どうして思い出せないのだろう? 僕はこんなにも、知りたいというのに。
 その瞬間――僅かに、記憶の一部分だけが再生された。

『やくそだよ、キトラ』
『うん。やくそくだよ、リッコ』―――

 はっきりとその部分だけを聞き取ることが出来た――しかし何を約束しているのかは、結局分からなかった。
 やがては白く霞みゆく夢に、僕はこの眠りからの覚醒を自覚する。
 今日もまた、このことを思い出すことは叶わなかった。そして現実の僕も目が覚めてしばらくすれば、この夢を
見ていたこと自体、忘れてしまうのだ。
 だから僕は目覚め行く意識の中で、いつも神様に祈るのだ。
 どうか、この次もまたこの夢を見せてください。そして次こそは思い出させてください――と。
 それが、今の僕に出来るただひとつのことだから。
 それこそは―――

 かの、“マクスウェルの呪い”に取り憑かれた自分を助け出してくれる、唯一ひとつの方法であるのかもしれない
のだから。


【 1−1 】 

 視界の開けた広い台所には、入ってすぐに真っ黒なコンロが目に入る。
 入り口の正面に設けられたそこで、記憶の中の彼女はいつも何かを作っていた。
 寒い時には心から温まるシチューを作ってくれたし、眠れない夜に飲むライムの蜂蜜割りだって、ここで彼女が
作ってくれていた。
 この家のメイドであったエドナの――そんな彼女の後ろ姿を誰もいない台所に思い出し、キトラ・マクスウェルは
大きく鼻をすすった。
 そんなキッチンに朝食の食器を置くと、逃げ出すよう台所を出る。これ以上ここにいたら、また泣いてしまう――
泣いてしまったら、今度こそ一人では生きていけないような気がした。