加野屋の内儀・よのは大いに悩んでいた。
(新次郎とあささんはほんまに夫婦なんやろか?新次郎は毎日ぷらぷらどっかへ出かけてまうし、あささんは
お店にべったりやし…!もう…あれを出さなあきまへんな…)
よのは文箱の底から鍵を取り出すと、箪笥の一番上の引き出しの鍵穴に差し込んだ。

「あささん、ちょっとこっち来てくれへん?」
よのは廊下を歩いていたあさを手招きして呼び入れた。
「お義母様、何か御用でしょうか?」
またお小言を言われるのではないかとあさは少し落ちつかない気分だった。
「まあそない固うせんと。今日はな、あんさんにあげたい物がおますのや。」
そばに控えていた加代に目配せすると、加代は風呂敷に包まれた平たい物をよのに手渡した。
よのは感慨深げに眺めた後、あさの方へ差し出した。
「これだす。」
「これは…何ですやろか…?
あさは興味津々に見つめた。
「ここで開けたらあきまへんで。これは加野屋の女子…いえ、白岡家の嫁に代々伝えられる大切な物だす。
前にうちが言うたん、覚えてはりますか。『加野屋の嫁は旦那様に惚れられなあきまへん』て。」
「へえ、覚えてます。」
「これにはその秘密が載ってます。あんたと新次郎は仲は悪うはないようやけど、何かが足りまへん。」
「何が足らんのでしょうか。」
何か思い当たる節でもあるのかあさは縋るような目でよのを見た。
「そのためにこれがあるんだす。よろしいか、今日はお店に出んとこれを良う読みなはれ。」
よのの隣で加代がしきりにうんうんと頷いていた。
「それとな、くれぐれもこれは白岡家の嫁だけに伝えられる物だす。殿方には絶対知られたらあきまへんで。
旦那様にも、もちろん新次郎にも言うたらあきません。そんで、いずれ榮三郎にも嫁が来ます。ほしたら
あささんからこれを伝えますのやで。」
「わかりました。お義母様。大事にいたします。」
あさは風呂敷包みを大事そうに抱えてよのの部屋を辞した。