お〜い、誰かyet11の行方を知らんか? Part3
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だったような気がする(久弥編)
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あとがき >>46 スレが復活したことだし、職人さんも帰ってくるといいな。
…無理か。 ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1202179353/432
215 名前:上司たるもの[sage] 投稿日:2005/12/20(火) 02:16:38 ID:rh7I6i2A0
「……有島を連れて行くのは無理か」
夕焼け。それもうざいくらいのオレンジ。
そのオレンジが窓から許可も得ないで入り込み、部屋中を勝手に照らしやがる。
オレンジ部屋の中には二人の人間がいた。
俺とあいつ。
「おいおい。有島まで持って行ったら、この会社からシナリオが一人もいなくなっちまう。
死人に鞭打つような真似はできねーよ」
今日のあいつは口調こそ変わらないが、たった一つ違う部分があった。
俺の目を見ない。
喧嘩する時も、笑いあう時も、あいつは必ず話す人の目を見ていたのに。
「有島は麻枝と久弥に憧れて、この会社……いや、この業界に入ったんだぞ。
それを入社半月で“僕たち引き抜かれるんでさようなら”なんて酷すぎる」
返答はすぐに帰ってこなかった。
あいつは相変わらず目を下に向ける。
ただ、顔がさっきより歪んでいるのがわかる。
「……最終面接をしたのはお前だろ。責任持てよ」
「書類審査と一次面接をしたのはお前だ。はっきり言えよ、邪魔だって」
沈黙。沈黙。沈黙。沈黙。
お互い、言いたい事は山ほどあるのに、何も言葉が出なかった。
結局、この後、あいつが退出するまでの間に、お互いにしゃべった言葉は以下の一言だけだった。
「……そんなに麻枝と久弥を利用して成り上がりたいのか」
「……悪いかよ」
その日を境に、友達が一人減った。 220 名前:2話[sage] 投稿日:2005/12/22(木) 02:33:28 ID:FWNwq/Zb0
高校から腐れ縁との仲間で集まった、忘年会の席での事だった。
「折戸って感動系だよな」
「あ、それ俺もどういー」
最初、俺の人格を言われたのかと思ったが、そうではないらしく、
作る音楽が“それ系”だという事らしい。
どう答えていいものかわからず、取りあえずさぐろサワーを口に含む。
うむ。上手い。
アーティストたるもの、酒と上手い食い物を摂取しないと生きてはいけない。
脳を使う職業にとって、十分な栄養と糖分は必要不可欠な物なのだ。
このざくろサワーはその両方を摂取できて悪酔いしにくい完璧な酒類だ。
お酒が苦手な人も、是非一度お試しあれ。
「どこらへんが感動系だよ」
無難な返答を腐れ縁に返してみる。
「え、だって曲がモロに泣き誘うもんばっかじゃん」
「ああ、例え一緒にエロ本を貸し借りしてた折戸だってわかってても、
やっぱ泣いちまう」
お前らにヨイショ受けてもなあ。
嬉しさが4に何とも言えぬ感情が6の微妙な心理状態のまま、梅酒サワーを注文する。
「そんなに凄い事か?」
「ああ! どれぐらい凄いかって言うとだな、お前をネタにオナニーするくら」
梅酒サワーをお望み通り顔謝してやった。 221 名前:2話[sage] 投稿日:2005/12/22(木) 02:36:01 ID:FWNwq/Zb0
楽しかった忘年会も終わり、帰り道夜空を見上げながら、ふと思う。
「……今年もあいつらは忘年会やらないのかなあ」
幹事では抜群の能力を誇った久弥。
盛り上げ役だったみきぽん。
この二人が退社した事により、KEYの忘年会は自然消滅してしまった。
それどころか、飲み会自体も無くなって久しい。
Tactics時代の毎晩の決起集会と偽っての宴会が懐かしく思える。
“自然消滅”
そう言われてしまえば、それまでだ。
残った4人に関しても特別仲が悪くなったわけではなく、
ただ昔みたいな積極的な付き合いが無くなっただけだ。
会社の同僚としては上手くやっている。
俺自身だって、それが原因で能力が落ちてもいない。
ただ。ただ━━━
その時電話が鳴った。
携帯の液晶には知らない電話番号が映し出されている。
多少の戸惑いはあったが、通話ボタンを押してみる。
「もしもし」
「助けてください!!」 222 名前:2話[sage] 投稿日:2005/12/22(木) 02:37:05 ID:FWNwq/Zb0
「……で、君は取りあえず携帯の電話帳の一番上にあった俺に電話してきたと」
「は、はい! 店長が全部自腹でバイト全員誘って忘年会やるって言ってくれて、
会場でも上機嫌だったんですけど、会計すませたら急に気持ち悪くなりだして、
見かねてタクシー呼ぼうとしたら“俺はロッカーだ”とか“救急車を呼んだらロッカーとして死ぬので呼ぶな”
とか言って拒みだして、帰り道の途中についに吐きだして動かなくなって……うう。俺、もうどうしたら良いか……」
「あー泣くな泣くな。よく頑張った」
全てを説明してくれたバイト君をねぎらい、ゲロの海に沈んでいる人物を見る。
「……この馬鹿も変わらねーな」
こいつは昔からこうだ。
一人で抱え込んで、一人で自滅しちまう。
それがみんなのためだと思いこみやがって。
ふと、バイト君の心配そうな顔が見え、落ち着かせるために声をかける。
「あー別に心配はいらない。こいつ昔から酔うとこうだから」
「……よかった」
泥酔犯より青ざめていた顔が、幾分よくなるのがわかった。
「俺が家まで担いでいくから、帰っていいよ。近くだから大丈夫だろ」
「あ、はい……店長とは友達なんですか?」
苦笑だけを返した。 223 名前:2話[sage] 投稿日:2005/12/22(木) 02:39:02 ID:FWNwq/Zb0
「しかし、なんで俺の番号知ってたんだろ?」
俺の携帯番号は最近キャリア替えを行ってしまったので、完全に変わってしまった。
極々近い人物にしか、まだ通知は行っていない。
しかも、今俺が背中に担いでいる酔っぱらいとは一度も番号交換をしていない。
この二重の謎を解き明かすため、正気を取り戻すまでしばらく介抱してやろうか、とも考えた。
でも、正気に戻ったこいつと、普通に話せる自信もなかった。
悩む内にアパートについた。
明かりがついていた。
最初はただ付け忘れかと思ったが、中から音がする。
緊張が体中に迸る。
知り合いの財産を狙われてるのを知って、見過ごす程、俺は嫌な奴じゃない。
酔っぱらいを路上から死角になる安全な場所に降ろし、万一の場合に備える。
玄関のドアを開いている事を確認し、一気に踏み込む!
「動くな!!」
「はい。あとお帰りなさい」
あれ、原画さん?
