葉鍵的 SS コンペスレ 19
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葉鍵的 SS コンペスレ 18
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1186409866 唐突だが、僕は電話をかけない。たった一つ例外を除いてすべて受身である。
さらに加えて言えば、毎日ひっきりなしに着信がついている。
用件のたいがいは飲み会やレポート関係である。たいていの大学生なんてそんなものだろう。
レポートのでっちあげにコンパの無難な頭数、確実な代返などとろくでもない用事は山ほどある。
それを全部断らずに遂行しているのも、人間関係のほとんどを”顧客”として考えているからこそである。
美術大学なんてものに入っても僕の根っこは変わってなぞいないのだが、周囲はそう受け取らないらしい。
一様に、髪を脱色して香水を付けるようになった僕の変化に驚きの反応を示す。実の親でさえも、馬面揃いの親類もその例に外れなかった。
だが、たった一つの例外たる沙織ちゃんにとっては僕は周りが言うほどに変化していないらしい。
そして、僕の彼女に対しての感想も大体似たようなものだと思う……というか思いたい。
たとえ彼女が映画のデミムーアのようなショートカットにされて、自慢の栗毛を黒く染め直されていてもそれは変わらないのだと。
「なんていうかお疲れだよね〜。最近の祐くんったら…」
似たような…というか佃煮のようにカップルがひしめく中央線端のターミナル駅の中にある適当な喫茶店。そこにいるのはデミムーアとヨン様くずれ。
言うまでもなくヨン様崩れのほうが僕である。そして寸足らずのヨン様スタイルの僕にしなだれかかるスイートハートこそが沙織ちゃんである。
配置としては通路側に沙織ちゃん、そして壁側に僕。フツーは逆のはずなのだが、なんか僕たちにとってはそれは適用されないらしい。
はっきりいって目立って仕方ないとは思うが、他の客はたぶん自分の世界に夢中であるので問題ないだろう。
「そう?そう思われるんじゃあまだまだ修行が足りないかな?」
そう強がってみるものの、たいがい僕は疲れている。能力以上の大学にしがみついている上での必然というやつだ。
だがしかし、一端の体育会系大学に奨学生で入り、寮生活を送っている沙織ちゃんのほうがもっと気が休まらないだろう。
そこの体育会は一種の全体主義的な色合いがあり、精神的ストレスは並の女子大生の比較にならないほどと思われる。
ちなみに今日の彼女の格好は宝塚も真っ青のスーツ姿。彼女なりにお洒落に苦心している姿が連想されてほほえましい。
そして何気なくもたれかかっている先はオータムスタイルの茶色いセーターを着たヨン様くずれこと僕である。
ちなみに下はカジュアルスタイルのスラックスだ。こういう奴はある程度の色さえあればそれなりに上に合わせることができる。
「もー、修行って何よぉ〜」
そう言いながら沙織ちゃんが一段と寄りかかってくる。胸の感触も高校の時以上。これで痩せたとはにわかに信じがたい。
もっとも彼女曰くそこの生活は節制と自己鍛錬の毎日であり、だからこそ間口も広く、脱落者も多いのだという。
そして、数少ない彼女の休みの殆どは僕と逢うことに費やされ、そして僕もそれを充実させるためにあらゆる手段を使う。
佃煮に男子の本懐たる逢瀬を邪魔されるなんざまっぴらごめんだ。そしてそういうときに限って電話は来る。
”ズギューン”
銃声と悪趣味なパイプオルガン。賛美歌の13番だっていうから悪趣味でないことには話しにならないのかもしれないけど。
僕は無表情で電話の液晶窓を見る。右手に電話、左側に沙織ちゃんといった具合だ。
「学校の先輩だね…ちょっと話してくる」
自分でも不機嫌な顔になるのがわかるが、彼女はそれもゾクゾクするという。
恋すれば万事盲目。トイレに立つ姿にさえも様になると彼女は言う。
そして僕も彼女に対してそう思っているし、彼女もそれを知っているのは日ごろの心がけのなせる業。
僕は彼女以外に自分から電話をかけない。そして用件にはほぼ確実に応える。
レポートの作成手伝いにも、コンパの頭数にもだ。僕は便利な引き立て役であるが貸しは絶対に忘れず、借りはすぐに返す。
血も涙も佃煮には必要ないだろうし、そういう厳しさも彼女との時間を守るためには必要だ。
電話の相手は先輩の友達の友達の友達だということだ。名うてのプレイボーイといえば聞こえがいいが、ようするに下衆である。
その男は目つきの悪さとは逆に細かさと才能を発揮し、数々の浮名を流してきたという。
