遮るもののないもない空を、彼は自由に飛ぶ。
 大きな翼を広げ、悠々と風に乗りただ自由に。
 空の王者の異名を取る大きな鷹、それが彼。
 両の足首を飾る金属の輪が少し邪魔だが仕方がない。
 それは彼が王の寵愛を受ける存在の証であり、これがある限り彼が他の鳥のように人間から
捕らわれたり傷つけられりすることがないのだ。
 それに、細かい細工の金の輪やそこに嵌められた黒い石が、光をはじいて光る様は美しく、
彼はそれを気に入ってもいた。
 穏やかな風の流れに身を預けながら、彼はふと下界に目を向ける。
 街の中心に位置する王宮、その中にある噴水の中庭に出てきた人影を彼は見つけた。
 ピィーッ、と彼が高く啼くと、人影は足を止めて空を見上げる。
 竪琴を小脇に抱えた少女が彼に向かって口を動かした。
「アンク」
 遥か下界から呼びかける声も彼の耳はきちんと捉える。
 彼を見つけて嬉しそうに微笑んだその顔も。
 おいで、と手を差し伸べる彼女に向かって彼は急降下する。
 風を切り、二度三度と旋回しながら勢いを殺し、彼女のそばへと舞い降りるが、差し出された腕に
止まることはしない。
 彼の鋭い爪は専用の装具をつけていない人間の腕を簡単に傷つけてしまうからだ。
 彼は翼の先で彼女の頬を軽くはたくように撫でてから、水辺の大きな石縁へと降り立った。
 ゆっくりと歩いてきた彼女もまた彼と同じように石の上に腰を下ろし、身体を屈めて隣の彼に顔を近づける。
 目を閉じた彼女の頬に、彼は小さな顔をすり、とすり寄せた。
 彼らだけのいつもの挨拶、親愛の印。
「ご機嫌は如何? アンク」
 まぁまぁの意を込めて、彼はまた小さく啼いてみせる。
「そう、良かった」
 彼女はにこやかに笑い、彼の頭を白い指先でやさしく撫でた。
 美しい、傷一つない指だ。
 その身を覆うのは、派手ではないが上等な絹に細やかな金糸の刺繍が施された上品なドレスであり、
わずかに露出した喉許や指を最上級の宝石が控えめに飾る。
 彼女はこの国の王女、彼の主人である王の娘の一人だった。
 王の子供は他にも数多くいるが、他の王女は彼の獰猛さを恐れて近寄ってくることはない。
 彼女だけが父親と同じように彼の美しさに敬意を払い、賞賛の眼差しで彼を見つめる。
 だから彼も、王の他に彼女だけには好意を抱いていた。
 彼女の艶やかな長い黒髪や、白くやわらかなそうな頬、花の蜜のような甘い声、意志の強い聡明な瞳を
美しいと思っていた。
「暑くない?」
 王女が水を手に取り、彼へと差し出す。