「いいか。水中からこっそり近づいて、足を掴んで一気に水の中に引きずり込むんだ」
人魚の長兄は弟たちに指示を出す。
「うん、水の中ならオイラたちの天下だ」
次兄が頷き、興奮を抑えきれないように身震いする。

獲物を息の続かない海中に引っ張り込めば一方的に立ち回れる。
そう信じて三兄弟はネコ娘の足元へと忍び寄っていった。

立ち泳ぎをしている艶めかしい脚が、左右交互にゆっくりと円を描いている。
ないものねだりというわけではないが、人魚の男たちは揃って脚フェチだ。
彼らにとってスラリとした二本足は垂涎の的なのだ。
人魚の兄弟たちは下卑た笑いを浮かべネコ娘の脚を眺めていたが、やがて一気に飛び掛かっていった。

その時、彼らにとって予想外の出来事が起こった。
ネコ娘が脚の動きを止め、いきなり身をひるがえして海中にダイビングしてきたのだ。
ネコゆえの気まぐれであった。

「ゲッ、バレたぁっ?」
想定外のことにパニックに陥った人魚兄弟たちは、自分たちも身をひるがえし、海底に向かって逃走を図った。
顔をさらさないよう頭を真下へ向け、尾びれをいっぱいに使って全速力で逃げる兄弟。
それが最悪の悲劇を生みだした。

「あっ、おっきな魚が3匹っ!」
逃げる兄弟を大好物の魚と誤認するや、ネコ娘の愛らしい顔が急激に変貌した。
大きく見開かれた眼の中で黒目が縦長に収縮し、耳元まで裂けた口からは刃物じみた歯がむき出しになる。

「ニャ〜ッ。待てぇぇぇ〜いっ!!」
一瞬で化け猫と化したネコ娘は人魚兄弟に追いつき、鋭い爪が飛び出た指先を左右に振り回す。

「兄ちゃあ〜ん。ぎゃあぁぁぁっ」
「ひぃっ、ひぃぃぃっ」
悲鳴が上がるたび、鱗が裂かれ、鮮血がほとばしった。
水平線が血の色に染まるころ、下半身を失った三兄弟の死骸が波間を漂っていた。