@ピンキー2012/09/21(金) 11:22:07.50ID:ObNlHqWe
おお!続編きてる!
完結までもう少しかな?楽しみにしてます。
0559永き地獄の終わり48/?2012/09/25(火) 02:19:41.73ID:CvJ2njLo
互角。
信じがたいけれども、そうとしか見えない。
打ち合いも、入るポイントも。
先ほどまでのような永劫感は無くなったが、1ポイントが入るまでは長い。
しかし兄の打ち方は、ヒロムの心を折るための絶好球ではなくなった。
一切の容赦なくヒロムからポイントを奪い取ることを目的とした
台上のギリギリ縁を狙った正確無比な打撃に
物理法則を無視したようなバウンドをする凶悪無比なスピンが掛けられた
全力で勝ちを奪いに行く攻め方に変わった。
ヒロムの目は、そのコースと、打球の回転を全て読み切っているのか、
ありえない方向への打球のほとんどをすくい取る。
だけどさすがに全ては無理だ。じりじりとポイントが入っていく。
一方で、ヒロムの新必殺技が、その分のポイントをじりじりと取り返す。
必殺技、……そうとしか言い様がない。
あの兄をして反応しきれない、超超高速のスマッシュ。
だけど、わからない。ヒロムが最初からあんな技を持っていたとは思えない。
持っていたらここまで追い込まれる前に、最初から使っているはずだ。
この土壇場で開眼したとしか考えられないけど、そんなものが簡単に思いつくはずがない。
それに、思いついたからといって、そんなものを簡単に実践できるはずもない。
何が起こっているのか、ヒロムのあの必殺技は一体何なのか。
報道陣がざわついているのは、私と同じ混乱に陥っているからだろう。
「あれは……、一体……?」
「秀鳳の高槻の技、鳳翼天翔だ」
「!?」
背後から聞いた声に驚いて振り返ると、そこにはあのサシャ・クリングパイルがいた。
「二回戦で戦った彼が、あれと同種の技を使った」
秀鳳の高槻、と言われてしばし考え込んでからようやく思い出した。
私が初めてヒロムと会ったあの日の会場で、ヒロムが激闘の末に破った相手だ。
確か、学校メンバーが一人を除いてぽんぽん跳ぶように動いていた連中の主将ハゲ。
「あまがけ、だっけ?」
三年も前のことなのに、妙にあの日のことははっきりと覚えている。
ヒロムの対決中に草が教えてくれた。
秀鳳独特の一歩動フットワーク、つまりは跳んで打つことで、あらゆる打球に追いつくという。
当時のヒロムが散々に苦戦した戦いを思い出す。
そして、思い出した。
本来は左右移動に使うその天翔だが、そのハゲは前後への動きにも使っていた。
一旦後方への移動に使って距離を確保し、直後に卓ギリギリまで前方跳躍しながら打つスマッシュ。
通常のスマッシュよりも勢いが付くだけでなく、前方移動中のどこかの瞬間でヒットするかが、
常人には読み切れないために恐るべき幻惑技ともなったその技の名前が、確か鳳翼天翔と言った。
それも、ヒロムの目の前に見切られたのだけど。
ということは、ヒロムの目にはその鳳翼天翔も焼き付いていたはずだ。
この土壇場で万策尽きたヒロムが、かつて戦った強敵の技を模倣したというのはわからなくはない。
「でも、そんなの実践できるものなの?それに、そんな付け焼き刃がアイツに通用するはずが……」
思わずわめくようにドイツ語で口走っていた。
「付け焼き刃ではない。そうではないから、暴帝に通用している」
「ヒロムがあんな技の練習をしているところ、見たことがないわよ」
「し続けていたはずだ。常に、意識せずにな」
「どういうことよ」
こいつのもったいぶった態度はどうにも気に入らないが、
一応説明してくれるつもりらしいのでこの際遠慮せずに聞くことにする。
「俺が奴と初めて会ったとき、奴は俺の動きを見切ったようだが、動くことも追いつくこともできなかった」
奴、というのが高槻ではなくヒロムのことを指すというのはすぐにわかった。
そんな因縁があったとは初耳だ。道理で四回戦でこいつがヒロムを気にしていたわけだ。
かつては歯牙にも掛けなかったヒロムが、自分に匹敵する存在になったその違いをよくわかっていたんだろう。