223 名前:2話[sage] 投稿日:2005/12/22(木) 02:39:02 ID:FWNwq/Zb0
「あ、今日はお客様もお連れですね。お風呂沸いていますので、ご一緒にどうぞ」
ねえ、原画さん?
「私はとある事情で動けませんので、ご無礼ですが、履き物は自分で脱いで下さい」
えーと、原画さん。
「……あめでとう」
「折戸さん。あなた飛びすぎです」
その頃、吉沢は死にかけていた。 231 名前:3話[sage] 投稿日:2006/01/02(月) 04:45:41 ID:nxvHHVSJ0
部屋は昔より綺麗になっていた。
昔の吉沢の部屋は、まだ警察の寮に住んでいた時代の両さんを彷彿とさせたのに、
今のこいつの部屋はキチンと片付いている。
こうなった原因として考えられるに、年を取った事や、職業が変わった事もあるだろう。
だが、最大の原因は俺の前でお茶を入れてくれている、この原画さんではなかろうか。
━━━ お茶を飲み終わった。
お茶はおいしかった。
それは認めたい。
しかし、何故原画さんがここにいるのかはまだ理解不能だ。
こういう時は、まずライブラで相手の情報を知る必要がある。
「エプロン、似合ってますね」
「ありがとうございます」
違う。こんなことを聞きたいのでは無い。
「何やってんの、お前」
「最近、住み込んでまして」
原画さん。いたるさん。
そこまでストレートに返されますと、私としても難しい。
「その経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい。あれは“同棲”を作った時の事でした。
私と吉沢さんは今時のエロゲーなど足下にも及ばないほど愛し合ってまして、
そのマスターアップ時に“今度は俺たちが同棲する番だな”とプロポーズされたんです。
私は“こんな台詞を素で言う人を野放しにはしておけない”と必要以上の責任感にかられまして、
渋々承諾をしたんですが、折戸さんもご存じの通り、運命の荒波が二人を引き離してしまいました。
しかし! 時が来まして二人はついに結ばれる事になったんです」 232 名前:3話[sage] 投稿日:2006/01/02(月) 04:46:18 ID:nxvHHVSJ0
その後
「……嘘つくんじゃねえ」
という声が聞こえてこなければ、俺はどうにかなっていたかもしれない。
いや、本気か冗談かわからないから、原画さん。
「……おー折戸。助けてくれたんだって? あんがと」
布団から這い出た吉沢は、俺を見ると何の迷いも無く、挨拶をした。
こっちが言葉に詰まったのとは対称的だった。
「こいつな、家の風呂を壊しちまって“吉沢さん。助けて下さい”とか泣きついてきたんだよ。
しょうがないんで、直るまでの間、風呂を提供してる身ってわけだ」
「ちょっと、吉沢さん。ネタばらしは……」
「だーまーれ」
吉沢がヘッドロックをいたるにしかけ、悲鳴が聞こえてくる。
はは。
なんか昔のままだなあ。
俺は思わず微笑んだ。
こんな風景は久しく見ていなかったからかもしれない。
特にいたるとしのりーは年を追う事に、笑顔や楽しそうな顔が消えていった。
まあ、しょうがねえかとも思う。
内紛を起こしていてるのは、いつも男達ばかりで、その被害をモロにかぶっていったからな。
昔はいつも、誰かとじゃれ合っていた。
昔は。 233 名前:3話[sage] 投稿日:2006/01/02(月) 04:46:52 ID:nxvHHVSJ0
「吉沢さん! 俺は、いや、俺たちはエロゲー界のトップを取れますよ!」
「麻枝。そんなこと言う前に、少しは計画表通りの仕事して、俺を安心させてくれ……」
「す、すいませ〜ん」
「はは、そう言ってやるなよ吉沢」
「折戸、お前がそうやって甘やかすから……」
「そうですよ。麻枝は酒の席で酔って泣きながら“吉沢さんみたいになれる日が来るのかなあ”と言う程なんですから」
「久弥! お前ばらすんじゃねえ!」
「ははは。いつまでも飲み代の5000円を返さないお礼だよ」
「ちょっと待ってください。吉沢さんは私の嫁なんでホモ禁止ですよ?」
「いたる! お前も飛んでんじゃねえ!」
「ちなみにしのりーが恋敵です」
「え、え? 私がいたると恋するの?」
バーン!
その時、勢いよく会社の入り口のドアが開けられた。
「お待たせしたでしゅ。罰ゲームで皆の衆のお昼にマクドを買ってくるはずだったんでしゅが、
馬鹿みたいな列の長さを見て、コンビニの一個100円の焼きそばに切り替えたでしゅ。
では、余分な釣りはみきぽんが貰うとして、ありがたく焼きそばを食べるがいいでしゅ」
「「「「「「みきぽん!!!!!!」」」」」」
こんな日々、あったんだよな。
俺ら。 259 名前:4話[sage] 投稿日:2006/02/28(火) 00:57:46 ID:sOtRME850
「う〜ん。なんか違う……」
曲の良いイメージが浮かばない。
いや、この表現は正確では無い。
8割方は完成しているが、残り2割が浮かばないのだ。
「サビはオーケー。締めはみつからねー」
日常曲は難しい。
人によって日常は違うのに、その中から最大公約数を求めなければいけないのだから。
まだ、泣き所やクライマックスを作っている時が楽しいし、簡単だ。
よし、こういう時は他人の知恵を借りよう。
俺はフリーの音楽家ではなく、毅然とした社会人。
元所属のグループがオリコン一位を取るときに、
執行猶予中に覚醒剤で捕まるような奴とはわけが違う。
ヘッドホンを外し、ゆっくりと立ち上がり、同じフロアの同僚に声をかける。
「みんな! ちょっと曲の事でアドバイス貰いたいんだけど!」
声は帰ってこなかった。
誰もいなかったから。
しばらくして、すでに昼休みに入っている事がわかった。
260 名前:4話[sage] 投稿日:2006/02/28(火) 00:59:10 ID:sOtRME850
「俺を無視しなくてもなあ」
駅前の商店街で適当なランチの店を探しながら、俺はぼやいた。
しかし、昼休みに全員が別々の店で食事を取るなんで、今に始まった事ではない。
こうなりだしたのは、久弥・みきぽんがいなくなった頃からだから、
期間としては結構長い事になる。
それでも原画さんが時々、みんなを集めて昼飯に行った事も数回あったが、
全て居心地の悪い食事風景だった。
その原画さんがBLゲーの開発で出張中となれば、先程の光景はごく当たり前の結果だったかもしれない。
「むしろ、俺が昔を懐かしみすぎなのかなあ……」
わかっている。昔を懐かしみ、後ろを振り返ったところで何も得ないと。
その“昔”を捨てたのは自分自身だと言うことも。
「あ、お久しぶりですね。折戸君」
keyに移ってからは俺自身が最年長としてまとめなくてはいけなかったことも。
「どうです。一緒にランチでも」
そしてそれが、失敗に終わったということも。
「安くて良い店知ってるんですよ。せっかくだから、私がおごりましょう」
結局、俺はあいつらを道具として利用したかったんだ。
「おい、またんかいボケエ!!」
黙れ。小川直也。 271 名前:5話[sage] 投稿日:2006/03/20(月) 02:09:14 ID:7kcswrxD0
「なんで辞めたんや」
「お前が嫌いだったから」
食事前の会話は3秒で終った。
奴が紹介したのは、それなりに高そうな和食料理店だった。
ランチとは言え、味はかなりのレベルで美味しかった。
