強化スーツ破壊
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0001名無しさん@ピンキー2012/09/22(土) 21:26:33.13ID:8dq+Zlh2
ご自慢の強化スーツが破壊されてしまう。
0101( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/27(木) 23:38:30.75ID:7fJB0Rtc
「はいはい、危ないから近寄らない、近寄らない!見世物じゃないんだぞ!」
都留橋近辺はあちこちで警察官が警戒にあたっており、一般人の立ち入りは厳しく規制されていた。
多数の警察官があわよくば様子を見に行こうとする野次馬の排除に務めていた。
その都留橋に近づきつつあるレッドトルネードの視界にもその光景は見えている。
警戒区域内に奴が、怪人がいるに違いない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。覚悟を決めたレッドトルネードはさらにジェッターの速度を上げる。
警察官の前で、トルネードを乗せたジェッターの車体が躍動した。

「そいやっ!」
レッドジェッターの車体は6メートル以上高く飛び、警察官の頭上を大きく飛びこして向こう側に着地した。
「ちょ、ちょっと君、どこに行くんだね?」
警察官の声はもちろんレッドトルネードには伝わらない。

「場所的にはこのあたりのはずなんだけど…」
レッドトルネードはジェッターを走らせるが、怪人は一向に出現しない。
『トルネード、上っ!』
「上?きゃあっ!」
いきなり真由美からの通信が入る。「バイクで走っている途中の真上」という、真由美もトルネードも全く想定外の場所からヤモリ怪人が出現し、ジェッターに乗っているトルネードに襲いかかった。

「くっ、うああっ、離れろっ!」
トルネードは蛇行運転をしてヤモリ怪人を引き剥がそうとするが、ヤモリ怪人の力は意外に強く、トルネードの背中にくっついて離れない。
そうこうしているうちに、目の前に建物が迫ってくる。このままでは衝突だ。
トルネードは本能的に急ブレーキをかけた。ジェッターの後輪が大きく横滑りし、その勢いでヤモリ怪人は振り落とされる。
0102( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/27(木) 23:39:07.30ID:7fJB0Rtc
「覚悟しなさい!」
トルネードはマルチマグナムをヤモリ怪人に向けて構える。ヤモリ怪人はそれを嘲笑うように、周囲の風景と自らを同化させて姿を消した。
姿を消しておけばほぼ不意打ち同然で攻撃出来る…そう思ってトルネードに飛びかかった。
が、次の瞬間、ヤモリ怪人の身体はマルチマグナムの弾丸を受けて大きく吹き飛んでいた。

「おあいにく様。こっちはアンタの動きなんか丸見えよ」
トルネードのバイザーにはヤモリ怪人の輪郭線がくっきりと映し出されている。熱源を、生体反応を感知しているのだ。
かなわない、と思ったヤモリ怪人は路地裏に逃げ込む。ジェッターでは追って来れない狭い所に逃げ込もうというのだ。

「もう逃げても無駄よ!」
マルチマグナムの弾丸がもう一発怪人に命中し、怪人は地面にもんどり打って倒れる。かなりのダメージを与えたようだ。
ヤモリ怪人はヤケになったのか、尻尾を大きく振り回してトルネードを打ちつけようとする。
しかしトルネードは尻尾をがっちり両手で掴むと、自分の身体を軸にして怪人の身体を大きく振り回し始めた。ジャイアントスイングである。
十分に回転した所で手を離すと、怪人の身体は100メートルほど先まで投げ飛ばされた。
よろめきながら起き上ったヤモリ怪人に、サイコブレードを抜き放ったトルネードが迫る。

「トドメよ!トルネードスマッシュ!」
サイコブレードの刀身が、怯えるヤモリ怪人の身体をまず左右に一閃し、さらに頭から真下へと切り下げられる。
ヤモリ怪人は何かを吐きだしそうな不気味な叫び声を上げたかと思うと、大きく爆散した。
0103( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/27(木) 23:39:58.13ID:7fJB0Rtc
「やった…のね」
トルネードはブレードを左腰のホルスターに収納し、腰部のパックルに収納されている端末を操作し、レッドジェッターを呼び寄せる。
それとほぼ同時に真由美から通信が入る。

「任務完了ね。とりあえず帰ってきなさい」
「分かったわ。すぐ帰る」
真由美からの通信を切ると、トルネードはヘルメットの左にあるボタンを押す。

プシュウウウウッ!

後頭部のロっクが外れ、水蒸気が勢いよく吹き出す。目元のバイザー、ゴーグルも、口元のマスクも解除され、由衣の素顔が現れた。

「ううーーっ!」
ヘルメットを脱ぐと、由衣は汗だくの頭を左右にブルンブルンと振り、汗を飛ばした。心地良い風が彼女の顔に当たった。
と、端末がメールを受信した事を知らせてくる。

「誰だろ」
由衣がメールの中身を見てみると、栞からのものだった。戻ってこないから先に帰る、という内容だった。
着信履歴を見てみると、不在着信が4件もあった。これも全て栞からのものだった。
由衣は人目に着かない場所にジェッターで移動すると、栞に連絡を入れた。

「あーゴメンゴメン、栞ちゃん?さっきはごめん」
「30分待っても戻ってないし、電話もつながらないし、本当にどうなってんのよ」
「本当に急な用事だったの。親にすぐに戻ってこいって言われたから」
「せっかくの休みが無駄になっちゃった気分なんだけど」
「またご飯おごってあげるからさぁ、怒らないで」
「まぁそれならいいけど…約束よ?」
「うん、約束する。じゃあね」
栞との電話を切った由衣はふぅと一息付くと、端末をパックルに戻し、ヘルメットを被り直す。後頭部がロックされ、マスク、ゴーグル、バイザーが装着され、再びフルフェイスの状態に戻った。
怪人との戦いはいつ何時あるか分からない。そのたびに由衣は何かと理由をつけて現場に向かわなければならない事はこれからも多々あるだろう。

(正義の味方って大変ね…ある意味24時間無休だから)
レッドトルネードを乗せたレッドジェッターは一陣の風のように街中を去って行った。
0104( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/27(木) 23:41:07.19ID:7fJB0Rtc
「ただいま」
「お帰り、レッドトルネード」
レッドトルネードとレッドジェッターが、リフトに乗って地下の研究室へと戻って来た。
「着装、解除」
トルネードがそう言うと、再び白い防御フィールドが全身を包む。その中で、由衣の身体が装甲から解放されていく。
ヘルメットのパーツがバラバラになり、由衣の素顔が露わになる。
上半身を包んでいた屈強な装甲も、しなやかな下半身を包んでいた装甲も、全てが光となって消えていく。
後には赤と白のツートンのインナースーツの由衣が残された。だが、そのスーツも輝きを発したかと思うと弾けるように消滅し、由衣のまばゆい裸身が現れた。
その裸の上からまずはショーツ、ブラジャーが身に付けられる。そして靴下、ズボン、上着と元の服装が身につけられた時、防御フィールドは消滅した。
レッドトルネードの変身が解除され、由衣の姿に戻ったのだ。

「お疲れ様。お風呂はまだ湧いてないけどね」
「いいよ。シャワーで済ませるから」
「あら、そう。篤彦にもただいま、を言いなさいよ」
由衣が台所に上がると、篤彦は出汁を取っている最中だった。

「おお、由衣か。おかえり」
「ただいま、父さん。今日の夕飯は何なの?」
「夕飯が出来るんじゃない。出来た物が夕飯なんだ」
「父さん、何言ってるのよ」
「まぁまぁ、見てのお楽しみだ」
こうして、今回も無事に任務を終えた由衣は再び何気ない日常生活を送る事が出来たのだった。
0105( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/27(木) 23:42:03.07ID:7fJB0Rtc
以上です。 今回もスーツ破壊でも何でもな(ry ご好評であれば次回も執筆いたします。
0107名無しさん@ピンキー2012/12/29(土) 00:51:00.81ID:gwdB9FeO
おぉ?
>>104にもっとふさわしいスレがあると思ったけど、
意外と女性主人公特撮的無双な話を守備範囲にしたスレってないんだね
0108名無しさん@ピンキー2012/12/29(土) 08:02:51.38ID:Ea6tPfzB
こういうスーツが無双しているシーンとかの後で破壊シーン描かれたら凄い興奮するだろうな
0110( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:51:23.98ID:MtzlkQ/6
とある場所の地下に設けられた研究所にて、白衣姿で眼鏡をかけた男が試験管を手に、何やら熱心に研究に励んでいた。
背後には培養液で満たされた大型カプセルがいくつも並べられ、中には甲虫のような甲殻を纏った人型、蠍のような甲殻を纏った人型のようなものもある。
また、並んでいるカプセルの中の一つには全裸の少女が入っていた。
少女は胎児のように身体を丸め、目を閉じて培養液の中に浮かんでいる。意識は無いようだ。
その様子を見ていた少年が、男に声をかける。外見は中学生か高校生のようだ。

「三影先生、どうも我々の計画を邪魔する者がいるようです」
「ああ、あの赤い戦士だな」
「レッドトルネードと言うみたいですが…」
「あの技術の解析も始めなければな」
三影と呼ばれた男は、少年を振りかえる事も無く黙々と作業を続ける。

少年は研究室を出ると、「窪島佑」と札が下げられている自室に入る。四畳半の狭い部屋で、テレビ、本棚、小さなタンス、小さな音楽プレーヤーがある程度で、ポスターや調度品の類は一切無く、酷く殺風景な部屋だ。

「何か面白い事って無いのかな」
佑は、ゴロンと床に寝ころぶと、本棚から大きな本を取りだした。「生物辞典」と書かれているハードカバーの大きな本だ。
佑はパラパラとページをめくっていたが、あるページで手を止めた。そのページには「コブラ」について書かれていた。
その生態、特徴についてじっとページを見ていた佑の右手に黒い斑点が浮かんだと思うと、徐々にコブラの表皮のように赤黒く変化していく。それを見て、佑は何かを確認したかのように一瞬小さく笑った。

「レッドトルネードか…僕の出番はまだかな、まだかな」
佑はすぐに無表情に戻った。と同時に、腕も人間のそれへと戻っていった。
0111( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:52:00.08ID:MtzlkQ/6
この日の浪速県内は雨がシトシトと降っていた。久しぶりの雨が乾いた大地を潤す。
由衣は今日は珍しくスカートをはいていた。

「お父さん、今日は遅いのね」
研究で忙しい真由美はあまり台所に立つ事は無い。家事はもっぱら篤彦の担当だ。
その篤彦がまだ起きてこないので、由衣は自分で台所に立つ。まな板と包丁を並べ、冷蔵庫の中からキャベツと卵、ハムを取りだす。
ハムを1センチ角に切り、卵をとき卵にし、キャベツを細かく千切りにする。
フライパンを熱し、ハムを軽く焦げ目がつくまで炒めてから千切りにしたキャベツを入れる。
ハムとキャベツが混ざり合った所で、火を弱火にし、とき卵をゆっくりと上からかける。卵がある程度固まれば完成である。ご飯を茶碗に入れ、お茶をお湯のみに入れると朝食が完成した。

「いただきます」
朝食を食べながら、由衣はテーブルの脇に新聞を広げる。まず最初に見るのはページをめくらなくても済むテレビ欄である。
あまりテレビは見ないが、野球中継には興味がある。由衣が好きな板金タイガースの中継は今日はテレビ浪速でやるようだ。尾張ドームで尾張ドラゴンズとの試合なので雨天中止は無い。

「尾張ドームのドラゴンズってなんであんなに強いんだろ」
そうボヤきながら、次にスポーツ欄を広げる。タイガースの試合結果も載っていたが、
0-6でドラゴンズに完封負けしていた。
社会面、国際面に一通り目を通し、由衣は朝食を食べ終えて食器を流し台に持っていく。
フライパンともどもきちんと洗い終えると、由衣は自室へと向かった。

「雨の日って化粧の乗りが悪いなぁ」
由衣は雨の日があまり好きではない。バイクに乗れないからである。
由衣が化粧を終えて1階に降りると、篤彦がようやく起きてきた。

「おはよう。今日は早出か?」
「あ、父さんおはよう。雨だから早めに出る。行ってきます」
由衣はお気に入りの赤の大きな傘を指すと、家を出る前に地下の研究室に寄った。
もう真由美は起きているのだろうか、と思いながら部屋に入ると、真由美はスーツの研究を続けていた。

「母さん、おはよう」
「おはよう、由衣…って、もうこんな時間か…」
真由美は1日中部屋に籠って研究を続けている事が多いので、時間感覚が無くなるのだという。

「母さん、やっぱりぴっちりしててなんだか恥ずかしいよ、あのインナースーツ」
「あれはね、スーツの電気信号を効率良く伝えるために必要なの。それと、万が一スーツが壊された場合に備えての生命維持装置の役目もあるわ」
「大事なのかも知れないけれど、やっぱりちょっと恥ずかしい」
「変身する時と解除する時のちょっとの間だけでしょ、その格好って。あ、それと由衣、たまに通帳見てる?ちゃんと危険手当が振り込まれてるはずよ。1回10万円だから」
「10万かぁ…」
命がけで怪人と戦った報酬が10万円というのは安いか、高いか。どっちにしろ、今の由衣にとっては大金である。
0112( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:53:04.88ID:MtzlkQ/6
近畿学院大学は最寄りの地下鉄駅から10分ほど歩いた所にある。
地下鉄を使って大学に行くルートは、由衣の自宅からの最短ルートを避けるようにあるため、大きく回り道する形になる。

「ま、たまには電車で行くのもいいか」
降りしきる雨の中、由衣は大きな傘を指して大学へと向かった。

大教室では1限目の授業が始まろうとしていた。由衣はルーズリーフと教科書を広げ、大教室の前の方の席に座って教授が来るのを待っている。
開始時間ギリギリになって、栞が教室に入って来た。

「ふぅー、間に合った間に合った」
「おはよう、栞ちゃん」
「由衣ちゃん、おはよう。雨の日って嫌だよねー、足元濡れちゃうから」
「栞ちゃん、こないだ私が貸した1000円、覚えてる?」
「忘れてるわけないでしょ、ほら」
栞は1000円札と10円玉を取り出して由衣に渡した。

「この10円玉は?」
「一応、利子のつもりよ」
「いいわ、気持ちだけ受け取っておく」
由衣は10円玉を栞に返し、札を自分の財布にしまった。

「また何かあったら貸してちょうだいね」
「財布の中身ぐらい自分で管理しなさい」
図々しいのか礼儀正しいのかよく分からない性格だなあ、と由衣は感じた。

講義が始まると、教授は話をしながら、時々言葉を黒板に書いていく。
高校までの授業と違って、大学の講義の内容は板書されない。故に、集中して話を聞き、自分なりにその場で要点をまとめてノートに書き留めておく必要がある。
由衣は鉛筆を動かし、教授の話を自分なりにまとめていく。
講義が終盤に差し掛かった頃、ふと隣に座っている栞を見る。栞はシャープペンシルを握りながら机に突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。

(ったく、この子は…)
大学の講義は1コマ90分授業である。高校までの1コマ45分の授業と違って2倍の長さがあるので、集中力が持たなくなるのも仕方が無いと言えば仕方が無い。

「…ん?うう…」
講義の終わりを告げるチャイムが鳴って、ようやく栞は目を覚ました。

「栞、起きた?はい、出席カード」
むっくりと起き上がった栞に、由衣は小さなカードを渡す。名前を書いたカードを教授の所に渡す事によって、初めて講義に出席したと認められるのだ。

「だってさぁ、あの先生の声って本当に聞いてたらすごく眠たくなるんだもん」
栞は眼が半開きの状態で出席カードに学生番号と名前を書いていく。
おまけにこの教室は大教室で、教室の後ろのほうに座る学生にも聞こえるようにするため、やたらマイクにエコーがかかっているのだ。

「あっ、そうだそうだ、由衣ちゃん、来週の日曜日の屋外撮影会に着て行く服ってもう決めた?」
教科書とルーズリーフを鞄にしまって席を立った由衣を、栞が後ろから呼び止める。

「由衣ちゃん、今日時間ある?」
「別に忙しくは無いけど…どうしたの?」
「講義終わってからさ、由衣ちゃんの家に遊びに行きたいの」
「私の家って別に何も無いわよ」
「そんな事無いと思うんだけど。結構大きな家だし、場所も知ってるから」
「な、なんで分かったの?」
「散歩しててたまたま前を通って、『鷹野』っていう表札があって、あ、ここだって分かった」
「…まぁ、上がってもいいけど、靴とかはちゃんと揃えて上がってね。ウチの親は結構厳しいから」
「えっ、いいの?楽しみだなあ」
栞はパッと目を輝かせた。
0113( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:54:15.17ID:MtzlkQ/6
「ただいま」
「おお、お帰り」
由衣が家に帰ると、篤彦はホームページ作成をしていた。

「今日さ、私の友達が家に遊びに来るんだけど、いい?」
「ああ、いいぞ。由衣もついに恋人が出来たのか?」
「やだなぁ、女友達よ、女友達」
「そうか…じゃあ父さんがお茶とお菓子を用意しておく」
由衣が恋人の存在を笑って否定すると、篤彦はやっぱりな、という表情で戸棚に向かった。

「栞ちゃんね」
「こんにちは。御邪魔します」
鷹野家のインターホンが鳴る。カメラで確認すると、やってきたのは栞だった。由衣がドアを開けると、栞はきちんと靴を揃えて玄関を上がる。

「初めまして、森川栞です」
台所で冷蔵庫の整理をしている篤彦に、栞が学生証を名刺のように差し出して挨拶をする。
「森川さんか、こちらこそ初めまして。お茶を持っていくのでちょって待ってなさい。あ、コーヒー、紅茶、どちらがいいかな?」
「え、え、別にどっちでもいいです」
「じゃあ、こっちの気分で紅茶にしておくからね。由衣なら2階にいるぞ」
篤彦が丁寧に栞に希望を聞くと、栞は戸惑った。礼儀正しいというか、気配りが細かい家である。

「由衣ちゃん、私よ」
栞が由衣の部屋をコンコンとノックする。

「どうぞ」
由衣が返事をすると、栞が部屋に入って来た。そして、栞は部屋の豪華さに目を見張った。
白を基調とした部屋は間取りにもかなり余裕があって、由衣専用と思われるパソコンやテレビも置いてあった。
この家はかなり裕福な家庭で、由衣もかなり育ちのいい人間だという事がすぐに伝わって来た。

「ここって広いなぁ…わたしのアパートとは大違いね。月5万だし」
「月5万のアパートって結構いい方だと思うんだけど…」
栞が部屋の広さに見とれている間、由衣はバイク雑誌やファッション雑誌「nono」を読んでいた。

「森川さん、初めまして。いつも由衣が世話になっていてすまないわね」
「いえいえ、こちらこそ」
「まぁ、何も無い家だけど、ゆっくりしていってね」
部屋に上がって来た真由美が、二人分の紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

「今度の日曜日さぁ、撮影会に着て行く服ってもう決めてる?」
次の日曜日、二人は天宝山公園での団体撮影会に参加するのだ。

「んー、この間安部乃で買ったのを着てみようかな、って思ってる。栞ちゃんは?」
「秘密」
「じゃあなんで聞いたのよ」
「その時の気分で決めるから。でも今度初めて由衣ちゃんと一緒にやるんでしょ、すっごい楽しみ」
二人が時間を忘れて話をしてうちに、時計の針は午後5時を指していた。

「あ、もうこんな時間だから、そろそろ御暇するね」
「え、ああ、もうこんな時間なの?」
由衣は栞に言われて初めて時間に気付き、慌てて立ち上がった。長時間座っていたので足がもつれそうになった。

「すいません、今日は本当に御世話になりました。では、これで失礼します」
「せっかくだから、今日はウチで夕飯を食べて行かないか?」
「いや、そこまでして下さらなくて結構です」
篤彦の夕飯の誘いを断って栞は家を出た。

「なかなか礼儀正しい、いい子じゃないか、由衣」
「私の前ではそうでもないんだけどね」
篤彦は栞にひとまず好感を持ったようだった。
0114( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:55:01.88ID:MtzlkQ/6
日曜日の天宝山公園は晴天に恵まれ、絶好の撮影日和だった。
午前10時、由衣と栞を入れて7人のモデルが、集まった10数人のカメラマンの前に並び、軽く自己紹介をする。

「鷹野由衣です。初めての人は初めまして、久しぶりの人はお久しぶり、常連の方はおはようございます」
「森川栞です。19歳らしく何も恐れずに頑張ります!」
栞はウケを取ったつもりなのだろうが、一瞬場が静まり返り、それからまばらに拍手が起きた。

「栞ちゃん、野球の新人選手じゃないんだから…」
由衣に突っ込まれ、思いっきりスベった栞は赤面していた。

自己紹介が終わると、モデルごとにそれぞれ分かれて撮影が始まる。公園には様々な「オブジェ」があり、それをどう使うかでカメラマン、モデルの技量が問われる。
由衣は赤のチェックのスカートに、白のブラウス、栞は白のキュロット、グレーのシャツブラウスに、黒のニーハイソックスという格好だ。

