夏奈の戦争がはじまって、一週間あまりが過ぎた。
ここ最近の夏奈は学校から帰るなり部屋に閉じこもり、夕飯と風呂と寝るときくらいしか
出てこなかった。ようやく出てきたと思ったら髪の毛はボサボサで、指はバンソーコばかりで、
目の下には大きなクマがあった。
クマがあっても食欲は旺盛で、明らかにダルそうなのにお茶碗のごはんは山盛りだ。
大好物のからあげをごはんと一緒に猛烈な勢いでかきこんでいるが、無表情でしかも
無言だったから、尋常じゃなく不気味である。
「き、今日はちょっといいお肉使ってみたんだけど……どう?おいしい?」
と、春香。
「うん」
夏奈が即答。
「パーティーにはトウマとマコちゃんと……ほかのみんなも呼ぼうと思ってるけど、いいか?」
これは千秋。
「うん」
即答。
春香と千秋が一瞬、目を合わせる。
「……カナ。鎌倉幕府ができたのはいつだ?」
「うん」
二人して、小さくため息をついた。
ここしばらく、夏奈が部屋で一人で何かやっているのは、春香も千秋も知っている。
そして、バカが一人で何かやるときは大体がバカな動機によって始まるので、
そのオチがロクなものにならないということも、もちろん知っている。
が、ほかの家と同じで、南家にも独自の決まりがある。
ごはんを食べているときは、ケンカをしてはいけない。
ないしょにしていることがあるときは、むやみに詮索してはいけない。
そして、夏奈の部屋のドアに『アケルナ』の札がかかっているときは、絶対に開けてはならない。
恐れ知らずのバカものがこれを破ったりすれば、三日間お風呂掃除に買い物係の上、チャンネル権を
剥奪されるという過酷な罰ゲームを受けなければならない。
けれど、
「ちょっとカナ。最近どうしたの?何か悩みでもあるの?私でよければ聞くから……」
「ハルカ姉さまに心配かけるようなことするな。何かあるならさっさと言え」
疲れた顔をして、一人で抱えきれないものを抱え込んでいるように見える姉妹を心配してはいけない、
という決まりはないのだった。
前にこうなったのは一ヶ月甘いもの禁止令が出たとき以来で、そのときでさえ最低限の人間的
受け答えはしていたはずだ。そういえば、そのときも、鎌倉幕府はわからなかった気はするけれど。
「ごちそうさま」
無視したのか、そもそも二人の声など聞こえていなかったのか。
席を立とうとして、そのままばたーんと横倒しに倒れた。
「だ、大丈夫!?カナ、カナったら!」
しばらくぴくぴくしていたが、そのうちぬるりと生気の感じられない動きで体を起こし、
「うん」
どう見ても大丈夫ではないが、全身から出る異様なオーラに気圧されて、春香も千秋も何も言わなかった。
ふらふらした足取りで居間を出て行った。柱に頭をぶつけた。
夏奈がきれいに平らげたお皿を見て、春香と千秋はどんな顔をしたらいいのか、困っているようだった。

夏奈の部屋は、一時休戦までの様相をそのままにして残っていた。
あちこちマーカーが引かれた本、食べかけのスナック菓子、とっ散らかった裁縫セット、
それから、机の真ん中で所在なさげにしている、ピンク色の布切れ。
エネルギーはたっぷりとった。
さあ。この戦いにも、そろそろケリをつけよう。
机に置かれた布切れを手にとって、深呼吸する。腕まくりをする。
私ならやれる。
絶対にできる。
明後日。クリスマス当日までに、このマフラーを完成させるのだ。なんとしても。