「はっ…はあっ…」
「藪下さん」
いけない。
私の体をまたいでいる谷口さんは、さっきからずっと私を見つめている。
彼のスイッチが入ってしまったんだ。重心が前に移動してきている。
両手が私の顔の横につかれ、彼と私の間の角度が徐々に小さくなる。
サインシータを求める計算式が脳内を駆けめぐる。
まだ午前中なのに。予定だってあるのに。接近して来る。彼の放射熱を感じる。
だめ、だめ…でも…
―――――
谷口さんのおかげで助かった…と言うべきよね。私は無事自由になった腕をさする。
でも、予定外に行われた激しい性行為の余韻に頭がまだしびれる。
ああ、谷口さん…
ほてる体にシャワーを浴びながら、今日の予定の変更について考えた。
髪をタオルドライしつつ浴室を出る。
彼は『ほんの少し寝るので、10分たったら起こしてください…』と先に出ていた。
濡れた髪のままベッドでバスタオルにくるまり、寝息をたてている。
なんて隙だらけな人。私は谷口さんに顔を近づけた。ちらっと時計を見る。3、2、1。10分たったわね。
もう少し寝姿を眺めていたいけれど…本人が指定した時間だから。すうっと息を吸う。そして大声で。
「敵だぞー!」
「ん?えぇっ!敵!?どこどこ、逃げなきゃ!」
彼は飛び上がり、私の肩にしがみついた。キョロキョロと辺りを見回す。
「…あれっ?あ、そうか…もう藪下さん、たちが悪いよ」
「ほほ…やはりあなたは英雄にもなれないようですね」
「当たり前なことを言うなよ。僕を誰だと思ってるんだ!」
ちょっぴりムッとした顔で、昼飯は蕎麦だろ、と言いながら谷口さんは服と割烹着を取り出した。
終わり