陽和保育園は、ごく小規模ながら地域から評判の良い施設だった。
休日でも子供を預かってくれる上に、子供の育て方も上手いと評判だ。
特に朱美(あけみ)という保母は人気が高い。
かつてはレディース集団“百姫夜行”を率いる頭だった彼女だが、
一人の子供とのふとした触れ合いから心を入れ替え、
今ではさばさばとしながらも心優しい、理想的な保母でいる。

「あけみせんせー、たんぽぽでお花のわっか作ってー」
一人の幼児が朱美に抱きつきながら叫ぶ。
朱美はその子供の頭を撫でながら微笑を浮かべた。
腰まで届くほどの艶やかな黒髪に、キリリとした芯の強そうな瞳。
身体も女らしいスタイルを保ちつつ、よく鍛えられているのが見て取れる。
男にも女にも好かれる、清清しい下町の女、という風体だ。
「おっけ、ちょぉっと待っててね。
 すぐに綺麗なの作ってあげる…………から…………」
そう穏やかな笑みで告げた朱美の表情は、
花壇を踏み荒らしながら園内に侵入してきた少女達を見て一変する。

赤く染めた髪に着崩した制服、ショーツの見えるようなミニスカート。
そしてバットや鉄パイプ。
どう見ても園児を迎えに来た身内という風ではない。
「だぁれ、あのお姉ちゃんたち……?」
「あーっ!ミキのおはな、踏んでるー!!」
子供達が騒ぎ立てる中、少女達は朱美を取り囲む。

「……ホントにこんなトコで保母なんてしてたんだねぇ、朱美サン。
 あの“百姫夜行”のトップともあろうお方がさぁ」
ニヤつきながら煙草を吐き捨て、園児の肩に手を置く少女達。
「あたしらの一代上の先輩らが、随分世話になったみたいじゃんか。
 そういうのも含めて、ゆっくりお話させて貰いたいんだけど」
園児の首を引き寄せながら告げられる言葉。
それは明らかに、園児を人質に取っての脅迫だった。
「あ、あんた達……そうか…………!!」
朱美の顔が苦々しげに歪む。
かつては恐れ知らずとして名高く、数十人との喧嘩でも一歩も引かなかった戦姫は、
けれども守るべき物の為に何の抵抗も出来ない。