お〜い、誰かyet11の行方を知らんか? Part3
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127 名前:だったような気がする[sage] 投稿日:2005/11/21(月) 02:42:16 ID:DpNyYEGn0
友達とか、戦友とか、仲間とか。
そんなものじゃなかった。
まあ、いわゆる社会人としてのつきあい。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「ええ、明日に例の新商品10個出荷、月曜日到着ということで……はい。よろしくお願いします」
受話器を置き、そろそろ汚くなってきた天井を見上げて一息つく。
時計に目をやり、7時半である事を確認。
“今日は閉店と同時に仕事上がりだな”そんな事を考えながら、店番をしているバイト君に声をかける。
「おーい。今日早めに上がっていいよ。時給には影響しないから」
「いえ、大丈夫です店長。閉店時間の8時まで任せて下さい」
その生真面目さに思わず苦笑する。音楽志す人間なんかもうちょっとテキトーでいいのに。
あいつとか、あいつとか。
「今日はこれからスタジオで練習なんだろ? 場代を無駄にしないよう、早めに上がっておけよ」
「……わかりました。この埋め合わせは後日に」
「せんでいい」 128 名前:だったような気がする[sage] 投稿日:2005/11/21(月) 02:42:51 ID:DpNyYEGn0
7時50分。開店してから残り10分で客が着た事は無し。
逃げ切り気配濃厚。
今日は頑張ったから、発泡酒じゃなくビールだな。
つまみは豆腐。葱と生姜のコラボレーション付き。
うーむたまらん。
ロッカーは基本的に酒とドラックさえあれば生きていけるのだ。
ドラックに手を出さない以上、豆腐に手を出すしかあるまい。
これで三ヶ月は生きていける。
ガチャ。
ドアが開いた。
“空気読めよ、このやろう”と思いながら「いらっしゃいませ」とスマイルで返す。
帽子を深く被った客は商品に手を取るわけでもなく、俺に向かってきた。
「すみません、道を知りたいのですが」
「ええ、どこでしょうか?」
道案内にも愛想良く。これが商売繁盛の秘訣。
「ここなんですが……」
メモを見せられる。
きったねえ地図。幼稚園時の落書き。 129 名前:だったような気がする[sage] 投稿日:2005/11/21(月) 02:43:18 ID:DpNyYEGn0
つーか、チラシの裏に書くな!
つーか、お日様を書いて顔まで入れるな!
つーか、都心なのに山かくな!
「ずいぶんとアグレッシブな地図で」
「自信作です」
駄目だ。こういう客にはきちんと言わなければならない。
それが商売以前に大人としての義務なのだ。
「ちょっといいですか?」
「地図、わかりました?」
俺は客の帽子を上に引っ張り、こう回答してやった。
「大人気ないですよ、いたるさん」
「えー、やる気が出ないのは吉沢さんのせい……」
こめかみをグリグリしてやった。
久しぶりに悲鳴を聞いた。 だったような気がする(久弥編) 第1話 >>3-5 133 名前:2話[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 01:00:36 ID:icPSBura0
第一問:次の熟語を完成させるために、()の中に接続詞を入れなさい。
私は〜が得意だ。
be good () 〜
A:to B:for C:of D:at
「B」「C」
ぶー。
ライフが一つ消える。
50円でライフ4個だから、12.5円が消えた。
おお、即座に暗算で解けた。
日々の店長業務のおかげだ。やはり俺のやってきた事に間違いは無かった。
それに比べて、隣の奴は何をやっているのだ。
「ちょっと樋上さん。こんな問題もわからないなんて、
あなたそれでもコンピューター会社に勤めてるんですか? 勤続ピー年の局でしょう?」
隣の樋上さんに軽く説教を垂れる。
彼女はコンピューター会社にピー年以上勤めているが、“あたし絵さえ描ければ幸せなの!”とモラトリウムに逃げ込み、
未だにフロッピーとDVDの違いがよくわかっていない。
「何を言うんですか、吉沢さん。あなた自称ロッカーでしょう? これくらいの英語がわからないと、
ただの痛い近所のピー路のおっちゃんです。その内近所の奥さんから無言の“早く出てけコール”が起きますよ」
「いえいえ」
「いえいえ」
膠着。
ああ、不毛。
第二問
次の内、第五文型を表しているのは〜
「まあ、今はゲームだ」
「そうですね」 134 名前:2話[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 01:01:26 ID:icPSBura0
只今の状況を説明するとこうなる。
閉店間際におしかけてきたいたるが、「ご飯食べたい。でも、その前にゲーセンで遊びたい」
とガキ同然のお願いをしてきやがったので、年長でありレディーファーストを重んじる俺は、
快諾させるを得なかった。
で、選択したのはクイズゲーム。
ガキの頃には難攻不落だったジャンルだが、社会人となった今となっては500円もあれば即落城という、
非常にぬるいゲームだ。
資本主義万歳。
どうやら、クイズに正解するたびに女の子の好感が上がっていき、3月の卒業式までに結ばれるか!?
