晶馬は、熱に浮かされた混乱が精と共に一息に吐き出されたように妙に冴え冴えした頭で、
熱い身体をした苹果を抱きしめていた。
おそらく、彼女は絶頂を迎えてはいないのだろうと晶馬は考える。初めてだとは言え、何だか
申し訳ないような気分で晶馬が肘を立て苹果の顔を見やると、意外な表情がそこにあった。
彼女はきっと、絶頂を迎えてはいないのだろう。こもった熱のやり場に迷うように、苹果は息を
荒げている。しかしその顔は恍惚として晶馬を見上げていた。

苹果は身体に熱を持ったまま、晶馬を見上げていた。情けなさそうな顔がこちらを見つめている。
彼女には晶馬の考えていることがうっすらと透けて見えた。
苹果の身を案じ思い煩っているに違いない。始めからそうだった。苹果の想い人はどこまでも
優柔不断で、情けなくて、そして優しい。

「しょうまくん…」
「…ん?」
苹果は子供のように抱擁を望み、半身を浮かせた晶馬の背を引き寄せる。逆らうべくもなく、
晶馬は再び苹果へと覆いかぶさった。

「晶馬君、…好き」
「荻野目さん?」
「好き。大好きよ」
「…うん」
「好きなの」
「うん」

苹果は何度も何度も好きだと繰り返し、晶馬はそれを聞き入れた。使い古された、普段なら
恥ずかしくて聞いていられなくなるような告白に、晶馬は何度も応えた。
自分自身を見失っていた、自分自身を受け入れてもらえなかったふたりは、やっと、
ひとりずつの人間としてお互いを抱きしめあっている。
だからきっと、今のふたりの愛は単純であれば良いのだろう。

晶馬は苹果の首に顔を寄せる。同じシャンプーの匂い、苹果の汗の匂い、晶馬の汗と精の匂いが
ない交ぜになって、頭をくらくら酔わせる。
その勢いを借りて、晶馬は苹果にそっと囁いた。
「…愛してるよ」



ハトのさえずりが晶馬の目を開かせた。寝起きで焦点の合わない先に、晶馬の右腕に乗せた
苹果の顔が見える。
「…あ、おきた。おはよ」
「…おはよう。その、…身体は…大丈夫?」
先に起きていたらしい苹果の声は少し舌っ足らずで昨日の余韻を残しているように思えた。
パジャマは着ているが、首に残された赤いうっ血は隠れない。
陽の光の中で、晶馬は夜とは違う意味で顔を赤くした。首の名残を、教えたほうがいいのか、
教えないほうがいいのか、それとも既に気付いているのか。
迷う晶馬に容赦なく苹果は抱きついた。
「責任、とってよね」
冗談のように笑って言う苹果を晶馬はさらに抱きすくめた。
出逢った頃のように、彼女の望むままに嫌々付き合ってやる必要などない。
大切な思い出のひとつではあっても、あの頃とはもう違う。
だから晶馬は心からの本音を口にした。
「うん、一生責任取るよ」

自分の顔が熱くなるのを、晶馬は自覚する。
しかし、黙ったまま顔を押し付けてきた苹果の耳が真っ赤に染まっているのが見えたので、
彼女に真っ赤な顔を見られることもないだろう。