「イエーイ、みんな見てるー?」
栞の方はというと、変顔を披露したり、大きくジャンプしたりと、とにかく動きまくるので、カメラマンをあちこち振り回していた。

「おおー」
「可愛いね」
撮影を続ける中、由衣の周囲にカメラマンが集まる。
首と頭に花のレイをつけて、手を胸の前で合わせて祈るようなポーズを取り、目をそっと閉じると、
それはまるで妖精か天使のような美しさを醸し出していた。

昼休みに入り、モデル達も休憩に入る。それぞれ持ってきた昼食を持ってきて、気分はちょっとしたピクニック気分である。
栞の昼食はサンドウィッチだったが、由衣の弁当はかなり豪華だった。三段重ねで、炊き込みご飯に出汁巻き、筑前煮、ほうれんそうのおひたし、デザートでイチゴまでついていた。

「由衣ちゃん、それ豪華過ぎるよー、全部自分で作ったの?」
「いや、お父さんに作ってもらっただけだから」
「ちょっと分けてくんない?」
栞にせがまれて、由衣は出汁巻きを少し分けてあげた。

「これ作った人絶対プロで金取れる。天才的」
「そんなに美味しかったの?」
口の中に広がる出汁の旨みを味わった栞が、親指を立てて見せた。
0115( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:56:09.80ID:MtzlkQ/6
公園では多くの子供達も遊びに来ていた。何人かがカブトムシを追い回している。
弁当を食べ終えた由衣は食後の運動がてら、その様子を見にぶらりと歩く。
子供達は懸命にカブトムシを捕まえようとするが、なかなか捕まらない。カブトムシは他にも沢山おり、花の蜜や木の樹液を吸っているものもいる。
由衣は最初、その様子を微笑ましく見ていたが、どうもおかしな事な事に気付いた。

(なんでこんなに枯れた花や木が多いんだろう…)
木々が青々とした季節なのに、枯れ葉が次々と地面に落ちている。花が鮮やかな季節のはずなのに、花は大半が萎れてしまっている。
見ると、大半の花や木にはカブトムシがとまっている。

(いくらなんでも多すぎると思うんだけど…)
由衣が不審を抱いていると、栞が声をかけてきた。

「由衣ちゃん、そろそろ昼休み終わっちゃうよ」
「うん、今行く」
由衣はどうしても異常発生してるカブトムシが気にはなったが、ひとまずは撮影に戻る事にした。

撮影は午後3時過ぎに無事終わった。カメラマン、スタッフが解散を指示すると、皆挨拶を交わして帰ろうとしたが、
モデルの中の一人が、由衣達に声をかけてきた。

「これからカラオケで二次回しない?」
「わたし、行くよ。由衣ちゃんもどう?」
由衣としても、モデルと親交を深める格好の機会だったので、別に断わる理由などない。やれやれ、無事に終わった。そう思いながらカラオケボックスにモデル達と向かっていると、真由美から電話がかかってきた。

『由衣、出動よ。出たのよ、奴が』
「出た?どこに」
『アンタの撮影現場よ、そう、天宝山公園』
「公園に?」
『そう、怪人らしい反応が集まっているの、今すぐ向かって』
「分かった。現場で待機しておくわ」
後ろの方にいた由衣は、栞達に気付かれないようにスッと群れを後にし、撮影現場だった公園まで走りだした。

ふと栞が後ろを振り向くと、そこには由衣の姿は既に無かった。
「あれ、由衣ちゃんがいない…また急な用事かな」
この前からどうも由衣の様子がおかしい、と栞は思う。急な用事と称してフッといなくなるのはこれで2度目だからだ。
0116( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:56:44.93ID:MtzlkQ/6
公園に戻った由衣は、園内の木々や花々の変わり果てた様子に驚いた。いずれも枯れており、全く生気が感じられない。
由衣が林の辺りを歩いていると、枯れた木のうちの1本の根元が軋んだ音を立てる。

「はっ!」
背後から倒れこんでくる木を由衣は右に飛んでかわす。倒れた木は土煙と共に轟音を上げた。

「これは一体…」
由衣が辺りを見回していると、空には大量のカブトムシがいた。撮影中、花や木の樹液を吸っていたものだ。やはり数が異様に多い。
そのカブトムシが徐々に一か所に集まりだすと、人のような型となり、茶色の堅牢な装甲、巨大な角を持った怪人に変化した。カブトムシ怪人だ。
この怪人は公園の花や木の樹液を吸い、栄養を満たし、頃合になった頃、完成体である怪人となった。
由衣が頭の中で整理を終えるか終えないうちに、カブトムシ怪人が巨大な角を突きだして突進してくる。
図体は巨大なのにそれを全く感じさせない、まるで地面をホバー移動しているかのような滑らかな動きで、逃げる由衣を追い回す。
カブトムシ怪人の角が由衣の身体を捉えると、まるでゴミでも捨てるかのように放り投げた。
芝生の上に落とされる由衣。やはり生身ではかなわない。挑発するかのような仕草を見せるカブトムシ怪人に向けて、眦を決し、戦士に変わる決意をする。
懐から端末を取りだし、身体をひねって端末を持った右手を前に付きだす。

「着装!」
由衣の叫びと共に、全身が白く光る防御フィールドに包まれる。
その中で由衣が身に付けているパンプス、スカート、ブラウスが、次いで、ブラジャーとショーツが光の粒子となって消え、由衣は瑞々しい裸体を晒す。
つま先、手から、光が駆け上がり、由衣の身体は赤と白のツートンカラーのインナースーツに包まれる。
装甲を纏う準備が整うと、股間部、臀部を保護する強固なパーツが、端末を収めるパックルが装着される。
つま先から上に向かって次々と装甲が装着され、インナースーツに包まれただけの上半身も腕、肩、そして胴と装甲で覆い隠されていく。
首から下が全て装甲に包まれた由衣はそっと目を閉じる。頭部付近に現れた装甲がヘルメット状となって由衣の頭を包み込み、後頭部がロックされる。
口元にマスクが装着され、ゴーグル、バイザーも装着されると、由衣の姿は完全に覆い隠された。
防御フィールドが弾け飛ぶと、そこには変身を完了した真紅の戦士・レッドトルネードの姿があった。
0117( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 21:57:47.23ID:MtzlkQ/6
「行くわよ!」
カブトムシは昆虫であり、寒さには耐えられないはずである。レッドトルネードはマルチマグナムの冷凍光線をカブトムシ怪人に発射した。
しかし、表面が一瞬白くなっただけで、怪人はたじろぐ様子も見せない。怪人という事で強化されているのだろうか。
次いで、装甲の隙間を狙って破壊光線を発射する。しかしこれも強固な装甲にあっけなく弾かれてしまう。
カブトムシ怪人はこれに怒ったのか、反撃とばかりレッドトルネードに猛然と突進してくる。
トルネードは両手でガッチリと受け止めるが、予想以上に力が強く、強化スーツの力をもってしても弾き飛ばされそうである。

(外から殴れば内部に損傷を与えられる!)
トルネードはカブトムシ怪人に向かってパンチ、チョップ、キックを繰り返すが、いずれも大して打撃を与えられない。
すると、カブトムシ怪人は肩口からトルネードに向かってタックルをぶちかます。

「ぐあああっ!」
トルネードはタックルを左肩にモロに受けてしまい、後ろに大きく吹き飛ばされる。今まで経験した事も無いような大きな衝撃だった。生身であれば確実に脱臼していたであろう。
さらにカブトムシ怪人は角をアンカーのように発射し、倒れているトルネードの身体をワイヤーで巻きつける。
身動きが取れない状態で自分の手元にまで引きこんで始末してやろうというのだ。

「ま、負けるもんですか!」
トルネードは左腰のホルスターからサイコブレードを取りだし、ワイヤーを斬りつける。ワイヤーが外れ、トルネードの身体が解放される。
角を再び頭に戻したカブトムシ怪人は、身体を大きくのけぞられ、腹部から多数のカブト虫を放出する。
トルネードはまとわりついてくるカブトムシをブレードで斬ろうとするが、動きが非常に素早く、とても斬れるような物ではない。
逆に体中にまとわり付かれてしまい、カブトムシ怪人が不気味な声を上げると、トルネードの装甲にまとわり付いたカブトムシが小型爆弾のように連鎖的に爆発した。

「きゃああぁぁぁっっ!」
肩に、胸に、背に、腹に、脚に、一斉に爆撃を受け、トルネードはその場に倒れこんでしまう。想像以上に大きなダメージで、すぐには立ち上がれない。

『仕方が無い、これを実戦投入するわ。ジェットストライカーよ』
トルネードの苦戦ぶりを見かけた真由美が、研究室から新兵器を転送してくる。
2枚2対のカッター状の翼が、まだ全身から煙を上げているトルネードの背中に装着される。
0118( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 22:03:25.91ID:MtzlkQ/6
『このジェットストライカーで空から攻めるのよ!』
「分かった。有難う、母さん!」
ジェットストライカーを装着したトルネードは、先ほどのダメージも忘れて、大きくジャンプした。空中で一時停止し、眼下にいるカブトムシ怪人を見据える。
カブトムシ怪人も空中戦では負けじと翼を出し、トルネードへと向かってくる。
戦いでは頭上を取った方が有利だ。トルネードは急降下し、急上昇してくるカブトムシ怪人に対してマルチマグナムを放った。
片翼が吹き飛び、カブトムシ怪人は地面に墜落する。
怒ったカブトムシ怪人は再び腹部を開け、多数のカブトムシ怪人を放出しようとする。

「二度もその手は食わない!」
トルネードのマルチマグナムが腹部に命中し、カブトムシ怪人は大きくもんどり打って倒れる。
すかさず冷凍光線で追い打ちすると、先ほどの様子が嘘のようにカブトムシ怪人は苦しみ始める。どうやら腹部が弱点だったようだ。

「さっきのお返しよ!」
トルネードはジェットストライカーで素早く飛び込むと、上空から勢いをつけてカブトムシ怪人の角に向かってチョップを入れる。角が頭部から綺麗に切り離され飛んで行った。さらに、トルネードは右脚を軸にしてコマのように回転し、カブトムシ怪人に連続キックを喰らわせる。
大きく吹き飛んだカブトムシ怪人はもはや立ち上がるのがやっとのようだ。

「よし、行くわよ!」
トルネードはサイコブレードを抜き放ち、刀身にエネルギーを集中させる。
そして、低空飛行でカブトムシ怪人に突っ込んでいく。

「トルネードスマッシュ!」
居合斬りのように一度、二度と斬りつけ、カブトムシ怪人を背にするようにレッドトルネードが着地すると、カブトムシ怪人は大きく爆散した。
0119( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 22:04:33.00ID:MtzlkQ/6
「ふぅ…」
振り向いて、勝利をおさめた事を確認すると、レッドトルネードはブレードをホルスターに戻した。すると、そこには一人の少年がいた。見た目は中学生か、高校生のようだ。

「ふーん。君ってそこそこ強いんだね」
「あなたは誰?こんな所で何をしているの?」
「あ、レッドトルネードって女の人だったんだ」
「男の人だからと言ってどうしたって言うのよ!」
窪島佑…見た目は普通の少年だが、ただならぬ物を感じる。コイツは明らかに普通の少年じゃない。レッドトルネードは警戒を緩めなかった。

「何で私の名前を知っているのよ!」
「あんまり僕らの事をナメない方がいいと思うよ。じゃ、またね」
「待ちなさい!」
レッドトルネードは佑に向かおうとしたが、佑は背景に溶け込むようにその場から姿を消した。

「一体何なのよ、あの子…」
疑念は残るが、とりあえず戦いは終わった。レッドトルネードは人目に付かない場所に移動し、普段の姿に戻る事にした。

「着装、解除」
白い防御フィールドが展開され、ヘルメットも、上半身の装甲も、下半身の装甲も全てがバラバラに外れ、光の粒子となって消えて行く。
装甲から解放され、白と赤のインナースーツ姿となった由衣は、全裸になったような気分だった。
そのインナースーツも光を発すると共に分解され、一瞬ではあるが由衣の裸が露わになる。
下着、スカート、ブラウス、パンプスが元通りに装着されると変身解除は完了し、防御フィールドも消滅した。
レッドトルネードから由衣に戻った彼女の顔は汗だくだった。と同時に身体に疲労がどっと押し寄せてくる。
しばらくその場に座り込み、立ち上がろうと言う気にすらなれなかった。
余裕があればこの場で栞に電話をし、二次回に飛び入り参加させてもらおう、とも考えたのだが、今はそれどころではない。
とにかく家に帰って休もう。由衣の頭の中にはもうそれしか浮かばなかった。
こんな事で、これから激化していくであろう怪人との戦いに勝てるのだろうか?
心も身体も重さを引きずるようにして、ゆっくりと由衣は家路に向かった。
0120( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2012/12/31(月) 22:06:27.85ID:MtzlkQ/6
今回は以上です。スーツ破損までは行かなかったかな?ご好評であれば次回も(ry
0121名無しさん@ピンキー2013/01/01(火) 23:45:14.26ID:1ryCRtQZ
大晦日に執筆ご苦労様です。新年からいいものが見られました^^
格闘シーン[E]です!
カブトムシ人間と聞くと某ジャングルの王者を思い出すのがアレでしたが
0122( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 19:49:45.31ID:n52f/XOh
「母さん、おはよう」
「おはよう、由衣。もう行くの?」
「うん。道が混んでると困るから」
大学の1限目の講義に出席するべく、由衣は家を出る前に、いつものように地下の研究室にいる真由美に挨拶をしに行っていた。

「あれ、このカプセルは?」
壁面にカプセルがもう1個あり、中には薄緑色の培養液がなみなみと満たされていた。
ホルマリン漬けに使われるような容器を非常に大きくした感じだ。

「ああ、これ?高速治癒カプセルっていうの。サッカー選手とかが使ってる高酸素カプセルってあるでしょ。それをもっと高級にしたものなの」
「これに入ってたら傷の治りが早くなるの?」
「人間の自然治癒力の20倍以上の効果があるはずよ。…でも、なるべくならこんなものの出番が無いのが一番よ」
「そうね、母さん」
自分の身を案じ、万全のサポート体勢を整えてくれる母に感謝し、由衣は家を出る。
0123( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 19:51:51.74ID:n52f/XOh
大学に到着し、教室の椅子に座って教授が来るのを待っていると、後ろに座っている数人の男子学生が何やら話をしている。

「おいお前、これ見ろよ」
一人の学生が写真週刊誌と思われる薄い雑誌を広げる。

「『真紅の戦士、天宝山公園に現れる!』…だってよ」
「俺、マジで現場目撃したぞ。特撮のロケかなって一瞬思ったけど、マジだったのか」
学生たちは「真紅の戦士」の正体が何者なのか、他にもどこかで見た事は無いのか、について話し合っている。
勿論、学生たちは前に座っている女子学生・鷹野由衣がレッドトルネードである事など知る由も無い。

(仕方ないけど、あれだけ人目に付く場所で戦ってたらバレちゃうよね。でも、真紅の戦士かぁ。そういう二つ名も悪くないわね)
由衣は自分をレッドトルネードと名乗った事は一度も無い。
それに、自分の戦いに多くの人を巻き込むべきではない。正義の味方は殊更に自分の事績をアピールする必要は無いし、今は目の前の事を一つ一つ確実に解決していけばいい。
由衣がそんな事を思っているうちに、講義の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

昼休みになって、いつものように由衣は学生食堂に向かった。座る席を探していると、既に栞が座っていて、こちらの姿を確認して手を振ってきた。

「あ、由衣ちゃん、一緒に食べよっ!」
「うん。でも今回は自腹よ」
「いくらわたしでもお昼代ぐらいちゃんと持ってるよ」
栞と由衣はレーンに並び、思い思いの物を取っていく。由衣はご飯に豚汁、鯖の味噌煮、揚げだし豆腐、栞はご飯に味噌汁、イカの天ぷらにほうれんそうのおひたし、肉じゃがを取っていた。

「栞ちゃん、かなり豪華ねぇ」
「モデルのバイトって割がいいしね。今日の夕方も仕事が入ってるし」
由衣も出来ればもう少し仕事を入れたいのだが、怪人と戦う「仕事」を優先しなければならないのでそうもいかない。

「由衣ちゃん、こないだの二次会なんで来なかったの?」
「あれね、家のカギを公園に落とした事に気づいて取りに戻ってたの」
「で、カギは見つかったの?
「見つかったわ。時間がかかっちゃったけどね。カギを探しているうちにしんどくなったから、二次会は止めておいたわ」
不審を抱く栞に対し、由衣は適当に理由をつけてはぐらかす。今ここで正体を明かすと面倒な事になるからだ。
0124( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 19:53:53.05ID:n52f/XOh
由衣は3限目の講義を終え、バイクで家路に着こうとしていた。近所にあるやや大きめの公園を通りがかると、何やら喚くような声が聞こえてきた。

「オラー、タイマンしろよタイマン!」
「嫌です、やれません」
「ビビってんのか、コラ」
気になった由衣は道端にバイクを止め、様子を見る。
学生服を着た気弱そうな少年が、同じく学生服を着た2人の少年に絡まれている。外見からしておそらくは中高生だろう。
絡まれている少年は半泣きになっている。遊びやじゃれ合いといった類では無く、イジメであるのは明らかだ。

「やるのかやらないのかはっきりしろよ」
少年が尻に蹴りを入れられ、前によろめく。このままではエスカレートしていきかねない。
見るに見かねた由衣は、柵を乗り越え、掃除用具の倉庫の裏へと隠れる。少年たちはまだ気づいてはいない。
そして、戦士へと変わるキーワードを叫ぶ。

「着装!」
由衣の全身が防御フィールドの中で白い光に包まれ、着ている服が消滅していく。
入れ替わるように白と赤のツートンカラーのインナースーツに覆われ、下半身、次いで上半身とあっという間に装甲が装着されていく。
頭部の周辺にパーツが出現し、それがヘルメット状になって由衣の頭に被さる。
後頭部がロックされ、口元のマスクが装着され、目元のゴーグルが降り、半透明のバイザーが装着されると、防御フィールドがパッと弾ける。

「待ちなさい!」
凛とした声を響かせ、倉庫の裏側から姿を現したのは、全身を真紅の装甲で固めた戦士・レッドトルネードだ。
中学生たちは突然倉庫の裏から発せられた白い光に驚いていたが、目の前に突然現れた真紅の戦士にはもっと驚いた様子だった。

「な、何だお前!」
「通りすがりの正義の味方よ。アンタ達、こんな所で何をやっているの!」
「だ、だってコイツは俺らに金を貸そうとしないから…なぁ?」
「同意」を求められたイジメられている中学生は、それを否定するようにレッドトルネードの背後に隠れる。

「暴力で金を踏んだくろうっていうのは恐喝っていう犯罪よ!」
「お前、ちょっと生意気なんだよ!」
トルネードの正論に逆上した中学生が懐からナイフを取りだし、襲い掛かってくる。
だが、強化スーツに身を包んだトルネードにとって、そんな動きはまるで止まっているようにしか見えない。
右手首をがっちりと掴み、微動だにさせない。そのまま力を入れれば手首を折る事などわけもなかったが、一般人相手にそういう事をするわけにもいかない。手を振り払い、ナイフを遠くに飛ばす。
中学生はその勢いで地面に倒されてしまった。もう一人はそれに恐れをなしたか近づいてこない。

「こ、コイツヤバイぞ、逃げろ!」
「わ、わ、うわあっ!」
二人が逃げて行ったのを確認してから、トルネードはしゃがみ込み、泣きべそをかいていた中学生を見つめた。

「もう大丈夫よ、気をつけて帰ってね。今日の事はきちんと親に相談するのよ」
「わ、分かりました、有難うございます」
中学生はその場から走り去って行った。
事が終わり、レッドトルネードは再び倉庫の裏側に隠れると、普段の姿に戻る言葉を叫ぶ。

「着装、解除」
白い光の中で全身の装甲が溶けるように消えて行き、インナースーツ姿となる。
そのスーツも光ともに消え、一瞬裸身が露わになったが、すぐに由衣の服装に戻った。
初めて装着した時に比べると、装着までに必要な時間がかなり短縮されている。スーツも日々改良されているのだ。

「人助けをした後って、気分がいいね」
ごく短時間とは言え、レッドトルネードになった後は疲労感を感じる。だが、今はこの疲労感も心地いい。
そして、変身しておいて良かった、と感じた。最近の中学生の男子は発育が良く、腕力も強い。
二人がかりで来られたら、普段は普通の女子大生である由衣には分が悪すぎるし、余計な怪我を負いかねなかったからである。
0125( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 19:59:04.24ID:n52f/XOh
その日の夜、窪島佑は、何をするわけでもなく、住宅街をうろうろしていた。
とそこに、暴走気味の運転の車が背後から突っ込んでくる。車は避けようとする素振りも見せない佑の脇をかすめ、急ブレーキをかけて立ち止まった。

