「ねー、ほんとにいかないのー?サービスしとくよ?お客さぁん」
ゴールデン街の入口で彼女を降ろした。全開になっている助手席の窓から、わざとらしい台詞で、しつこく勧誘を続けている
「うん、やっぱり今日はやめとくよ。給料入ったら必ず行くからさ。ね?」
「も〜、ぜったいだよ?やくそくだよ?」
「うん、じゃあね」
手を伸ばして、ふにふにと柔らかい手と握手をして、ギアをドライブに入れ、アクセルをゆっくり踏み込む
「あっ、待って!!」
「うわっと」
突然呼び止められて、思わず急ブレーキを踏む。ともちゃんは窓から上半身を突っ込んで、にこっと笑った
「な、何?」
「わたし、梶田朋子!」
「ん?」
「わたしの名前、梶田朋子!きょうはずーっとたのしかったからぁ、お礼!」
「………は、はは。朋子でともちゃんって、単純じゃね?」
「ひひっ、お嬢が本名おしえるってぇ、なかなかないよ?」
「…そうかもね」
「そうそう。お客さんのほうだってぇ、いきなり本名おしえることって、なかなかないよ?」
「……?」
「いくらあいてがお嬢だからってさぁ、しょたいめんの人に、いきなりふるねーむをいわないほうがいいんじゃない?ってこと。ね、高城アキトさん?」
「あ、ああ……」
そういえば言ってたっけ…。自分の迂闊さに、顔は紅潮して、口はひん曲がる
「……以後、気をつけます」
「ふふふっ。…きょうはありがとね」
「彼氏作れよ?」
「……なってくれる?」
「なんかサービスしてくれたら」
「するする!りょーきんまけてあげちゃう」
「はははははっ、いいね、それ。…じゃ、もう行くね」
「やくそく、わすれないでね?」
「うん、バイバイ」
「ばいばーい!ほんとにありがとー!」

西日に向かって車を走らせると、バックミラーには大きく手を振り続けるともちゃんが映っていた
その姿があまりにも子供みたいだったので、オレはちょっとだけ笑ってしまった