その中には僕の親類の飼い主たるお嬢様もいたというが、そういうことはどうでもいいことだ。
ちなみに、その親類と僕が殴りあいの喧嘩をやらかした次の日のデートのときには、沙織ちゃんは親身になって看病してくれた。
喧嘩の原因は、僕が髪を脱色したことにある。そして、その理由には見向きもしない。だがそれでいい。
今日も学校の先輩の付き添いで僕もコンパに出席 ということらしい。誘いがくるのは便利だと思われているから ということでいいだろう。
佃煮がいくら増えようが知ったことじゃない。一夫多妻万歳、だが僕らの邪魔はするな。そういうことだ。
戻ってきて彼女の耳元にこう囁く。
「オトコの修行って奴だよ。悪いけどいつものとこで落ち合えるかな?」
高校の時の知り合いからすれば耳を疑うような言葉だろう
高校の時の彼女なら鉄拳が5,6発飛んできてもおかしくない発言ではあるが、今の彼女は事情は全部承知の上だ。つまり芸術の世界はそういうことばかりだと。
彼女はこれから僕のアパートに戻り、僕の手料理を食べながら僕の日記を見るだろう。文章を読むことが苦手な彼女に提案した、変則交換日記ではある。
それにとどまらず、僕は色々な形で彼女との隙間を埋めている。僕だから出来ることであり、誰にでも出来ることではない。
無難な雑魚その1。引き立て役。上等である。僕は彼女だけのヒーローでいればいいし。僕にとっても彼女は替えがきかない。
現在夜の5時半。東京の夜の7時に僕は飛び込んでいくことになる。そして歌舞伎町の適当なところで彼女と時化込むことになるだろう。
夜の12時に魔法が解けるのはシンデレラだが、虚勢という魔法が解けるのは二人の場合には僕ということになる。
歌舞伎町というと危険かと思われるかもしれないが、彼女は下手すると死人が出るくらいにビルドアップを遂げている。さらに加えて日々のストレスから来る凄みだ。
夜道で彼女を襲おうなんて考える奴はこの僕以外にはありえないのだ。そしてその戦闘能力も遺伝であることも僕以外のオトコは知りえないだろう。
その事を知ることになった切っ掛けがある。それはうちの高校が高校二年のときのインターハイにおいて全国出場を決め、予選を敗退したときに遡る。
学校ではがぜん女子バレーを応援しようみたいな雰囲気が高まり、学校経由で彼女に大学からの誘いが来るようになった。
僕は進路を無難な道にするか、それとも一発にかけるかに決めあぐねていた頃でもある。
そして2年のときの秋口に、彼女から”家を出たいので大学の推薦に行きたい”という相談を受けた。
その時は僕は応援することを約束はしたが。正直男として複雑だったのも確かである。何故なら彼女の家庭環境が複雑であることをその時まで知らなかったのだから。
運が悪ければロミオとジュリエット、ハムレットとオフェーリア、オセローとデズデモーナの仲間入りだ。
そこで僕は、彼女の秘密ってやつを調査することを決意した。彼女の住所は連絡網から調べだしてある。あとは日取りを選んで抜き打ちで見に行くのみ。
その時点では、僕は彼女と知り合ったとき以上の非日常に巻き込まれることになることを予想すらしていなかった訳だが。
なんていうか、僕はバレー部のマネージャーの真似事をなしくずしにやっていた。
だからこそ沙織ちゃんが部活で遠征し、なおかつ僕にお呼びがかからない日時を知ることができたのである。
まず彼女の家の住所はE市駅前の繁華街にある場所だった。その瞬間まで、間抜けなことに僕は繁華街がその場所にあるということさえ忘れていたのだ。
思えばその瞬間から嫌な予感はしていた。僕の全部の細胞がここから逃げ出したがっていた。
夜の校舎での事件とはまた違った恐怖の気配と、彼女の真実を知りたいという欲求。
その瞬間、なぜか人の流れがひどくゆっくりに見えた。そしてその人の流れが分かれてそれぞれの建物に消えていく。
その建物の1つに何故か目が留まる。その建物の入り口の脇に視線を移すと、そこには黒いシーサーがいた。 花崗岩だろうかなんだろうか、とにかく黒光りするシーサーの石像だ。たぶん狛犬ではない・・・はずだ。
何故なら沙織ちゃんと遠くに遊びに行ったとき、沙織ちゃんがシーサーの縫いぐるみをクレーンゲームで手に入れるために立ち往生。スケジュールが狂ったことがあったからだ。
そこで僕はふと思い当たり、メモ帳と地図を取り出す。沙織ちゃんの家の住所はここらへんのようだ。
もしやという直感、そして悪寒。建物の中に入ろうとしても足がすくんで動かない。せめてもの手がかりをと、あたりを見回す。
『おきなわアットホームリゾート いちゃりば・ちょーでー』
