「ああ、この前読んだところに催眠療法で不眠症を治すって話があったんだけどな!」
 「不眠症って……ノイローゼみたいなもんでしょ? あたし関係ないじゃん」
 と言いつつ催眠術に肯定的になった優香里は、半ば無意識に兄に擦り寄る。。
 「それだけの話ならな。でも、それを応用すると簡単な方法で睡眠の深度を調整出来て、
同じ睡眠時間でも疲れがよく取れて体調が良くなるんだ。当然、そうなると肌の状態とかも
変わってくるって言うのは分かるよな?」
 「……もしかしてニキビとか……」
 「それだけじゃないぞ? 血色も良くなるし、ストレスとか疲れが溜まりにくくなって
普段の表情も柔らかくなるらしいぞ?」
 「……それ、いいじゃん!」
 いくら若くて化粧に頼らなくても良いとは言え、恋する女の子にとっては肌の悩みも
無視できない重大関心事項だ。
 手が届く範囲に効果的な改善方法があると聞いて、飛びつかないわけが無い。
 そんなに簡単なら皆がやってるはず、という当たり前の疑問すら持たない。
 成功体験の恐ろしさである。
 「だから特別に教えてやろうと思ったけど止め止め! お前だって家に呼んだ友達に
色目使うような兄貴に頼りたくなんかないだろうしな!」
 これ見よがし顔を背けると、優香里の顔から血の声が引いてゆく。
 「え……ちょ、ちょっと! うそだから! さっきのは冗談だし! ね、兄貴?
ゴメンするから教えてよぉ!!」
 そして反射的に腕に抱き付き、媚びるような涙目で懇願し始める。
 ほんの数週間前までなら有り得なかった依存度である。
 「………もう下らないことで馬鹿にしないって約束するか?」
 「するするっ! 兄貴のことマジ尊敬するから! 良い子にするからお願いっ!」
 下着も着けていない胸が直接当たることも厭わず、パジャマの上半身を腕に擦り付けて
必死にアピール。
 「じゃあ明日の晩、寝る前にお前の部屋で。誰にも言うなよ?」
 「うん、ありがとう兄貴!」
 もう立会人も要らなくくらいに浩一を信用しきっている優香里。
 これならきっと録音しようとすらしないだろう。
 
 噂で知った、優香里の彼氏。
 男子生徒の間では有名な、女癖の悪い同学年生から妹を引き離すべく、浩一の
作戦は次の段階に移った。