「ねぇダーリン♪ この日、空けといてね?」

そんなことを奈央が言い出してきた。
ソファーに座ってる俺に、しなだれかかってまるでじゃれつく猫のように。
奈央の指差すカレンダーを見れば週の真ん中、平日である。
無論俺も休みではない。
奈央のわがままというか思いつきはいつもの事だ。
だから今更とやかくは言わないが、有給を取らされる俺の身にもなってほしいとは思う。
ただまぁ、理由を聞くくらいはいいだろう?

 「理由? えーっとねぇ…この日に二人っきりで旅行行きたいなー、て」

何処に、という目的でもないらしい。
旅に出るのが目的なのか。 いや、この日に二人っきりで、というのが目的なのだろう。
であるのならば、「何故その日に」というのが理由になるのではないか。
それを聞くと奈央は微笑みを浮かべた。
口の端を吊り上げて。
おそらく微笑みに留めようとしたのだろうが、こみあげてくる笑みに耐えられないのかどんどん顔がほころんでいく。
傍目には企み顔だ。
まぁ真相もあまり変わりはないだろうが。

 「聞きたい? んーんふふふふ♪」

嬉しそうにそう言いながら奈央は俺に寄りかかって耳元で囁いた。

 「その日、危険日なの…」

思わずまじまじと奈央の顔を見る。
いつもの傍若無人さはなく、顔を真赤にしてもじもじとしている奈央の姿はとても新鮮だ。
反応を待つ奈央を置いて、俺は天井を見上げてしまった。
いろいろな考えが脳裏の行ったり来たりする。

でも、だ。

逡巡をやめて前を見る。
先ほどまでのうきうきとした顔が嘘のように不安そうにしている奈央がそこに居た。
本当にコロコロと表情が変わる子だ。
だけど俺が好きなのはほんわかと笑う奈央なんだ。
だから、俺は奈央の頭を撫でる。そしてそのまま耳を触る。
耳たぶに触れた途端、奈央はくすぐったさそうに身を捩る。

「楽しみだな、旅行」

おれはそう、口にした。
目の前の少女はこの世に並ぶ者のない、絶対正義な素敵な笑顔で微笑んだ。

 「ダーリン、大好き!」

そして奈央は俺に飛びついた。
俺も奈央を抱きしめた。
いつまでも、ずっと。

(おわる)