「そのとき、奴はまだほんの初心者だった。
 それからの三年、奴が常人よりも遙かに鍛えなければならなかった要素がある」
0560永き地獄の終わり49/?2012/09/26(水) 02:13:55.35ID:bhTBdyn2
「目じゃないの?」
ヒロムが常人より優れているところと言えばそこしかない。
それこそが最大の武器であり、それによってこのサシャすら倒したのだ。
何しろ身体的には、あの頃より少しは成長したとはいえ、ヒロムの身長は今大会で一番小さい。
身体のどこかを特異的に鍛えたというわけでもない。
「わからんのか。見えただけでは追いつけるはずがない」
言われて、あっと、声が出そうになった。
「反射神経と、……瞬発力?」
「そうだ。あの身体だぞ。
 いかに前陣型とはいえ、普通にやっていては手も届かないし、足が短くては追いつくこともできない。
 並のプレイヤーに数倍する瞬発力が無ければ左右への動きに対応できない」
「この三年間、ヒロムはずっと、無意識に瞬発力を鍛え続けていたってこと……?」
「でなくば俺が負けるはずがない。
 今の奴の動きは高槻の天翔を上回る驚異的な瞬発力で成り立っている。
 それに特化していると言っても良い。
 おそらく奴は、50メートル走では全選手中最も遅い部類に入るだろうが、
 もし仮に、5メートル走などという競技があるのなら、奴は間違い無くこの会場にいる誰よりも速い」
それは、あの暴帝よりも、ということを意図した断言であることが明白だった。
体躯で遙かに勝る暴帝と互角に渡り合うヒロムの動きは、言われてみれば確かに異様とも言える初速だった。
「その足の瞬発力で、スマッシュを加速しているのね」
「いいや、いかに奴の両脚の瞬発力が優れていても、手の振りに比べればそこまでの速さにはならん」
この男のもったいつけるのはどうにかならないものか。
でも、言われてみれば確かにそうだ。
スマッシュは腕の振りが最高速になるところが打点になると最も速くなる。
その速さは時速120キロにもなるのだ。
それに比べて、いかにヒロムの初速が速くても、スタートダッシュは出せて時速20キロといったところか。
約二割もの加速は大したものだけど、それだけでは、あの兄を出し抜けるとは思えない。
事実、ヒロムが試しにやってみた程度の失敗打では兄に通用しなかった。
「……一瞬、後ろに下がってる?」
ヒロムが兄からポイントを取った瞬間の動きをよく見ていると、
僅かにヒロムが後ろに下がったように見えた。一歩、どころか半歩程度だろうか。
実質的には前陣のラインからほとんど下がっていない。
「そこが、高槻の鳳翼天翔を越えているところだ。
 半歩後ろに下がり、踏みとどまった瞬間にその勢いを反動に変えて、前方へ高速で踏み出している。
 打点はまさにその瞬間。奴の瞬発力が身体ではなく、球に集中する」
それを、あの兄の打球に対して行うことがどれほど無茶なことか、想像に難くない。
ヒロムが同時に鍛え上げた反射神経が方向を捉え、目がその動体視力で軌道を読み切り、
無意識で頭が手元に到達する瞬間を算出しきり、その瞬間に、全身の瞬発力を乗せた一撃が炸裂する。
もしかしたら、打点の瞬間には時速150キロ、あるいはそれ以上出ているんじゃないか。
兄はバトミントンも戯れにやっていたことがある。確かあれの最高速度は時速180キロだ。
もしかしたら、それ以上に。
それが、ヒロムの位置する前陣から繰り出される。
ただし、卓球の球は減速しやすい。
後方に下がればそのスピードに追いつくことは辛うじてできるだろう。
だけどもちろん、そんなことをして引き下がる暴帝じゃない。
「……意地を張っている場合か、ハインリヒ」
冷ややかなサシャのその言葉が、兄に向けられたものであることが、一瞬、信じられなかった。
直後に炸裂する白い一閃。
接戦ではあったが、第1セットを取ったのは、ヒロムだった。
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