「死にます」
 偽りのない本心を口にして。けれど心の底には、拭いきれない後悔があった。
 ――これで本当に、嫌われてしまった。
 それでいいと決めたのは自分なのだから、胸を痛める権利などない。それでも、
嫌悪の眼差しを受け止めることはできそうもなくて、綾は力なく俯く。
 だが、彼女に与えられたのは、恐れていたものとは違っていた。
「分かった」
「…………え……?」
 信行の腕が、そっと、綾の体を包み込む。冷え切った肌に、その温もりは殊の外温かく
感じられた。
「なら、いつまでも、俺のそばにいるといい」
 呆然と見上げる綾に、彼はそう言って微笑みかける。
 見つめられるだけで、身も心も温まるような眼差し。
 それはまるで。
 まるで――。
「先、生――」

 どこからか鈍い音が聞こえたのは、その時だった。

 突然のことだった。不意に信行が顔を歪めたかと思うや、彼はその場に崩れ落ちてしまう。
「え……? せ、先生……?!」
 何が起こったのか分からないまま、綾は信行の姿を見下ろす。
 その、腰の辺りに突き立った、ナイフの柄を。
「――――」
 息を飲むのと同時に聞こえた、忙しない足音。あの男が姿を消していることに気付き、
綾はようやく、事態を正確に理解した。
「せ、先生……っ?!」
「ぐっ……」
 半ば以上錯乱しながら、綾は信行に取り縋る。そうする間にも、傷口から広がっていく
赤い色。その生々しいまでの鮮やかさに、体が芯から震え出す。
「いやっ……やだ、先生! 先生……!!」
 降りしきる雨の中。少女の悲壮な叫びが、夜の闇に虚しく響いた。