「俺が話せるのはこれくらいだ。後は彼女の無事を祈るしかない」
「そうですね…」
父親を殺され行方の知れない友人を思い、ミアの胸は痛んだ。

「み、見ず知らずの方にいきなり尋ねてすみませんでした、色々話していただき、ありがとうございます!」
「いいよ、友達が心配なら仕方ないさ」
慌てて謝辞を述べるミアに、男は気にするなと言外で告げた。

「では、これで失礼します!」
ミアは男に一礼してその場を立ち去った。
「君も気をつけて」
立ち去るミアの背中に男が声をかける。
リュミエプール女学院の制服を着た少女の背中は、守りたくもあり邪な衝動を抱かせる魅力をも感じさせた。


「ほら、あの男ですよ」
ミアと話していた男を、物陰から何者かが指差していた。
「アイツ、女学生に治安維持隊の悪口を言いふらしてたんですよ。セクハラしてたとかなんとか」
「ふーん」
「女の子に近づきたいからって、人の不幸をダシにして好き勝手言うなんて人間のクズですよ、まるで民主主義者だ」
「まったくそうだな、」
「私はね、ああいう輩が許せないんですよ。ですから隊長さん、民主主義からいたいけな女学生を
守るためにもあんなヤツをガンガン取り締まってくださいよ!!頼みますよ!?」
冴えない風貌の中年男は、目の前の現場隊長に熱心に訴えた。

「ああ、わかってる。不審者情報の提供、ご苦労だったな」
「いえいえ、これも愛国者の義務ですから」
「これからも不審なヤツを見かけたら何時でも通報しろよ」
「ハイ!か弱い女性を民主主義から守るためならよろこんで頑張ります!」

(何が守るだ、単にあの野郎がうらやましかっただけだろ)
中年男の言葉を隊長は内心蔑みながら聞いていた。

そもそもこの中年男も事件現場を見物に来た野次馬の一人にすぎないのだ。
不審者がいると聞いて、コソコソ隠れて見せられたのは、女学生にサヨナラしていた若い男の姿だった。
民主主義者とか関係ないだろと思ったが、中年男が聞いたという二人の会話が妙に具体的なのが気になった。

(女学生相手とはいえ、大っぴらに俺たちの批判をするとか、やはり怪しいな)
男がミアに語ったセクハラのことは事実なのだが、治安維持隊を悪し様に言うことは公然のタブーであった。
聞かされたミアも、愛国者なら治安維持隊がセクハラをしたなんて話は否定あるいは反論すべきだったのだ。