ってのが売りらしい。
しかし、俺といたるで攻略対象ヒロインを取り合ったため、“複数ヒロインをどっちつがずで追いかける”
という恋愛ゲームのタブーを繰り返していた。
ただ、主人公の名前は一瞬で決まった。
ひさや。 135 名前:2話[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 01:02:20 ID:icPSBura0
“あ〜あ。今日は進路相談か。もうそんな時期なんだね”
“ふふ、ひさやくんはどんな道に進みたいの?”
画面の中のひさやがヒロインに対してぼやく。
しかし、イベントの発生が遅れているせいか、今は3年の1月だぞ、ひさや。
言ってやれ、ひさや。
“僕はは君みたいな子が泣きながら股を開いて処女散らすエロゲーのシナリオ書きたいんだ!
子供の頃からの夢なんだよ! ……笑わないでよ、恥ずかしいなあ”って
「ゆとり教育の弊害ですね」
「ぶっちゃけ、俺らも他人事じゃねーけどな」
お互い苦笑する。あの業界で、この状況が他人事だと思える奴はそういないだろ。
俺らがいたところだって、そういう奴の集まりだ。
ただ、一つ違っていたのは、たまたまみんな才能があった。
それだけだ。
“これ、ひさやくんに……バレンタインデーのチョコレートとセーター”
“ええ〜!! 嬉しいよ! 大事にするから!”
喜ぶひさや。良かったな、元上司として俺は嬉しい。
「おかしいです、吉沢さん。私女なのにときめいてます!」
「こいついい女だな。ひさやには勿体ねえ。3年の2月14日という事を考えなければ、もっといい女だ」
「彼女はきっと推薦で決まってて、今頃オートマの免許取りに自動車学校に通ってるんですよ」
「おお、無理がない設定だ」
大事にしろよ、ひさや。ところでお前、進路は?
進路については何も触れられないまま、ひさやくんは卒業式にノルマ15問のクイズを乗り越え、
無事に告白に成功して学校生活に幕を閉じた。 136 名前:2話[sage] 投稿日:2005/11/22(火) 01:03:35 ID:icPSBura0
ゲーセン帰りの外はいつも心地よい。
騒いで火照った体を、11月の冷気がさましてくれる。
「いたる、お前なんで来た?」
ふと、何気なく最大の疑問を聞いてみる。
Tacticsのお家騒動の跡も交流は存続していたが、コミケ等のおおきいイベントに限っての事だ。
それにここ1・2年はコミケにも行っていないし、かなり疎遠になっていた。
最盛期の時だった、こんな平日の夜にいきなり訪ねるほどの仲じゃない。
なんらかの理由があるには違いなかった。
「ご飯奢ってくれたら教え」
「前払い」
だいたい理由はわかっていた。
悲しいかな、俺はそういう事に関しては経験を踏みすぎてしまっていたから。
「吉沢さんに一目会いたかったか…」
「嘘付け」
もういい。言っちまえ、いたる。
「……」
やっぱり。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11 141 名前:3話[sage] 投稿日:2005/11/23(水) 01:48:27 ID:plN1TW2X0