店内の雰囲気から察するに、俺の財布で夜に気軽に飲みに来れる店ではないだろう。
俺と下川が頼んだのは天ぷら定食。お値段は味噌汁・ご飯付きで2800円と少々おリッチ。
タレはこの店自慢の秘伝のタレ。大根おろしをかき混ぜれば、なお一層の風味を生み出します。
野菜に関しては塩を付けて食べるのも一興。
フランス産の「フルール・ド・セル」を使うという、一見アンバランスなこの組み合わせが、
野菜のシャキシャキ感を損なう事なく、最高の味を演出します。
宣伝終了。
こいつと話す事などないので、食事の間はこんな事でも考えるしかない。 272 名前:5話[sage] 投稿日:2006/03/20(月) 02:10:17 ID:7kcswrxD0
「そっちの仕事の様子はどや」
食事を食い終わり、デザート(抹茶アイス)を待っている時に、そんな事を聞かれた。
「まあ、ぼちぼち」
無難でどうとでも取れる返答をする。
「そっか暇人はええな。こっちは過去の名作のPSE移植やら、TH2のメディア展開やらで忙しくてかなわんわ」
いきなり自慢から入られたので、さっそく嫌な気分になった。
「そうだな。お前はよくやった。うわーすげーさすが社長様。
いいな〜いいな〜社長っていいな〜」
「……舐めとんのか、コラ」
ああ、やっぱり変わってねえ。
社長になって成長したかと思ったら、相変わらず沸点が低い。
こんなんだから歴史に残る離脱者数を記録したんだ。
よし、トドメでも刺してやるか。
この一言は奴にとってもっとも効く筈だ。
「「お前、仕事やってて楽しいか?」」
ハモッタ。
「「……なんだよな〜」」
マタ、ハモッタ。 何度みても葉鍵とは縁遠い、けれど葉鍵を愛してる本職が書いたとしか思えん 285 名前:6話[sage] 投稿日:2006/04/12(水) 23:49:02 ID:tAzFsG7k0
「って、ガミやドザとはどうなのよ」
下川は軽く手を振った。
「あかん。もう完全に……主従関係って奴や」
主従関係。それは高校時代を共に過ごした4人の間では考えられない言葉だった。
だから、俺と下川の間でそれが出来ようとした時、会社を辞めざるを得なくなった。
もちろん、俺は聖人じゃないから、それだけが理由ではない。
製作方針の違い。
会社の未来。
俺自身の不安。
こんなものがごちゃ混ぜになった結果の退職だった。
「ドザは出戻りやろ? あいつ、俺にめっちゃ気を使ってくんねん。
こちらの指示に背くことないし」
「……そりゃあ、処刑マシーンだった過去のお前を知ってればな」
抹茶アイスが唐突に出される。しかし、俺も下川も手をつけようとしない。
「ガミはやな。もうお互い疲れてしまったんやと思う。
あいつだけが一回も辞めてへんが、色々磨り減ってもうた……」
「……いわゆる親友から、同僚になったってことか」
ここまで話して、初めて抹茶アイスを口にした。
半分以上、緑色が液体になっていたが、ハーゲンダッツの3倍はおいしいかった。 286 名前:6話[sage] 投稿日:2006/04/12(水) 23:49:51 ID:tAzFsG7k0
「でも、お前、会社盛り返したじゃん。TH2ヒットしてるじゃん」
TH2。
あれこそが、下川の作り出したいゲームの理想像だろう。
だからこそ、俺や高橋は離れた。
「そやねん。ただ……」
「ただ?」
そこまで言うと、急に下川はテーブルに上半身を突っ伏した。
「……なんか、疲れたわ」
こんな下川は見たことがなかった。
どんな窮地でも、罵声と憤怒によって乗り越える姿の高校時代からは考えがつかない。
「でもよ。お前食わせてかなきゃいけないんだよな」
ここで、慰めるのが元親友の役目だったのかもしれない。
けど、俺も“磨り減って”しまっていた。
「ほんまにな……あータカ坊が羨ましいわ」
「誰だよ、そいつ」
2秒間、時が止まった。
「TH2、やってないやろ」
「やってますよ」
にらみ合い、思わず二人で拭きだしてしまった。
そこだけは高校だった。 295 名前:7話[sage] 投稿日:2006/05/05(金) 15:57:27 ID:2IXMhrgg0
「んなことがあったのよ」
「なるほど」
会社から駅への帰宅途中、俺は原画さんに本日の出来事を報告していた。
駅までは商店街を経由する約10分程の道のりである。
「確かに折戸さんは昔を懐かしみすぎですね」
話を全部聞き終わった原画さんが総括を俺にぶつけて来る。
その総括に俺はレシーブする。
「そっちは懐かしむことは無いのか?」
「そうですね」
いきなり立ち止まり、鞄の中からハリセンを取り出す原画。
「なんじゃ、そりゃあ……って痛! なんで殴んだよ!」
「ふ、ふん! 別にあなたのために殴ったわけじゃないんだからね!」
いきなり顔を真っ赤にして、目を背けながら意味不明な台詞を叫ぶ原画。
「……へ?」
と思ったら、一瞬でいつもの何を考えているかわからない表情に戻った。
「これツンデレ」
「違う! つか、意味不明すぎ!」
畜生。いっつも俺が突っ込み役だ。
「こういう事をみんなでしていた時代がありましたね」
「まーな。お前はそのころから変わりやしねえ」 296 名前:7話[sage] 投稿日:2006/05/05(金) 15:58:43 ID:2IXMhrgg0
気付けば商店街最後のカーブを曲がろうとしていた。
昼に食べた和食屋が視界に入り、少し意識を奪われる。
「しかし、不思議ですね折戸さん」
「あ?」
不意に呼ばれたので、慌てて振り返る。
声の発信源は、俺の方を見てはいなかった。
「あなたは武道館でライブを開いたりkey以外にも活動の輪を広げたりと、
私達の中で一番の成功者のはずです。なのに、何故、昔が恋しいんですが?」
冗談か本気かわからなかった。
冗談にして返事をしたかったが、
「おま、そりゃ……」
と返事にならなかった。
「謎を解きたければ、今日の夜ここに来てください」
俺の胸ポケットに一枚の折りたたまれた紙を突っ込むと、原画さんはそのままいなくなってしまった。
しばらく呆然とした後、俺は紙を広げてみた、
きったねえ地図。幼稚園児の落書き。 302 名前:8話[sage] 投稿日:2006/05/08(月) 00:39:19 ID:tE9gVjzA0
夜。
準急は停まるが快速は停まらない微妙な駅のロータリーに俺はいた。
きったねえ地図に書かれてあった指定どおりにギター持参で。
「つか、さむっ!」
もう暦の上では完全に春になったと思ったのに、夜になると急激に冷え込みやがった。
やってらんないとばかりに自販機で缶コーヒーを購入する。
うーむ。やっぱり男はポッカコーヒーだ。
この缶のワイルドな男のイラストに頬ずりするだけで、俺の心は安らいでしまう。
「何してんねん」
横から総会帰りのヤクザ……ではなくて下川がいた。
しかも何故かベース持参。
「お前こそ。社長業に疲れて夜逃げか?」
心底疲れたという顔で、下川はポケットからきったねえ地図を出す。
「なんかようわからんけどな。変な姉ちゃんにここに来いと言われたわ」
「……それ貸して貰ってもいいか」
「ほれ」
下川から投げられた地図を受け取ると、破くかの勢いの如く地図を広げる。
ふむ。このお日様に顔を書く手法はあいつしかいない。
「お前、他に何か知らないか?」
首を振る下川。
だぶん、本当に何も知らされてはいないのだろう。
……あいつ、何するつもりだ?