「コラー、そこのガキ、気をつけろ!」
白い乗用車の運転席から、中年の男性と思しき怒声が佑に向かって浴びせられた。
佑は運転席の方を冷たい目でじっと見つめていると、車はそのまま走り去っていこうとした。
少しして、車の燃料タンクに穴が空き、ガソリンが流れ始める。
次いで、スピードを上げようとしていた車の左後輪が破裂し、大きな音が辺りに響き渡った。
車は制御が不可能になり、そのまま近くの住宅地の塀に激突した。
大爆発を起こした車から、ボンネットやタイヤが外れ、辺りに飛び散ったり転がったりした。
大破した車から黒煙が立ち上り、吹きあがる炎が、周囲の闇を赤々と染めていた。

「みんな死ねばいいのに」
佑は燃え上がる車の様子を無表情で見つめていた。車の主が生きているかどうか、佑はいちいち確認などしなかった。
佑の右腕は不気味に長く伸びており、先端には鋭い爪が生えていた。
0126( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:00:08.35ID:n52f/XOh
午後7時30分過ぎ、夕食を終えた由衣は自室でくつろいでいた。横になりながら、テレビの野球中継の「板金ー横幅」戦を見ている。

「さぁ5回裏、1-2と1点ビハインドの板金、1アウト満塁で1打逆転のチャンス!打席は5番服留選手です!」
試合は中盤の山場を迎えていた。横になっていた由衣も起き上がり、応援に力を入れ始める。

「犠牲フライでもいいから、まずは同点に追いついて!」
ボールカウントは2-1、打者有利のカウントだ。とその時、電話がかかってきた。

「はいもしもし…って、母さんか」
『由衣、出動よ。怪人が出たわ。既に死傷者が出ているみたい』
「場所は?」
『江板スタジオから西に2キロほど離れた別のスタジオ近辺よ』
「分かった、今行く」
由衣はすばやく立ち上がり、ハンガーにかけてあったジャケットを羽織る。

「せっかくいい所なのに…」
野球観戦に邪魔が入った事を愚痴りながら、由衣は愛車で現場に急行する。
0127( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:01:04.24ID:n52f/XOh
栞は夕方からスタジオで個人撮影会をしていた。モデルである栞本人、カメラマン2人、撮影スタッフ3人という小規模なものだ。
本日の栞の衣装は女子高生風の制服だ。いわゆるコスプレだが、栞は高校を卒業してから1年も経っていないので、まだまだ制服姿がサマになる。

(懐かしいなぁ、もう1度高校生やり直したい気分)
カメラのフラッシュを何度も焚かれながら、栞は高校生活を思い出していた。

やがて、撮影時間が終了し、栞はカメラマンやスタッフに礼を言ってスタジオを出る。
スタジオ最寄りの駅に向かうべく、住宅街を抜けて大通りに出ようとすると、栞の目に異様な光景が入って来た。
炎上した乗用車やバイクが何台か転がり、そのどれもが黒煙を上げている。熱気が栞の方まで伝わって来た。

「大事故かしら…」
心配になってこの場を素早く走り去ろうとした栞の背後から声がかかる。

「君、見物料も払わずに逃げる気かい?」
ぎょっとした栞が後ろを振り返ると、そこには右腕がコブラのそれと化している佑がいた。
まるで虫やゴミを見るかのような目で栞を見つめている。

(この人はただの人じゃない、逃げなきゃ!)
本能的にその場を離れようとした栞の首に、コブラの腕が巻き付いた。

「僕のこういう格好を見てしまったんだね。見てしまったんだね」
振りほどこうともがく栞の目の前で、佑の姿がみるみるうちに変化し、コブラ怪人へと変化する。
窪島佑はかつて普通の少年だったが、三影の手によって怪人態であるコブラ怪人への変身能力を身につけたのだ。

「見物料?そうだね、君の命でゆっくりと払ってもらおうかな」
目の前に突然現れた得体の知れない化け物に、栞は恐慌に陥る。

「い、嫌やああああ!離して!離してー!」
涙を流しながら、腕を首から引き剥がそうと、身体を左右によじって拘束から抜けだそうとするが、腕は全くびくともしない。
0128( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:03:34.78ID:n52f/XOh
由衣は愛車で現場に向かっていた。真由美によるとこの辺りのはずだ。そう思って向こうを見つめると、赤々と燃える炎が視界に入る。敵がいるのは間違いない。
ヘルメットを被った状態の由衣は、戦いに入るべくこう叫んだ。

「着装!」
ズボンに入った状態の端末が反応し、バイクごと由衣の全身を白い光で包み込む。
ヘルメットが、由衣の衣服が光の粒子となって分解され、端末に吸い込まれていく。
首から下が赤と白のインナースーツに覆われ、その上から尻と股間部を保護するパーツが、端末を収めたパックルが腰部に装着される。
つま先から、手先から装甲が駆け上がるように一気に下半身と上半身に装着される。
最後に頭部にヘルメットが装着され、由衣の姿を完全に覆い隠す。それと同時に愛車もレッドジェッターに変化していた。
白い光が弾けると、そこにはレッドジェッターに跨ったレッドトルネードがいた。
バイザーの向こうには、コブラ怪人と、首を絞められている一般人がいる。もう一刻の猶予も無い。
レッドトルネードはジェッターから大きく飛ぶと、両手を握りしめ、コブラ怪人へと突っ込んでいった。
コブラ怪人はレッドトルネードのジャンピングパンチをまともに喰らって大きく吹き飛ばされた。
その衝撃で栞を締め付けていた腕も緩む。

「早く逃げて!」
後ろに倒れ込んでいるような姿勢の栞に向かって、レッドトルネードは叫んだ。突然の乱入者に栞はとっさに身動きが出来なかった。

「何をしてるの!早く逃げなさい!」
もう1度レッドトルネードが言うと、栞は慌てて立ち上がり、この場から走り去って行った。

「どうして…どうしてこんな事をするの?」
レッドトルネードはコブラ怪人と対峙する。まだ赤々と燃えている車やバイクが、辺りの闇を、二人の姿を明るく照らしていた。

「君はこうでもしないと出てこないからね」
「その声…あなた、この間の!」
コブラ怪人の声にトルネードは聞き覚えがあった。公園でカブトムシ怪人を倒した後にこっちを挑発してきた少年だ。
0129( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:07:44.56ID:n52f/XOh
「まさか、私をおびき寄せるためだけに…こんな事を!」
「僕は人間扱いされずに生きてきた。だから、人間の決まりを守る必要も無い。そう思わないかい?」
「思わないわよっ!あなたが何者か知らないけど、人間を虐げる権利なんか誰にも無い!」
レッドトルネードはマルチマグナムを抜き放つと、コブラ怪人に向かって放つ。
コブラ怪人はそれを軽く跳んでかわすと、レッドトルネードに向かって飛びかかって来た。
地面に転がってかわし、起き上ったトルネードに、コブラ怪人はキックを繰り出してきた。
両腕で受け止めたが、肩まで衝撃が伝わって来た。

(コイツ、強い…!)
今までの敵とは明らかにパワーが違う。今度は尻尾を素早く振って来た。身をかがめてかわすが、起き上った瞬間、左側頭部にコブラ怪人の蹴りが直撃した。

「あぐぐううっ!」
首の骨がずれそうなほどの衝撃だった。生身だったら確実に頭が吹き飛ばされて即死していたのは間違いない。
ヘルメットにヒビが入っているかどうか、そんな事を確認している暇は無かった。
さらにコブラ怪人はレッドトルネードの首筋を掴み、家の壁に向かって力任せに叩きつけた。
顔面から叩きつけられたトルネードのバイザーが粉々に砕け散り、家の壁も大きく凹み、ヒビが入った。

「怒りは動きを鈍らせる、という事は学校で教えてくれなかったみたいだね」
よろよろと起き上がるレッドトルネードにコブラ怪人が迫ってくる。
トルネードが力を振り絞り、股間の下からコブラ怪人を蹴りあげる。ダメージがあったのかは分からないが、隙を作るだけの効果はあった。
トルネードの右ストレートがコブラ怪人の顔面に入り、間合いを詰めてさらに膝蹴りを2発入れる。
そして、コブラ怪人を力任せに大きく持ち上げ、背中から地面に叩き付けた。
追い打ちをかけようとするが、コブラ怪人もさるもの、トルネードの足を払い、転倒させる。
そして、サッカーボールを蹴るように、トルネードの右腰を思いっきり蹴りあげた。

「あ…がはあぁっ!」
骨盤が粉砕されそうな衝撃があった。5メートル以上吹き飛ばされたトルネードは咳き込み、胃液が逆流してくるのを感じた。
必死に立ち上がろうとするが、下半身に力が入らない。右腰に目をやると、右太股の装甲にヒビが入っているのが分かった。
0130( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:12:04.88ID:n52f/XOh
(このままじゃ…負けちゃう!)
敵を見据えるトルネードだが、すぐ目の前には飛びかかってくるコブラ怪人がいた。
トルネードは反射的にマルチマグナムを抜き放ち、必死の思いで撃つ。
ほぼゼロ距離で破壊光線を受けたコブラ怪人の身体が思いっきり吹き飛ぶ。何とか間に合ったのだ。
とにかく相手に少しでも手傷を負わせるしかない。そう思い、トルネードはサイコブレードを抜き放つ。
まだ下半身がふらついているが、それでも気力で立ち上がる。
コブラ怪人が再び巨大な尻尾を振りまわしてくる。両手でしっかりとブレードを握り、裂帛の気合とともに振り落ろす。

「ぎゃああああっっ!」
コブラ怪人が、人間体の佑の時の姿からは想像もつかないような凄まじい叫び声を上げる。
ブレードによって綺麗に斬られた尻尾が体液を撒き散らしながら地面に落ちた。

「たぁっ!」
コブラ怪人が口を大きく開けて発射した毒液を、トルネードは地面を蹴り、高く跳んでかわす。上空から振りおろしたブレードがコブラ怪人の頭部を斬り裂く。

「目が、目があああああ!」
コブラ怪人は体液を頭部から流して苦しんでいる。この時を見逃すトルネードではない。

「行くわよ!トルネード・スマッシュ!」
トルネードが持つサイコブレードが普段よりも激しく光り輝く。
そして、その刀身をコブラ怪人に向かって下から上へと一気に斬りあげた。
しかし、斬ったのは胴体では無く左腕に過ぎなかった。コブラ怪人が最後の力を振り絞って回避したのだ。

「避けられた!?」
「勝負は…また…次にしてあげるよ…じゃあね」
コブラ怪人は斬られた左腕を抑えながら、どこかへとかき消えた。後にはまだ小刻みに動いているコブラ怪人の尻尾と左腕が残されていた。
とりあえず、何とか撃退には成功した。そう安堵したトルネードは、ヘルメットの左側のスイッチを押す。
0131( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:13:37.27ID:n52f/XOh
プシュー…

ダメージでヒビが入り、空気圧が漏れていたからか、いつものように勢いよく空気が吹き出て来ない。
口元のマスクとバイザーは解除されたが、後頭部のロックも解除されないので、自分で強引に引き抜いた。
左側頭部に大きなダメージを受けたせいか、汗まみれの顔がグラグラし、視界が定まらない。

「はぁ…はぁ…」
ヘルメットを小脇に抱えた由衣は肩で激しい息をしている。いつまで経ってもその荒い息がおさまる気がしない。
カブトムシ怪人との戦い以上に凄まじい疲れ、そして味わった事も無いような痛みが肉体を襲う。
少しでも動くと首や腰に鈍く、しかし凄まじい痛みが襲いかかってくる。
強化スーツは装着中、筋力を成人男性の数十倍に増幅させるが、その分筋肉に溜まる疲労も大きい。
由衣は変身を解除してから家に帰ろうと思ったのだが、今ここで変身を解いてしまうと動く体力すら残っていないかも知れない。
考え直した由衣は、ガタガタになったヘルメットを強引に被り直し、レッドジェッターに乗って家へと帰った。
自動操縦でハンドルを握っているだけでジェッターが家へと向かってくれる。ハンドルを握っているのが精いっぱいで、もうまともに運転するだけの気力や体力は残っていなかった。
0132( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:15:34.94ID:n52f/XOh
「レッドトルネード!大丈夫!?」
「はぁ…はぁ…母さん……あれを……」
レッドトルネードは息も絶え絶えになりつつ、地下研究室へと帰り着いた。
ヘルメット左のボタンを押し、中に溜まっていた空気を排出する。ヒビが入ったヘルメットを投げ捨てるように床に置くと、中から汗でドロドロになった由衣の顔が出てきた。顔の左半分辺りも腫れている。

「由衣、カプセルに入りなさい」
「は、はい…」
真由美に言われて、ふらふらしながら由衣はカプセルに入る。真由美は腰のパックルから端末を取りだした。

「スーツ姿だとしんどいでしよう、楽になりなさい」
真由美が端末を操作すると、まだ首から下に装甲をまとったままの由衣が光に包まれる。全身の装甲が一気に由衣の肉体から解き放たれ、赤と白のインナースーツ姿となる。
そして、そのインナースーツも光の粒子となって剥ぎ取られ、由衣は裸身を晒す事になった。
しかし今度は元の服装が復元されない。

「裸でいるのが一番効果が高いから」
真由美がカプセルのスイッチを入れると、下から薄緑色の培養液が上がってきて、全裸の由衣を少しづつ包み込んでいく。
真由美にしか分からないが、この端末は外部からも操作が可能で、装甲解除後はインナースーツ姿や、全裸状態にしておく事も可能なのだ。
右腰辺りに、赤黒くて見るからに痛々しい大きなアザがある。他にも、身体のあちこちにアザがあった。
液体が由衣の首筋まで上がって来たころに、口元にマスクが装着される。

(ううっ…何だか染みる…)
まだ冷たい培養液が傷口に染みてくる感覚に、由衣は身をよじる。
液体がカプセルの中を全て満たし、由衣の身体が完全に液体の中に浸かり、カプセルの中に浮かぶと治療準備は完了である。

「理論上では一日半で治るわ。由衣、おやすみ」
真由美がそう声をかけていた時には、由衣は既に目を閉じていた。
0133( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/04(金) 20:16:09.01ID:n52f/XOh
今回は以上です。だいぶスーツ破壊まで近づきましたね。
0135名無しさん@ピンキー2013/01/06(日) 22:48:20.01ID:A951BE+p
スーツ破壊に期待してあげ
0136( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:48:33.87ID:Vekh2pOY
コブラ怪人との激闘から二日が経過した朝。篤彦が地下研究室に降りてきた。

「おはよう、母さん。由衣の様子は?」
「一応傷は治ってるから、液を抜いてみるわ」
「そうか、父さんは上に行ってる」
緑色の培養液が満たされたカプセルには、未だ全裸の由衣が眠っている。
篤彦はこれから目を覚ますであろう由衣に気を使ったのだった。

「1戦10万円じゃ安いかあ…いや、もはやお金の問題じゃないわね…」
真由美がカプセルのスイッチを入れると、中に入った培養液がゆっくりと排出されていき、中から由衣の肌が現れる。
口元にあったマスクが外れ、腫れていた顔も、右腰あたりにあった大きなアザも、傷跡も、全て跡形も無く消えており、由衣本来の美しい白い肌へと戻っていた。

「ん…んんー…」
全身を包み込んでいた培養液から解き放たれた由衣は、自分の肌に当たる空気の感覚を感じ、ゆっくりと目を覚ました。
目の前にはバスタオルを手に持って、心配そうに見つめている真由美の顔がある。

「由衣、おはよう。目は覚めた?」
「ここは…そっか、私の家だ」
「開けるわよ。出てきなさい」
真由美がカプセルを開けると、由衣はゆっくりとカプセルの外へと足を踏み出す。まだ身体に付着していた培養液がポタポタと床に落ちた。

「はい、これ」
真由美からバスタオルを手渡されると、由衣は身体についた培養液を拭き取る。拭きながら身体を見渡してみるが、アザや傷はどこにもないし、身体を動かしても全く痛みは無い。
0137( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:49:53.69ID:Vekh2pOY
「すごいね、このカプセル」
「まぁね。由衣のためならこれぐらいの事は当たり前だから。あっと、服ね。まだ端末の中に入っていたから」
真由美が端末を操作すると、由衣の身体に、二日前に着ていた服が着せられる。

「洗濯するからその服は着替えてきなさい」
「はい」
真由美から端末を渡された由衣は2階の自室へと上がる。
二日前の嫌な記憶を思い出したくないとばかりに、ジャケットを、ブラウスを、ズボンを放り投げ、下着姿となる。
それでもまだ足りないとばかりに、背面ホックのブラジャーを外し、ショーツを脱ぎ捨て、全裸になった。
まだ濡れている髪の毛が身体に張り付く。一糸纏わぬ姿になり、身体を締め付ける物から全て解放された由衣は、部屋のカーペットの上にぺたんと座りこんだ。

(正義の味方って、どうしてこんなに苦しい思いをしなきゃならないの?)
しかし、苦しい思いをしているのは相手も同じ事である。目標達成のためには邪魔者であるレッドトルネードを全力で排除しなければならず、その過程で痛く、苦しい思いをするのは当然だからだ。
今、自分がここで折れては怪人の侵略を止める者は誰もいない。自分がやらなければ誰がやる。そう思い、気持ちをもう1度奮い立たせようとする。
タンスから新しい衣服を取りだし、身につけようとしていると、電話がかかってきた。

「誰?あ、栞ちゃんね」
『もしもしー、由衣ちゃん?昨日電話しても出なかったんだけど、どうしたの?』
「昨日?普通に大学に行ってたけど」
『それはおとといでしょ、今日は日曜日よ』
「え?今日って日曜なの?土曜日って思ってた」
『ちょっと由衣ちゃん、しっかりしてよ』
「昨日はカゼで寝込んじゃってたからね、曜日感覚が無くなってた」
「まだカゼがちょっと残ってるから、今日は家にいるわ」
『えー、そうなの?じゃあ、また今度ね』
由衣は電話を切ると、部屋のテレビをつけた。放送されているテレビ番組は毎週日曜日に放送されているものだ。
由衣はここで頭を整理した。金曜日の夜に出動して、コブラ怪人と戦って、重傷を負って帰って来た。
カプセルの中に入れられて、起きたら日曜日の朝だった。

(つまり、私は丸一日あのカプセルの中にいた、って事か…)
戦いの中で仕方が無いとは言え、休みを丸一日損した事になる。このまま何もせずぼんやりとしていても仕方が無いので、タンスから新しい衣服を取り出して着ていった。
0138( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:50:58.22ID:Vekh2pOY
カプセルの中には左腕が無く、左目も潰れた状態の少年が、培養液の中に浸かった状態で浮いている。
コブラ怪人ー窪島佑だった。先日の戦いでレッドトルネードに重傷を負わされたのだった。
三影が当分かかるだろう、といった様子で見つめている。
別のカプセルには、全裸の人間の少女や、巨大な蜘蛛や、多数のクラゲや、人型のカマキリが浮かんでいた。

「変異細胞を自在に操れれば人間はさらに進化できる。何故だ…何故誰も分かってくれんのだ」
「僕は変わります。進化します」
「そうか。しかしそれにはレッドトルネードを倒す事が必須だ」
「僕は、子供が嫌いです」
「そうか、ならば子供を利用してレッドトルネードをおびき寄せろ」
三影は、傍にいるすらりとした長身の若者に呼び掛けた。
0139( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:52:37.68ID:Vekh2pOY
月曜日、外は雨が降っていた。由衣は部屋のカーテンを開け、今日は雨だという事を確認すると、ため息をついた。

「また雨かぁ…」
これではバイクに乗って大学に行く事は出来ない。地下鉄を使って大きく回り道する事になる。

「父さん、母さん、行ってきます」
今朝は篤彦も真由美も珍しく居間にいるのだった。

「由衣、ケガはもう治ったのか?」
「父さん、心配してくれて有難う。もう大丈夫よ」
由衣はにこと小さく微笑んで、玄関の傘立てにある、90センチの大きな赤い傘を持って家を出たのだった。
朝の地下鉄は通勤ラッシュで混み合っている。由衣のような近畿学院大学の学生や、一般のサラリーマンで車内は身動きも取れないほどだ。
やがて、大学の最寄り駅に電車が到着した。由衣は押し出されるようにして電車を降り、そのまま人の流れに沿うにして階段を向かう。
改札口に向かった所で、由衣は自分が持っているカバンのチャックが開いている事に気付いた。
定期券入れを取りだした所で、何かおかしい事に気づき、慌ててカバンの中をまさぐり始める。

(え、無い、無い!小銭入れが無い!)
いつの間にか開いていたカバンからこぼれ落ちたのか、それとも誰かにスラれたのか。中に入っている金額は数千円程度なので、最悪諦めれば済むのだが、由衣は半分パニックになってカバンの底まで探り始める。

