そんなある日、俺は異変に気づいた。妻の彩香が妙にそわそわしている。帰宅時間がさらに遅くなり、時には深夜を回ることもあった。問い詰めても「仕事が忙しくて」とはぐらかされるばかり。

 ある夜、俺は彼女のスマホを盗み見た。そこには『社長』とのメッセージが大量に残されていた。

「明日、あのホテルで」
「今夜も会いたい」

 俺は動揺しながらも冷静を装い、その翌日、彼女の後をつけた。彼女は仕事終わりに会社の社長・藤木の車に乗り込むと、繁華街の外れにあるラブホテルへと消えた。

 怒りと屈辱が俺の中で煮えたぎる。だが、それ以上に俺を打ちのめしたのは、翌朝のニュースだった。

 ――『新宿区のラブホテルで男性の遺体が発見されました。死亡したのは地元土建会社社長・藤木茂氏(52)。警察は事件と事故の両面で捜査を進めています』

 俺は震えながら彩香を見る。彼女は何事もなかったかのように朝食を作っていた。

「おはよう、あなた。今日もお味噌汁、美味しくできたわよ」

 俺は息をのんだ。彩香の手には包丁が握られ、その刃先がきらりと光っていた。