【 ステージ・1 】


「お礼、まだして無かったでしょ?」

 ヴァネロペが『フィックス・エット・フィリックス』を訪れたのはその夜遅くのことであった。
 いつもの『悪役お悩み相談会』から帰宅してすぐの来訪だったから、相当に遅い時間だったといえる。
 だからこそラルフは困惑したのだ。こんな時間に来るのであるならば、明日に改めればよいものを、と。
 そう思ったままに伝えるラルフを前にヴァネロペは、ただでさえこまっしゃくれた頬元をさらに膨らませては憤慨した。
「なによぉ! こんな時間に来ちゃダメって決まりでもあるの? ラルフが『シュガー・ラッシュ』に来た時だっていい時間だったじゃない」
「別にいけないってわけじゃないけど、それにしたってこの時間じゃなければいけないことなのか?」
 場所はフィリックスのビル裏に在る瓦礫の一角――そこに設けられたレンガ造りの我が家の前である。そこでの口論にラルフは、いつコレを見かねて皮肉屋のジーンが口を挟んで来やしないかと気が気でならない。
「とりあえず中へ」
 そう言って半身を開いて彼女を家に招待すると、ようやくラルフは安堵のため息をつく。
「それで、なんだっけ? 今日は何の用で来たんだ?」
 改めてそれを尋ねるラルフにしかし、当のヴァネロペはというと彼の部屋の中を物色することで余念が無い。
「なにコレ? 全部レンガでできてるの? 椅子も? ランプも? やだぁー、ベッドもかたーい♪」
 体の小ささに任せては、調度を什器を問わずそこらかしこを踏み台にしては物珍しげに部屋の中を駆け回るヴェネロペを――その自分の前を通り過ぎようとした瞬間、ラルフはパーカーのフードをワシ掴んでは宙に吊るしあげる。
 そうして彼女をベッドの上へ誘導し、自分は傍らの椅子を引き寄せて深く座り込むと、
「で、今日の用事は?」
 改めてラルフはそれを尋ねるのであった。
「そうなのよ! それよ、それ!」
 そんなラルフを前にヴァネロペもまた思い出したように立ちあがっては立てた人差し指をその前に突き出す。
「まださ、ターボの事件のお礼して無かったでしょ? 今日はそれをしに来たの」
「礼? 別にかまいやしないよ。迷惑をかけたのはお互いさまだったし、結局最後はヴァネロペが自分で決着をつけたんだ」
 深夜も遅くであったこともあり、疲れが勝っていたラルフは眠たげに適当な相槌を打っては話を終わらせようとする。
 しかしそんな半眼(まなこ)のラルフとは対照的にヴァネロペは大きい瞳一杯に光彩を輝かせた。
「そんなことないわ。ラルフが居なかったら今のわたしは無かったもん。ラルフがきっかけをくれたから、わたしはあそこまで頑張ることが出来たの」
「そりゃどうも。ところで、話はまだ長い?」
「本当に感謝してる……。でもさ、わたしはまだそのお礼が何も出来てない。同じシュガー・ラッシュの世界だったら望むご褒美をあげられるのに。だからね――」
「うんうん、だから?」
 小さな胸の前で祈るよう両手を合わせてははにかむヴェネロペと、大きな胸板の前で腕を組み居眠り半分に応えるラルフ。
 そして、