ここが地球か。
 太陽系よりも遠く離れた宇宙からやってきたファンケル星人、クレイは真上にある太陽を眩しそうに見上げた。
 地球人と同じ姿なのは、あらかじめそのように体の細胞構成を変えたからである。
「太陽がこんなに近いとは。すごいですね、お嬢さま」
 彼が振り向いた先には円盤型の物体が転がっている。それもかなりの大きさだ。
 その出入り口らしき部分から、お嬢さまと呼ばれた人物が顔だけひょこっと覗かせてきた。
「なに感心してんのあんた! 今の状況分かってんの? わたしたち墜落したのよ! つ、い、ら、く!」
 二人が搭乗していたこの飛行物体はところどころ煙が噴き出している。大きさはたいしたものだがあまり綺麗に手入れされておらず、元からガタがきていたとしか思えない。
「仕方ありませんよ。今時こんな円盤型のモデルを使っているなんてお嬢さまくらいのものです」
「誰のせいよ誰の! あんたが任務を成功させないからランクアップしないんでしょーが! 同期はもう遥か上に行ってるってのに……!」
「いやはや、現実は厳しいものですね」
「どの口が言ってんの! いいからさっさと指令された任務をクリアするわよ。まさかとは思うけど忘れてないでしょうね?」
「地球人を拉致すること、でしたよね?」
「そうよ。こんな辺境の星に住んでるヤツらなんてどうせたいしたことないからわたしが行ってもいいんだけど、あいにくこのポンコツを修理しなきゃいけないのよ。だからお願いね」
「はっ、承知いたしました」
 反論すると彼女の頭からも怒りの煙が噴き出しかねないので、クレイは即座に背中を向けて駆け出した。小高い山の中は荒れ果てていたが、苦もなく駆け下りていく。
 地球人を拉致する。それが二人に課せられた使命だった。
 どちらかというとなんの名誉にもならない任務なのだが、母星での社会的地位が低空飛行を続けているクレイたちにとっては昇進するためのまたとない機会である。
 ものの十数秒で人間が住んでいると思われる街を見下ろす地点まで下りてきた。目の前には整備された道路が横切っている。
「む、これは好都合」
 クレイは人間ではあり得ない視覚や聴覚を駆使し、右方向の先から地球人が歩いてくるのを感知した。
 ほぼ同時に、頭の中に主の声が響き渡る。ファンケル星人特有のテレパシーだ。
『ちょっと待ちなさいクレイ。あんたどうやって拉致るつもりなの?』
 本来であれば飛行物体に標準搭載されている、対象物を強制転送させる装置を使うのだが今はそれを頼りにできない。
 だがクレイはにやりと笑みをつくった。
「ご安心を。地球人については既に調べつくしております。田舎の星ゆえ十分な資料がなく時間がかかりましたが」
『あーっ! だーからあんた出発の日まで姿を見せなかったわけね! おかげでわたしがどんだけ雑務で苦労したと……!』
「申し訳ありませんが、そのお話はまた後ほど。雌型の人間を発見しました」
 クレイの並外れた視力は、この星の単位でいうところの百メートルほど先にいる少女を捉えた。数少ない資料で得た知識の海を探ったところ、どうやら彼女は日本人。
 肩より下まで伸びた真っ黒な髪や色白の肌、年齢は十代半ばだろう。一見地味っぽいが、この国で言えばカワイイとかいう部類に入るだろう。
 詳しく載っていなかった部分ではあるが、ジョシコーセーなる人種であるらしい。上半身は白い衣類に赤いリボン、下半身は紺色で妙にヒラヒラしたものを履いている。
 確かセーラー服とかいうファッションだったか。そこから伸びる両脚や露出している二の腕からして細身であることが窺えた。
『で、一人で勝手に調べてたあんたはどんな方法を思いついたのかしら?』
「私の視界とどうぞ同調なさってください。一部始終をご覧にいれましょう」
 自信満々で答えたクレイは車道の端へと降り立ち、こちらの方へ歩いてくるジョシコーセーを待った。