再び気を取り戻した時には手首の拘束が解かれていた。
 「あたし・・・」
重い体を起こし目隠しを外す。やはり溶岩近くの地底洞窟のようだった。
辺りにものの気配はなく、男の姿はなかった。
男の存在を思い出すと同じくして、繰り返された情交が蘇えり、ネコ娘は無意識にきゅっと唇を噛んだ。
 「・・・逃げ・・・なきゃ・・・」
ふと見れば岩棚には剥ぎ取られた服が丁寧に折りたたまれている。
ひょこひょことバランスの悪い足取りで近付き、急いで服を引っ被ると、洞窟の出口を求めて歩き出した。

どこをどう歩いてきたのか・・・。
途中の水辺でひと休みして、あとは帰巣本能だけを頼りに意識も絶え絶え進むと、漸く見慣れたゲゲゲの森に入ったことに気付く。
無心に進んできたから、そこがどこであるのかネコ娘には分からなかった。
その後ろ姿を見つけるまでは・・・。
 「鬼太・・・」
呼びかけて声を押し込める。
もしもあの男が鬼太郎でなかったのなら・・・こんなことは隠し通さなければならない。
手首に残った拘束の跡はブラウスの袖に隠れている、水辺で体を清めた時も
水面に映る自分の顔や首など見えるところに跡はなかった。
残されたのは胸元と内ももに散った無数の情交の跡。胸の内に深く刻まれた恐怖心。
 「・・・・・・っ」
もしもあの男が鬼太郎であったのなら・・・こんなことがまた繰り返されるのだろうか。
理由を知りたい。けれどまたあの男のように応答がなかったらどうしたらいいのか。
ネコ娘が立ちすくんでいると、カランコロンと下駄の音が響く。
 「ネコ娘」 振り返った鬼太郎はいつもの鬼太郎だった。
ネコ娘の姿を見つけ、下駄を鳴らして駆け寄ってくる。
鬼太郎は知らない。だとしたら、やはりあれは・・・あの男は・・・。
凍りついた表情で立ちすくむネコ娘に、鬼太郎は微笑みかけた。
 「何処へ行ってたんだよ?心配していたんだよ」

鬼太郎では・・・なかった?

息を殺してぶるぶると震えるネコ娘の手を取る。
 「さあ帰ろうか」
繋いだ手は今まで通りに暖かいけれど、自分はもう今までの自分ではない。この手を取って、
今までのように帰り道を辿ることはできない。引かれた手はそのまま離され、力なく下りた。
 「どうしたの?ネコ娘」
もうここにはいられないと思った。鬼太郎の前にいたくはない。
こんな自分を見せたくはない。見られたくはない。何も知られたくなかった。
 
「・・・帰れない・・・の」 

「ええ?どうしてだよ。みんな心配しているんだよ?」
頬を引き攣らせ、震えたままのネコ娘を見つめながら鬼太郎は耳元に顔を寄せた。
 「・・・じゃぁもう一度、あの洞窟に行こうか・・・?」 「!!」
目を見開いたネコ娘に向けて、鬼太郎は優しく微笑みかける。
いつもの笑顔が、前髪の影に隠れて酷く恐ろしく見えた。

鬼太郎・・・だった・・・の?

再び繋がれた手は解くこともできぬほど強く掴まれ、引かれるままにネコ娘もひょこひょこと歩き出す。
 「もう勝手に出て行ったりしちゃいけないよ?」 

「・・・・・・」それはゲゲゲの森から出て行くなということだろうか。それともあの洞窟から出て行くなということなのだろうか。

恐怖心を埋め込まれたネコ娘は尋ねることもできず、ただ従順に頷くしかできなかった。
本当の拘束はまだ続いている───

<了>