(あー、今日はツイて無さすぎるよー!)
カバンのサイドポケットなどを探しても見つからないので諦めようとしていた由衣に、一人の男性が声をかけてきた。

「あの…これ、ホームに落ちてたんですが、もしかしてあなたのですか?」
男性が持っていたのは、まさに由衣が普段使っている、赤い小さな小銭入れだ。

「こ、これです!私のです!本当にありがとうございます!」
由衣は小銭入れの中身を確認する。どうやら中身は盗まれていないようだった。
何度も頭を下げると、男性はいいんだよ、という表情で返してくれた。
男性はスラリと背が高かった。180センチほどあるだろうか。
小銭入れをカバンに戻し、由衣は改札を出て出口へと上がった。男性はその後を付いてきていた。
0140( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:53:21.98ID:Vekh2pOY
「まだ結構降ってるなー」
由衣は大きな赤い傘を広げようとして、ワンタッチボタンを押すと、傘が勢いよく開き、後ろにいた男性に水滴がかかってしまった。

「わっ!」
「す、すみません、って、あなたは、さっきの…」
小銭入れを届けてくれた男性は、由衣がさしている赤い傘をじっと見つめている。傘を持っていないのだ。

「もしかして…傘を持ってないんですか?」
男性は黙って頷く。なかなかのイケメンだ。

「これから大学に行くんだけど、良かったら入って行きませんか?」
「はい」
「それじゃあ、行きましょう」
由衣と男性は相合傘で大学まで歩いて行った。端から見ればカップルにしか見えない。
90センチの傘はかなり大きく、二人は身体を密着させる事無く余裕を持って傘の中に入る事が出来た。

「あの、すいませんが、お名前は?」
「島崎、って言います」
「私は鷹野って言うの。島崎さんは、学生さん?」
「いや、違います。写真を撮りたい場所があるんで」
「写真かぁ、ウチの大学は広くて緑も多いしね、撮影スポットは多いと思うわ」
由衣はモデル活動を続けているので、写真を撮られるという事には馴染みがあるが、自分でシャッターを切る、といった事はほとんどしていない。

「じゃあ、私は授業があるので、このへんで。財布拾ってくれて本当に有難うね」
由衣が学舎の前で別れを告げると、島崎は深々と頭を下げた。
由衣が受講する科目は教養科目の「生命科学」だ。中教室に入り、ルーズリーフを広げて教授を待っていると、隣の席に島崎がやってきた。

「あ、あなたは、島崎さんね。こういう授業に興味ってあるの?」
「はい。動物や植物を撮るならこういう勉強も必要ですから」
「先生の話を聞いてみるだけならタダだからね」
やがて、教室に講師が入って来た。由衣が話の要点をルーズリーフにまとめて書き留めている間、島崎は講師の話をじっと聞いていた。
0141( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:54:27.17ID:Vekh2pOY
授業時間の90分が経過し、チャイムが鳴ると、由衣は教室を出て別の学舎に移動するべく教室を出る。雨は丁度止んでいた。

「島崎さん、雨止んでるわよ。良かったわね」
島崎に別れを告げようとすると、後ろから呼び止められた。

「あの…鷹野さん」
「なぁに?」
「写真を撮らせてもらえませんか?」
「写真?なんでまた…」
「素晴らしい作品が撮れると思うので是非鷹野さんを撮らせて下さい」
「私でいいんだったら、どうぞ」
由衣は突然の申し出に戸惑いながらも、学舎の外に出て、木々をバックに写真を撮ってもらった。
由衣は木の陰から身体を出すポーズ、髪をかき上げるポーズ、振り向くポーズなどを決めた。

「ポージングがいいですね」
「一応こういうバイトやっているけど、そんな大したもんでもないわよ」
島崎がデジカメに写真を撮り終えると、丁度2時限目の開始のチャイムが鳴った。

「鷹野さん、来週もここに来ます」
「来週の月曜日って事ね。分かったわ」
由衣は次の講義を受けるべく走り去って行った。島崎はその後ろ姿をいつまでも見つめていた。

(メールアドレスや電話番号を教えてくれではなく、写真に撮らせてくれ、という人も珍しいわね…でも、苦節19年、とうとう私にも恋人が出来るのかもね…)
由衣は2限目の講義を受けながら、思わず笑みを浮かべていた。
0142( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:56:27.45ID:Vekh2pOY
昼休み、大学の食堂で天ぷらうどんとかやくご飯を由衣が食べていると、チキンカツセットを盆に乗せた栞がやってきた。

「由衣ちゃん、ニコニコしてるけどいい事でもあったの?」
「まあね。ちょっとした事なんだけど」
「由衣ちゃん、最近噂のレッドトルネードって知ってる?」
「レッドトルネード?何それ?」
島崎との事を思い出していた由衣は、あくまでもレッドトルネードに関しては無関心を装う。

「知らないの?週刊誌にも載ってるよ。私、この間助けてもらったんだけど、格好良かったなあ。まるで特撮のヒーローみたい」
「ふーん…」
「なんか大学の近くで事件があった時によく出てくるみたいなんだけど、このへんに住んでるのかな」
「大学の近くで、っていうか、最近このへんで事件起こりすぎでしょ」
(この前の金曜日、助けてもらったんだけど、その時の声は明らかに由衣ちゃんだった。でも、まさか…ね)
栞は疑念を抱きながらも、まだ由衣がレッドトルネードである事に確信は持てない様子だった。
0143( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:57:39.15ID:Vekh2pOY
島崎は大きな運動場となっている公園に立ち寄っていた。公園内では子供達がサッカーをしている。島崎は子供達に背を向けるようにして、写真を撮り始めた。
地面の上を鳩が3羽、トコトコと歩いている。その可愛さに島崎は小さく微笑んだ。
と、その時、後ろからサッカーボールが飛んできて、島崎の後頭部に直撃した。カメラに夢中で避けられなかったのだ。手に持っていたカメラが衝撃で地面に落ちた。

「すいませーん、ボール取ってきてもらえませんか」
少年が島崎にボールを拾いにいくように頼むが、島崎はカメラをポケットに入れながら、少年を睨みつける。

「僕の邪魔をしたな…だから子供は嫌いなんだよ!」
撮影の邪魔をされたからか、大事なカメラを壊されかねなかったからか、島崎は凄まじい形相に変わる。怯える少年の前で、島崎の姿が変容し始める。
赤い装甲に、両手には鋭い鋏、長く伸びた毒々しい尻尾は明らかにサソリのそれだった。サソリ怪人に変貌した島崎は、尻尾をムチのように使い、少年の目の前で地面を叩きつける。

「ば、化け物だ、逃げろー!」
公園にいた少年たちは恐慌をきたして一斉に逃げだす。
サソリ怪人は尻尾をひたすら振り回して暴れだす。少年たちが全員逃げ去るのを確認すると、ようやく暴れるのを止めた。
と、その時、凛とした声が響き渡った。若い女の声だった。

「また怪人が現れたのね!覚悟しなさい!」
サソリ怪人が振り返ると、そこには真紅の装甲に全身を包んだ戦士・レッドトルネードの姿があった。
0144( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/12(土) 23:59:55.77ID:Vekh2pOY
「レッドトルネードか、丁度いいところに現れたな!」
「えっ…」
レッドトルネードー由衣にはサソリ怪人の声に聞き覚えがあった。ややくぐもってはいるが、この間、傘をさして一緒に通学した写真好きの青年・島崎の声だ。

「ど、どういう事なの?」
「お前は僕の敵だ!」
レッドトルネードが戸惑っていると、サソリ怪人は口から何か赤い玉のようなものを吐き出した。

「はっ!」
レッドトルネードは後ろに跳んでかわすと、赤い玉はさらに多数の小さい赤い玉に分かれ、それぞれが連鎖的に爆発を起こした。小型のクラスター爆弾だ。
爆発を避けると、サソリ怪人は地面を勢いよく掘り起こし、地中へと潜った。トルネードはそれを追跡する術を持たない。

「どこ?どこなの?」
レッドトルネードが地面を見渡していると、足元の地面が再び盛り上がる。
真下だ。そう危険を察知したトルネードは高く飛ぶ。一瞬遅れてサソリ怪人が飛びあがる。
跳躍力ではレッドトルネードの方が上だ。頭上を取った形になったトルネードは、先に着地したサソリ怪人に対し、空中からチョップを仕掛ける。

「ぐわああっ!」
メタルグローブに包まれたレッドトルネードの右手によるチョップが、サソリ怪人の左手を叩き切る。
サソリ怪人は苦し紛れに尻尾を振り回すが、至近距離に潜りこんだレッドトルネードを捉える事が出来ない。
頭、胸、腹と的確にレッドトルネードのパンチがサソリ怪人を捉え、フィニッシュとばかりにハイキックが決まると、サソリ怪人の身体は大きく吹き飛ばされた。

「逃がさないわよ!」
レッドトルネードが追い打ちをかけるべくマルチマグナムを抜き放ち、破壊光線を発射する。
光線はサソリ怪人を捉え、爆発を起こす。しかし、あまり利いている様子はない。堅い装甲に阻まれたのだろうか。

「こうなったら!」
レッドトルネードはサイコブレードを抜き、トルネードスマッシュで一気に決着を付けようとする。
だが、サソリ怪人は激しい土煙と共に地面に潜ってしまい、そのまま姿を現さなかった。
「逃げられた…」
レッドトルネードが肩を落としていると、真由美から通信が入ってきた。

「怪人の反応が消えたわ…トルネード、一旦帰ってきなさい」
「…了解」
レッドトルネードー由衣は歯噛みしながらも、レッドジェッターに乗ってしぶしぶ家へと向かっていった。
0145( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:01:17.67ID:Vekh2pOY
(島崎さん、来てるかしら…)
次の週の月曜日、由衣は再び「生命科学」の授業を受けるべく、大学に来ていた。
しかし、授業開始の時間まで待っても、講義を受けるべく教室に入っても、一向に島崎の姿は見えない。

(やっぱり、恋ってそんなに甘くないのかな…)
由衣は島崎を信じて講義終了まで待ち続けたが、結局島崎は姿を見せなかった。

「モテるって難しいなぁ」
由衣がため息をつきながら別の教室に移動するべく、学舎を出ると、片手で写真を撮っている長身の青年の姿がいた。島崎だ。

「島崎さ…」
声をかけようとしたところで、由衣は島崎が左手にギブスを巻いているのに気付いた。
どこか怪我でもしたのだろうか。いや、この怪我はただの怪我ではない。
先日、公園で戦ったサソリ怪人の声と島崎の声が由衣の脳内で一致する。
その時、サソリ怪人の左手を叩き切った。島崎の左手に巻かれているギブス…
つまり、島崎がギブスを巻いているのは、戦いの中でレッドトルネードに傷を負わされたからだ、と。
まとめると、目の前にいる島崎=サソリ怪人 ということである。
僅かな時間でその事を理解した由衣は、こちらに気づいた島崎が目を合わせるか合わせないかのうちに、何も見なかった事にしたいかのように全速力で走りだった。

(嘘でしょ…こんなの嘘でしょ…!)
走り去っていく由衣の後ろ姿を見ていた島崎は、なんで逃げるんだろう、といった表情をしていた。
0146( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:02:27.27ID:Vekh2pOY
午後の昼下がり、島崎は大学の近くの川を流れる橋のたもとで写真を撮影していた。
遠くに鳥が三羽、群れをなして飛んでいる。シャッターチャンスなのか、島崎はカメラ越しに鳥の動きを見つめている。
鳥の動きは速く、モタモタしているとすぐに視界から消えてしまう。
もう少し右に移動しよう、そう考えた島崎が動くと、ドンッという鈍い音がした。そして、やかましい子供の泣き声が響いた。
島崎がカメラに夢中で周囲をよく見ていなかった結果、子供に足が当たって転倒させてしまい、泣かせてしまったのだ。
子供の親である中年の女性が島崎に怒りだす。

「ちょっとアンタ、ウチの子に何か用?ケガさせないでよ」
「…」
「アンタ、ちょっと何なの?泣かせてしまったんだから謝りなさいよ」
「…謝るのはそっちの方だ」
「何を逆ギレしてんの、最近の若い人は謝る事も出来ないの?」
「僕の邪魔をしたんですね!邪魔をしたんですね!」
「アンタ、いい加減にしなさいよ」
「帰れ…帰れ!」
中年の女性を睨みつけた島崎の姿がサソリ怪人に変貌していく。

「分かったらどくんだ、消えるんだ!」
サソリ怪人の姿を見て、橋の上にいる車や通行人が一斉に逃げ始める。
恐怖におののき、その場にへたりこむ中年の女性と子供に対し、サソリ怪人は尻尾を突き出して威嚇する。尻尾の先は鋭いドリルになっており、その先端が母子に突き付けられた。
0147( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:03:27.31ID:nxD5XnVZ
「あ、由衣ちゃん…あんなに急いでどこに行くんだろう?」
下校途中だった栞は、バイクを道端に止め、橋のたもとに向かって全速力で走っていく由衣の姿を目撃していた。

「はっ、あれは…この前の!」
真由美から怪人出現の通報を受けて駆けつけた由衣の視界には、サソリ怪人の姿があった。
怪人とはいえ、もとは写真を撮ってくれた青年、島崎だ。戦って倒すしかないのか。
由衣は一瞬迷ったが、すぐ傍には母子がいる。人間の命には代えられない。
迷いを断ち切るかのように由衣はサソリ怪人の元に向かっていった。

「島崎さん!島崎さんなのね!」
由衣は彼の名を叫びながら、サソリ怪人の前に立ちふさがる。

「お前もコイツの邪魔をするのか!」
「島崎さん、元に戻って!私よ!鷹野よ!」
「それがどうした!」
サソリ怪人は由衣に覆いかぶさって押し倒し、上から組み伏せる形にした。

「早く…逃げて…!」
由衣の叫びを聞き、へたり込んでいた母子がこの場からようやく逃げ出す。
目の前に、サソリ怪人の尻尾のドリルが迫ってくる。
生身の状態で説得を試みていては殺されかねない。由衣はやむなく戦士に変わる決意をする。

「着装!」
由衣の叫びとともに、白い防御フィールドが発生し、由衣を組みふせていたサソリ怪人の体が弾き飛ばされる。
防御フィールドの中で、由衣の衣服が光の粒子となって消え、入れ替わるようにして赤と白のインナースーツが装着される。
目が眩んだサソリ怪人の目前で、由衣の全身が真紅の装甲に覆われていく。
ヘルメットが装着され、外見からは由衣である事が分からなくなると、防御フィールドが弾け、レッドトルネードの姿が現れた。

由衣が変身する様子を木陰で見ていた栞は、目の前で繰り広げられた光景がまだ信じられない様子だった。
「やっぱり…由衣ちゃんがそうだったんだ…」
栞は、レッドトルネードの正体が由衣である事を確信した。
0148( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:04:33.46ID:nxD5XnVZ
「島崎さん…こんな格好、見せたくはなかったけど」
「そうか、お前がレッドトルネードだったのか、今まで僕を欺いていたのか!」
サソリ怪人が両手の爪から毒液を発射してきた。レッドトルネードが避けた後の地面に落ちた毒液は白煙を立て、地面のアスファルトを溶かす。

「僕は誰も殺したくなんかない、だがレッドトルネード、お前だけは駄目だ、僕たちを滅ぼす存在だからだ!」
「島崎さん、あなたは自分の価値を認めてくれる人と出会ってないだけよ!だからもう止めて!元に戻って!」
レッドトルネードの呼びかけにも関わらず、サソリ怪人は尻尾のドリルを突き出してくる。
ドリルの先端が一瞬回避が遅れたトルネードの左腕をかすめ、堅牢なはずの真紅の装甲の表面が抉られ、内部のチューブが露出する。
さらに、サソリ怪人は尻尾を下から上に振り上げ、アッパーのような形でトルネードの顎を叩きつける。

「あうっ!」
頭部に強い衝撃を受けたトルネードは、内部モニターが一瞬ショートしたような気がした。態勢を立て直す前に、サソリ怪人の尻尾がトルネードの胴体に巻きつけられる。
長い尻尾を自在に振り回し、サソリ怪人はトルネードを一度、二度と地面に叩きつける。サソリ怪人の尻尾はムチのようにしなやかな動きをする。
勢いよく地面に叩きつけられるたびに、トルネードの身体全体に衝撃が走る。
そして、サソリ怪人はトルネードを高く放り投げる。宙に浮いたトルネードの身体は橋の下にある川に水飛沫を上げながら落ちた。

「ここで私と戦って死のうって言うの…?あなたがやるべき事はそんなんじゃない…!」
よろよろと立ち上がるトルネードの装甲から水滴がポタポタと落ちる。半透明のバイザーは地面に叩きつけられた衝撃で粉々に砕け散っていた。
0149( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:05:35.70ID:nxD5XnVZ
「トルネード、情けをかけないで、怪人を倒す事に集中して!」
「分かってるわよ!」
迷いを断ち切れとの真由美からの通信が入る。思いを新たに、レッドトルネードは再びサソリ怪人を見つめる。

「レッドトルネード、お前を殺してから僕も死ぬ!」
「今ここで死んじゃったらあなたは不幸になる!」
「人の幸せや不幸を他人が勝手に決めるな!」
サソリ怪人は再び尻尾を振り回してくる。しなる尻尾は至近距離の敵までは攻撃できない。トルネードは意を決して懐に飛び込んだ。
パンチがサソリ怪人の身体に決まり、サソリ怪人がたじろぐ。その隙を見逃すトルネードではない。

「はあっ!」
ワンツーをサソリ怪人の顔に決め、すかさずバネの利いたハイキックを何発もサソリ怪人に連発して叩きこむ。
サソリ怪人の身体は十メートル以上吹き飛び、堅い装甲がバラバラと剥がれ落ちた。

「ようし!」
レッドトルネードはマルチマグナムを取り出し、サソリ怪人の装甲が剥がれた部分に破壊光線を放つ。
前回の戦いでは装甲に阻まれていた光線が、今度はサソリ怪人に大きなダメージを与えた。

「島崎さん…許して…!」
レッドトルネードー由衣はヘルメットの中で涙を滲ませながらも、サイコブレードを抜き放つ。
サイコブレードのグリップの反対側からもう一本光の刃が出る。トルネードは両刃のブレードを棒術のように振り回し、サソリ怪人に向き直る。

「ダブル・トルネード・スマッシュ!」
レッドトルネードの両刃のサイコブレードが縦に回転し、光の軌跡と共にサソリ怪人の身体を何度も切り裂く。トルネード・スマッシュの改良型だ。
サソリ怪人は体液を苦しげに撒き散らしたかと思うと、四方八方にその身体を爆裂させた。

サソリ怪人を倒したトルネードは、ふと何か大切な事を思い出した。
島崎の持っていたカメラはどうなったんだろう、まだあるだろうか。そう思い、軽やかに高く跳び、橋の上に着地する。
地面を見ると、確かにカメラがあった。間違いなく島崎のものだろう。メタルグローブに包まれたレッドトルネードの右手がそれを拾い上げた。壊れていないかどうかは分からないが、この中には島崎が撮った写真があるのだ。
いつもなら、真由美からの「お疲れ様、帰ってきなさい」という通信が入る頃なのだが、今日は何も無い。
つまりはそういう事なのだ、とレッドトルネードは自分に言い聞かせ、レッドジェッターに跨った。
0150( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:07:23.79ID:nxD5XnVZ
「ただいま」
「お帰り、レッドトルネード」
レッドトルネードは鷹野家に帰還した。右手にはカメラが握られている。トルネードは必死に平静を装ってはいるが、その声は震えていた。

「着装、解除」
半分涙声でトルネードは変身を解除した。10秒と経たないうちに装甲が外れ、赤と白のインナースーツ姿になり、そして裸になる。
着用していた衣服が元通りに復元され、由衣の姿に戻った。顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「おーい由衣、お風呂湧いてるぞ」
階の上から篤彦の声がする。篤彦も、帰って来た由衣に何があったかは真由美から聞かされていた。
由衣は一直線に風呂場に向かい、脱いだ服を全自動の洗濯機に叩きこむ。

「殺したくなんか無かったのに……」
由衣は風呂のシャワーの水量を最大にし、頭から一気に湯を被る。汗と一緒に涙も洗い流そうとした。
しかし、流れるお湯の下で、眼から涙が流れ続けるのを止める事は出来なかった。

シャワーを浴びた後、由衣はバスタオルのみを羽織った姿で自室に戻り、島崎のカメラをUSBケーブルでパソコンに繋いだ。
カメラは壊れてはいないらしく、内部の画像ファイルを通常通り見る事が出来た。

鶯が木の枝に止まっている写真。
蜂が花に止まり、蜜を吸っている写真。
自分が振り返って笑顔を見せている写真。
自分が木の幹から半身を乗り出して覗いているような写真。

このカメラの中には、島崎という人間の人生観、価値観が詰まっている。しかし、それに何かが新たに加わる事は、もはや、無い。

(でも所詮人間じゃないんだ、それに、男ぐらい何人でもいるんだ…)
由衣は自分の行為を必死に正当化しようとしたが、手の震えが止まらない。いつの間にか、再び涙も流れ出していた。
由衣は部屋のカーペットに手をついて嗚咽した。ポタポタ落ちる涙が、カーペットにいくつもの染みを付けていく。
装甲を纏い、真紅の戦士・レッドトルネードになるとは言え、由衣は戦いの訓練を受けたわけでもない、普通の女子大生なのだ。
怪人との激しい戦いの日々は、着実に由衣の心を蝕んでいくのだった。
0151( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/13(日) 00:08:05.61ID:nxD5XnVZ
今回は以上です。さぁ次回はいよいよ…
0152名無しさん@ピンキー2013/01/14(月) 12:53:25.46ID:dOCEdrTm
職人さんGJ。ヒロインの人物設定も、だいぶ肉付けされてきましたね。
今後が楽しみです。
0153名無しさん@ピンキー2013/01/14(月) 22:11:12.44ID:pqysoeec
http://yamato2199.net/character_mori.html

