『困ったなあ。ここまで騒ぎが大きくなったら隠し通せない。ヨハンにどう説明したらいいのか…』
無線の向こうで榊博士は頭をかいた。ちなみにヨハンとはフェンリル支部長ヨハネスの事だ。
「誤射、と伝えて下さい」
「カノン?」
「壁にはアラガミと同じ偏食因子を練り込んであるんですよね?それをアラガミと誤認した可能性があります」
『なかなか鋭い洞察力だね。しかしそれだと君達の神機が襲われなかったという矛盾が生じる』
「…雪風が錯乱してない可能性もあります。明確にアラガミそのものを狙った、とか」
「どうしたんだ、カノン?さっきから変だぞ」
「…だとしたら、すでに居住区内にアラガミが浸入してる可能性もあります」
なぜカノンがここまで神機兵を庇うのか、レンカには疑問だった。
「いい加減にしろ。……ソーマも黙ってないで注意してくれ」
だが、ソーマは真顔で、
「まさか、シオを…」と何やら意味不明な事を呟いた。
「ソーマさんもそう思……え?お塩がどうかしましたか?」
「いや、何でもない。俺に構うな」ソーマは背を向けた。
「とにかくだ、俺達には守秘義務がある。他言無用だ。目の前で起きた事実は博士だけに報告しろ。
ただし、自分の思ったこと感じたことなどは、博士からの指示があるまで口には出すな」
「了解。上出来だ、リーダー」ソーマは了承した。
「ちょ、ソーマさんまで⁉おかしいですよ‼」
箝口令はともかく、貴重な経験則を榊博士に報告できなくするのは確かにおかしい。
「…これは、命令だ」
「リーダー特権濫用ですか?これだから新兵のスピード出世は…」
そのカノンの台詞は途中で阻害された。ソーマがカノンの鼻先に剣先をつきつけたからだ。
「お喋りはそこまでだ。上官命令不服従、指揮妨害、加えて上官侮辱罪で処刑されたいか?」
カノンは思考は凍り付いた。訳が解らない。
カノンにとっては、二人の判断こそが異様だった。明らかに普段と対応が違う。
レンカは普段の新兵特有の奥ゆかしさが消え、ここにきて珍しくリーダー風を吹かせている。
ソーマは普段から命令違反の常習者なのに、今はまるで人が変わったかのように厳格だ。
思い返せば全てが異様だった。神機兵の存在。それを極秘に研究。
その戦闘テストで榊自らオペレーターを代行。その榊が、
『やめたまえ、カノン君。実験は失敗だ。神機兵の運用は見送ることにするよ』と、早々に諦めている。
あの負けず嫌いの榊ペイラーが、だ。
本オペレーターのヒバリを外した程の極秘任務。カノンにまで秘密にしている事が、まだ有るのだろう。
創造主の榊でさえ研究を放棄してでも秘密にしたがる『何か』が。