大きさ…というより、建物はファミレスを流用したようなものだ。中のウェイトレスさんというか店員さんは皆竜宮城の乙姫っぽい衣装である。
ただのファミレスでなくなんらかの仕掛けがあるものかと思ったが、客も多いというだけで老若男女いろいろ。傾向が掴めない。
そこで、鈍い音が5、6発。次の瞬間、柄の悪そうなお兄ちゃんたちが倒れ込んでいた。
何か揉め事でもあったのだろうかと奥を見た瞬間、僕は呆気に取られた。
「パーパ?またアシバァがウチのバイ邪魔したけえ、イワして裏に置いておくよぉ?」
広島弁で彼らを伸したと思しき店員が、どこかに電話をかけていたのが見えた。
その店員はその時点では店員の中で非常に恰幅がよかった。たとえて言うならば”乙姫コスプレをしたみすず”。
僕が一時期ハマったゲームのボスのうちの一人で、現代版女オークといえば説明しやすいだろうか。
そしてそれに加えてそのオークの声はどことなく沙織ちゃんに似ていた。
それよりも、さっきの言葉は広島弁?沖縄弁ではなかったはずだ。そんなことはどうでもいいのだけれど。
「てーげーにしっしんさぁ、香織ねぇねぇ」
客の一人で、明らかにお迎えがきそうな爺さんがそのオークに声をかける。同じ老人でも親戚のあの老人共とはえらい違いだ。
「はいはい、こん子たちがテーゲーにしよったらテーゲーにしたるけん」
そのオークはガタイの良く見える二人の犠牲者を片手にそれぞれ抱え上げて奥に引っ込む。
もっとその声の主をよく見たいと思った僕はあたりを見回し、その店の裏に回る道に走り出した。
そして店の裏ではさっきの女オークが、強面の中年男性と和気藹々の会話をしていた。さっきの女オークで間違いはないだろう。
強面の男がオークに話しかける。
「で、どっちからサチにクルサイヤ?」
「タカラの爺様がテーゲーいうてたけえ、テーゲーでええけえの」
「ハイサイ」
男が荷物を積み込むようにして男たちを詰め込んだところで僕はそこから逃げ出した。
男のほうの顔は、よく覚えていない。野郎の顔なんて興味ないし、怖いアレが沙織ちゃんのパパだとは考えたくもない。もっと別の可能性だってあるはずだ。
でも、真実が憶測どおりだろうとなんだろうと、同じ町内で沖縄っぽい嗜好を持つ集まりだ。彼女と浅からぬゆかりがあるにちがいない。
後で調べると、E市の繁華街はチャイナタウンと同じように、沖縄の一部からの移民が多かったそうだ。
僕はいつも沙織ちゃん過ぎた彼女だと思っていた。そしてそのことが僕を変える切っ掛けとなったのである。
劣等感を抱いている場合ではない。のんべんだらりと過ごしている間にももうひとつの非日常がにじりよってくる。
人間の絶望的な一面。ショービズという名前の地獄。愛する彼女を生み出した地獄。
彼女が地獄生まれの天女だと分かってもなお、僕のなかには逃げるという選択肢は存在しなかった。
彼女のルーツが広島だろうが沖縄だろうが地獄だろうが、僕は彼女を誰からも奪えないように進化してやる。
そういつもそう考えるようになった僕はマネージャーとしての自分が出来る限りの手を尽くした。
そして、彼女は3年のときに全国大会で去年以上の活躍を見せた。うちの学校は準決勝まで進出、彼女は望みどおりの道に進むことができたはずだ。
一方、僕はそんな日々の中で必死に考えた末、今の道を決めた。あの恐怖と決意がなければ不可能だったに違いないと思っている。
新宿につくと彼女からメールが届いた。
「K寺のおうちでご飯いただいてます、後が楽しみv」
どうでもいい話だが、彼女からの着信音は僕が自分で打ち込んである。
どこをどう探しても見つからなかったから、自分でつくった。誰のためでもない自分と彼女のためのシロモノなので電話が壊れたらまた作り直しだ。
バックアップはとらない。壊れたら壊れたで思い出になる。買い換えたら買い換えても思い出になる。他人もメモリアルとして古い携帯電話を使ってるらしいし。
買い換えたら、その瞬間の僕に相応しいに新しくなった同じ曲で彼女の知らせを教えてくれるだろう。
携帯電話が4音から64音になったのと同じような感じで、僕も進化していく。
僕は電話をかけない
だから約束しないし
大事な用事は誰か
僕のベルを鳴らす
だけど すぐに 君と話し合えるよ
会いに 行くよ 同じ空の下
誰にも聞こえないように小さく歌う。今彼女は僕の日記でも読んでいるのだろう。
僕の悪戦苦闘の記憶、愛の証拠、ラブのあかしってやつを。今日の夜も長くなりそうだとため息をつく。
ふと彼女からもらったシーサーのストラップを見ると、彼女のように瞬きをしたような気がした。
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