強化スーツとはイメージが違うかも知れませんが、4月から始まるヤマト2199の
森雪のスーツもエロ的に妄想が膨らみます
ガミラスに捕まってスーツを破壊される、とかどうでしょうか
0154名無しさん@ピンキー2013/01/17(木) 01:18:05.13ID:cWnZAmKc
大人の姿に変身するヒロイン系で、変身するも捕まってスーツを破壊される的なモノはありますか?
0155名無しさん@ピンキー2013/01/17(木) 15:42:53.10ID:rXEYPj82
>>154
ブロッケンブラッド・・・ごめんなさいウソです。
昔年の魔法のアイドル物のエロ同人でも探してください。
0156名無しさん@ピンキー2013/01/17(木) 18:35:02.14ID:jb5c+0q5
大人化したうえで強化スーツにまで変身となると、そうそう無いだろ
0157名無しさん@ピンキー2013/01/18(金) 17:24:46.02ID:GrNJIzsC
クリィーミーまみは変身後、よく分からんものと戦ってたなと
年齢高そうなレスをしようと思ったが
『アイドル雀士すーちーぱい』は変身だったような
エロゲ捜せば意外とあるかも。
0158名無しさん@ピンキー2013/01/23(水) 16:13:38.32ID:YDddUT+P
HALOシリーズのアーマーをいじるたびにぶっ壊したくなる
もっと女性スパルタン増えて欲しいのう
0159( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:14:37.10ID:wxkJf6lf
繁華街にあるアミューズメントパークの1フロアには、大型筐体のガンシューティングゲームが多数並べられている。
けたたましいゲームのBGMや効果音のせいで、館内に流れているはずのBGMは殆ど聞こえない。
その中の一つ、「大量破壊ガンシューティングゲーム」というパネルが筐体上部に張ってあり、90インチの大型モニターの中では兵士が次々と撃ち倒されている。
由衣はマシンガン型のコントローラーを構え、足元のペダルを踏んだり離したりしながら敵を撃つ事に熱中していた。

(由衣ちゃんって、こんなゲームもやるんだ…)
その後ろで、栞がギャラリーとして由衣のプレイをじっと見ていた。ゲームに熱中している由衣は全く気付く様子もない。
画面内の砲台を破壊する事に気を取られて、敵兵士の攻撃サイトが点灯する事に気づくのが一瞬遅れた。
由衣はペダルを離したが、一瞬早く画面上にダメージ表示が現れ、コンティニューカウントが始まった。ライフが全て無くなってゲームオーバーになったのだ。
由衣は無言でマシンガン型コントローラーをラックに戻す。そして、後ろにいた栞に驚く。

「えっ、あっ、栞ちゃん、なんでここにいるの?」
「プリクラでも撮ってみようかな、って思って」
「いるならいる、って言ってくれればいいのに」
「だって、ゲームに夢中で邪魔しちゃ悪いって思ったもん。かなり巧かったよ、由衣ちゃん。なんで1クレであんな所まで行けるの?」
「まぁ、結構やってるからね、このゲーム」
「でさぁ、これから由衣ちゃんの家に行っていい?」
「いいけど…何の用?」
「え?分かんないの?あれでしょ、あれ」
「だから、あれって何?」
「講義ノートよ、ノート!見せてくんない?」
「私、バイクで来てるから、後で会いましょう」
「ニケツってまだ無理なの?」
「もうちょっと後でね。まだ1年経ってないから」
由衣は栞と別れを告げると、フロアの階段を降りて行った。

「あっついなぁ…」
外に出ると日差しが眩しい。季節は初夏から成夏へと移ろうとしていた。
由衣はバイクに乗る時はいつもズボンかジーンズ、上にはジャケットという服装をしているが、真夏にバイクに乗るにはちょっと辛いものがある。
由衣は収納スペースからヘルメットを取り出して、頭に被るが、やはり蒸し暑い。暑いものは暑いのだ。

(ちょっとバイク通学は考えないとね…定期券でも買おうかしら)
由衣はバイクのエンジンを吹かすと、家へ向けて走り去っていった。
0160( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:15:18.09ID:wxkJf6lf
「これでよし、っと…」
鷹野家の地下で日々研究を続けている真由美は、カプセルの中にある銀色の人型を見て満足そうに笑みを浮かべた。
予備の強化スーツが完成したのである。現在、由衣ーレッドトルネードーが装着している物と比べ、軽量化に成功し、より装着者への負担を減らしてもいる。

「怪人の出どころも気になるんだけどねぇ」
真由美は近隣の生物科学研究所、新薬研究所と思しき場所をあたってみるが、それらしい場所はどこも出てこない。
真由美が考え込んでいると、家のインターホンが鳴った。2階から由衣が階段を降りてくる音が聞こえてきた。

「お邪魔します、森川です」
「おお、森川さんか。お茶と菓子を2階に持っていくから、先に行きなさい」
栞は靴を丁寧に揃え、2階への階段を上がっていった。

「由衣ちゃん、待たせちゃってごめんね」
「別にそんなに待ってないけど、入っていいよ」
栞はきちんとコンコンと扉を叩いてから由衣の部屋に入る。

「あ、これってゲーセンで話題のガンシュー、バーチャポリス4じゃん!」
栞は由衣がパソコンでプレイしているゲームを見て、パッと目を輝かせる。
由衣はマウスで素早く照準を合わせ、クリックで弾を発射すると、モニター内の敵が倒れる。

「これってどこで売ってるの?わたしも欲しいなぁ」
「非売品よ。このパソコンのオマケ」
由衣のパソコンは最新型である。そのため、付属品もかなり豪華なものがついており、このゲームのそのうちの一つである。

「おーい由衣、お茶持ってきたぞ」
由衣がゲームに夢中になり、栞がそれに見入っていると、篤彦が緑茶といちご大福を2人分、木の盆に乗せて持ってきた。

「あ、父さん、ありがとう」
「わざわざありがとうございます、ありがたく頂きます」
栞は礼を言うと、カーペットの上に置かれた緑茶を啜り始める。由衣もゲームを中断して、いちご大福に手を付ける。

「この茶、淹れ方がいいなぁ」
「栞ちゃんも自分で緑茶って淹れるの?」
「自分では淹れないわよ。いやね、実家で出される緑茶は本当に苦くて苦くて、二度と飲みたくないって感じだし」
「ウチは和菓子とか和食とか、そっちの方が良く出るからね。父さんはこういうのに慣れてるから」
いちご大福を食べ、緑茶を飲みながら二人の会話は続く
0161( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:15:54.79ID:wxkJf6lf
「由衣ちゃんさぁ、この間もレッドトルネードが敵をやっつけたんだよ、大学の近くの橋で。私また見ちゃった」
「また見たの?」
「やっぱり何度見ても格好いいよね、レッドトルネード」
「うん、まぁね」
「そのレッドトルネードがさ、目の前にいたら面白いんだけどね。ねぇ、由衣ちゃん」
「そんなわけないでしょ」
由衣は笑って否定しようとする。

「そんなわけがっていうけど、そんなわけってあると思うんだ」
「どういう事?」
「だってさ、こないだ、由衣ちゃんが変身してサソリの化け物と戦っている所、見ちゃったから」
「…」
栞の表情がいつの間にか神妙なものとなっていた。由衣はついに来るべき時が来たか、という表情で黙りこんでしまった。

「もう分かってるのよ、レッドトルネードは由衣ちゃん、って事」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。ややあって、由衣が口を開いた。

「で、もし私がレッドトルネードだとして、栞ちゃんはどうして欲しいわけ?」
「由衣ちゃんって、ずっと一人で戦ってきたんでしょ?わたしも一緒に戦わせてよ」
「無理無理。やめといた方がいいわ」
「わたし、これでも高校時代バスケ部だったし、運動神経には自信があるから」
「栞ちゃんを戦いになんか巻きこめないわ」
緑茶を全て飲み終わった由衣はお湯のみを盆の上に置いた。

「っていうかさぁ、由衣ちゃん、そういう大事な事はもっと早く言ってよ。どうも最近不自然だと思ってたわ」
「あのねぇ、私や父さん、母さんの気持ちも少しは考えてよ!これは私の、鷹野家の問題なんだから」
「由衣ちゃんの家だけで済みそうにもない問題だからこうやって話してるんでしょ」
「何それ、レッドトルネードだけじゃ頼りないとでも言いたいの!」
「話をすり替えないでよ、わたしはただ、由衣ちゃんのために何か手伝えたら、って思ってるだけなのに!」
「私がやってるのは命がけの戦いなのよ!栞ちゃんには傷ついて欲しくないの!」
「せっかく人が協力してあげる、って言ってるのに!」
「とにかく、栞ちゃん、この話はもう無しにして!」
「もう知らない!勝手にして!」
栞は部屋に置いてある自分のハンドバッグを手に取ると、由衣の部屋を飛び出していった。

「由衣、森川さんが帰っちゃったぞ。何だか怒ってたみたいだけど、何したんだ?」
「別に。人のプライベートを細かく聞かれたら誰だって怒るでしょ」
「そうか…そうかもな」
篤彦は、由衣が秘密にしている事、すなわちレッドトルネードの事を聞かれたのだと理解した。

どうして言葉を選ばなかったんだろう。どうしてあんなケンカをしてしまったんだろう。どうして母さんに会って話をしよう、と言えなかったんだろう。
自分は今までレッドトルネードとして戦ってきた。その事は決して気安く口には出来ない。
その思いが邪魔をしてしまったんだろう。次に会った時、栞に何と言って謝ればいいんだろう。
自室のベッドの上に座り込んだ由衣は、後悔の念にかられていた。
0162( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:16:49.51ID:wxkJf6lf
翌日も、由衣は大学に行ったが、一度も栞と会う事はなかった。
謝りたいのは自分だけじゃなく、栞もだろう。でも、どう切りだしたらいいのか分からない。
苦しんでいるのはお互い一緒。でも、答えが見つからないのもお互い一緒。由衣は悶々としながら講義を受けていた。

「最近、うどん食べてないからなぁ、うどんにしようかな」
昼休み、由衣はキャンパスを出て、昼食を取るべく、店を探していた。

「はーい皆さん、ただいまローヤルゼリーの無料お試しをやっております」
黒いスーツに身を包んだ販売員の女性が、ギラギラとした日差しをものともせずに客引きをしていた。

「すっごくおいしい!」
「なんか思いっきりテンション上がってきた!」
何人かの女子学生がローヤルゼリーを飲み、そして喜びの声を上げる。

「一杯いかがでしょうか?無料ですよ」
黒いスーツに身を包んだ販売員の女性が、由衣にローヤルゼリーを勧めてくる。

「じゃあ、私も」
「どうぞー」
由衣もローヤルゼリーを一杯受け取り、喉に流し込む。ゼリーはとても甘いが、ベタつくようなしつこさはない。じんわりと口の中に残る優しい甘さだ。
そして、身体の中から暖かみと供に力が湧いてくるのが感じられる。夏の暑さにうんざりしていた由衣だが、そのだるさも一気に解消された気がした。

「商品は200ミリリットル2000円からとなっております」
販売員は由衣に微笑み、カタログである小さな冊子を渡す。由衣はそれを受け取ると、この場を後にした。

「あー、あんな美味しいもの久々に飲んだ」
由衣は上機嫌で昼食を食べる店を探しに、狭い路地を通り抜けて別の通りに向かう。
だが、すぐに何かおかしい事に気づく。足元がふらつき始めているのだ。疲れなど全く無いはずなのに。

「あれ…なんか…眠…たい…」
毒を盛られたのか。もしかしてあの販売員に騙されたのか。そう思って振りかえり、駆け寄ろうとするが、
その前に由衣の眼の前の景色が急速にぼやけ、そしてブラックアウトした。倒れる直前、販売員の女性が笑みを浮かべたようにも見えた。
タダほど高いものはない。その教訓を由衣は味わう暇も無かった。
気絶した由衣の身体を、二匹の巨大な蜂が掴み、どこかへと連れ去っていった。
0163( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:17:41.28ID:wxkJf6lf
「…あれ…ここ…どこ?」
携帯の着信音がけたたましく鳴る。その音で由衣は目を覚ました。
床のコンクリートの冷たさが身体に染みる。ぼんやりと目を開けてみると、目の前には鉄格子と錠前があった。
左右や後ろもコンクリートの壁で覆われている。ここは牢屋なのだ。
自分の足元には何人かの女性が倒れており、携帯電話の着信音はその中の一人のもののようだ。
とにかくここから脱出しなくては。そう思って、鉄格子に手をかけるが、カギがかかっておりびくともしない。

「やっぱりね…」
由衣は自分が閉じ込められた事を知り、どうしようかと思う。が、すぐにある方法に気づいた。
ズボンの右ポケットに手をやると、あった。レッドトルネードに変身するための端末だ。自分を捕えた奴が何者かまでは分からないが、そいつは所持品を没収するところまで手が回らなかったようである。

(良かった、端末が没収されてなくて…)
由衣はひとまず胸をなで下ろした。レッドトルネードに変身すればこの牢屋から脱出することなど簡単だからだ。
立ち上がり、ポケットの中の端末に手を伸ばす。そして、身体を大きく右にひねってから右手を前に突き出す。

「着装っ!」
 その声に応じて、端末が光り輝き、白い防御フィールドが由衣を包み込む。
光の中で、由衣の衣服が光の粒子に分解されて端末に吸い込まれていく。
一瞬裸身が露わになるが、すぐに足元から、指先から、赤と白のインナースーツが駆け上がるようにして首筋から下をすっぽりと包み込む。

(はぁんっ…)
変身は何度もしてきたはずなのだが、暖かみと共に身体の中から力が湧きあがってくる感覚に、由衣は声を上げそうになる。
一介の女子大生から、真紅の装甲を纏った美しき女戦士・レッドトルネードへ。着装は由衣が戦士へと変わる儀式なのだ。
インナースーツ姿になり、装甲を受け入れる準備が整った由衣の身体に、再び足元から、指先から装甲が装着されていく。
下半身と両腕、肩の装着が終わると、背中、胸、腹の三方からパーツが出現し、由衣の胸を優しく包み込むように合わさる。これで露出しているのは頭部だけとなった。
由衣の長い髪がふわりとかきあげられ、頭の周囲に出現したパーツがヘルメット状に合わさっていくのにつれて、髪が後頭部へと収納される。
口元にレスピレーターが装着され、口と鼻が隠されると、由衣の身体の部分で露出しているのは目元だけとなった。
目元を保護するゴーグルが降り、半透明のバイザーが上から被せられ、装着が完了すると、防御フィールドが弾け、中からメタリックレッドの装甲に覆われた戦士・レッドトルネードの姿が現れた。
0164( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:19:04.30ID:wxkJf6lf
「ふんっ!」
レッドトルネードは錠前を力任せにむしり取る。錠前は簡単に壊れ、辺りに転がった。
次いで、柵に手をかけ、両手で一気に左右に押し広げた。
強化スーツにより、由衣の筋力は成人男性の30倍以上に強化されている。その筋力によって、鉄格子の柵がまるで飴細工のようにひん曲った。

「みんな、早く逃げて!」
トルネードは後ろで倒れている女子学生に大声で呼びかける。何人かが目を覚まして起き上がった。
出口を見つけ、全員を誘導して逃げようと思った。しかし、バイザーに怪人の反応が表示される。倒さなければならない敵がいるのだ。
怪人がいる場所に向かって、レッドトルネードは狭い通路をひた走る。

「何、あれ?」
遠くから蜂が2匹、トルネードに向かってくる。いや、それは蜂というにはあまりに大きい。赤ん坊の頭部よりやや小さい程度はある大きさだ。
バイザーが敵である事を指し示す。大きさといい、ただの蜂で無い事は明らかだ。トルネードはホルスターからマルチマグナムを抜き放つ。
蜂のうちの一匹が尾をこちらに向け、毒針を数本まとめて放ってきた。
針はレッドトルネードの胸部装甲に当たるが、装甲に弾かれ、全て乾いた音を立てて地面に落ちる。

「そんなもので私は倒せない!」
トルネードはマグナムの破壊光線で一匹を撃ち落とす。だが、もう一匹が熱線を撃ってきた。避け損なったトルネードの左上腕部を熱線がかすめる。
しかし、すぐにトルネードの反撃の射撃を受けて爆発した。

「避けきれなかったか…」
熱線を受けた左上腕部の装甲が熱で少し溶け、煙を上げていた。深刻なダメージではないが、気分のいいものではない。
こうしてはいられないと、さらに通路を急ぐ。バイザー越しに見えた、見覚えのある人影を察知したトルネードは足を止めた。
大学の外でローヤルゼリーを勧めていた、黒スーツの女性販売員だ。
怪人の反応が強くなっているので、この女は普通の人間ではない事は明らかだ。見ると、背中からも2枚2対の羽が生えている。

「アンタ…怪人だったのね!」
「あら、レッドトルネードがどうしてこんな場所にいるのかしら?」
女はトルネードの姿を見て少し驚いた様子を見せたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

「私はあなたのような怪人が出れば、どこにも駆けつける!」
「すぐに来るとは知っていたけど、本当に来るのが早いわね」
トルネードの目の前で女の姿が歪み始め、たちまちハチ女の姿になる。女の正体はハチ怪人だったのだ。

「アンタ、こっちの動きについてこれる?」
ハチ怪人は地面からすっと浮かび上がり、猛スピードで奥の通路を逃げて行った。トルネードもすぐに後を追う。

「絶対に逃がさない!」
トルネードは全力疾走で後を追うが、目の前にあるのは大きな鉄扉だ。
怪人の反応はこの扉の向こうにあるので、怪人はここを通って逃げたのだろう。この向こうに怪人がいるに違いない。
そう考えたトルネードは、扉に向かって跳び、右足でキックを食らわせた。
頑強な両開きの鉄扉が、まるで薄い木の扉のように勢いよく開いた。
0165( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:20:04.95ID:wxkJf6lf
「あら、扉を開ける時ぐらい普通にすれば良かったのに」
トルネードが扉を蹴破った先で、ハチ怪人が待ち構えていた。
トルネードの耳に、崖下から川の流れの音が聞こえてくる。二人が対峙している場所は砂利があちこちに散らばっている駐車場だ。

(ここって、廃工場か何か、だったの?)
トルネードー由衣の目の前には、雑多に積まれている鉄骨やコンテナ、動くのか動かないのか分からないフォークリフトがある。

「こっちの都合のいいように動いてくれたわね。ここなら思う存分戦えるから」
「それはこっちだって同じよ!行くわよ!」
「ここに来た事を後悔させてあげる!」
ハチ怪人の挑発に応じるかのように、レッドトルネードが戦端を開く。ハチ怪人も背中から二匹の蜂を出し、事を構える。

「やあっ!」
トルネードは拳を繰り出そうとするが、ハチ怪人は後ろに飛びのいて避ける。そこに、蜂からの熱線がトルネードに命中する。

「ぎゃっ!」
腹部と左の太ももが熱によって溶け出し、煙を上げていた。レーダーは熱線を発射する直前にしか反応してくれないので避けられなかったのだ。
さらに、ハチ怪人がトルネードの腹部に蹴りを入れる。

「あぐっ…」
強烈な衝撃が装甲を通り越して胃に伝わってくる。胃が押しつぶされるような感覚を受けて、たまらずトルネードの身体がくの字に曲がった。
ハチ怪人が繰り出した右手の拳を左腕で受け止めるが、直後、強烈な左フックがトルネードの頭部を直撃した。
バイザーが粉々に砕け散る音と共に、トルネードの身体がアスファルトの地面に叩きつけられた。

「ううっ…強い…」
「ここは周りに何もない。という事は、私のかわいい蜂が最大限に生かせる、って事」
障害物の無い広い空間では蜂が自由自在に動く事が出来るのだ。そんなハチ怪人がゆっくりとトルネードに歩み寄る。

「ここに来た時点で、アンタの死に場所は決まっていたのよ!」
ハチ怪人が再び蜂を繰り出す。中途半端な場所にいては熱線にやられるだけだ。意を決したトルネードは懐に飛び込む。
ゴーグルに表示された警告を気にする暇は無かった。前に大きく跳んだトルネードの右拳が、蜂から発射された熱線を避けつつ、ハチ怪人の顔面を捉える。
ハチ怪人の身体が5メートル以上吹き飛び、背後にあったフォークリフトに激突した。

(よし!効いてる!)
トルネードはハチ怪人が起きあがる前に追撃を仕掛けようとする。とにかく接近戦に持ち込まないと分が悪いからだ。
首筋にチョップを打ち込もうとしたトルネードだったが、突然腹部に鋭い痛みを覚えた。まるで針を刺されたように痛い。いや、実際に太い針を刺されているのだ。
ハチ怪人の手の甲には鋭く太い針が仕掛けられていて、その針が腹部の装甲を貫通し、インナースーツにまで達しようとしていた。

