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…………互いに初めてだったので行為はぎこちなかった。でも二人はたしかに想いを通じ合えたのだった。

「茅野……。」
渚はやっと自覚した。自分にとって茅野がいかに大事で、愛おしく想える存在であるかを。

茅野は満たされた表情で渚の胸に顔を埋めていた。が、ふと曇った表情で、
「ごめんね、渚。私、あんまり胸なくて……。」と言った。

「そ、そんなこと別に気にしないよ!」
胸のことが茅野の重大なコンプレックスであることは、渚も重々承知していた。
気にしてないというのは気遣いや嘘ではない。

茅野は、例え雪村あかりになろうと、その存在自体が渚にとっては愛おしいのだ。

茅野と過ごした日々、それは楽しかったことばかりでなく苦しかったことや、ピンチになったこともあった。

茅野の死を看取りそうになったこともあった。

しかし今なら実感できる。それらの日々は自分にとってかけがいのない大切な思い出であることを。

……渚は無言で茅野の髪を撫でていた。茅野は猫のような表情をして渚に甘えかかっていたが、ふと身体を渚から離して、

「じゃあ、私もう帰るね……。また明日……。」
そう言って身支度を整え教室から出ようとした。

「茅野……」渚も身支度を整え、今日何度も呼び掛けた名前を再び口にした。

「あのさ、僕、先生になろうと思うんだ。」

意外な発言に茅野は足を止め、渚を見詰めた。

「殺せんせーや雪村先生みたいにはなれないかも知れない。でも自分なりにやれる先生になりたいと思うんだ……。」

渚ができて間もない自分の将来の夢を語ったのは初めてだった。

「茅野に見てもらいたいんだ。僕が将来(さき)に向かって進む姿を……。」

茅野は満面の笑顔で渚を見詰め、慈しむように言った。
「素敵な夢だと思うよ!私で良ければ応援するよ。……私の大事な人の夢だもん!」
「ありがとう。」と礼を言うと共に渚は茅野を抱きしめ、唇を重ねた。……いつかの“殺し技”としてのそれではなく、純粋な愛情を込めた接吻であった……。

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……10年の年月が過ぎた。ある日の週刊誌の見出しはこうだった。

“実力派女優・磨瀬榛名、一般男性(中学校教諭)と結婚!同時に引退を表明”

“映画界からは惜しむ声も……”

“二人をよく知る映像作家・三村氏のコメント……”