貞淑なアラフォー妻が堕ちていくシチュエーションを
考えると、こういうのを思いついた。

「女将に、話があるんですよ」
その四十がらみの男の、取り繕った口調と下卑た笑みに
伊佐子は不穏な予感とかすかな嫌悪感を覚えた。
 間違いなく、ろくな話ではない。声に、態度に、目に、
下心か透けて見える。旅館《迦楼羅》の女将として多くの
お客様と触れ合ってきた伊佐子には、善良ならざる意図を
区別できる目が培われていた。
 伊佐子は男が宿泊する部屋にあがった。この時点では、
男は、お客様のひとりなのだ。話がある、ひとりで来て欲
しい、という要望を無碍にはできない。自分が男に抱く印
象も関係ない。

「これ、見てくれよ」

 2人きりになった途端に男のメッキは剥げ落ちた。丁寧
な態度は鳴りを潜め、自分を圧倒的な優位者であると増長
しているのは明らかだった。
 男は伊佐子に分厚い封筒を手渡した。怪訝顔で男を見る
と、開くように促された。中身を見て───凍りついた。
 何十枚と撮られた写真、写真、写真。旅館《迦楼羅》の
露天風呂をドローンか何かで盗撮したと思しき、写真の束
が出てきたのである。  空からのアングルが多い。しかし
少なくない数の、浴場 に忍び込んでの盗撮写真があった。
被写体にされているの は、女性宿泊客───では無かった。
伊佐子は青ざめた。

「これ。女将さんだよね? こっちは娘さんでしょ。ク、
いかんよなあ、客も使う露天風呂でよう。ま、誰だって
オナニーぐらいするもんだし? オナニーするから売女
なんて言うのは暴論だよな? クク、しかし親子だねえ。
性癖ってのは、似るもんだなあ」

 写真の中にいたのは、露天風呂で自慰に耽る丸裸の女
姿だった。蹲踞の体勢で、シャワーヘッドを片手に、
空いた片手で股間を弄っている。円熟した裸身。むちり
とした肉置きの尻。未だ張りを感じさせる乳房。匂い立
つような股座の茂み。そして、その上に載る顔は、紛れ
もなく伊佐子だった。

 愛娘である絵理も、同じように、あられもない姿を、
何枚も盗撮されていた。飛び込もうとしているのか、
屈託のない笑顔を見せて全裸で宙に浮いた写真があった。
伊佐子と同じように、蹲踞でオナニーに耽る写真が何枚
もあった。どれもこれも娘の顔がしっかりと写っていた。

「で、話なんだけどさあ」男の口からニチャ…と怖気の
走る音が聞こえた。
いつからそうだったのか、男は怒張しきった股座を顎で
示した。
「もう、分かってくれたよな?」

 伊佐子は絶望した。

(続かない)