「そんな!」
動揺するトルネードに、ハチ怪人は二度、三度とトルネードの頭部を殴りつける。
少しずつではあるが、トルネードのヘルメットに亀裂が入っていった。
ハチ怪人は片手でトルネードの身体を掴み上げると、積み上げられているドラム缶に向けて投げつけた。
トルネードをぶつけられたドラム缶が一つ残らずガランゴロンと音を立てて倒れ、地面を転がっていく。
0166( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:21:00.34ID:wxkJf6lf
「さあて、蜂というからにはこっちも飛ばないとね」
ハチ怪人は背中の羽を広げ、空高く飛び上がる。空中から下にいるレッドトルネードをなぶり殺しにしようというのだ。

「空だったらこっちも飛べるわよ!ジェットストライカー、転送!」
トルネードの叫びと共に、2枚2対のカッター状の翼が出現し、背中に装着される。そして、トルネードがハチ怪人の高さまで急上昇していく。

「アンタって戦い方が素人過ぎるわよ、さぁこの子たち、アイツを可愛がってあげなさい!」
ハチ怪人が背中から蜂を4匹射出する。

「この時が無防備なんだ!」
トルネードははっと気づいた。蜂を射出する時、本体のハチ怪人の足が止まる。
その隙を見て、トルネードのマルチマグナムが発射されるが、ハチ怪人の羽の一枚をかすめたに過ぎなかった。
そこに、下へと回り込んでいた蜂からの熱線がトルネードの右足に直撃する。
さらに、左に回り込んでいた蜂からは腰に、右に回り込んでいた蜂からは右肩に、上に回り込んでいた蜂からは背中の翼に、
それぞれ熱線が発射され、装甲を容赦なく傷つけていく。文字通り四方から撃たれたトルネードは空中で痛みと熱さに苦しんだ。

「空ってのはこうやって飛ぶものなのよ!」
ハチ怪人が手にレイピアを持って猛スピードで突っ込んでくる。避ける余裕などない。
トルネードは左手でサイコブレードを抜き放ち、イチかバチかで振りはらう。
ブレードはハチ怪人の羽のうちの1枚を切りはらい、虚空に飛ばしていた。

「羽が…よくもこっちの羽を!」
怒ったハチ怪人が、4匹の蜂をトルネードの後ろに回り込ませ、時間差で次々と背中のジェットストライカーに向けて熱線を発射していく。

「あああっ!」
1発目で羽がもう1枚吹き飛び、2発目と3発目でジェットストライカーの機能が停止し、4発目はトルネードの背中にぶち当たった。
まさに翼をもがれた形となったトルネードは地面に向かって墜落していく。
受け身の姿勢を取ることも出来ずに地面に叩きつけられ、大きく身体が弾んだ。
地面には砕け散ったジェットストライカーの残骸が転がっていた。背中のクッションになってくれたのか、まだ何とか立ちあがる事が出来た。
0167( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:23:24.09ID:wxkJf6lf
「素人にしては結構手間をかけさせてくれたじゃない…」
ハチ怪人の声は怒りを帯びている。よほど羽を傷つけられたのが悔しかったのだろう。
ハチ怪人が右手に持ったレイピアを何やら音符を書くような動きで動かす。
訳も分からずに見てしまったトルネードは、視界がぐらつくのを感じる。
これは催眠術の一種だ、ゴーグル越しとは言え見てはいけなかったんだ。そう思ったときには遅かった。
横積みにしてあった鉄骨のうちの1本を、ハチ怪人が蹴り飛ばしてきた。
鉄骨がトルネードのゴーグルに直撃し、左目の部分がついに割れ、由衣の眼が露わになった。
ゴーグルの機能まで停止した事がトルネードには俄かに信じられなかった。
そんなトルネードが態勢を立て直す間も無く、ハチ怪人のレイピアによる突きが襲いかかってくる。

「いやあああっ!」
その突きはメッタ突きのようで実に正確だった。トルネードの頭に、首に、胸に、腹に、膝に、腰に、確実に突き刺さっていった。
そのたびに装甲に穴が空き、内部のコードや基板が覗き始める。
一介の女子大生である自分を、レッドトルネードという女戦士に変えてくれる装甲が、
どんな怪人でも倒せる力を与えてくれると信じていた装甲が、今まさに戦士としてのプライドと共に壊されようとしている。

「も、もう、やめてえええっ!」
レッドトルネードはパニックに陥っていた。十数回ほど突かれ、トルネードの身体は白煙を上げながら地面にうつぶせに倒れ込んだ。

「さぁ、正義の味方とやらのツラを見てみましょうか」
ハチ怪人はレッドトルネードの頭を掴んで無理やり引き起こす。破損したゴーグルから由衣の左目が見えていた。
ハチ怪人の右手に力が入り、亀裂が入っていたヘルメットがさらに悲鳴を上げ始める。

「えっ、い、嫌だ、嫌ああっ!」
トルネードは頭を握りつぶされる恐怖感を感じ、さらにパニックに陥る。
ヘルメットの歪みがさらに増し、原形からかけ離れていく。そしてついに、分厚いガラスが割れるような音と共に、ヘルメットが粉々に砕け散った。
ヘルメットに納められていた由衣の長髪が広がって出てきた。その顔は汗と涙でグチャグチャになっていた。
0168( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/24(木) 23:25:35.00ID:wxkJf6lf
今回は以上です。スレタイのスーツ破壊がとうとう実行されました。
さて、この話、皆さんはバッドエンド、グッドエンド、どっちがよろしいでしょうか?
(グッドエンドに向かう話の流れは既に考えてあります)
0169名無しさん@ピンキー2013/01/24(木) 23:58:54.05ID:hziHRokY
装甲ごと変身した蜂怪人の針に串刺しになるメタルヒロインはいかがでしょうか

痛々しいですがそそります
0170名無しさん@ピンキー2013/01/25(金) 11:26:27.85ID:0F+HtMq0
>>168
乙!相変わらずいい感じですね。
エンドは、貴方が書きたい方でいいよ。読者に合わす必要なんかない。

といいつつグッドエンドを希望しておく
0171名無しさん@ピンキー2013/01/25(金) 12:39:10.45ID:eqMSxRP9
>>168
GJ!
敵への懇願に、ついに正体バレとピンチの定番の連発で良かった
俺としては、スーツの性能頼みにぶいぶいいわしていたレッドトルネードの
完膚無きまでの敗北のバッドエンドが見てみたかったり

まあ迷うんなら両バージョン書いて投下とか、この手のSSではよくあるから悩む必要ないんじゃない
0172名無しさん@ピンキー2013/01/25(金) 17:52:21.88ID:jCnRO25P
作者様乙です!
ハチ怪人の持つレイピアというのは細い弱弱しい剣なので、それで穴が空いてしまうレッドトルネードのスーツが意外に弱いのか,
むしろハチ怪人とレーザー蜂の攻撃力がすごいのか、よくわからないのですが,参考までにレッドトルネードのスーツは
どのレベルの強度を想定してらっしゃいますか?
金属加工用に作られた電動カッターやドリル使えば破壊出来てしまうレベルでしょうか?
金属加工道具がそろったどこかの工業高校にレッドトルネードが連れ込まれて、気がついてみたら工作台の上に大の字で寝せられている
怪人の手下になった不良男子生徒どもがニヤニヤしながらレッドトルネードの装甲を道具で切り刻んで裸に剥く、なんてのを妄想しました
0173( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/25(金) 20:32:24.93ID:t+RpR0El
スーツ破壊という本筋に入った結果がこれだよ! 皆さん感想有難うございます

蜂怪人が使っているレイピアの先端は高速振動しているので、別次元の貫通力があります
トルネードの装甲は市販されている電動カッターやドリルでブチ抜けるレベルではありませんが
強化されるパワーやスピードに比べて、装甲の強度は重厚な見た目ほどは高くないです
現に4話でヘルメットや太ももにヒビが入ってますしバイザーは何度も壊されてます

…って、こういう事は本編で書いておくべきでしたね
0174( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:45:42.93ID:yhkQCffZ
ハチ怪人は、ヘルメットを握りつぶされ、首筋から下だけが装甲に包まれた状態の由衣の頭を右手で掴んでいる。
強化スーツはヘルメットを含め、全て装着されてこそ、レッドトルネードとして本来の性能を発揮できる。
そうでない状態では、やはり一人の女性・由衣でしかない。

(このまま、私は…)
自分は目の前にいるハチ怪人に頭を握り潰されてしまうのか。涙目で目の前にいるハチ怪人の顔が霞んで見える。
ハチ怪人は由衣を軽く放り投げると、落ち際をサッカーボールのように蹴り飛ばした。

「ぎゃああああっ!」
由衣は鳩尾の辺りを思いっきり蹴られ、10メートル近く飛ばされた。確認する気持ちも暇も無かったが、スーツの制御機能を司る装置がある胸部装甲にもヒビが入っていた。

「うう…げほ、げほっ…!」
由衣は激しくせき込み、唾液、そして腹から逆流してきた胃液を地面に吐き出した。
息を吸う事は出来てもまともに息を吐く事が出来ず、立ち上がるどころの話ではない。

「まだまだこんなもんじゃ済まないわよ」
ハチ怪人は懐から2本の白いロープのようなものを出し、倒れている由衣に向かって投げつける。
ロープは意思を持っているかのように由衣の右手首、左手首にそれぞれ巻きついた。
ハチ怪人は身体を浮かび上がらせ、再び廃工場へと向かう。両手首にロープが巻きつけられている由衣の身体は仰向けの体勢で地面を引きずられる形となった。

「あっ、ああっー!」
地面を引きずられ、アスファルトと真紅の装甲がこすれ合うガリガリとした音が辺りに響き渡る。

「アンタはもう少し静かにしてなさい!」
ハチ怪人は背中から蜂を2匹射出する。叫び声をあげる由衣に向かって、右膝、左肩に熱線が照射される。

「あぎゃあああぁぁっ!」
痛みと熱さで由衣はさらに大きな叫び声を上げる。耐久性が落ちた装甲に熱線を防ぎ切る力はもはや残っていなかった。熱が装甲を溶かし、下に着ているインナースーツにまで伝わってきた。

「あら、余計うるさくなっちゃったわね。まぁいいわ」
ハチ怪人はレッドトルネードが蹴破って壊したドアから中に入り、がらんとした大きな空間まで由衣を引きずっていった。

(動いて…動いてよ、私の身体…)
ヘルメットが脱げた状態では、スーツの性能は本来ならフル装備状態の3割減程度で済む。
体調が万全ならロープを振りほどく事も十分可能なのだが、深刻なダメージを負った今の状態では無理だった。
0175( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:51:29.12ID:yhkQCffZ
「ここなら広々としてていい感じね」
由衣が引きずられていった先は製鉄所だった。広々とした空間に、天井から太く、赤茶色に錆びた鉄骨が何本もぶら下がっている。

「コイツをあそこにぶら下げて」
ハチ怪人は2匹の蜂に指示を出す。蜂はロープを掴み、由衣の身体を上空に持ち上げる。
天井からはフックが2つぶら下がっており、蜂はそれぞれ由衣の両手首に巻きつけられているロープを左右のフックに器用に巻きつける。

「いっ…痛いっ!」
熱線を受けた左肩の痛みが由衣に敏感に伝わってきた。
ハチ怪人側から見ると、由衣の身体はY字状に吊り下げられる形となった。
ロープは装甲込みで由衣の身体を吊り下げているが、全く切れる様子は無い。

「このロープ、クモ怪人から分けてもらったんだけど、やっぱりいい感じね」
そう言いながらクモ怪人は工場のクレーンを操作し、天井から吊り下げられている鉄骨の高さと、吊り下げられている由衣の身体の高さが合うように、由衣の身体を降ろしてきた。
由衣の目の前、胸の高さにはH型の鉄骨がある。これからこの鉄骨がどういう風に使われるか、由衣には勿論想像がついている。由衣の顔に、再び冷や汗が垂れていた。

『レッドトルネード、応答して、レッドトルネード、応答して!』
ベルトのパックルに内蔵されている端末から、ようやく非常事態だと気付いた真由美からの通信が入る。

「お母さん…私…もう…だめ…かも…」
由衣はもう遅いよ、とでも言いたげな弱弱しげな口調で返すのが精いっぱいだった。
もっと早く通信してくれれば助かったかも知れないのに、今となっては完全に手遅れで、より絶望感を増幅させるものでしかなかった。
自分一人で戦い続けている以上、もはや助けが来る見込みは無い。
後はどういう殺され方をするか、いつ殺されるか、もうそれぐらいしか由衣の頭の中には無かった。

「原始的だけど、まずはこれからやってみましょう」
由衣は地面から少し浮かび上がった状態で吊るされている。頭の中を整理し終わる前に、鉄骨が由衣の胸に迫ってくる。由衣は思わず目を閉じた。

「あうっ!…ああっ!…ああううっ!」
鉄骨が約4秒に1回、由衣の胸部に突き刺さる。それに合わせて、由衣が悲鳴を上げる。
レッドトルネードの胸部装甲は、装着者の由衣の胸に合わせてやや膨らみを帯びており、女性らしいフォルムとなっている。
その装甲に何度も鉄骨による衝撃が加わる。既にヒビが入っていた胸部装甲だったが、そのヒビが少しづつ広がっていく。
スーツの防御力はまだ多少は保持されているが、由衣にはもはや敵に抗う体力が残っていない。

(これから…どうなるんだろう…)
由衣はハチ怪人に嬲られるのをどうする事も出来ない。身体の余力が無くなるにつれて、心も折れようとしていた。
0176( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:52:18.93ID:yhkQCffZ
「意外に頑丈なのね」
単調な「作業」に嫌気がさしたのか、ハチ怪人が鉄骨をぶつけるのを止めた。
ハチ怪人は、ふと由衣の太ももの左右についているホルスターに眼をやり、笑みを浮かべる。

「そうか、いいものがあったわ」
(あっ、それは…!)
ハチ怪人は身動きの取れない由衣に近づき、右のホルスターからマルチマグナムを、左のホルスターからサイコブレードを取り出した。

「結構良さそうじゃない。耐久テストに丁度いいわ、これ」
ハチ怪人はマルチマグナムを手に取って、満足そうな笑みを浮かべる。
マルチマグナムとサイコブレードの威力は由衣自身が身をもって知っている。
この両武器でこれまで5人の怪人と戦ってきたからだ。その武器が自分の身に向けられたらどうなるか…想像するだけで背筋に寒気を覚えた。

「レッドトルネード、自分の武器でやられる気分はどう?」
「そんな、やめて…やめてよ…ぐぎゃああっ!」
ハチ怪人が撃ったマルチマグナムの破壊光線が由衣の腹部装甲に命中し、爆発と共に白煙が上がった。
衝撃と熱さが由衣の身体に容赦なく襲いかかる。身体を必死によじって、少しでも痛みと熱さから逃れようとする。
腹部の装甲は大きくヒビが入り、表面装甲も溶け出していた。

「では、もう一発」
「ぎゃあああっ!腕があぁぁっ!」
ハチ怪人はマルチマグナムの2発目、3発目を左肩に撃ち込んだ。左肩の装甲が粉々に吹き飛び、千切れたコードやチューブが露出していた。
由衣の左肩の骨は完全に砕けており、クレーンで吊り下げられている由衣の身体にさらなる激痛がはしる。
利き腕の方で無かったのはハチ怪人の情けなのかどうかは分からない。しかし、由衣が確実に敗北に向けて追い詰められているのは確かだった。

「一発おまけになっちゃったけど、まぁ、何発目まで我慢出来るかしらね」
「も、もう…やめ…」
涙目の由衣を一瞥したハチ怪人は、マルチマグナムの4発目と5発目を由衣の右膝、左膝に正確に撃ち込んだ。

「あああぎゃああぁっー!」
両膝から下が一瞬で千切れたような感覚があった。真紅の装甲が吹き飛ばされ、黒く焼け焦げた赤と白のツートンカラーのインナースーツが覗いていた。
骨が砕けているかどうかまでは分からないが、もう立って歩くことは出来ないだろう。
0177( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:52:56.86ID:yhkQCffZ
「さてと、次はこれで綺麗に剥いてあげるわ」
「あ…あうう…」
ハチ怪人がサイコブレードを手に、由衣に近づいてくる。腰のパックルに内蔵されている端末からは、真由美からの声がしているのだが、
今の由衣には届く事は無かった。返事をする気力も体力も無かった。

「いぎゃああっ!」
ハチ怪人はサイコブレードを由衣の左肩から右脇腹にかけて袈裟斬りにした。
刃先はインナースーツの表面だけを切り裂き、肉体までは深く達しなかったが、由衣は直接肉体が斬られたような痛みを覚えた。
腹部装甲の切れ間から血が流れ出し、脚を伝って床に垂れ降り、小さな赤い水たまりとなり始めていた。

「はい、次」
「ぐぎゃああっ!」
ハチ怪人は右太股、左太股をブレードで斬り裂く。割れた基板が散乱し、断ち切られたコードがだらんとぶら下がった。

「バランス良くやらないとね」
「そ、そんなの…駄目ええぇっ!」
ハチ怪人は由衣の背後に回り込み、尻から背中を勢いよく下から上に斬り上げた。
真紅のパーツがバラバラと床に落ち、中に着ている赤と白のインナースーツまで斬り裂かれていた。

「なんかもう面倒だから手で剥がすわ」
ハチ怪人はブレードを床に投げ捨て、ヒビの入った由衣の胸部装甲に手をかけた。嫌な音と共に、かろうじて原型をとどめていた装甲が決壊し始めた。

「そ、そこだけは、嫌あああっっ!」
由衣は泣き叫んだ。スーツの性能を司る最も大事な部分を壊されては、もはや自分はレッドトルネードで無くなってしまうからだ。
しかし、その最も恐れていた事は現実となった。ハチ怪人の右手に力が入ると、装甲が粉々に砕け散り、
コード、部品、チューブが複雑に絡まった内部機構が露わになった。ハチ怪人はそれを鷲掴みにし、力任せに引き抜いた。
内臓を引きずり出されるような感覚が由衣に襲いかかる。ハチ怪人の手によって、レッドトルネードでいられるものを支えてくれる装置が、何の用も為さない残骸へと変わり果てていった。
内部機構を握りつぶされたスーツの機能がこれで完全に停止した。
それと同時に、由衣が身に着けている赤い装甲の残骸が粉々に砕け散ったかと思うと、光の粒子になり、腰部のパックルに吸い込まれていった。
0178( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:53:57.09ID:yhkQCffZ
「う…ああぅ…うああ…」
由衣はインナースーツ姿になっていた。本来、鮮やかな赤や白の色彩で由衣の首筋から下を包み込むインナースーツは、あちこちが破れたり焼け焦げたりしている。
砕かれている左肩、針が刺さり、ブレードで斬られた腹部、そしてマルチマグナムで撃たれた両膝部分からは、痛々しく傷つき赤黒くなった肌が見え、血が流れ続けていた。

「あら?何かしら、これ」
ハチ怪人が由衣のベルトのパックルに眼をやる。他の装備はスーツの装着が強制解除される事により失われたが、ベルトのパックルースーツが内蔵されている端末ーだけは残っていた。

「ああ…そ、それ…」
由衣がかすかに声を絞り出す中で、ハチ怪人はパックルを力任せに引きちぎった。
蓋を開けると、中にはレッドトルネードの装甲が普段収納されている端末が出てきた。

「なんか、これスマホみたいね。三影先生にお土産として渡しとこう」
ハチ怪人は端末にそれほどの興味は見せない。由衣はレッドトルネードとしての全ての装備を剥ぎ取られた。端末まで奪われた事により、ほんの僅かに残っていたかも知れない望みも完全に断たれる事となった。
ハチ怪人の目の前にいるのは、もはや真紅の女戦士・レッドトルネードではなく、全てを失いつつあり、死を待つだけの一人の女性・由衣に過ぎなかった。

「さてと、最後はどうしようかな」
ハチ怪人が泣きはらしている由衣に近づき、インナースーツの右胸の破れ目に手をかけ、一気に裂け目を広げた。
裂け目の下から、由衣の形の整った美しい乳房が露わになった。

「やっぱりこの下にはもう何も無いか」
ハチ怪人はインナースーツの下が全裸である事を確かめると、それ以上スーツを破ろうとはしなかった。
本来、インナースーツは鉄よりも数段上の硬度を持ち、身体能力を成人男性の数倍に高める力も持つなど、
装甲が破壊されても由衣の身体を保護してくれるはずの性能があった。
しかし、由衣がここまで重傷を負い、インナースーツ自体も大きく破損してはもはや本来の性能を発揮する事は出来なかった。

(負け…たんだ…正義の…味方が…負け…たんだ)
これからやりたい事だってまだまだあるのに。父さん、母さんに言いたい事だってあるのに。何よりも、栞にまだ謝ってないのに。
やりたかった事が、そしてまだ生きたかったという思いが、由衣の頭の中を一気に駆け巡った。

