その日の口開けは、ネット指名でロング数時間オプション無し、某ラブホテルのVIPルームへの派遣だった。
初対面でロングかぁ。時間一杯みっちりねっとりパターンかな、やだなぁ…。
身構えてあれこれ予想しながら指定のホテルへ向かう。

最上階の部屋に招き入れられ客と対面してみると、拍子抜けするほど感じの良い男性だった。
しかし、やはりどこか変わっていた。
ひと通りの挨拶や世間話をした後、それなりに雰囲気を作りつつシャワーへ…という流れが普通だが、この客は一向にその気配がない。
ニコニコと飲み物を勧め、ソファに隣り合って座って当たり障りのない談笑を続けるばかりで、刻々と時間が過ぎて行く。

ロングとは言え、さすがに一時間も経つと小雪もそわそわし始める。
サービスをせず長時間過ごして、後から文句を言われてはたまらない。

「あの…そろそろ、」
「あぁ。ごめんごめん、今日は俺に触らないでいいからね」
「え?」小雪は客の意図がわからず戸惑いを見せた。
にっこり笑い、客は続ける。
「女の子を気持ち良くさせるのが好きなんだよ」

小雪は頬を染め「え、やだぁ、恥ずかしい…」と呟き、可愛らしく照れて見せた。
なぁんだ、ただの責め好きか。
そういう客は少なくない、好きに触らせ、感じたふりをしてやればいい。
気持ち良くしてもらったお返しだと言って、攻守交代してフィニッシュだな。
接客パターンを頭の中でシュミレーションする。
大抵の男は自分もサービスを受けたがるし、固辞しても最後は快楽を受け入れるものだ。
さて、そろそろ始めるか。

「でも、一緒に気持ち良くなってくれなくっちゃ…」
客の二の腕の辺りを触ろうとした手を、不意にグッと掴まれた。冷たい手。
「それ、本気でそう思ってるの?」

小雪はギョッとした。
大きな手は、小雪の手首を掴んで、ソファの背に押し倒した。
「仕事はきっちりするタイプなんだ、真面目だね。物腰も丁寧だし」
男は覆い被さる体制になり、顔を覗き込んで柔和な表情で男は小雪を見つめる。
どうやら怒ったりはしていないらしい。気分を害したのかと一瞬焦った。

不思議な人だ。なんだか接客モードが解かれてしまった。
そのままソファの背もたれに追い詰められると、ドキドキする。

「大丈夫、こわがらないで。本当に何もしなくていいんだよ」
手首はそのまま、反対の手で小雪の白い頬を撫でる。
そのまま耳を掠め、首筋へ。
「ただ快楽に身を任せて、感じてみせてよ」
冷たい手が、うなじを撫でる。ゾクゾク、する。
思わず小さく吐息が漏れたのを聞き逃さなかった男は、微笑んだ。
瞳が潤んで頬は上気し、女の表情に変わりつつある小雪を見て、安心したように頷く。
唇を軽く合わせるキスをして「たまにはこんなお客もいいでしょ?」と静かに、しかし楽しげに囁いた。