二人して途方にくれ、しょうがないので世間話でも始める。
「……これって昔にゲーセンでバイトして買ったベースか」
「ん。まだ生きとってくれたみたいやな」
「生きてるって言えば、あのゲーセンはまだやってんのか?」
「もう死んだみたいや。当時から主な客層がくたびれたリーマンやったからな」
「へー。高校の時にこれ買ったって事は、だいぶ苦労したでしょうに」 303 名前:8話[sage] 投稿日:2006/05/08(月) 00:40:25 ID:tE9gVjzA0
あまりにも自然だったので、気付くのに時間がかかったが、第三者の声が混じった事に気付いた。
「吉沢さん?」
「あ、お久しぶりです」
「いえ! こちらこそ」
俺より先に標準弁モードに戻った下川が返事をしてしまった。
「え、お前ら知り合い?」
その答えに二人は顔を見合わせて
「ははは」
と言うだけだった。
なんだこいつら……
天を仰いだその時だった。
「お久しぶりでしゅ」
聞いてはいけない声を聞いてしまったような気がする。
これは夢だ。間違いない。そんな事あるわけない。
「お久しぶりでしゅ」
逃げよう。ここでは無いどこかへ。
そうだ。終点近くの温泉へ静養だ。
しかし進まない。何故だ。神は俺に死ねと言っているのか。
そうか。手を握られているから進まないのだ。
「ぐへへへへへへ」
俺。こいつ苦手。 329 名前:9話[sage] 投稿日:2006/06/02(金) 00:52:49 ID:0AqeUdMW0
ジューンブライドは欧米の仕掛けた罠に違いない。
六月なんかに結婚式やったら、折角の白無垢やウエディングドレスが汗でべとつき、
最悪の思い出になってしまう。
出だしが最悪だから、結婚生活も最悪。
離婚や育児放棄、子供を作らないといった方へ向かってしまう。
かくてこの国は離婚率は増加し、出生率は低下しているのだとさ。
「しのさんはお疲れ気味」
いたるが話しかけてきたので仕事場での妄想終了。
ついでに私の仕事サボりタイムも終了です。
「そりゃ、いたるから見れば、私は元気ないかもねー」
彼女と同僚になってから長いが、かなりタフである事は十分に思い知らされている。
もし私達の中で仕事耐久レースをやったら、一位は麻枝くんかいたるのどちらかだろうなあ。
「そいで、何? トラブルでもあった?」
彼女は軽く首を横に振り、一枚の券を差し出した。
「仕事終ったらスタバに行きませんか? タダ券があるんです」
スタバ。
ラテ(最近はバナナラテがお勧め)
カプチーノ(絶品)
ハム&チーズ(これが本当に美味しいのはハムでもチーズでもなく、パンだと思う)
「いこっか」
「あれ。しのさんはお疲れ気味では」
「ふふふ。女とグラフィッカーはスタバに勝てないのは定説だよ、いたるくん?」 330 名前:9話[sage] 投稿日:2006/06/02(金) 00:54:25 ID:0AqeUdMW0
あんにゃろう。
確かにスタバは好きだけど、一人でいくのはちとつらいのだよ、いたるくん。
右隣では受験生の男の子が必死にチャート式を解き、左隣では二十歳前後のOLが必死に資格試験の参考書を解いている。
燃えてるなあ。とお姉さんは思ってしまう。
私にも上手くなりたい……というかいたるの絵をカバーするために必死で色付けの勉強をした事もあった。
“業界一のグラフィックがいたる絵をカバーしている”
と評された時は憤慨したけど……でも嬉しかったんです。
ええ、だって女ですもの。ごめんよ、いたるくん。
でも、その情熱も今ではからっきし。疲れまくりの毎日。
いわゆる惰性モード入ってます。
ああ、真向かいのカップルが「どうして怒るの!」「怒ってねえよ!」と喧嘩してるも活気があって羨ましい。
両隣の受験生が睨みつけているのも羨ましい。
まあ結論はラテは美味しいという事なのだろう。
店内のBGMの聞いた事のある音楽に変わっていく。
ああ……これは、鳥の詩……
鳥の詩ぁ!? スタバで!?
……違う、外からだ。
慌ててガラス越しに外を見てみる。
ああ、どうやらストリートミュージシャンが歌ってるらしい。
……元同僚と、上司と、知らんおっさんが。
スタバの中で思わず大声で笑ってしまう。
喧嘩中のカップルも両サイドの受験生も怪訝な顔して、こっちを見ている。
でも、そんな目線も気にならなかった。
みきぽん、ヨッシー。
やっぱり、あなたたちがいないと寂しいよ。 だったような気がする(久弥編) 上司たるもの(折戸編?)
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あとがき >>46 343 名前:新生Tactics[sage] 投稿日:2006/06/12(月) 03:45:24 ID:SJwllKEa0
昔の話。
あまり楽しい話じゃない。
久弥が泣きながら吉沢と一緒に会議室から出てきた。
麻枝は泣いたのは何回が見たが、こいつが泣くのは始めてだ。
目は三徹した時よりも真っ赤で、滝のように涙が出ている。
そして、鼻からは洪水のように鼻水が垂れ流されている。
倒れるように机に突っ伏して、嗚咽を流し続ける。
その姿を見て、俺と女子陣は苦痛な表情を浮かべる事しか出来なかった。
その間、吉沢はただ天井を見上げていた。 343 名前:新生Tactics[sage] 投稿日:2006/06/12(月) 03:45:24 ID:SJwllKEa0
それから嗚咽は10分後にピークを迎え、30分後には沈静化した。
久弥がようやく、その涙で別人のようになった顔を正面にに向けられるようになったところで、
吉沢が声を発した。
「今日の内に私物は処分してくれ。各自に支給されたPC内のデータに関してだが、そのまま残せとは言わない。
ただし、以前通知しておいたデータだけはCD-Rに焼いて残しておいてくれ。
流石にそれらが無くなると、経営が出来なくなる」
無言で俺達はそれぞれの机に座り始めた。
“これが最後か”と少しの感慨と共に電源ボタンを押し、PCを起動させる。
郵便局も含めれば、これで三度目の退社だ。
何やってんだろうな。と思いながら、隣にある一足早くここから去ったシナリオライターの机を見つめる。
「おい、麻枝の分は……」
「いいんだ」
今まで聞いた事のない質の声に、思わず顔をモニタに戻す。
“Operating System not found”
……は?