「どうせなら、仕上げは派手にしないとね」
ハチ怪人は背中から蜂を一斉に射出した。7、8匹はいるだろうか。その蜂が四方八方から由衣を取り囲む。

(私…これで…死んじゃうんだ…)
目の前で、蜂が数匹と、マルチマグナムを構えているハチ怪人の姿を見た由衣は、ついに来るべき時が来た、と観念し、目を閉じた。
そして、蜂が時間差で間断なく熱線を照射し、マルチマグナムからも破壊光線が放たれた。胸に、腹に、脚に、背に、尻に、熱線と破壊光線が容赦なく襲いかかる。
鉄を遥かに超える強度を持つインナースーツと言えども、これにはひとたまりも無かった。
0179( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:54:49.64ID:yhkQCffZ
「ぐぎゃあああああーっ!!!」
廃工場から、由衣の断末魔の悲鳴が響き渡った。そして、声が止んだ後は、静寂だけが訪れた。
熱線とマルチマグナムの銃撃を受けた由衣の頭は前にがっくりと垂れている。黒髪が前に垂れ落ち、肉体は黒く焼け焦げていた。
赤と白の鮮やかな色彩であったインナースーツもより黒く焼け焦げたり、クモの巣のように破れたりして、ボロ切れのようになっていた。

「綺麗な顔してるわね…」
ハチ怪人は目を閉じた由衣の顔を下から覗きこみ、下卑た笑みを浮かべた。

「もういいでしょ、糸を切ってあげなさい」
2匹の蜂が、由衣の右手首と左手首にそれぞれ絡められている糸を切った。
由衣であった肉体が天井に吊るされていたクレーンから落ち、白い土煙を立てた。
うつぶせに倒れた由衣は身動き一つしなかった。その目が二度と開くはずもなかった。
ここに、レッドトルネードの完全なる敗北が決まったのだ。

「あー、どうせなら窪島君も呼びたかったけど、まだケガが治ってないから、仕方無いわね」
レッドトルネードが重傷を負わせたコブラ怪人も呼んでおけば、ハチ怪人とすればもっと楽しめたかも知れない。
ハチ怪人は惜しい事をした、と思いながらも、床に倒れている由衣であったものを見つめていた。

三影の研究によって発見された変異細胞による怪人の生産計画を阻止するべく戦っていた戦士、レッドトルネードはここに倒れた。
由衣の遺志を継ぐ者が出なければ、近いうちに、浪速県、そして日本は三影が生み出した怪人が跳梁跋扈する世界になるだろう。
その戦士が誰なのか、そしていつ出てくるのかは分からない。
しかし、これだけは確実に言える。レッドトルネードー鷹野由衣は三影の野望を阻止する事に失敗したのだ。

…END…
0180( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:55:47.27ID:yhkQCffZ
という事でこちらはバッドエンドルートでした。
ここでレッドトルネードの戦いが終わりを迎えるのが残念だ、という人は、
>>167に戻ってから >>181にお進み下さい。
0181( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:56:50.39ID:yhkQCffZ
「この時期にちょうどいい花火大会をしてあげるわ」
ハチ怪人はゴミを捨てるように由衣の身体を放り投げた。
ヘルメットが無くなっても、まだスーツの機能は保持されているし、武器も健在だ。
その思いで由衣は必死に立ち上がる。しかし、こちらが仕掛ける前に、ハチ怪人の忠実なしもべである蜂が由衣の近辺を取り囲んでいた。
その数は10匹近くいた。ほぼ全ての蜂が、由衣を熱線で焼くべく、針を向けていた。

「第一陣!」
胸に、背中に、右腕に、左膝に、一斉に熱線が照射され、装甲が激しい爆発を起こす。

「あぎぃあああ…」
「第二陣!」
由衣が悲鳴を上げる間もなく、今度は腹に、腰に、左腕に、右肩に熱線が放たれ、激しい爆発と共に、スーツの破片を辺りに撒き散らす。

「第三陣!」
第二陣の間、一旦離れていた蜂が再び熱線を放つ。仕上げとして、再び胸で、背中で、腹で激しい爆発が起きる。

「あああああーっ!」
由衣のいた場所で爆発が起き、着ているスーツの爆発とあいまってさらに大きな爆発となった。
その爆風で由衣の身体が紙きれのように吹き飛び、廃工場のあった崖の上から、遥か下にある川の方まで落ちていく。
胸に照射された熱線でスーツの制御装置が破壊されたらしく、由衣の身体から真紅の装甲が全て剥がれ落ち、白く光り輝いて光の分子になって腰のパックルに納められる。
由衣はインナースーツ姿で崖下の川へと落ちて行った。
大きな水飛沫を上げ、由衣の身体が川の中に沈んでいく。川の流れは急で、水の流れる音が崖の上からでも聞こえてきた。
蜂を背中に収納したハチ怪人は、由衣が吹き飛ばされ、川に落ちたであろう場所を上から見やったが、由衣らしい人影は無い。

「綺麗な花火だったわね」
いくらレッドトルネードでもここまでダメージを受け、急流に叩き落とされては生きてはいまい。
ハチ怪人は勝利を確信したが、すぐに考えを改める。

「アイツの死体を見つけるまで作戦は終わりじゃない。探しなさい」
ハチ怪人は、川の下流に流されたかも知れない由衣を見つけ出すべく、蜂に指示した。
0182( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:58:59.19ID:yhkQCffZ
「やっぱり、由衣ちゃんにきちんと謝ろう…」
この前、由衣と喧嘩をした栞は、あれから一度も由衣に会っていない。
まずはメールや電話で、とも思ったが、やはり直接会ってきちんと謝った方がいい。
そう思った栞は、鷹野家の前に来ていた。意を決してインターホンを鳴らす。

「ん、森川さんか」
返事をしたのは篤彦だった。

「由衣ちゃんはおられますか?」
「…まぁ、中に入りなさい」
篤彦は由衣が家にいるかどうかについては何も言わない。篤彦が出てきて、家の扉と門のカギを開けると、栞は少し変だな、と思いながらも家の中に入った。

「森川さん、もう何が言いたいかは分かってるよ。付いてきなさい」
「え、どこにですか?」
「付いてくれば分かるさ」
篤彦は意図を読み取ったかのように、栞を地下の研究室に案内する。
倉庫から隠し階段を降りると、栞の前には海外ドラマにでも出てくるかのような研究室の光景が広がっていた。

「由衣ちゃんの家に、こんな場所があったなんて…」
栞はしばらくの間、目を丸くしていた。真由美はスーツの調整を続けていたが、篤彦と栞が降りてきたのに気付き、手を止めた。

「あなた、森川さんね。由衣だったら今留守よ」
「…この間の事を謝りに来たんです。直接言わなきゃいけないから」
そう切り出した栞に向かって、真由美は目を伏せた。

「これ…見てみる?」
真由美は自分のパソコンのモニターを指差す。モニターを見た栞の顔色が一気に青ざめた。

「ゆ、由衣ちゃん、由衣ちゃん!」
栞が見たモニターの画面には、河原でうつぶせに倒れ、かすがに身じろぎする由衣の姿が映っていた。
その姿だけで、栞は由衣に何が起こったかを理解した。

「由衣ちゃん、聞こえる!ねぇ、由衣ちゃん!わたしよ!栞よ!」
栞はマイクで必死に由衣に呼び掛ける。声は腰部のパックルに収納されている端末から由衣に聞こえるはずである。
だが、倒れている由衣が返事をする様子は無い。
「やられちゃったんだ…怪人に…やられちゃったんだ…このままじゃあ…由衣ちゃんが…死んじゃう…」
栞の両肩が小刻みに震えていた。目にはいつの間か、涙が浮かび始めていた。

「やっぱり、あの時、俺が強く止めなきゃいけなかったんだな…」
「本来戦うべき大人たちのかわりに、由衣は戦ってくれてるのよ。それがこうなったのは…私たちの責任だから…」
鷹野家で大事に育ててきた一人娘が今、死に追いやられようとしている。
篤彦も、真由美もそこまで言うと声を詰まらせてしまった。その沈黙を打ち破ったのは栞だった。
0183( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 21:59:57.52ID:yhkQCffZ
「二人とも、森川さんのためにスーツを用意しておいたとぐらい、言って下さいよ!」
栞はカプセルの中に入っている人型を指差す。真由美がもともとは由衣のために用意したものだった。
強くなっていく怪人に対抗するべく、普段由衣が着用しているものよりも改良されたタイプのものである。

「…本気で言ってるのか、森川さん」
栞に真意を確かめる篤彦の声は震えていた。

「じゃあ、誰が由衣ちゃんを助けるんですか!」
「まさか、このスーツを着ていこう、っていうの?まだテストもしていないのに、どんな不具合が出るかも分からないのよ」
「だったら私がその実験台になります!」
栞はあくまでもスーツを装着すると言って聞かない。

「森川さん、私の方からも聞くけど、本気なの?これがうまく装着できたとしても、
これから自分の時間って相当減ると思うわよ。遊びたい事だって一杯あるでしょ?
その時間が怖くて、痛いものに代わるのかも知れないのよ」
「スーツは壊れたとしても、ダメだったとしてもまた作ればいいかもしれない…でも、由衣ちゃんは…由衣ちゃんは、たった一人しかいないんです!」
一言一言を噛みしめるようにして話す真由美に対して、栞は心の底から、腹の底から声を絞り出す。

「どんな目に遭っても後悔はしません!由衣ちゃんを、いや、みんなを助ける力を下さい!」
「…そこまで言うんだったら分かったわよ。空いている方のカプセルに入りなさい」
「はいっ!」
栞の熱意に負かされた真由美がようやくスーツの装着を許可した。
栞は、自分がスーツを装着して由衣と共に戦うべく、むしろ篤彦と真由美にここに連れてこられたのではないか、という事を感じていた。

「パーソナルデータの書き換えに少し時間がかかるかも知れないけど、焦らずにじっとしててね」
カプセルの中に入り、様々なコードを繋がれた栞のデータがコンピューターに表示される。
どの程度の出力にまで耐えられるのか、射撃や格闘に対する適性はどうなのか、そういった情報を元に、真由美はスーツの調整を続けていく。
栞は緊張した面持ちで、パソコンに向かう真由美を見つめていた。

「由衣より身体能力は上みたいね…これで行くわ。森川さん、ちょっと覚悟しておいてね」
「覚悟…かぁ」
「これからあなたは変身するんだから」
真由美がカプセルを操作すると、カプセルの中にいる栞に白い光が照射され、全身を白く包み込む。
0184( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:01:22.96ID:yhkQCffZ
「あっ…」
白い防御フィールドに包まれた栞の身体から、着用していたTシャツ、スカートが光の分子に分解される事により離れていき、栞は上下お揃いの水色のブラジャーとショーツという下着姿を晒す事になった。
さらに、その下着もすぐに白い光の粒子となって弾け飛び、栞は全裸になった。
栞は由衣よりもやや小柄だったが、胸や尻は由衣よりややふくよかだった。

「何これ…?」
服が消え、裸になった事に戸惑う栞だったが、つま先から、指先から、光の粒子が駆け上がり、栞の白い肌をくまなく包み込んでいく。

「あ、あうっ…!」
肌をコーティングされていく感覚に栞は思わず声を上げてしまう。
光の中でそっと目を開けると、首筋から下まで、栞の身体は青と白の鮮やかな色彩のインナースーツに包まれていた。
胸の膨らみ、腰のくびれ、豊満な尻と、栞の身体のラインがぴっちりと出ていた。

「まだまだこれからだから、しっかりしてね」
真由美はこれからメインとなるスーツ本体の装着作業を始める。
栞の腰の前後に2つのパーツが現れ、挟み込むようにして、栞の股間に前後から密着する。栞にとって最も大事な部分を守るパーツだ。
さらに、腰回りにパックルが装着される。変身後はこの中に端末が収納されるのである。
「恥ずかしいよぉ…」
インナースーツは薄く、裸でいるのと感覚的にはそれほど変わらない。そんな栞へのスーツ装着はさらに進む。
つま先が、ふくらはぎがブーツ状のメタリックブルーの装甲に覆われ、次いで膝、太股も装甲に覆われる。
太股の左右の装甲にはホルスターがあり、マルチマグナムがそれぞれ入っている。
下半身に装甲が付着される間に、上半身でも装甲の装着が進んでいた。
栞の手がメタルグローブに覆われ、下腕部、肘、上腕部、肩と青い装甲で覆われていく。栞の胴体の前後から3つのパーツが現れ、酸素吸入を補助する装置や、バックパック装置がある背部パーツが、まだインナースーツ状態の栞の背中に密着する。
次いで、スーツの制御機能を司る胸部パーツと腹部パーツが、既に装着されていた背部パーツと合わさり、栞の胸をしっかりと包み込んだ。

「はあぁううぅぅっ!」
「森川さん、もう少しだから我慢して!」
胸をぴっちりと装甲の中に納められた快感で栞は大きな声を上げる。
真由美の言うように、スーツ装着もいよいよ終わりへと向かっている。
栞は首筋から下を全て装甲で包まれ、剥き出しになっているのは頭部だけとなっていた。
栞の肩の上あたりで切りそろえられた黒髪がふわりと巻き上がる。
頭部の上、右、左にそれぞれパーツが現れ、栞の頭部で一つに合わさってヘルメットの形となり、髪が後頭部に納められた。
後頭部で空気圧ロックがかかり、ヘルメットが固定される。口元と鼻を覆うマスクが前方から現れ、これで栞の素肌で露出しているのは目元だけとなった。
最後に残された目元には半透明の黒いゴーグルが下り、栞の姿は完全に覆い隠された。
スーツの装着がついに完了し、同時に防御フィールドが弾け飛んだ。
0185( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:02:17.25ID:yhkQCffZ
「終わったわね。出てきていいわよ」
真由美がカプセルの蓋を開ける。中から全身をくまなく青い装甲で覆われた栞がゆっくりと歩いてきた。

「なっ、何これ!」
栞は装甲に覆われた自分の手を見て、そして大きな鏡に映った自分の姿を見て驚いた。
姿はレッドトルネードと似ているが、災害救助用を急遽戦闘用に流用したトルネードのものと違い、
栞が着ているスーツは戦闘を主目的に再設計されたものである。外見もトルネードと比べるとより流麗で、より女性らしいフォルムを描いていた。

「森川さん、あなたは今からブルーサイクロンとして戦うのよ」
「ブルーサイクロン…」
「さぁ、ブルーサイクロン、レッドトルネードを助けに行きなさい。ジェットストライカー、転送!」
真由美がコンピューターを操作すると、ブルーサイクロンの背中に、2枚2対の翼が装着された。
ジェットストライカーはレッドトルネードのものと違って、砲門が4つあり、攻撃能力を付加した改良型だった。

「本来だったらジェッターを用意したいんだけど、時間も無いし、これで行ってね」
「どうやって…?」
「自動操縦になってるから、勝手に着くわ。そこのリフトに乗って」
「はっ、はい」
ブルーサイクロンは戸惑いながらも研究室のリフトに乗る。リフトがせり上がり、サイクロンは普段由衣のバイクが止められているガレージに出た。

「場所は蓑尾の山奥の廃工場、ジェットストライカーならすぐよ」
「え、えっ、きゃっ!」
ブルーサイクロンの身体がすっと浮かび上がり、ジェットストライカーのブースターの出力が上がる。
サイクロンは勢いよく浪速県の外れに向かって飛び去っていった。

「はっ、速い!」
ブルーサイクロンはジェットストライカーの速度に驚いていた。
サイクロンは強烈な風圧にも押し負けずに、上空を飛んでいく。眼下の景色があっという間に通り過ぎて行った。

「あれがそうなのね…由衣ちゃん、待ってて!」
サイクロンは遠くに見える山を見据えた。あの奥に廃工場があるのだろう。
0186( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:03:24.48ID:yhkQCffZ
「うああ…あう…う…」
川に叩き落とされた由衣は、どれぐらい時間が経ったのだろうか、ようやく目を覚ました。

「はぁ、はぁ…」
身体が鉛のように重い。立ち上がろうとしても立ち上がれない。

「うぅ…ごほ、ごほっ…!」
由衣は大量の水を飲んでいた。咳き込む事によって水が吐き出されるが、身体は全く楽にはならなかった。
装甲を破壊され、由衣はインナースーツ姿だった。そのインナースーツもあちこちが焼け焦げていた。
装甲を破壊され、ベルトと、腰についているパックルしか身につけている物は他にはない。
マルチマグナムも、サイコブレードも、スーツが破壊され、パックル内の端末に収納されて自動修理されている状態では使用できない。

「に、逃げ…ないと…」
由衣が流れ着いた場所は砂利が積もっている河原だった。
怪人から少しでも逃れるべく、這ってでも動こうとするが、身体を引きずるような動きしかできない。目の前の砂利を掴むようにして少しづつ動くのが精一杯だった。
何とか体力が回復するまで隠れ続け、誰かに見つけてもらえばもしかしたら助かるかも知れない。
一縷の望みを抱き、由衣は気力だけで這いずるようにして動く。熱線で焼かれた身体のあちこちが痛くて仕方が無い。

「だ、誰…?」
這って動く由衣の背後で、不意に砂利を踏みしめる音がした。自分を助けにきてくれた誰かだろうか。
由衣はそんな望みを抱くが、次の瞬間その望みどころか、自分の命運が断たれたのを知る事となった。

「やっと見つけたよ、レッドトルネード」
蜂の報告を受けて、ハチ怪人が河原に倒れている由衣を見つけにやって来たのだ。

「散々探したのよ、さぁ、起きなさい」
「うう…」
ハチ怪人は倒れている由衣の身体を引き起こす。左手で由衣の首を掴み、空いた右手で由衣の腹に拳を入れる。

「ぐわはあぁぁっ!」
ハチ怪人の拳が腹にめり込み、胃を押し潰すような感覚が由衣を襲う。

「水を一杯飲んでるんだから、吐き出させてあげるわよ!」
「ごぼ、がはあぁっ!」
もう1発拳が由衣の腹に入る。由衣は大量の水と共に逆流してきた胃液を地面に吐き出した。
鉄の数倍の硬度を持つはずのインナースーツ越しでも、ハチ怪人の拳は由衣に大きなダメージを与えた。
生身であれば一撃で内蔵が破裂して即死していただろう。
また、インナースーツは身体能力を成人男性の数倍に高め、装着者の体温も保ってくれるなど、万が一の時に備えた生命維持装置の役目も果たしているはずだった。
しかし、ハチ怪人との戦いで想像以上の大ダメージを受けた結果、インナースーツは本来の機能を果たし切ることは出来ない。

「も、もうやめてぇ…」
由衣の身体が力なく地面へと崩れ落ちる。
0187( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:04:42.77ID:yhkQCffZ
「このドリルで腹をぶち抜いたらどうなるんだろうねぇ」
ハチ怪人の手の甲には鋭く太い針がついており、その針が高速回転し始めた。
ドリルの役目を果たして、それが由衣の腹を貫くのだろう。その事を想像した由衣の顔が青ざめた。
展開していた4匹の蜂も尻尾についている鋭い針を回転させ、獲物に突き刺す時を待っていた。

「あら、これは何?」
ハチ怪人は由衣のベルトのパックルに眼をやると、パックルをこじ開け、中にある端末を拾い上げた。

「それだけは…それを取られちゃ…」
「あ、やっぱり大事な物だったみたいね」
このまま自分が敗れ、ハチ怪人にレッドトルネードの機密を奪われ、それが敵の手に落ちては、
もはや怪人たちを止める事は出来なくなる…由衣は考えただけでも恐ろしくなった。

「ふふん、この中にレッドトルネードの秘密が入っているみたいね。これを三影先生に渡せば後はもう思いのまま…」
端末は手に取ったハチ怪人は勝ち誇った。だが、直後に上空から女の声が響いた。

「誰が思いのままですって?」
「だ、誰だ?誰がいる?」
左右を見渡すハチ怪人は遥か上空にいる人影に気づいていない。
上空にいる人影は、地上でハチ怪人が展開している蜂に向けて狙いを定めていた。

「行くよ!」
ジェットストライカーの砲門から光弾が発射され、蜂がたちまち4匹とも爆散する。

「な、何っ?」
4匹のしもべを一瞬で失ったハチ怪人は動揺を隠せない。そこに、全身をメタリックブルーの装甲に包まれた人型が降り立った。

「正義の味方だったら、ここにもう一人いるわよ」
「まさか、レッドトルネードの仲間なのか!?」
「よく分かってるじゃない!このブルーサイクロンが、アンタを絶対にやっつける!」

「その声…まさか…栞…ちゃん…」
由衣が聞いた声は、多少くぐもってはいるが、間違いなく栞のものだった。
0188( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:06:46.20ID:yhkQCffZ
「お前もレッドトルネードのようにしてやる!」
ハチ怪人は残っていた4匹の蜂を全て射出し、ブルーサイクロンを囲ませようとする。

