口では多少引きつつも、朱音の頭を撫でる手は止まらない。
 (先輩、やっぱり優しい……)
 こんなに上手くいくなんて思ってもいなかった。
 ついさっきまで悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなるくらいに幸せだ。
 もう他には……

 『口吻をしたくなりますわ』

 「!?」
 誰かが頭の中で、何かを囁いた。
 (なんだか、先輩の声に似ていたような……?)
 きっと空耳だったのだろうが、何故か無性に気になってきた朱音は顔を胸に埋めたまま、
上を見上げて詩織の顔色を確かめる。
 「あら、どうかしましたの?」
 そこにあったのは、朱音の欲しかった優しい笑み。
 労るような、慈しむような母性に溢れた微笑みが朱音の心を突っつく僅かな違和感を
溶かして温め直してくれるが、
 (先輩……なんだか……違う……?)
 気のせいか、自分を見つめる瞳が妙に熱っぽい気がする。
 形こそ変わらないが、潤が物欲しげと言うか艶っぽいというか、とにかく違う。
 (考えすぎ……だよね?)
 その筈なのだが、見つめ合っていると再び鼓動が高まってくる。
 「……朱音さん?」
 そして朱音の視線は声の発生源に。
 自分の名を呼ぶために動いた可憐な唇に吸い寄せられてしまう。
 (……先輩の唇、綺麗。柔らかそう……)
 「…………キス、したいな……」
 自然に漏れてしまう呟き。
 「えっと……よく聞こえませんでしたわ、もう一度仰って頂けるかしら?」
 「っっ!?」
 一瞬遅れて、朱音の頬が熱くなる。
 (私、声に出してた!?)
 そして一端意識してしまうと、更なる衝動が新たな泉のように想いを湧き上がらせて
心にどんどん満ちてきてしまう。
 (そうだ……キスしたいよ! 恋人なんだもん、キスしなくちゃ!)
 ドキドキに後押しされ、詩織の唇から視線を剥がせなくなってしまう朱音。
 想いが勝手に心を上書きして、もっともっと欲しくなってしまうのだ。
 「せんぱい……」
 僅かに開いた唇から熱い吐息を漏らし、抱き付いたまま背伸びをして全身を擦り付け
ながら詩織の身体を這い上がった朱音の瞳も、何時の間にか雌の色に濡れていた。
 「……きす、してください」