……フロッピーは入ってない。 344 名前:新生Tactics[sage] 投稿日:2006/06/12(月) 03:46:03 ID:SJwllKEa0
まじかよ!
何回も再起動を行い、OSの立ち上げを試みるも、その回数分だけ“OS無いって言ってんだろボケ”が帰ってきた。
セーフモードでも立ち上がらない。
BIOSではHDDは認識されている……
こんな日に故障かよ……タイミングが悪すぎる。
残る望みはWindowsのCDで修復を試すか、他のマシンに接続してデータの吸い上げを試みるか。
憂鬱な思いと共に、CDを取りに行こうと立ち上がったその時だった。
「……嘘。故障してる!!」
「僕もだ!」
「……あたしもでしゅ」
「え、どういう事なの? 全員やられているの!?」
この時、俺はまず、このビルが落雷にでも有ってPC類が全滅したのかと予想した。
おかしな話だ。
夏なともかく、冬に落雷が来るか?
いや、仮に夏でもいい。
だとしても、昨日の天気は一日中快晴だったのに、何故落雷を予想した?
……もっとも有力な一つの可能性を消したかっただけかもしれない。
その願いは吉沢からの一言で打ち消された。
「俺は大丈夫だ」
声の発信源から一つの黒く四角い物が投げ込まれ、俺の額にヒットした。
「いて! フロッピーを投げつけるな……って“HDD erayser”?」
棒読みに近い形でフロッピーのラベルに書かれた文字を読む。
「律儀に俺の机に置いてあった。証拠を隠す程、卑怯ではなかったみたいだな」 345 名前:新生Tactics[sage] 投稿日:2006/06/12(月) 03:46:39 ID:SJwllKEa0
後日判明した事だが、このソフトは簡単に言ってしまうと、HDDの中身をフォーマットによって全て消すツールだ。
市販の復元ツール等では太刀打ち出来ない程に。
これも、後日判明した事だが、消すときに使用した方式はグートマン方式らしい。
「データの吸い上げは不可能だ。もう帰っていいぞ。お疲れ様でした」
静まりかえるオフィス。
「ちょ、ちょっと待って下さい……そうだ! 僕一週間前にCD-Rにバックアップ取ったんです」
涙もどこかにいってしまった久弥が何枚かのディスクを持って、吉沢の元に駆けていく。
「待って、久弥く……」
いたるが止めようとするのも聞き入れないかの猛ダッシュだった。
差し出されたCD-Rを吉沢は気味悪いくらいの笑顔で受け取り、
「想像つくんだよなあ」
裏返しにした。
傷。
傷。
傷。
素人目にもわかるほどの、回復不可能な傷。
犯人は明らかだった。
証拠も無い、単なる推測だが、誰もが確信していた。
「な? 当たったろ。もういいよ」
吉沢の声だけが響く。
そして、次の言葉がTacticsで聞いた、吉沢の最後の言葉だった。
「さっさと消えろや。裏切り者」 422 名前:2話[sage] 投稿日:2006/09/10(日) 03:04:39 ID:M5aWuIG70
「あんたは無礼な人やな、吉沢さん。社会人としては失格やで」
「失格結構だ、下川さん。あなたみたいな人間失格に対しては礼儀など必要ない」
いつ頃からこんな空気になったのだろう。
最初はお互いにアメリカンコーヒーを頼んで和やかな雰囲気だったはずなのに。
「あんたが奴使うのは勝手や。そやけどな、あんなチンクシャ使ったところで絶対失敗するで」
「私もあなたもあいつも同じ“音屋”だ。実力を認められないわけないだろうに……」
冷房が寒いのを通りこして、何も感じなくなってきた。
リアル喧嘩をしたくは無いので、なんとか回避しなければならない。
「下川さん。私は何も喧嘩しにきたわけじゃない。ただ、うちの折戸が昔世話になっていた会社の上司に挨拶に来ただけだ。
なのに、何故最初から喧嘩越しに構えるのですか」
「構えてなんかないわ、ボケ。ただ“下”でせこせこやってる雑魚には興味ないだけや」
もう回避は不可能な事を確信した。
「……まあ、好きにやったらええわ。せいぜい“下”であがいとき」
「……ええ。好きにやりますよ。せいぜい“上”で裏切られなさい」
喫茶店の机が揺れた。
そんな時代でした。 423 名前:2話[sage] 投稿日:2006/09/10(日) 03:06:42 ID:M5aWuIG70
全国各地にある居酒屋チェーンの一店舗。
その中のトイレと煙草の自動販売機から一番近い席。
そこで、俺はある人と酒を暴飲していた。
「やりやがった! やりやがった! あの野郎本当に裏切りやがった!!」
「言ったやろ!? 奴はただの糖尿予備軍やって!」
自分の体型を棚に上げて言い放つ下川さん。
酒が入ったせいか、関西弁がいつもより濃くなっている。
だが、いまの俺には心を癒してくれる優しい一言だった。
「今日はありがとうございます、下川さん。なんかどうしようもなくなってしまって……」
「何言うとりますのや。うちらはあの糖尿に裏切られた、いわば穴兄弟ですやん」
品性を疑う下劣なギャグだが、今日ばかりは心地よい。
上手くも不味くも無い、微妙な軟骨な唐揚げを口に運び、ふと天井を仰ぎ見る。
「あーあんな裏切りはひでえよなあ……何がいけなかったのかなあ」
「これから、どうしまんねん? 良かったらうちに来まへんか?」
――これにYESと言っていたら、面白かったんじゃないかなあ。と5年後のYETは振り返る事になる。
「いえ。もう補強の新人取ってしまってまして……熱血だけが取り柄な奴とか、変な曲ばっか作る奴とか……」
「そんなのましでっせ。うちの“貴族”なんか……」
「?」
「今日は飲みまひょ! 上司のつらさをぶつけ合いまひょや!」
その日はただ飲みまくった。
そして、最後の2年間が始まった。 451 名前:3話[sage] 投稿日:2006/11/06(月) 03:18:36 ID:ImXMfaB10
吉沢は思った。
客が来ねえと。
こんな時は、昔の事を整理してみる。
何回か整理した中で、一番考えた項目は『どうやったら、KEY組の離脱を防げたのか』だ。
これに関しては既に結論は出ている。
言ってしまえば、“当時では無理”だ。
あの時の関連人物の、それぞれのキャパシティを考えると、どう考えても全員離脱を防げた可能性は無い。
そんじゃあ、今の自分がタイムスリップして、もう一回やり直せたら?