「そうはさせない!」
ブルーサイクロンのゴーグルに表示されているレーダーには、蜂の動きが1匹ずつ表示される。
レッドトルネードのレーダーよりも改良されており、より素早く、正確に敵の動きが分かるのだ。
サイクロンはいち速く両ホルスターからマルチマグナムを抜き取る。そして、両手で1丁ずつ持ったマルチマグナムから放たれた破壊光線が、4匹の蜂を全て正確に捉え、爆散させた。

「得意の空中戦で勝負してやるよ!」
「こっちだって!」
ハチ怪人は上空に飛び上がった。ブルーサイクロンも対抗してジェットストライカーで上空に飛び上がる。

「もうあなたに蜂は使えない!こっちの勝ちよ!」
ブルーサイクロンの飛行速度は、羽を1枚破壊されて速度が落ちていたハチ怪人よりも上だった。
ジェットストライカーから放たれた光弾が残る3枚の羽を全て破壊し、ハチ怪人は河原へと墜落していく。
ハチ怪人は大きな水飛沫を立てて川辺に墜落した。後からブルーサイクロンがゆっくりと着陸する。

「こっちにはまだこれがある!」
ハチ怪人はレイピアを取り出し、レッドトルネードに仕掛けたように先端の動きで催眠術を仕掛けようとする。
だが、蜂や羽を全て失って破れかぶれになったハチ怪人はもはやサイクロンの敵ではなかった。
マルチマグナムから光線が発射され、ハチ怪人が持っていたレイピアを右手ごと吹き飛ばす。これでハチ怪人の攻撃手段はほぼ失われた。

「よーし、行くよ!」
ブルーサイクロンはマルチマグナムを2丁連結させ、小型ライフルのような形状にした。
こうする事でより破壊力が増す光線が撃てるようになるのである。

「トルネード・バースト、行っけえええ!」
背中のジェットストライカーの4門の砲台と、サイクロンが持っているダブルマルチマグナムから光線が一斉に発せられる。

「こ、この私が…!!!」
5筋の光線を一度に受けたハチ怪人の身体に一瞬大きな穴が空いたかと思うと、次の瞬間粉々に爆散した。
ブルーサイクロンはマルチマグナムを分解し、トリガーに指を入れて回転させ、両ホルスターに戻した。
そして、河原に落ちていたレッドトルネードの端末を拾い上げ、自分のパックルに納める。

「由衣ちゃ…いや、レッドトルネード、大丈夫!?」
ハチ怪人を倒したブルーサイクロンは息も絶え絶えの由衣に駆け寄る。

「うう…あなたは…一体…」
「話は後よ、今は早く帰るわよ」
ブルーサイクロンは意識を失いそうになっている由衣の身体をしっかりと抱き抱える。
強化スーツによって栞の筋力は成人男性の40倍以上に強化されているので、由衣の体重を支える事などたやすいことだった。

「ブルーサイクロン、ジェットストライカーで一気に帰ってきて!まだエネルギーは帰る分ぐらいはあるから」
「了解っ!」
由衣を抱きかかえたブルーサイクロンが河原を飛び立ち、この場を後にする。

「お願い、間に合って…間に合って!」
サイクロンは由衣の身体を落とさないように抱きかかえ、慎重に、しかし迅速に、地下基地に向けて帰還していった。
0189( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:09:05.24ID:yhkQCffZ
「ブルーサイクロン、帰還しました!」
「早く、早くしてくれ!」
ブルーサイクロンは傷だらけの由衣を抱きかかえて地下基地に無事帰還した。由衣の姿を見ると、篤彦が大声で叫んだ。
サイクロンが由衣の身体を治療カプセルに入れ、口元にマスクを付け、真由美が蓋をしてスイッチを入れる。
カプセルの中に見る見るうちに緑色の液体が満たされ、すぐに由衣の全身を浸した。

「これ…由衣ちゃんのです」
ブルーサイクロンはパックルからレッドトルネードの端末を取り出し、真由美に渡す。
真由美は端末を操作し、カプセルに入っている由衣が身につけているインナースーツを脱がせて全裸にした。

「治療液が肌に直接入った方が効果が高まるからね…」
真由美はしばらくの間、治療液の中にいる由衣を心配そうに見つめていた。

「母さん、心拍数がこうなったぞ」
パソコンのモニターを見ていた篤彦が、治療カプセルの被験者の心拍数表示を見た。
それによると由衣の心拍数は少しずつではあるが通常の値に近づいている。
怪我の完治に時間はかかるが、現段階では命に別条はない、という事が分かり、サイクロンも、篤彦も、真由美もほっと胸をなでおろした。

「サイクロン、ヘルメットの左のボタンを押してみなさい。脱げるから」
「これ?」
真由美に言われ、サイクロンはボタンを押す。

プシュウウウーッッ!

後頭部の空気圧ロックが外れ、勢いよく蒸気が噴き出す。中から栞の顔が現れた。
中は蒸し風呂状態になっており、顔からはポタポタと汗が垂れ落ちた。

「暑かったでしょ、お疲れ様」
真由美は栞にタオルを手渡す。栞はそのタオルで汗を拭うと、カプセルの中にいる由衣を見つめる。

「由衣ちゃん、分かる?わたしよ、栞よ!」
治療液の中にいる由衣は口元に付けられたマスク越しに、ヘルメットを小脇に抱え、
首筋から下を青色の装甲で包まれた栞の姿を見て、かすかに微笑む。そして、ゆっくりと目を閉じた。

「ふぅ、とりあえず由衣は生きてはいるみたいだな」
安らかに眠っている由衣の姿を見て、篤彦は大きく息をついた。

「森川さん、変身を解くには『着装解除』、って言うのよ。やってみて」
「着装、解除」
真由美から教えられた通り、栞が変身を解除するキーワードを言うと、栞の全身が白い防御フィールドに包まれる。
全身を優しく包んでいた青い装甲が、胸から、背中から、腹から、腕から、肩から、脚から次々と剥がれ落ち、光の粒子となって消えていく。
後には青と白のインナースーツ姿の栞が残された。そのインナースーツも糸がほどけるように栞の全身から離れていき、光に溶け込むようにして消えていった。
一瞬、栞の全身が露わになったが、すぐに元の服装である下着、Tシャツ、スカートが復元され、栞は完全に変身前の姿に戻った。

「はぁー…、はぁ、はぁ…」
栞は全身にどっと疲労感を覚え、ペタンと床に座り込んでしまった。

「森川さん、もう疲れたでしょう。今日はもう帰って休みなさい。由衣の事と、スーツの事は私たちに任せておいて」
「では、これで失礼させてもらいます…」
由衣と、栞にとっての長い長い一日がようやく終わったのだった。
0190( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/01/27(日) 22:10:19.40ID:yhkQCffZ
というわけで今回は以上です。こちらはグッドエンドルートです。
ご要望に応じてルートを分岐させてみました。
これから後半戦に突入しますが、このような文章でも付きあって下さる皆様には本当に感謝しております。
0191名無しさん@ピンキー2013/01/27(日) 23:29:28.31ID:iYYaI0ZQ
GJ!
二人目ヒロインの登場に腹パンにと読み応えあったよ。何気に属性のカバー広いねw
河原から傷ついた身体ひきずりながら逃亡とか、往年の特撮のスピルバンのダイアナレディのピンチを想起させられた
分かってるねwバッドエンドルート楽しみにしてます。お疲れ様
01931722013/01/29(火) 00:25:05.63ID:EpEa1Mnh
作者様乙です!
バッドエンドのほうの、鉄骨を打ち込まれて胸部装甲のヒビが大きくなる演出がいいですね
スーパーウェポンで強化スーツを破壊するのもいいんですが、鉄骨みたいなありふれた
道具で強化スーツが破壊されてしまうのも好きです
0194名無しさん@ピンキー2013/01/29(火) 11:25:26.14ID:q1sB4Nw3
お疲れ様!
読み返すとエロ要素がほとんどないんだけど
そんなこと全然気にならないくらい興奮したよ
0195名無しさん@ピンキー2013/01/31(木) 19:36:32.37ID:TLqnQiu5
ホントだ…確かに凄い興奮して一気に読んだけど、エロシーンなんて欠片も無かったねw
我ながら業の深い…w
ドリルで腹をぶち抜きとか見てみたかったとか言ってみたりw
0196名無しさん@ピンキー2013/01/31(木) 23:59:35.40ID:VummxC+Q
腹ぶち抜きいいですねw
メタルヒロインが装甲にインナーごと貫かれてしまうのは新鮮です。
無機質なスーツの腹から流血するというギャップも映えますし、
穴のあいた腹の痛みに苦しみながら必死に戦う(or逃げる)姿もいいw
0197( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/02/01(金) 22:42:12.70ID:d9Cu5doY
「うぅーん…」
栞のガラケーから、アラーム音として使われているBGMが鳴り響く。その音で栞がゆっくりと目を覚ました。

「6時…半…か」
栞が住んでいるアパートは由衣の家に近い。歩いて5分もすれば着く距離だ。
上下お揃いの薄い水色のパジャマ姿の栞は、しばらくの間、ベッドの上に敷かれている布団にくるまりながら、昨日の事を思い出していた。

昨日、自分は初めてブルーサイクロンになった。スーツにインプットされた戦い方に従ったのもあるが、由衣を助けたい一心で半ば無我夢中で戦った。
生身の人間では絶対にかなわないような怪人を強化スーツの力であっさりと葬り去った。
こんな大きな力、本当に自分で使ってもいいのだろうか。自分の責任で扱いきれる力なのだろうか。
どうしても不安になってくる。しかし、すぐにそれを自分の中でしっかりと打ち消す。
戦うのは自分の意思で決めた事だから。どんな事があっても後悔しないと決めたから。
自分は何があっても戦い抜く。自分の決断が、篤彦・真由美の決断が、正しかったと証明するために。
何よりも、今の由衣を心身ともに支えられるのは自分しかいないから。

ふと時計に目をやると、そろそろ朝の準備を始めなければいけない時間になっていた。
布団から出て、パジャマを脱ぎ、普段着に着替える。これから自分は、学生とブルーサイクロンとしての戦いを両立させないといけないのだから。

栞は、いつものように大学に地下鉄で通い、講義を受ける。由衣とはよく一緒に講義を受けるが、その由衣は今はいない。

(なんだか、ちょっと寂しい…)
栞は、聞き逃した所や、分からない所をよく由衣に教えてもらっている。その由衣がいない光景を味わう栞は、心のどこかに穴が開いたような感覚を感じていた。
家で講義ごとに整理し直したファイルを開き、中のルーズリーフに講義の要点を書く準備をする。
自分はブルーサイクロンという戦士である以前に、勉強が仕事である一学生である。
普段の姿勢がいい加減では戦士である資格は無い。自分は変わる。今から変わる。
戦士としても、人としても成長したいから。戦士としてだけでなく、人として心から大事に出来るものを見つけたいから。
そう決心した栞は、今までに講義中に書いた事もないような量の文章をルーズリーフに書いていったのだった。
由衣が戻って来た時、自分の事で心配をかけてはいけないから。違う自分を見せたいから。
今まで由衣に助けられてきた分、今度は自分が由衣を助ける番だから。
0198( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/02/01(金) 22:43:03.20ID:d9Cu5doY
栞は講義が全て終わると、由衣の家に寄った。由衣の容体を見るためである。

「あら、森川さん、丁度いい所に来たわ。あなたに渡したいものがあるの」
「真由美さん、それと由衣ちゃんは…」
由衣の様子を見ようと心急く栞に、真由美が手招きをしてきた。

「まぁ、今のところは順調よ」
真由美は栞を連れて地下研究室に降りた。

「由衣ちゃんはあと何日ぐらいかかりますか?」
「一日では良くならないわ。三日間か、四日ね」
「えっ、一週間かからないんですか?」
「このカプセルは人間の20倍以上の治癒力なのよ」
二人が話す中、治療カプセルの中にいる由衣は口元にマスクを付けられ、緑色の治療液の中に浮かんでいる。
由衣のケガは、10箇所近い重度の火傷、腹部の刺し傷および重度の打撲、胃の損傷、肋骨2本の骨折だった。
普通の医者ならお手上げ状態になりかねない所だが、総合病院などには一般公開されてない、真由美が開発した治療カプセルで、由衣の怪我は常識を遥かに超えた速度で完治するのだ。

「すぐには元には戻らないかもしれないけど…その時は由衣をよろしくね」
身体の傷は治ったとしても、心の傷は治るとは限らない。その事実を悟った栞はうつむきかけた。

「私としては…由衣を絶対に戦いの道具にしないようにしてきたつもりなんだけど…」
真由美も下を向き、唇を噛む。栞は、真由美の目に涙が浮かんでいるようにも見えた。
自分の一人娘が、人知をはるかに超えた怪人相手に命がけで戦っている。それなのに、自分は基本的に安全な所で何をしているのかと。

「真由美さん、顔を上げて下さい。ブルーサイクロンがいますから」
栞は顔を上げた。いつ戻ってくるかは分からないが、レッドトルネードがいない間は、自分がその分まで戦うのだ。

「で、真由美さん、渡したいものって?」
「ああ、そうだった、忘れていたわ。はい、これよ」
真由美が栞に手渡したのは、青いスマートフォンのように見える端末だった。

「これ、最新式のスマホじゃないですか!」
「そう見えるでしょ。確かにそうよ。でもね、この中にはあなたの強化スーツが入っていて、変身ブレスの役割も兼ねてるのよ」
「なんかよく分からないけど、スゴそうですね」
「これはあなたにとって命の次に大事なもの、って思いなさい」
「充電ってどうやるんですか?」
「する必要無いわ。光を勝手に吸収して充電されるから。ウチだけの専売特許よ」
「えっ?本当ですか?」
「本当よ。今あなたが使ってるのは予備として置いておくといいわ」
栞は渡された端末を少しイジってみる。スマホを店頭の試用品で少し使ってみた事はあったが、本格的に使い出すのはこれが初めてだ。

「どう?使いやすい?」
「んー…、まだちょっと…」
真由美に感想を聞かれた栞は苦笑いする。

「変身する時は『着装』!って言うのよ」
「そうなんですか…。で、カゼひいて声が変わってても大丈夫なんですか?」
「森川さん、いいところに気が付いたわね。これは高性能だから、カゼ声程度だったら普通に感知してくれるし、安心していいわ」
「ふーん…」
「それと、この間の戦いを見させてもらったけど、あなた、サイクロン・バーストを使ったでしょう」
「あ、あれですか?トルネード・バーストってやったらなんか凄いビームが出たんですけど」
ブルーサイクロンが、ジェットストライカーの4門の砲台とダブルマグナムを一斉発射する、サイクロン・バーストの威力には栞のみならず、真由美も驚く程の威力があった。

「あの技はまさしく必殺技なんだけど、エネルギーを凄く使うから本当に気をつけてね。最悪ジェットストライカーが動かなくなるから」
「気をつけます」
「最後に言っておくけど、くれぐれもブルーサイクロンの能力は悪用しないようにね。あなただったら分かっているとは思うけど…」
レッドトルネードも、ブルーサイクロンも、変身するのが由衣、栞だからこそ正義の味方でいられる、というわけである。
0199( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/02/01(金) 22:44:19.28ID:d9Cu5doY
真由美が由衣を治療カプセルから出したのは、それから三日後の事だった。モニターの心拍数を始めとする表示も正常値を示していた。

「レッドトルネード復活の一歩よ」
真由美が、カプセルの中の治療液を抜き取り始める。緑色の液体がゆっくりと降りていき、
中から由衣の白い肌が出てきた。痛々しい火傷も、赤黒い打撲の跡も、全て綺麗に消えていた。
口元に付けられていたマスクが外れるとほぼ同時に、由衣がゆっくりと目を開けた。

「あ…あぁ…はぁ…」
「おはよう、由衣。もう大丈夫よ」
四日ぶりに目を覚ました由衣に、真由美が微笑みかける。

「あれから…一体どうなったの?」
「森川さんが助けてくれたのよ。ブルーサイクロンとしてね」
「私…どれぐらい眠っていたの?」
「四日よ」
真由美は全裸の由衣にバスタオルを手渡した。由衣は以前治療カプセルを利用した時にも増して、恐る恐る自分の身体を拭いていく。
由衣は自分の身体を見渡してみるが、傷はどこにも残っていない。痛みも無い。身体は元通りには戻っている。

「由衣、大丈夫?今はゆっくりと休みなさい」
「うん…」
由衣は力なく頷いた。そして、バスタオルを羽織って2階の自室へと向かう。
ベッドの上には、布団が綺麗に敷かれていた。バスタオルを放り投げ、ベッドの上に全裸でドッと寝ころび、ぼんやりと天井を見つめる。
本当に何もする気が起こらない。何をすればいいのか分からない。
自分の命は助かった、今はただそれだけでいい。そんな空虚な心が由衣を支配していた。

「由衣、お昼が出来たぞ」
「もうちょっとしたら行く…」
部屋の外から篤彦の声がする。由衣は力なく返事をした。

「ごめんな、こんな事しか出来ない父さんで」
「…別に父さんが謝る必要なんか無いわ」
服を着た由衣が1階の食卓に降りると、冷やし中華が2人分置いてあった。

「いただきます」
由衣と篤彦は冷やし中華を食べ始めた。何の会話も無く、二人は黙々と食べ続けた。
いつもと変わらない鷹野家の日常生活の光景である。このなにげない日常をまた過ごせる、そう思った由衣の目に再び涙がにじんでいた。

その日の午後、鷹野家のインターホンが鳴った。

「森川です。由衣ちゃんはおられますか?渡したいものがあるんです」
栞が家にやってきたのだ。

「由衣ちゃん、もうすぐテスト期間だよね」
部屋に上がり込んだ栞は務めて笑顔を見せる。由衣の気持ちを少しでも明るくさせるために。

「今日はね、由衣ちゃんに見せたいものがあるんだから」
栞はバッグから次から次へと何かを取りだしていく。

「え?ちょっとこれ、どうしたの?」
「わたしだって、このぐらいやればできるんだから」
由衣は驚いた。自分が休んでいる間、自分が受講している講義のノートが全てまとめられていたのだ。
決して上手な字とは言えないが、講義の要点は概ね的確にまとめられていた。

「これ、全部写させてくれない?明日になったら返すから」
「いいよ。単位取れるように頑張ろうねっ、由衣ちゃん」
栞はいつものように屈託のない笑顔を見せ、部屋を出ていった。
もうすぐ大学のテスト期間という事を思い出し、由衣は現実に引き戻されていった。
自分に心配をかけないため、栞はここまで頑張っていてくれた。その頑張りを無駄になんか絶対に出来ない。
由衣は机に向かい、ノートの複写を始めた。虚ろだった由衣の瞳に、少しづつ力が戻り始めていた。
0200( ^∀^) ◆YtEYPux7gg 2013/02/01(金) 22:46:54.81ID:d9Cu5doY
幸い、テスト期間中に怪人が襲撃してくる事は無く、栞も、由衣も全ての試験を受け、レポートも無事に提出出来た。
テスト期間が終わって最初の週末、梅雨も明け、空からは強烈な日差しが降り注いでいた。
朝食を食べ終わった由衣がパソコンをいじっていると、栞が家にやってきた。

「ねぇ由衣ちゃん、夏休みだし、海行こうよ、海!」
「えー、今から?」
「何か用事が無いんだったら行こうよ、せっかく天気もいいんだしさ」
「今、水着出してくるから待ってて」
「別に誰も泳ぐなんて言ってないから」
由衣は2階に向かおうとする所で足を止めた。

「泳ぐんじゃ無いの?」
「海を見に行くのよ、海を」
栞はキャップを被り、ショートジーンズ、Tシャル、サンダルという服装に、小さなハンドバッグと日傘を持っている。
バッグの大きさからして、水着やバスタオルを持っている様子は無かった。

「由衣、行ってみればいいんじゃない?」
珍しく1階にいた真由美が由衣の後ろにいた。

「じゃあ、ちょっと待ってて、今すぐ準備してくる」
由衣は2階に上がり、着替えを素早く済ませる。
下に降りてきた由衣は、純白のワンピースに麦わら帽子、サンダルという格好だった。穏やかな風が、ワンピースの裾を揺らした。

「で、栞ちゃん、どこに行くの?このへんでいい所なんてあったけ」
「パーパーランド。近くに別の大きい所が出来たから、そこは穴場になってるの。由衣ちゃんは初めてだっけ?」
「私、海沿いなんか行かないから」
「そっか、初めてだったのね。じゃ、電車でゆっくり行きましょ」
栞と由衣は二人並んで歩き始めた。雲一つ無い、真夏の青空から日差しがギラギラと降り注いでいた。

「由衣ちゃん、テストの手応えはどうだった?」
「え?ああ、うん、まぁまぁだと思うわ。落ちなきゃいいかな、って感じ」
「由衣ちゃんのノートね、すっごく分かりやすかった!あれが無かったらわたし、絶対落ちると思う」
「そんなに役に立ったの?」
「うん。これがあったらもう講義聞かなくてもいいかな、ってくらい」
「ちょっと、講義はちゃんと聞いてよね」
「ハハッ、冗談、冗談」
栞は軽く口を開けて笑った。電車に揺られる中で、二人の他愛ない話が続く。普段の二人はどこにでもいる普通の女子大生なのだ。
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