切符を切ると目の前の運転手が観念したように頭を抱える。一通りを済ませたところでパトカーに戻ると慣れた手付きで報告書類をまとめ上げる。
ちらりと腕時計に視線を投げると
「タカヤマ13、戻ります」
無線で連絡をつけ、署へと戻る。無事何事もなく今日の番も完了した。
――――駐禁、スピード違反。その程度であれば「何事」の範疇には入らない。
「先輩、おつかれさまでした」
「お先に失礼します」
「明日は非番になりますので、よろしくおねがいします」
上司や同僚、後輩らへ丁寧に挨拶し建物を出る。
着任当初は礼儀以前の――――言葉遣いや報・連・相、そして何より市民への態度の問題で多大な迷惑を周囲の人間にかけたが、粘り強い教育と、本人の熱意。
そして何より「コネ」先に迷惑をかけてはならない一心で本人も態度を改め、どうにかこうにか一人前としては認められるようになってきていた。
川澄舞。
濡鴉のようなポニーテールは短く切り上げてハイにまとめ、今は隆山警察署の交通課に務める婦人警官である。
「ただいま」
スニーカーから踵を抜きながら自宅の奥へ声をかける。年齢等を考えるとローファーなりの方が適切なのだろうが、動きやすさを優先しずっとスニーカーを押し通してきていた。
「おかえりなさい、夕食できてるわよ。それともお風呂にする?」
帰ってきたのは母親の声。
「ご飯……かな」
「わかった。ちょっと待っててね」
そのまま自室に戻り、学生時代から使い古したジャージに着替える。若干筋肉量は増えたものの、学生時代の体操着をそのまま着られるほどに体型は変わっていない。
このあたりは母親の遺伝かな、とも思うが化粧台に並ぶスキンケア用品の顔ぶれを見ていやいやと頭を振る。
粗食と運動量のおかげか体型の崩れは少ないが、激務と不規則な生活のせいか肌は相応に齢を重ね、髪もかつてのように石鹸のみとはいかなくなっている。
「舞、準備できたからいらっしゃい」
「うん」
呼ばれてリビングへ移動する。小さな仏壇に線香を添えて父へ手を合わせた後、テーブルへ着く。
「「いただきます」」
その遺伝元である母親――――旧姓立川郁美、現川澄郁美と一緒に、珍しく普通の時間の夕食をはじめることができた。
母親の容姿年齢については……あまり詳細に言及する必要はないだろう。
ただ、かつては一緒に出かけると姉妹に間違えられたが、最近は一周して母子に「間違えられる」ケースが増えた、とだけ記しておく。
「明日はお休みよね」
「うん。非番」
リゾットを口に運びながら静かに食事を続ける。川澄宅は食事中にテレビを点けない。
一時期は深刻だった郁美の心臓も、紆余曲折の末日常生活をおくれる程度には回復し、こうして独身娘の世話を続けられるようになっていた。
母親に家事を任せきりにするのは舞としても抵抗感はあったが……激務という現実はいかなる不思議な力をもってしてもいかんともし難く、郁美に頼らざるをえない状況だった。
「なにか予定はあるの? それとも休む?」
「友達と会う。久しぶりに」
「まあ珍しい。誰? ひょっとしてや……」
「ううん」
親しい人ではあると思うが、その人は友達ではないだろう。
一息に郁美の言を否定したところで、スマホから着信音が鳴った。
「……」
マナーが悪いなと思いつつ、食卓でスマホを開く。ちょうど明日の待ち合わせ時間確認のメッセージが入ってきた。
既読にしてしまったからにはとスマホを手に取り、それに答える。
相手は
A 月島瑠璃子
B 川名みさき
C 柏木初音
※選択がない場合そのうち適当に続けます。