奴の連絡係だなんてろくなもんじゃない、と最初から分かっていたのに。ふと気を許した自分が悪いのだ。
あたしの勘はよく当たる。故にこの予感からして、今いる状況から運よく逃げ出せる可能性は、無い等しいだろう。
諦める気はないが、目の前にいる男の行動を推測しようとすると、膨れ上がる絶望感によって力が抜けてしまう。
といっても、悔しいことに、元々立ち上がる気力さえあたしには残っていないのだけれど。

「一体何のつもり?」

低い声で言い放ち、奴の顔を睨み付ける。
速度を増していく動悸や融通の利かない手足が、ワインに仕込まれた薬の威力を知らしめている。
「シャワーを浴びてくるから、これでも飲んで待っていて」だなんて、よく考えてみれば怪しさ満点じゃないか。
長旅で疲れていたのがいけなかった。上質な酒が恋しくて、疑う前に手が伸びてしまったのだ。
身体の異変に気付いたのは、ワインをボトルの半分まで飲み干し、シャワーが止む音を聞いたその時だった。

「言っただろう?ボクは君と楽しいことがしたいんだ」

裸にタオル一枚という姿で、つかつかと歩み寄ってくる。
脚を引き摺ってどうにか後ずさるも、トンと背が壁につく音に、また絶望感が募る。
しゃがんでこちらを覗き込み、笑みを深める男。ああクソ。忌々しい。
拳を振りかざそうと右手をあげたはいいが、笑えるほど動きが鈍く、指を固める前に相手に手首を掴まれてしまった。
そのヒヤリとした感触に身の毛立つ。シャワーを浴びた直後だ、男の手が冷えている訳ではない。あたしの身体が異常に熱いのだ。

「ワイン美味しかったかい?あのクスリは無味無臭だからね。味に影響はなかったはずだよ」
「何なのそれ……痺れ薬?それとも手っ取り早く毒薬?」
「残念。どちらも不正解。正解はね、媚薬だよ。び、や、く」

あたしが予想した二つの方が遥かにマシだった。
麻痺も発熱も、殺すにしちゃ程度が弱いと思ったらそういうことか。
思いつく限りの言葉でいくら罵倒しても、奴は表情を崩さぬまま――いや、むしろ益々嬉しそうに笑う。

「この変態……!!いい加減にしな!」
「クク。そんなふにゃふにゃした動きで何をする気だい?念能力だって満足に使えないだろう?」
「くっ……!」
「ま、たとえ使えたとしてもボクには勝てない。君は賢いからちゃんと分かってるはずだ」

反論できず、黙って奥歯を噛みしめる。奴の言った通り。おそらく、命を落とすのはあたしの方。
自分でも驚くほど息が熱く、そして荒い。野良犬の様で屈辱的だ。

「でも安心して。ボクは君を傷付けるつもりはないよ」

派手な色の髪はいつもと違って纏められておらず、前髪が眉を隠している。
右頬に星、左頬に雫といった道化のような化粧が施されていないためか、鋭い吊り目と白い肌が際立って見える。

「ボクはマチと楽しいことがしたい。ただ、それだけ」

両目を細めて、ヒソカは楽しげに喉を鳴らした。