「とりあえず、お話は昼食を食べながらにしませんか?」
シズと玄関で対面してから十五秒後にお腹をぐーっと鳴らしたキノが少しはにかんで言った。
「それなら是非、私の持ってきた食材を使ってください。この国に到着してすぐの方だと聞いたので、食材があった方がいいと思いまして」
シズはそう言ってバギーから大きな木箱を降ろした。米や色とりどりの野菜、それに調味料など、完璧な食材が揃っていた。
「じゃあ、ボクに料理させてください」
「いいのですか?旅の疲れがまだあるでしょうから、私がやってもいいのですよ。ただキノさんの料理を食べてみたいという気持ちはあります」
何となく顔全体が緩みながら話すシズを、ティーは陸の背中にもたれたまま、黙って聞いていた。
「あーあ。シズさん、どうなっても知らないよ」
エルメスがどうでもよさそうに一人、つぶやく。

一時間後。
テーブルに座るシズとティーの前に出された料理は、すべてもとの食材の色彩を失っていた。極端に辛い臭いや、甘い臭いがしてシズの嗅覚を苦しめた。
「どうぞ。ボク一人では食べきれないので、いくらでも食べてください」
「は、はあ・・・」
シズは料理を一種類ずつ口にして、そのたびに苦悶の表情を噛み潰し、それから意を決して一気に食べた。
ティーはおそるおそる料理を口にしたあと、
「・・・」
無言で、皿をお座りして待つ陸に差し出したが、
「流石にそれは失礼かと」
と陸に宥められ、机の上に戻した。
「美味しい野菜ですね」
「え、ええ、良い野菜に間違いはありません」
すでに味覚を失っているシズは、キノの言葉だけを信じて話を合わせる。
「どうしてシズさんは、こんなに美味しい野菜をたくさん持っているのですか?」
「実は、この国に移住しようと思っていまして、今日で約一ヶ月になります。この街からだいぶ離れた農村部で、主に農業をやっています」
「強制的に?」
「は?何のことでしょう?」
初めて、シズが意外な表情をした。
「僕達は、ここに三日間しか滞在しないつもりだったのに、この国に入国したら、絶対に移住しなければならない、なんて言われたんだよ」
エルメスが軽く説明すると、
「ふん、後先考えないポンコツ機械が」
陸が反論したが、
「あのさ、一応言っとくけど、入国するのを決めたのはキノだからね」
そうエルメスが補足すると、シズは陸の横腹を蹴っ飛ばし、陸は壁まで吹っ飛んだ。
「いくら忠実なお前とてキノさんの侮辱は許さん」
「ま、まあ、後先考えていなかったことは事実ですし」
突然豹変したシズに、キノは若干驚いて言った。
「私達は入国する時、いつも移住を前提で交渉するんです。だから旅人が強制的に移住させられるなんて気づかなかったんだと思います」
「なるほど。では何故今日、ボクの家に来たのでしょう?」
「実を言うと、私にもよくわかりません。昨日の夕方、国営移民局の役人が来て、これを持ってここに行くように、とだけ言われました。とにかく行ったらわかる、これは移民の大事な勤めだ、と」
シズは以前刀を提げていたはずの腰から、腰巾着を取り出してキノに渡した。
「これは何でしょう?」
キノが怪訝そうに腰巾着を観察する。
「わかりません。ここの家に居る人に開けてもらえ、としか」
「開けてみましょう」
キノは腰巾着の紐を引き、袋を開いたあと、
「・・・っ」
突然、真っ赤な顔になって、椅子から床にふらっと倒れた。