「……」
 声を震わせる未来に、イツキはおろおろとなった。女の子に泣かれると、どうしていいのか困って
しまう。ましてそれが自分より年上の子となればなおさらだ。だが、いたたまれずに逃げ出したいのを
ぐっと堪え、イツキはそっと未来の腕に触れた。
「泣かないで、お姉ちゃん」
「!?」
 それが一瞬、悠貴の声のように聞こえて未来ははっと顔をあげた。と、目の前に、気遣わしげに
自分を見つめる悠貴の顔が見え、未来は思わず目を瞬かせた。「悠…!」

 その顔は、すぐにイツキの顔へと戻った。だが、気遣わしげな表情は同じままだ。泣いちゃダメだ、
泣いたらイツキを困らせてしまう。未来は指でそっと目尻の涙を拭うと、ぎこちなく彼に微笑んでみせた。
「ご、ごめん。大丈夫、大丈夫だから…」
「お姉ちゃん…」
 なおも気遣わしげな顔のイツキに未来は言った。「ありがとう、イツキ君は優しいね」
「え? あ…」
 照れて頬を赤らめるイツキに、未来の顔に今度こそ本当の微笑みが浮かぶ。「今まで本当にありがとう」

 未来は心の底からイツキに礼を言うと、彼が持っているジョウロへと手を伸ばした。「今日からは
あたしがちゃんと水をあげるから、イツキ君はもういいよ。イツキ君は、ママやパパのお手伝いをして
あげて」
「えっ…?」イツキはジョウロに目をやり、それから未来へ視線を戻した。「別にいいよ、もうすぐ引っ越し
するけどさ、どうせ毎日学校来るんだし、これからも俺がやるよ」
「ううん」未来はふるふると首を横に振った。「ずっとイツキ君たちに世話してもらっちゃってたし、
これからはあたしがやるよ」
「いいってば!」
 遂にはジョウロを背中に隠してしまうイツキに、未来は弱り顔になった。気持ちは嬉しいが、今まで
なにもしていなかった罪滅ぼしの意味もあり、他人に任せず、自分で世話をしたい。

「それじゃあ…」未来は少し考えてから、口を開いた。「二人で一緒にやろうか?」
 未来の提案に、イツキはどこか嬉しそうな顔になると、大きく肯いた。「…うん!」
「じゃ、行こう」
 そう言って未来が手を伸ばすと、イツキがその手を握る。そして二人は、マロニエの元へと並んで
歩き始めた。

「マロニエ、少しは大きくなった?」
「んー…あんまり変わんない」
「えー、そうなの?」

 そんな話をしながら歩く二人の頭上では、太陽がぎらぎらと眩しく輝き、今日も暑い一日になることを
予感させていた。



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