懐かしい故郷の背景から、どこからともなくと恋人の声が聞こえた。
アーサーは驚く。目の前で倒れた恋人のそばから、恋人と瓜二つの顔が現れて。
「あなたと少し話したいことがあったの」
「邪魔だから沈んでもらったわ……無意識の奥に」
――フィリアが三人……? 心の中で呟く。現れた二人のフィリアに、アーサーは軽く混乱した。
現れた二人は対照的で、一人は褐色の肌をし、もう一人の肌身は異様に白かった。また幻覚を見せられているのだろうかとアーサーは思った。
足に伝わる雪の感触は、確かな柔らかさと重みがあったが、肝心の寒さは感じられなかったからだ。
現れた二人の間で倒れているフィリアと自分は、観えている景色が違っていた。この遺跡が自分たちの視覚を惑わす作りなのならば、現れた二人のフィリアもまた、幻影なのだと。
「君たちは一体……?」と訊いた。
「わたし? わたしはフィリア。フィリアの人格の一つ」と褐色の肌をしたフィリアが返す。
白色のフィリアが歩み寄る。一歩、足をさげてアーサーが身構える。
「この『精神の海』に二人で入ることを決めた時から、ずっと聞きたかったことがあるの」
そして続ける。
「ねえアーサー、あなたは本当に……わたしを信じてくれてるの?」
寒い、という表現こそが、この場合に当てはまるのだろうか。静かに語りかけた白色のフィリアが浮かべる微笑は、色がない。
まったくの感情というものが見られなかった。背中に汗が滲むのを感じて、アーサーは息をのみ、返した。
「も、もちろん信じてるさ。でも、急にどうしたんだ? あたり前のことを聞くなよ」
少し声が上擦った。二人のフィリアが、アーサーにまた足を近づける。
「ありがとう、信じてくれてるのね」と、褐色フィリアに続き、「でも、わたしはあなたを利用しているだけだけど」と白色のフィリアが言った。
なにを言い出すんだ。アーサーは僅かに怒りの色を帯びた声でそう漏らした。彼女たちが作られた幻覚だとしても、フィリアの顔で偽りを語るのが我慢ならなかった。
「う、嘘だ! フィリアがそんなことを言うはずがない!」
「笑わせないで。わたしのことなんて、なにも知らないくせに」
「知ってるさ!」と返した。白色のフィリアの言葉に、本当は言葉を詰まらせた。フィリアの過去は知らない。だが、出会ってからのフィリアは知っている。
だからいまの言葉は嘘ではない。「わたしのなにを知ってるの?」白色のフィリアは口元を緩ませて言った。
「フィリアは強くて、優しくて、友達思いで……」と、それは、アーサーの正直な感想だった。
「あなたの知っているのは本当のわたしじゃないわ。ただの仮面よ」
「そう、本当のわたしは仮面の裏にある。あなたは、わたしの見せかけの自己しか、表面しか見ていないのよ」
褐色のフィリアに続き白色のフィリアが語る。二人のフィリアがアーサーの腕に、腕を絡める。アーサーは動けないでいた。
「人間は誰でも他人と接する時にそれにふさわしい役を演じる。いくつかある仮面の一つを選んでね……」