まあ、意味が無い仮定とは承知している。
“もう一回人生やり直せたら、俺は人生成功してるね。まず勉強して東大行って……”
こんな愚痴は、新橋やミナミの飲み屋で溢れまくっているだろう。
だが、これに関しても既に結論は出ている。
“麻枝は引き止められない”
どうしようも無いのだ。
あのダイヤの原石を手に入れた瞬間に立ち会ってしまえば、すぐに昔の俺に戻ってしまうだろうから。
そして、また同じ間違いをやってしまうだろうからな。
そこまで考えて、少し鬱になっている自分に気付き、気分転換に首を回してみる。
ボキッ!
……客がいたら骨折かと思われるような音に、自分が年をとった事を実感さぜるを得ない。
昔は今の仕事より数倍きつい仕事をしてたのに、疲れを全然感じなかったなんて、若かったなー俺。
いや、疲れ始めたのはあの頃か。
もっとも忙しく、
もっとも燃えていて、
もっとも悲しかった時だ。 452 名前:3話[sage] 投稿日:2006/11/06(月) 03:19:40 ID:ImXMfaB10
あのメンバーを揃えたのは、とにかく個性的な人物を揃えて、一刻も早く体制を整えたかったからだ。
仮に離脱した6人の内、だれか一人でも残っていれば、あのメンバーは誰一人集まらなかっただろう。
そういう意味では奇跡的なメンバーだったかもしれない。
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「柏木」
「はい」
「俺はお前にHシーンの曲を依頼した」
「はい」
「しかし、この3分52秒のトラックには、何も聞こえてこないんだが」
「それが狙いですよ、吉沢さん」
「ほう」
「ぶっちゃけ、エロシーンの音楽なんて邪魔ですよ! ○ナニーの邪魔でしかない! それをアシストしたいんですよ!」
「……」
「100曲の名曲より、1曲の伝説曲! それが俺のモットーです」
「コタ」
「はい」
「俺はお前にHシーンのイラストを依頼した」
「はい」
「しかし、この原画を見ると、途中から肌が黒くなり耳が尖がっている気がするのだが」
「それはダークエルフですよ、吉沢さん」
「ほう」
「ぶっちゃけ、人間を書いてても楽しくないんですよ、やっぱりユーザーは人間以外を求めているんですよ」
「……」
「“くろいえるふさんはとてもえろいとおもいます”これが僕の小学校の卒業文集です!」 453 名前:3話[sage] 投稿日:2006/11/06(月) 03:25:27 ID:ImXMfaB10
一時間後
「すみません、電車が遅れました!……あれ? るざりんやコタは?」
「ああ、あいつらなら反省したいからって仮眠室で座禅している。それより災難だったな、有島」
有島は異様な程に汗をかいていた。電車が遅れたのなら普通ならば、これ幸いとばかりに遅れてくる同僚ばかりだったが、
こいつだけは少しでも時間を無駄にしまいと走ってくる。
“……助けて! ゴキブリの擬人化は無理っ!!”“ゴキの! ゴキの羽音がBGMとなって俺を苦しめるぅ!”
「……なんか悲鳴が聞こえてくるんですけど」
「有島。お前はシナリオライターだから知らないだろうが、イラストや音楽の創作現場等あんな物なのだ。
インスピレーションとの戦いが、あのような絶叫を生み出す」
困惑している有島にインスタントのコーヒーを渡してやる。
「あ、どもです」
「お前は焦りすぎだ。たまの電車遅延くらいゆっくり歩け」
「……はい」
有島は明らかにハイペース気味にシナリオ作業を進めていた。
別に出来上がった内容は突貫工事レベルというわけではないが、最良とも思えない。
あらゆる意味で気負いすぎなのだ。
その分、柏木やコタは良くも悪くもマイペースだった。
二人がおちゃらけているのも、場の空気を和ますために、わざとやっているのだろう。
“いやああ!! 助けてくろいえるふさん!!”“ぶっ殺す!! 調子ぶっこいてんじゃねえーぞ虫がああ!!”
たぶんそうなのだろう。 453 名前:3話[sage] 投稿日:2006/11/06(月) 03:25:27 ID:ImXMfaB10
「相変わらず騒がしいですね」
嫌な声が聞こえた。
「あ……おはようございます!!」
そんなに元気な声は、俺には出せない。
「うん、ご苦労様」
あんたの笑顔は見飽きた。
「どうだね。吉沢くん。“勝てそう”かね」
なんで、そこが駄目と気付いてくれないんだ。
“コタ! このゴキは社長だ! そう思えば怖くない!”“うおおお! 僕の中から迸る勇気が!!”