「女連中は、あれはあれでたくましいから心配していない」
「あいつは、まあ前の会社でも修羅場潜ってたみてーだからな。
タフだしゴキブリのように死なないだろ」
「あいつは……まあ、馬鹿だからな。ハードル走に例えれば、
ハードル全部薙ぎ倒したり、
スタート直後から逆走したり、
何故かストライキ起こしたり、
周りの走者に喧嘩売って逆にリンチ食らう事くらいしそうな感じがする。
とても心配だ」
「だがな」
「なんだかんだ言っても、あいつは最後までゴールするだろう。
転んでも、逆走しても、リンチされても、自分の足でゴールするだろう」
「本当に心配なのは、お前だよ」
「俺にはハードルで転倒しても、自力で立ち上がるお前の姿が想像出来ない」
「なあ、本当にお前の事が心配だよ。新しいとこでも、やっていけるのか?」
「久弥?」 142 名前:3話[sage] 投稿日:2005/11/23(水) 01:49:30 ID:plN1TW2X0
目が覚めた。
嫌な夢だった。
せめて寝ている時くらいは、幸せでいさせてほしい。
時計を見る。午前7時ジャスト。
いつもより10分早く起きてしまった。
とても中途半端な時間だ。
寝るのにも微妙だし、早く会社に行きたいわけじゃない。
わざわざ好き好んで、早く行きたいものか。
7時15分。髪セット完了。
会社ではどうせ誰も気にしないと思うが、20後半の大人が寝癖ボサボサで出勤するわけにもいかない。
近所の人にでも見られたら、一気に危険人物の烙印を押されてしまう。
もうちょっと、独り者の多いアパートに引っ越したかった。
僕は孤独主義者なのに。
7時20分。朝食完了。
カロリーメイト、チーズ味を1分で食って朝食終了とする。
別に忙しいサラリーマンの真似しているわけじゃない。
ただ、面倒臭いから。
7時25分。朝のいつもの奴が来る。
やれやれと座り。対処する。
僕のせいじゃない。僕のせいじゃない。
SNOWの発売遅れたのは僕のせいじゃない。
MOON CHILDeの発売がずれ込んでるのは僕のせいじゃない。
limit offがなかなか進まないのは僕のせいじゃない。
僕は立ち上がれる。僕は立ち上がれる。
7時35分。出勤。 143 名前:3話[sage] 投稿日:2005/11/23(水) 01:50:36 ID:plN1TW2X0
玄関のドアを閉めて、鍵をかけた時に子供を連れた隣の奥さんに声をかけられた。
「林さん。おはようございます」
「あ、おはようございます」
隣の部屋に住む一家は、夫婦と幼稚園児の男の子一人の三人暮らし。
端から見てても、とても幸せそうな家族というのが良くわかる。
「今からご出勤ですか?」
「ええ、まあ。そちらは幼稚園へのおでかけですか」
ふと子供の方を見てみる。
嫌悪丸出しで見ていた。
僕だって嫌いだよ。
「ええ、でも、もう6歳ですから来年から小学校ですよ。月日の経つのは早いですね」
6年。
kanonが発売されてから6年。
僕、その間、何してた?
「あ、大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと目眩が……薬は朝処方してきたんですがね」
僕は顔全体を押さえた。
「気をつけて下さいね。今年のインフルエンザはしつこいそうですから」
「はい。では、また。」
「ママ」
「な〜に」
「いまのおにいちゃん。目がうるうるしてた」
「今年の風邪は目にも来るらしいのよ」
久弥直樹。彼は人生の迷子になっていた。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11
第3話 >>13-15 ↓ここ何度見ても笑えるw
> 7時25分。朝のいつもの奴が来る。
> やれやれと座り。対処する。
>
> 僕のせいじゃない。僕のせいじゃない。
> SNOWの発売遅れたのは僕のせいじゃない。
> MOON CHILDeの発売がずれ込んでるのは僕のせいじゃない。
> limit offがなかなか進まないのは僕のせいじゃない。
> 僕は立ち上がれる。僕は立ち上がれる。 たしかついにだーまえ登場でスレ落ちちゃったんだよな
あと末期少女病マダ? 148 名前:4話[sage] 投稿日:2005/11/24(木) 03:17:13 ID:Xi7ZTkkv0
雨音さんがコンビニ弁当を食べている僕の机によりかかってきた。
「よーひさやん。週末暇か?」
「……そりゃあ、暇ですが」
そりゃあ好都合、とばかりに顔を近づける。
「いやーまー。ようやっとマスターアップじゃん。ここは社員みんなでお疲れ様会やろうと思ってー」
「お疲れ様会……ですか」
そう言えば、今年の初詣以来、社員総出のそういう機会はなかった事を思い出す。
お疲れ会ねえ……
「今、お別れ会の方が似合っているとか思ったのかー!!」
「え、え、思ってません! 思ってないっす!」
「マジで」
「は、はい」
「むぁじで」
「はい!」
「よろしい。開けといてねー」
驚異が去って、僕は一息つく。
なんなんだよ、あの人は……
ただ、冗談抜きで発売日の12月は激戦区だ。
売り上げが食われて本当にお別れ会になる可能性もある。
“発売日を来年にして、回避してはどうか”という話も上がったらしいが、
雨音さんの“もう、期待してくれている人を待たせられない”という一声で12月のラインナップに連なる事が決まった。
基本的に僕のやる仕事は、今一つだけ。
SIESTABLOG おひるね制作日記 〜明日からガンバリマス!〜
の発売記念のメッセージとスペシャルSSの制作だ。
今までのらりくらりと当番をかわしていたが、発売になり逃れられなくなってしまった。
僕だってMEMBERのカテゴリにある『久弥直樹(0)』の文字を見るたびに罪悪感はあったが、
自分がやるとマイナスになると思ってた。 149 名前:4話[sage] 投稿日:2005/11/24(木) 03:17:47 ID:Xi7ZTkkv0
午後9:00
帰宅。コタツに身を預け、ため息をつく。
疲れた。何でここまで疲れるようになってしまったんだろう。
週休二日でも疲れるようになってしまった。
みんなの見る目が“あゆやみさき先輩を生み出した憧れの久弥さん”から“林って微妙”
に変わってきた時ときからだろうか。
後進のシナリオライターが自分をどんどん追い越しているのを実感した時からだろうか。
麻枝と違って、僕に本当に書きたい物が見つからないとわかった時からだろうか。
情けねえなあ。
母さんや兄貴にも心配かけまくってるし、この年なってまで経済の心配を一年中されてしまう。
僕、大丈夫なのかなあ……
消えた方がいいのかなあ……
泣いてくれる人いるかなあ……
ピンポーン
唐突にチャイムが鳴った。
このアパートに住んでから、この時間帯にチャイムが鳴った事は二度ある。
2回とも隣の一家が、実家からの荷物を預かっていたのを渡しに来てくれた。
いらないと言うのに、替えの下着や好物を詰めて送ってくれる。
嬉しいけど、辛い。
『また母さんにお礼の電話しなくちゃ……』と思いながら玄関のドアを開けた。
ギターを持ったスナフキン。 のコスプレ した人がいた。 150 名前:4話[sage] 投稿日:2005/11/24(木) 03:18:47 ID:Xi7ZTkkv0
「やあ、僕はスナフキン。プレゼント持ってきたから入れやがれ」
「な、何をトチ狂った事してるんですか、吉沢さん!」
ゴン
「いってえええええ!!!」
「早く入れろ。スナフキン寒さ弱い」
この人プレゼント箱の角で殴りやがった!
間違いない、この人はガチで吉沢さんだ!
「歓迎感謝する。スナフキン嬉しい」
「何勝手に入っているんですか! つか、あんたの口調スナフキンじゃなくて中国人じゃん!!」
バコ
「きっつうううううう!!」
「お茶ほしい。スナフキンお茶飲まないと死ぬ。これ定説」
「ギターでローマの休日殴りするなあああああ!」
「はあ、お茶うめえ……」
「素に戻るな! つか、いつの間にかにお茶いれてるんですか! つか、自分で入れられるなら叩くな!
ああ、もう訳分かんないよ、何しに来たんですか吉沢さん!」
「吉沢違う。スナフキン」
「……ふ〜ん。じゃあスナフキンてどんなキャラでしたか」
「……」
「……」
「……ムーミン殺して、ムーミンの妹と結婚?」
「フローレンはムーミンのガールフレンドだあああ!!!」
「うるさいぞ、久弥。近所迷惑だ」
「だから、急に素に戻るなあああ!!!」
思い出した。麻枝よりも、折戸さんよりも、みきぽんよりも、
この人が一番馬鹿だった。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11
第3話 >>13-15
第4話 >>19-21 160 名前:5話[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 00:21:37 ID:QwOW7+rv0
ぐつぐつぐつ。
お鍋が煮える。
冬にはお鍋。
みんなで囲み。
みんなでつつく。
何故に吉沢。
何故に二人。
何故にお鍋。
何故に食う。
何故にスナフキン。
本当はスナフキンはハーモニカ。
NOT GUITTER。
スペルがあってるかわからない。
逃げたい。
午前二時踏切で望遠鏡を持って彼女を待っていたい。
ベルトに結んだラジオ、雨は降らないらしい。
彼女がやれらた。
チコタンやられた。
俺ゆるさない。 161 名前:5話[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 00:22:29 ID:QwOW7+rv0
「おい」
「って!」
妄想の彼方へ逃げようとしてる僕を、吉沢さんのデコピンが妨げた。
そうだ。僕はアパートでスナフキンと鍋を囲むという、メトロン星人真っ青の危機に直面していたのだった。
「すぐ自分の世界に入るのはシナリオライターの悪い癖だぞ。
食え。せっかくのすき焼きだからな」
これ以上、デコピンを食らうのが嫌なのと、確かに醤油と砂糖に彩られた肉が良い雰囲気を出してきたので、
食べる事にする。
食べ頃の肉を見繕い、溶き卵にサッとつけ、少量のしらたきと一緒に頬張る。
「……おいしい」
「だろ? 肉どころか卵まで奮発したからな」
いや、冗談抜きでおいしい。焼けてる時の色からして、僕が普段食べている肉とは輝きが違ったが、
卵の黄色が肉と絡みつく事によって金色となり、口当たりを絶妙なものへと昇華している。
「あの、吉沢さん。お金は……」
「気にすんな」
黙々と鍋の味付けをしながら、吉沢さんはなんともなしに返した。
「麻枝の豚足鍋よりは旨いだろう」
「あれに負ける物を探す方が難しいですよ」
当時の惨劇を思い出して、二人揃って苦笑する。
“豚足鍋”
あれはMOON.の打ち上げ時に鍋パーティーをする事になったのだが、
その買い出し当番を任された麻枝がスープのベースを豚足にすると言い張った。
あとでわかった事だが、当時豚骨ラーメンに凝っていたのが原因だったらしい。
途中経過を思い出すと気持ち悪くなるので詳しくは言わない。
結果だけ述べておく。
全員次の日休んだ。 162 名前:5話[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 00:25:26 ID:QwOW7+rv0
「なあ、元気だったか」
唐突に吉沢さんが聞いてきた。
困った質問だ。
「ええ、まあ」
とお得意の曖昧な返事で返すしかなかった。
「そうか」
僕の問いに満足してないのかしてるのか、吉沢さんは短く頷く。
また肉が食べ頃になってきた。
今度は豆腐と一緒に肉を卵の中を入れ、すするように食べ、ご飯を食べる。
おいしい。ごはんと合わせてもおいしい。
「お前が元気ならいいんだ。なあ、少しわがままさせてもらっていいか」
「え…ええ。お肉奢って貰いましたし」
スナフキンは帽子を取った。
あの頃のYET11がいた。
「ごめんな」 163 名前:5話[sage] 投稿日:2005/11/26(土) 00:26:03 ID:QwOW7+rv0
「お前や麻枝の気持ちわかってやれなくて、ごめんな」
「俺は根性無しだから、スナフキンの格好して鍋でもつつかないと、
ここに来る勇気も、言い出す勇気も出なかったんだ」
「俺はお前らと、すっと仕事がしたかったよ」
初めての謝罪だった。
「そ、そんな! もう7年前の出来事じゃないですか。頭を上げてくださいよ!」
鍋とかスナフキンとか、そんな事が頭から抜けていた。
吉沢さんの近くに駆け寄った。
「俺がもっとしっかりしてれば……」
一瞬の間があった。
「ただ“元気か”という問いに涙を流すほど、お前を追い詰めなかったんだ!!」
頬を触る。
ラインができ、流れは今も続いていたのに気づいた。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11
第3話 >>13-15
第4話 >>19-21
第5話 >>24-27 四年たって一瞬姿を見せた後また久弥はいなくなりました……
どこかの陣内主税みたいに別名義で書いているのでしょうか 175 名前:6話[sage] 投稿日:2005/12/01(木) 02:20:08 ID:SB5+o4y40
ひとしきり泣いた。
目が潤む事はあっても、泣いた事などここ数年は記憶になかったが、
子供のように泣きじゃくった。
目から涙が溢れ、口から嗚咽が止まらない。
20後半の男が泣くな、と心の中の残った理性が忠告するが、
それでも止まらない。
鼻水まで出てきた。
汚い。拭かなくては。
ちゃぷ台の上のティッシュで間に合わせよう。
吉沢さんにきったねえ泣き顔見られるのは恥ずかしいが、仕方ない。
ティッシュを何枚か重ねて取った。
ティッシュではなく、ハンカチだった。
ああ、相変わらずセンス悪いハンカチだなあ。
「思いっきり、泣いちまえ」
ああ、ずりいなあ。
また、涙が止まらなくなっちまった。 176 名前:6話[sage] 投稿日:2005/12/01(木) 02:20:31 ID:SB5+o4y40
「お前が俺の前で泣くのは二回目だな」
ようやく僕が落ち着いたところで、吉沢さんが話しかけてきた。
「……いつでしたっけ」
「おいおい。お前らが俺を置いて退社した日だよ」
その一言で記憶が甦った。
最後のお別れの挨拶をした時だった。
麻枝以外の全員はTactics最終日に吉沢さんに個別に挨拶をしにいったが、
最後に挨拶した僕が感情を爆発させて泣いたのだった。
「あの日さ、俺も夜中泣いたんだぜ」
「え、本当ですか!」
Tactics時代の吉沢さんからは考えられない行為だ。
「お前なあ。スタッフの内、自分以外の6人全員が他社に引き抜かれる上司の身になってみ?
しかも原因は吉沢とか言われてよ。そりゃあ泣きたくもなる」
にこやかに吉沢さんは語る。
昔のこの人だったら本当だろうと冗談だろうと、こんな自分の弱点を曝け出すような話はしなかっただろう。
時間が経った事を感じてしまった。
「もし、当時のお前らが知っていれば、“吉沢が泣いた”なんて気分が良かったんじゃないか?」
「…いえ。女連中が嫌っていたのは闇将軍です。吉沢さんを特別嫌ってたわけじゃなかったですし、
むしろ聞けば罪悪感に悩まされたのでは」
この人は特に仕事上で男女差別をしてはいなかったが、どうも女には好かれる傾向があった。
「ふむ。それは知らなかったな。折戸の野郎はどうだ?」
「折戸さんは……冗談で馬鹿にするかもしれませんが、本心では痛んでいるじゃないでしょうか」
心底以外そうな顔をする吉沢さん。
驚きの余り、ギターを軽く鳴らす。
「アイツが一番喜びそうな気がするけどな……」
「いや、だって、お二人は友達だったじゃないですか」
「友達、か」
初めて聞く、切なくて苦しそうな声に気づき、思わずこっちの方が押し黙ってしまった。 177 名前:6話[sage] 投稿日:2005/12/01(木) 02:20:53 ID:SB5+o4y40
「ところで、だな」
話は方向転換されてしまった。
僕と麻枝について聞かなかったのは、聞くのが怖かったのか、
僕を気遣っての事なのか。
だぶん後者だと思う。今の吉沢さんの様子からだと、なんとなくそんな気がする。
「最初の質問に戻るぞ。久弥、今つらいか?」
今度は泣きはしなかったが、即答も出来なかった。
「つらかったら、俺んとこくるか? エロゲーどころかオタクとは何の関わりも無い仕事だが、
お前一人くらいなら食わしてやれるぞ」
嬉しかった。
そんな申し出をしてくれる人が自分にいたなんて、それだけで心に染みた。
「まあ、俺はすき焼き雑炊作るから、考えてくれ」
そう言いながら、冷蔵庫で冷やしていたご飯を、鍋の中にぶち込む。
答えを探す。
自分のために、吉沢さんのために。
気づけば僕は、keyをやめた後に起こった、ある出来事を思い出していた。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11
第3話 >>13-15
第4話 >>19-21
第5話 >>24-27
第6話 >>30-32 182 名前:7話[sage] 投稿日:2005/12/02(金) 01:46:54 ID:z+2Apg2g0
━━━ あれはSNOWの開発の終わり頃だったと思う。
「……ん」
おいしそうな匂いで目を覚ました。
どうやら机にうつ伏せになって寝ていたらしい。
押し付けられていたおでこと腕が痺れているのが何よりの証拠だろう。
「あ、起こしちゃいましたか」
僕の起きた声に気付いたのか、向かい側の机から声をかけられた。
VAはどのブランドも机ごとに敷居で完全に見えない状態になっているので、
例え隣の机だろうと、人の姿形は確認できない。
壁を見ている内にまた声が聞こえてきた。
「だいぶ、お疲れのようで」
「……ええ。深夜残業してて午前二時頃終ったんですが……そのまま寝てしまったみたいですね。
今何時だかわかりますか?」
「えーと三時半です」
一時間半程寝てしまったわけか。
まあ、どうせ終電も逃してしまったので泊まりは確定だったから、
悔やむ程じゃないだろう。
「久弥さん。ですよね」
「あ、知ってましたか」
「そりゃあもう。この業界で久弥さん知らないとなると完全なモグリですよ」
おいおいそれは過大評価だろう。
Kanon時代ならともかく…… 183 名前:7話[sage] 投稿日:2005/12/02(金) 01:47:30 ID:z+2Apg2g0
「……えーと、そちらは」
「ああ、急なヘルプでちょっと頼まれましてね。
やる仕事は本業じゃないんですが、スタッフロールに名前が載るとの事で引き受けましたよ」
仕事の内容じゃなくて名前を聞きたかったんだがなあ。
気を取り直して、違う話題を提供する。
「では、本業というのは……」
「シナリオです」
彼は何の迷いも無しに即答した。
「ただ、昔ポカやらかしちゃいまして、しばらく作品は書いてませんけどね」
僕はこういう台詞に気のきいた言葉を返せない未成熟な人間なので、
「ああ……それは、つらかったでしょう」
と、上辺だけの台詞を言って誤魔化すしかなかった。
「まあ。色々と叩かれましたしね。私、ネット上では殺されたり、
作品と共にゴミ捨て場に捨てられたりしてましたよ。自業自得なんですが」
それを聞いて嫌な気持ちが生まれる。
その時、僕自身も業界のユーザーに対して、辟易としていたからだ。
叩く時は人権も無視してぼろ糞のように扱うくせに、
購入自体はコピーや共有ファイルで一銭も払わない奴らのなんと多い事か。
この職業は、これからも続けていく程、価値がある業界なのか。
日に日にその疑問は大きくなっていった。
「でも……」
「はい?」
唐突に声のトーンが下がっていった。
「一番辛かったのは自分の作ったキャラや、そのキャラが好きだった人まで攻撃された時ですね……」 184 名前:7話[sage] 投稿日:2005/12/02(金) 01:47:51 ID:z+2Apg2g0
「……」
「……」
沈黙が続いた。
その言葉は同じシナリオである僕にも痛い程通じた。
「……この仕事、やめようとは思わなかったんですか?」
初対面(つーか初声面)の人にここまで突っ込んだ内容を聞くのはどうかと思ったが、
当時の僕は止める事は出来なかった。
「う〜ん。色々有りましたし、考えもしましたけど」
「けど?」
「…でも。でもね……やっぱり好きなんですよ」
「……はは」
「ははは」
「あっははははは! そうです、なんだかんだ言っても好きなんですよね!!」
「救えないですね!!」
二人とも深夜四時の社内で大声で笑い合った。
あらかた笑った後、唐突に眠気が襲ってきた。
「すいません、ちょっと眠気が」
「あ、いいですよ。起こしてすいませんでした」
「そう言えば気になってたんですが、その匂いの元なんですか?」
「ああ、カップラーメンですよ、夜食に……って伸びてる!!??」
笑いながら、意識は闇に落ちていった。
明日、もう少し親しくなろうと思いながら。 だったような気がする(久弥編)
第1話 >>3-5
第2話 >>8-11
第3話 >>13-15
第4話 >>19-21
第5話 >>24-27
第6話 >>30-32
第7話 >>34-36 193 名前:8話[sage] 投稿日:2005/12/06(火) 01:15:07 ID:hizTQhGp0
「気持ちはありがたいけど……お断りします」
僕は申し訳ない気持ちがいっぱいで、けど、はっきりと断った。
「そうか」
吉沢さんは静かに微笑む。
こんな笑顔されたら余計苦しいじゃないか、と思わずにはいられない程の笑顔だ。
「ある友達の受け売りですけど……内外から見ても、本当に腐っているかもしれないけど……
この業界か好きなんですよ……」
吉沢さんは静かに頷く。
消え入りそうな声になるが、ここで止まる事が本当の失礼だ。
頑張れよ、俺。
「……何時までも愚痴してたのも事実ですし、みんなに多大な迷惑だってかけてます。
SNOWの時だって一人では書けずに共同分担制になりました……」
今、自分は人生の恥部をもっとも話したくない人に話しているのだと思う。
人によってはなんでもない事に見えるだろう。
人によってはイライラする事に見えるだろう。
だが、自分の人生においては最大の障害なのだ。
「MOON CHILDeだって雨音さんに拾って貰ったのに、不平不満で進まないで……」
声がつまる。
喉をアメーバのような物がまとわりついた感覚がする。
何がアメーバだ。
そんなもの飲み込め。
飲み込めなければ吐き捨てろ。
声は出せる。だすんだよ。
「でも、吉沢さんが来て、気づいてしまいました……」
「僕は、結局、エロゲーのシナリオを書きたいんです……
学生の頃からの夢だったんです……」
「すいません、こんな馬鹿で……」 194 名前:8話[sage] 投稿日:2005/12/06(火) 01:15:36 ID:hizTQhGp0
吉沢さんは作っていたすき焼き雑炊を、お茶碗に盛り始めた。
「なあ、久弥。覚えているか?」
何故か僕のだけ大盛りだ。
「MOON.の打ち上げパーティーの後、俺とお前と折戸と麻枝で肩を組んで叫んだ言葉を」
肉だって大盛り。
「“俺たちでエロゲー界のトップを取るぞ!”ってな。今思い出しても恥ずかしいわ」
卵汁は味が際だつ絶妙な配分。
「俺だけがエロゲー界のトップになれなかった」
ネギと豆腐が彩りを添える。
「けど、“俺が見つけた人材”は見事にエロゲー界のトップを取った」
熱々のお茶まで添えてくれた。
「それは最高に嬉しかったんだぜ」
別の皿にはたくあんの漬け物まで用意してくれた。
「俺の夢は半分消えたが、半分は叶ったんだ」
後は食べるだけだ。
「お前は俺の自慢の部下だよ」
すき焼き雑炊を顔の前に持ってきて掻き込んだ。
三回目の泣き顔を見られたくなかったから。
もし、あの時、久弥が少しでも今のように挫折を知っていたら。
もし、あの時、YET11が少しでも今のように大人だったら。
━━━だったかもしれない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています