「ーーそこを退きなさいイッセー」
部長は、何時になく怖い声でそう言った。ヤバイ、かなり怒っている。
俺は激しく逃げ出したい衝動に駆られたけど、ギリギリの所で踏ん張って部長に言い返した。
「絶対、退きません!」
ああ、皆の俺を見る目が厳しい。
朱乃さんは一見笑顔だけど目はまったく笑っていないし、木場も険しい表情で俺を睨み付けてくる。子猫ちゃんは普段通りだけど、それでも怒っているみたいだった。
「兵藤くん、君は自分が何をやっているのか分かっているのか?」
木場が俺をなじってくる。くそ、クラス一のイケメンに責められるのって、中々堪えるな。
でも、まあ責められても仕方がない事を、俺はやっている訳で。
「はぐれ悪魔を庇うなんて、前代未聞だぞ!」
そう、今俺の後ろには、はぐれ悪魔バイサーが横たわっていた。かなりダメージを受けていて、自力で立ち上がる事も出来ないらしい。それでも、何かおかしなものを見るような目で俺を見つめている。
あーはいはい、俺だって分かってるよ。こんな化け物庇うなんてどうかしてるって。
でも、部長がこいつを殺そうとした時、思わず間に割って入ってたんだ。
「ふふ、きっとイッセー君ははぐれ悪魔の事を良く分かっていないんですわ? でなければこんなの、正気の沙汰とは思えませんもの」
朱乃さんが地味に辛辣な言葉を投げつけてくる。美人のお姉さんに虐められるのは大歓迎なんだけど、今はそんな場合じゃない。
「そうか、じゃあ兵藤君。もう一度ちゃんと説明しよう」
木場が身を乗り出すようにして語り始めた。こいつが一番怒ってるのか?
「いいかい? まずそもそもはぐれ悪魔と言うのは、主を裏切り自らの為だけに力を振るう存在だ。それを討伐するのは悪魔、天使、堕天使全てに於いて共通のルール。何故なら、制約を逃れ野に放たれた悪魔ほど、怖いものはないからね」
それに、と木場は俺の後ろのバイサーを指差した。
「主から逃げ、欲に溺れた結果がその醜悪な姿だ。君は本当にそんなモノを庇うというのかい?」
確かに、そうだ。
俺は改めてバイサーを観察する。
上半身こそ普通の人間だけど、脚の付け根から下は異形だ。四本脚の化け物がそのままくっついたみたいな感じ。全体で5メートル以上あるだろう。醜悪な姿と言えば、その通りだ。
「ーーああ、そうだよ」
だからこそ、俺は声を絞り出す。
「だけど、だけどさ!」
自分が間違っていたとしても構わない。
「こいつがどんな化け物でも、殺す事はないだろ!」
救える命を、救いたいんだ。
「言葉だって通じる、分かり合えるんだよ! 化け物じゃない、人間なんだ! もしかしたら更正出来るかもしれない! それをいきなり殺そうとするのは、やっぱり間違ってる!」