ナイスタイミング。 512 名前:4話[sage] 投稿日:2007/04/03(火) 02:03:09 ID:V07ZlgLI0
カップラーメン。
たまには食いたいが、いつもは食いたくない。
しかし、僕たちは現実という辛い壁を乗り越える事が出来ず、147円のシーフード味のカップヌードルで腹を満たすしかなかった。
「給料やっすいなあ」
るざりんが泣きそうな顔をしながら、まずそうに麺を啜る。
そう言いながら、スープまでしっかり飲むのが毎日のお決まり風景になってしまっていた。
「しょうがないよ。エロゲークリエイターで金持ってる人なんて聞いた事無いし」
「そうだよなあ。この業界にいてランチに毎日千円使えるようになるには、一国の宰相になるより難しいって言うしなあ」
いや、そんな事は聞いたことが無いけど……
「つーか、少しは元気出たか」
麺は啜りながら、急にそんな事を聞いてくる、るざりん。
「……そんな落ち込んでた?」
「いんや」
残りの麺を不味そうに、本当に不味そうに貪りながら、るざりんは答えた。
「むしろ、落ち込んでないように見せんのに必死だった」
「うっわ……」
すずうた。
ファンレターに載っている感想は、どれも絶賛の嵐だった。
“久しぶりに心に響く作品に出会えた気がします”
“まだまだエロゲーも捨てた物じゃないと思いました”
が、世間一般の総括として、次の評価が嫌でも耳に聞こえてきた。
“Kanonに敗北” 513 名前:4話[sage] 投稿日:2007/04/03(火) 02:03:59 ID:V07ZlgLI0
「どこがいけなかったのかなあ……」
「ピカチュウをエロシーン間際に常人に戻した事じゃないかな」
「…うああ」
頭を抱え込む。社長の反対をも押し切って書き上げたシーンだが結果的には不評が集中したシーンだ。
「言ってなんだけど、社長なんて気にする事ねえよ。吉沢さんだって後押しくれたし、
それに何より、お前が書きたかったんだろ? その信念は好きだぜ」
「でも、そのせいで吉沢さんが社長に……」
「いーのいーの。お前も少しは吉沢さんに甘えろ」
「いや、つか、るざりんが言う?」
「微妙だな」
そこまで話したところで、二人で笑い出した。
この業界に入って、中々上手くはいかないけど、それでも僕は人に恵まれていると思った。 key離脱後の卓も佳作出してるよなー
夕焼けなんかもっと認められるべき 532 名前:5話[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 01:56:22 ID:ug9QU1uq0
僕の中で一番記憶に残っている吉沢さんの姿は、コミケのTacticsブースでるざりんと一緒に“夕焼け”をピアニカで弾いていた時の事だ。
るざりんに強引に引き込まれ、ホースを口に加える直前までゲンナリとした顔をしていたが、
いざ演奏を始めると隣のコスプレを前面に出しまくったブースや、声優のサイン会で客を集めていたブースから、一気に注目を奪った。
その時の感想は、今でも上手く説明する事が出来ない。
「よく少女マンガにあるじゃないですか。学園際のライブでのかっこよさに、
今まで異性として意識していなかったのに恋に目覚めてしまうってパターンが。それじゃないですかね?」
笑い話の中で出たコタの感想が、認めたくは無いけど、もっとも近いのかもしれない。
ホースに対して煙草を吸うかのごとく自然に息を吹き込み、最初の鍵盤を叩くと同時に汗だくの参加者は足を止め、
みんな真剣な眼差しで演奏を見た。
ずるかった。
るざりんは普段マクドナルドの事をマックというと烈火の如く怒りだすくせに。
吉沢さんは仕事中唐突に刺身パーティーを開催して、挙句の果て自分で選んだ刺身が糞まずいと文句言うくせに。
演奏が終るとみんなから心からの拍手を受け取り、ヒーローになるんだから。
ずるい程かっこよかった。自慢の同僚と先輩だった。
僕はるざりんも、コタも、吉沢さんも裏切った。
裏切ってまで手に入れたRasenは無くなった。
みんな僕の事を裏切ってなんかいないと言う。
るざりんはCDを出すたびに僕に送ってくれている。
コタはこの前一般紙にマンガが載った事を嬉しそうに語っていた。
吉沢さんも「飯くってっか」なんてお袋みたいな事ばっか言う。
だけど、僕が吉沢さんに業界引退の原因を作った事は間違いなかった。
目を瞑り、あの日の事を思い出す。 550 名前:6話[sage] 投稿日:2007/09/17(月) 06:09:22 ID:FX/oVqIZ0
「遠慮しないでね、有島君。“後輩”なんだから、バンバン食べて飲まないとね」
すみません久弥さん。
僕が注文をするたびに財布をテーブルの下に持っていって、
真剣な表情で『あと2000円か……』と残金確認する、あなたの姿を見てしまうと、これ以上頼めません……
きっかけは“件名:先輩になる予定だった久弥(本名は林です)という者です”という一通のメールだった。
「僕とアホ麻枝に憧れて、入社した事を知りました。土壇場で逃げ出す事になってしまった事。
君にTacticsを背負わせてしまった事。これらについて偽善と思われるかも知れませんが、後悔しています。
今から僕達がTacticsに戻るとか、君をKeyに引き抜くといった事は現実問題出来ませんし、
してはならない事ですが、せめて先輩としてあなたの支えにはなってあげたいと……」
まあ、内容についてはこんな物だったと思う。
正直、実際に久弥さんにこうして居酒屋でご馳走になっている今でも、僕は困惑していた。
久弥さんは……まあ良い人なんだと思う。
ただ…なんというか…平謝りの連続で、そこまで謝られても困るくらいの展開が困惑の原因の一つ。 551 名前:6話[sage] 投稿日:2007/09/17(月) 06:10:20 ID:FX/oVqIZ0
もう一つの原因は━━━
「Tacticsの様子はどう? また、社長はマスターアップ間際に啓発セミナーに連れていこうとしてる?」
「は、はい」
「あいつ、目立ちたがり屋だから、恥ずかしい思い沢山したんじゃない?」
「そうですね。ただ、この前座禅で3分で足が痺れて救急車呼ばれて、主催者に逆ギレしていました」
「ははは!」
平謝りモードが終って、僕達は普通の雑談をしていた。
僕の話にも楽しそうに笑ってくれる。吉沢さんとは違ったタイプの先輩なので、新鮮味があったし、
久弥さん自身も会話が上手かったので、楽しかった。
ただ。
「そこで社長が喧嘩している間、吉沢さんの指示で便所の窓から脱走したんですよ。
その時、『セミナーのパンプでは“このセミナーに来た人は何にも負けない勇気を得ます”とぶっこいている。それを検証しよう』
とか言って、本社で生け捕ったゴキブリを数匹解き放ってから逃げて……」
こんな事を話していいのかなと若干不安気味に顔を窺うと、なんと表現したらいいのかわからない顔をしていた。
辛いような。
面白いような。
懐かしいような。 552 名前:6話[sage] 投稿日:2007/09/17(月) 06:11:12 ID:FX/oVqIZ0
「僕はちょっとトイレに行くけど、何でも注文していいからね。遠慮しちゃ駄目だよ」
小声で“銀行あったよな……”と呟きながら、久弥さんはトイレとは反対方向の自動ドアへ向かっていった。
もちろん、こんな状況で頼めるわけもないので、ちびりちびりとモスコミュールを飲み続ける。
憧れの人と会ってはいけない。なんて言ったのは、どこの哲学者だったか。
僕らの共通の業務であるシナリオどころか、エロゲー製作に関しての話題は、今まで何も出てきてはいない。
なんというか、“良い人”というのが印象だった。
だからこそ、僕は久弥さんに幻滅なんてしていないし、会えて良かったとも感じている。
552 名前:6話[sage] 投稿日:2007/09/17(月) 06:11:12 ID:FX/oVqIZ0
「よ」
唐突に思考が断ち切られ、気付けは目の前の席に久弥さんではない男がいた。
「友達、いるか」
顔は美形で、僕や久弥さんが入る業界では中々いない種類の男だ。
「い、います」
「そうか、俺にもいた」
「信頼出来る上司はいるか」
なんなんだ、この変質者は。酒も入っていた事もあり、力ずくで追い出そうかと考える。
「は、はい」
「そうか、俺にもいた」
「仕事は楽しいか」
だけど、僕は受け答えをするしか出来なかった。
「え、ええ」
「そうか、俺は……やっぱいわねえ」
「野球好きか」
そうか、あの人に似ているんだ。
「ま、まあ」
「そうか! 俺も大好きなんだ! 球団どこファンよ、俺は巨人だぜ」
吉沢さんに。
「巨人以外です」
「死ね」 だったような気がする(久弥編) 上司たるもの(折戸編?)
