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新次郎は温泉宿の布団の脇に座ると大きく息をついた。
「はあーええ湯だしたな、疲れも飛んで行きますわ」
「ほんま足の痛いのもようなりました」
ふくらはぎをさすって、あさも言う。
「あさは、あないな格好でよう山道歩きはりますな。いや、似おうてはりますけども」
「洋装も慣れればええもんだす。だんな様もそろそろどないだす?」
くりくりした目をしてあさは小首をかしげる。
「榮三郎はともかく、わてはよろしいわ。夜になって、あさのそういう寝巻き姿を見ると安心しまっさかい」
「えっ…だんな様、洋装はお嫌いだしたか」
「ちゃいます、ちゃいます。なんちゅうか…着たら忙しなる、いう気がしましてな」
「異国のおなごはんは皆あないな格好なんだす。外でもお勝手でも。男はんも同じだす」
「そやかて、あさがあれ着て大股で走り回ってはるのばっかり思い出しますわ」
「嫌だすなぁ、だんな様までうちの事、加野屋の四男坊、言いはりますのん?」
「そんなん言わしまへん…あさはわての大事な大和撫子やさかいな」
「だんな様…」
「そない言えば最近、あんまりお水をあげてまへんだしたなぁ」
新次郎はあさの肩を抱いた。寝巻きごしにあさの湯上がりの汗ばんだ肌を感じる。
「え…?」
「枯れてしもたら、えらいこっちゃ…」
豊かな髪の流れるあさの後ろ頭をそっとつかみ、舌を吸う。唇を食み、柔らかさを堪能する。
「はぁ…あぁ、だんな様ァ…」
あさは半開きのまぶたを震わせ、鼻にかかった甘い声をもらす。
「まだまだ綺麗に咲いてはりますな…」
新次郎は口づけを止めると、あさの寝巻きの衿に合掌するように手を差し入れ、両手の甲でそこを開く。
「あ…」
あさの肩から乳房までが、花が開くようにあらわになった。
新次郎はほんのり色づいたその肌に頬ずりをする。
「ここの湯は艶々になってよろしいな」
「ほんまに…紀州はええとこだす…あっ」
ともに歳を重ねたその肌はなお、新次郎の手に柔らかく張り付く。
「…あさ」
「はい…」
他に何も言われなくとも、あさは自分から帯をほどく。薄闇に白い背中が浮かび上がる。
「なんや久方ぶりやのに、あうんの呼吸…いう具合だすなあ」
あさは腿の奥をしとどに濡らす。
匂いたつ色香は新次郎の胸の奥に長く煙っていたおき火を燃えたたせた。
ふん、と微笑んでのそりとあさに向かう。
「恥ずかし…堪忍しとくれやす…」
二人の旅の夜は更けていく。

終わり