2月が来た。
あまりに大きな犠牲を払い得た、あまりに平和な2月だった。
すっかり何事もなかったかのように日常は戻っていた。
だが、それがどれだけ幸せな事かを知った少年少女たちは、日々をいとおしむように生きている。
そんな喪失の痛みと引き換えの穏やかな日々を、文芸部5人――――いや、6人も送っていた。

「………それでそんな顔してたって訳ね」

亜紀にため息をつかれ赤面する少女は、もうあの赤い服を纏ってはいなかった。
代わりにその小さな身体を包むのは、聖学付属の制服。
可憐な彼女が歩けば誰もが振り返る――――つまり少女、あやめはもはや神隠しではなかった。

紆余曲折をへてただの女の子になった彼女は現在立派な聖学付属の生徒として稜子とともに寮に住んでいる。
最初は馴染めるか懸念された学校生活も、少々数学に苦労はしているが生来の暗記力で文系科目をしのぎ、それなりにうまくやっていた。
そんな彼女が悩んでいたのだ――――むろん、学校生活についてのこと以外で。

「うーん……男心って難しい」

稜子も思案顔ではちみつをたっぷりかけたフラペチーノを啜る。
月曜日の某有名コーヒー店は学校帰りの女子高生で混み合っていたが、みな一様に楽しそうだ。
こんな難しい顔をして考え込む集団はこの文芸部3人組だけ。
「明日はバレンタインだっていうのにねぇ…」
「まあウチの男共で気にしそうなのは近藤くらいのもんだけど」
「だから困るんだよ…魔王さまくらいになるとなんかもう超越してるからいいんだけど」
話の爼上に上がっているのは残る一人―――あやめの恋人、村神俊也。
ぱっと見接点がなさそうな二人だったが、その実あやめは空目に向ける保護者に対する視線とは確実に違う瞳で俊也を見ていて、
また俊也もあやめを意識しているのはそう遅くないうちに明白になった。
彼女が人間ではなかったころから稜子などはそれに気づいていて、煮え切らない二人に対し
いろいろ手を尽くして交際にまでこぎ着けたのだ。