第1話 >>3-5 第1話 >>53
第2話 >>8-11 第2話 >>55-59
第3話 >>13-15 第3話 >>60-62
第4話 >>19-21 第4話 >>63-64
第5話 >>24-27 第5話 >>65-66
第6話 >>30-32 第6話 >>68-69
第7話 >>34-36 第7話 >>70-71
第8話 >>39-40 第8話 >>72-73
第9話 >>42-45 第9話 >>74-75
あとがき >>46
新生Tactics
第1話 >>78-81
第2話 >>82-83
第3話 >>84-87
第4話 >>88-89
第5話 >>91
第6話 >>93-96 (未完) そう、ここで終わったんだよな……
あとだーまえが好きなのは大洋 乙。懐かしいスレだなあ。
10日ほど前にすずうたから10年経ったんだね。
YETボス、元気かな。元気だったらいいな。 エロゲソフトメーカーって、どこもこんな感じなのかなぁ。 この後、だーまえとひさやんはどういう邂逅を遂げるはずだったんだろう。。。 葉鍵ほど、スタッフのキャラが
二次創作に回されたのも珍しい。 この頃と比べると、
だーまえの神秘性もかなり
なし崩しになってきたもんだ。。。 今も昔も大して変わらんだろ…せいぜいmixi日記で薬漬けだったことが発覚したくらいで。 お嬢さんに革命のエチュードを弾かせてやりたいのだが誰か攻略法わかりませんかね まあ昔から皿うどんウンコズタボロジーンズ野郎だからな、だーまえ
未だに神秘性があるのは……久弥? >>109
sopranoか。懐かしいな
俺も当時必死にやったができないんだよなあ レベル5の曲は「絶対に弾けそうにないやつ」だから弾けない
ソースは俺
CDには完全版が入ってるけどあれはサービス
もし仮に弾けたとしても
「やったー」→「よし性交か」の流れになるのは必然 この後、だーまえと有島クンと久弥クンは
いったい何を話したんだろうな。。。 1年以上も続いた長寿スレだけそのうち復活するんじゃないかと
淡い期待を抱いてるんだけどねぇ… 仕事やりだしたら時間なんてなくなるからな…
大学時代は何だかんだ言ってやりたいことばっかりやってられた 職人さんが最後に現われてからもう2年か。
早いもんだなあ。 ttp://loserkashiwagi.com/diary.cgi?no=69 「なー」
「・・・」
「なー」
「・・・」
「怒ってないよ! てかお前気分悪くなって早退したんじゃないのかよ!」
「ンムフフフ。寝たら直ったぜ」
「アホかあ!!」
目の前で言い争っているのは、僕がこの業界を目指すきっかけとなった作品を作った人達。
野球少年で言えば、ONレベルの人達だった。
それが
「やっぱ怒ってるじゃん〜」
「帰れ! お前帰れ!」
僕の前で喧嘩していた。 僕が普段コタやるざりんとしている掛け合い、いや、それ以下の言い争いをしているのは意外だと思うと同時に、
親しみやすさを感じたのは、はっきりと覚えている。
会話の内容が面白かったこと。なんとなくお互い本気で憎んではいない掛け合いだったこと。
何より憧れである二人が自分の前で素を見せてくれた事が嬉しかったのかもしれない。
あの時はそれぐらい、僕は二人のファンだったのだ。
言い争いは、隣の机のサラリーマンの集団が入ってきて、“ここまじーから河岸変えようぜ”
と出て行くまで続いていたきがする。
結局僕が“是非麻枝さんも一緒に”と妥協案を出す事で言い争いは終わった。
「・・・たく、今日は有島くんに免じて参加させてやる。迷惑かけんじゃないぞ」
「わーい。林さん大好き」
「あと、明日出社したら謝っとけよ」
「えー。俺あいつきらいー。可能なら飯も一緒に食いたくねーよ」
「そんな事言うなよ。これから一緒にゲーム作る仲間なんだぞ」
久弥さんは急に声のトーンを落とした。さっきの言い争いも仲の良さを感じたが、
この忠告も友達だからこそ出るトーンのように思えた。
「んじゃあ仲介にお前立ってくれよ。憧れの久弥さんが一緒なら大丈夫だろうよ」
「お前一人でしなきゃ駄目なんだよ」
またトーンが下がった気がした。 「高槻シナリオの予定はあったんだよ」
「え。本当ですか!」
「ああ。郁未の母親と恋に落ちて脱走するシナリオ。なんで消えたかっていうと・・・」
「詩子や雪見にもエロシーンをつける予定はあったんだよ」
「え。本当ですか!」
「ああ。本編のそれとは違ってネットリとな。なんで消えたかっていうと・・・」
終始、こんな流れだったような気がする。最初はとにかく憧れの二人の話を聞き漏らさないと必死だったけど、
20分も絶てば普通に打ち解けあい、楽しい酒が飲めていた。
とにかく楽しい人達だったのだ。麻枝さんも久弥さんも。
楽しすぎてつい、“こんな二人と仕事できたらいいなあ”なんて考えが浮かんでしまい、
慌ててコタ達や吉沢さんに対して、心の中で謝罪した。
宴も佳境に差し掛かったところ、美少年を6杯飲んだ麻枝さんが急に僕に対して無茶ぶりしてきた。
「よし。キャラになりきる事も大事だな。後輩、お前俺らに告白してみろ」
「え、無理ですよそんな! ・・・つか先輩方が手本を見せて下さいよ!」
「有島君。んな無茶ぶり返しな・・・・・・」
「いーよ、やってやる。なあ林さん」
驚く久弥さんと、手を叩いて喜ぶ僕。
7杯目の美少年の入ったグラスを手に取ると久弥さんの目の前にまでグラスを持って行き、
麻枝さんはこうつぶやいた。
「いかないでよ、久弥さん」
一瞬の静寂の後、みんな笑った。大爆笑だ。
美少年が震えていた事も僕は気づかない。
声のトーンが大きすぎた事も気づけない。 作品を書くのは二年半ぶりです。
年を取りましたし、完結もできないでしょう。
ただ、私の作品を2010年まで覚えていてくれた人がいる。
嬉しいです。 >>138
おお!
正直、再開すると思ってなかったので嬉しいよ。
今月で葉鍵板が10周年だそうで、丁度懐古に浸ってたのもあって。
>「えー。俺あいつきらいー。可能なら飯も一緒に食いたくねーよ」
>「そんな事言うなよ。これから一緒にゲーム作る仲間なんだぞ」
>「んじゃあ仲介にお前立ってくれよ。憧れの久弥さんが一緒なら大丈夫だろうよ」
涼元ちん……? そもそも職人が
この現行スレに辿り着けていないんじゃないか
と思っていたので
再開されて安心したわ 職人復活してたのか。それだけでも嬉しいな
YETボスの生存も確認できたし今月は良い月だ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています