でも、どうしても気になる。
ヒロムはお姉様に何を語るのだろう。
よもや、私とのことをお姉様に報告するようなことはないと思うけど、
気になる。
どうしても、気になる。
二人がどうしているのか、思わず扉に耳を当てて聞き耳を立てようとしてしまった。
その私の首根っこを掴んで引きずってくれるアキラには、多分、やっぱり感謝しないといけないんだろう。
大嫌いで、憎くて、でも、最後まで私を哀れんだり、見下したりもしなかった女。
こういうのも、友達、と呼んで良いのだろうか。
兄に囲われていた私には、同い年の友人と呼べるような人間は一人もいなかった。
対等に喋ってくれる、同性の存在を、せめて友だといえるのならば、
私にとって友達と言えるのは、こいつだけだったかもしれない。
その友達に、ヒロムから引き剥がされるというのは、悪くない終わり方だった。
「ありがとう。もう、大丈夫だから」
十分に控え室から離れたところで、私はアキラにそう告げた。
アキラは、驚いたような顔をして手を離した。
多分、私がアキラに礼を言ったことに驚いたのだろう。
私も自分で驚いていた。こいつに礼を言うなんてことがあるなんて。
「エリス?」
「何よ、おかしい?」
おかしいだろう。自分でもおかしいと思う。
でも、せめて、ただ一人の友人に、礼を言うくらいの義理は、私にだってある。
腹を庇いながら立ち上がり、思い出したように一つおせっかいをしてみる。
「アキラ、あなたも、自分を裏切らないことよ」
私と違って、あなたの兄はまだ、まともなのだから。
「エリス……?それは……」
それ以上言うのは、悪い気がした。あるいは、おせっかい過ぎる気がした。
アキラがどんな顔をしているのか、気にはなったけど、私は振り返らずに手をひらひらさせて、
心密かに、友人に別れを告げた。

本当に、何の因果だろうか。
あれほど世界を騒がせた大会の、準決勝に集まったのがこんな知っている顔ばかりとは。
山雀先輩ともお姉様とも離れて、観客席の最上段からヒロムを見つめる。
席の前の方にお姉様の姿を見つけた。
その瞳が向く先には、ヒロムの姿がある。
もう、顔を合わせることは無いだろう。
今にしてわかる。こんなに好き。
でも、もう会ってはいけない。
兄の地獄から助けてくれただけで十分すぎる。
この子のことを知らせてもいけない。
私が男にしたヒロムが他の女を抱くのは腹が立つが、お姉様なら仕方がない。
お姉様が男にやられるのは腹が立つが、私が男にしたヒロムなら仕方がない。
お姉様、貴方のことも大好きでした。
どうかヒロムを手放さないで。

声にならない声を内心で叫んで、私は準決勝を見届けることなく、会場を後にした。
見上げれば、この上無いほど晴れやかに澄んだ青空が降りかかる。
さて、普通に暮らすなら200年は過ごせるだけの財産はある。
どこかの地方都市に行って、この子を産んで育てよう。
私を、永き地獄から解放してくれた、誇り高き勇者の子を。


―永き地獄の終わり―  了
****************************
永く保守してくれた皆様、本当にありがとうございました。