壮麗なる宝生邸の夜。
今宵のディナーは格別のものがあった。
何しろ、麗子が自ら捜査した事件が見事早期解決したのだ。刑事としてこれほど嬉しいことはなく、
上機嫌でワインのグラスを幾度も干していく。

「…お嬢様、そろそろ止した方がよろしいかと存じますが」
いつものように付き従っている影山がそれとなく窘めるが、今夜の麗子は聞く耳を持たなかった。
「ふふーん、あんたなんていなくても私だって事件を解決出来るの。嬉しいんだから止めないでよ」
「それはもちろん結構なことでございます、しかし明日の仕事に差し障りますよ」
「…あー、もう。いっっっつもうるさいなあっ」
いつもなら右から左に聞き流すだけの影山の小言が、せっかくの上機嫌に水を差すもののようで
少しだけ気になった。
手にしていたグラスを干し終えると、催促するように片手を上げる。
「もっと別の、こう…何て言うのかしら。気分がウキウキしてくるようなワインはないの?」
無茶ブリもいいところではあるが、そんなことで怯む影山ではなかった。美貌も頭脳も教養も家柄も、
全てが生まれながらに常人とは桁違いなほどメチャクチャ備わっている麗子とまともに対峙すると
いうのはそういうことだ。
並みの常識と神経では務まらない。
「そのようなものはございませんが、先日面白いものは入手致しました。御覧になりますか?」
「なーに、それ。いいわ、見せてよ」
「かしこまりました」
過剰なほど恭しく頭を下げて何処かへ下がり、程なくして戻って来た影山は一本のワインを手にして
いた。
「これはお嬢様がワインの味にうるさいと聞いたソムリエの友人から、譲り受けたものでございます。
もしもまだ飲み足りないのでしたら、お試しになりますか?」
ラベルは馴染みのないものだったが、確かに飲み足りてはいない麗子はすかさず同意した。
「…いいわ、それを頂戴な」
「分かりました、では今すぐに」
ソムリエにも劣らない澱みのない所作で影山はワインの封を開け、コルクを抜く。まるで静かで優雅
なダンスを見ているようだ、と思った。
新しいグラスに、鮮やかな色のワインが注がれる。
「さ、どうぞ。お嬢様…本来であればワイン担当の者が給仕を致しますところですが、何卒御容赦を」
す、とテーブルの上に差し出されたワインはゆらりと緩やかに揺れて、麗子を挑発していた。銘柄から
してこれまで飲んだことのないワインではあるが、妙に麗子の興味を引いていた。
ワインの瓶が影山のしなやかで美しい手に収まっていた風情が何となく気になっていたのだろうか。