「今更ここで逃げるたら、綾に殺されるだろ…」
「ううん。別に私、肉体関係をもったからって、それであなたの事を
この世界に拘束する足枷にする気、ないわよ」
「綾―」
つまりはアレは好意での―
まだ何かを言いたげな綾を、公は抱き締めて黙らせる。
「決めたことだから」
「…うん」
とある街の市庁舎内―
「あ、あの冬木チーフ…」
「ん?ああ、丸藤さんですか。いらしたんですか。冬木さん、でいいですよ」
「その……この世界は…いや、世界が「消えて」変わるって話は…う、嘘ですよ、ね?」
「…………」
その沈黙が。
質問者の問いに対するこの上なく残酷で、紛れもない肯定である事を物語っていた。
無機質な室内に、宇宙服の様なものを着込んだ女の嗚咽が響きわたる。
この世界はすでに壊滅の危機瀕しており、完全な絶滅を回避するために
ある一人の少女の脳内の中に、世界の記憶を丸ごと封じる事でその難を逃れた。
そして致命的な誤差やヒビが入るたびに、何度もその方舟は再構築され続けたのだ。
端々にあった有象無象の人々の記憶や生活を丸ごと切り捨てつつ―
― END ―