【WHITE ALBUM2】冬馬かずさスレ 砂糖60杯目 [無断転載禁止]©bbspink.com
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【WHITE ALBUM2】冬馬かずさスレ 砂糖60杯目
孤高。そして、孤独。
冬馬 かずさ (とうま かずさ)
Personal Data
(introductory chapter)
峰城大付属3年E組。
誕生日、5月28日。
窓際の席で常に居眠りしている。遅刻・サボリの常習犯。
雪菜と対極にいる時代錯誤の不良娘。
裕福な家庭だが、親がほぼ不在。
長く艶やかな黒髪、モデル顔負けのスタイル、切れ長の瞳。
外見のイメージに反して、甘い物(プリン・ポートワインなど)好き。
どちらかと言えば緒方理奈派。
(closing chapter)
多分ピアニスト。きっとウィーン在住。その他の詳細不明。
母であり、欧州を中心に世界中で活動するピアニスト冬馬曜子は、
たびたび日本のメディアにもその活躍ぶりが紹介されているが、
その不良娘にして実績のない若手ピアニストのことは、
今現在でも日本ではまったく知られていない。
彼女がふたたび日本の地を踏むことは、果たしてあり得るのか…
【WHITE ALBUM2】冬馬かずさスレ 砂糖59杯目 [転載禁止](c)bbspink.com
http://nasu.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1447098546/
※次スレは>>950頃に宣言してからスレ立てをして頂けますようお願い致します。
シナリオ担当・丸戸史明による冬馬かずさ評
「捨て犬に懐かれると、とんでもないことになるという見本。というわけであまりにも忠犬。
吠えても噛みついてもすねても常に尻尾は振ったまま。
さらにやっかいなのは、元捨て犬のくせにじつは血統書付きで毛並みが最高なこと。もふもふしてあげるとわかりにくく超喜びます。
でも放っておくと砂糖しか食べないので、厳しい管理が必要です。
というわけで彼女を幸せにできるのは、人生を犬に捧げたトップブリーダーだけです。みなさん頑張ってください」
ソース:【電撃PlayStation】『WHITE ALBUM2』シナリオ担当の丸戸史明氏自らヒロイン5人を紹介!
http://dengekionline.com/elem/000/000/573/573553/ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f) かずさのcoda2周目追加シーン
※PS3版とPSV版にはシーン回想モードが搭載されています
12/23 オリエント急行内の会話
12/24 かずさと曜子の電話(駅とホテルで2回)、春希を追いかけるかずさ
12/25 オリエント急行内の会話
1/4 旧冬馬邸(かずさに追加台詞)
1/7 かずさと曜子の会話
1/13 かずさと曜子の会話、夜に眠れないかずさ
1/15 ピアノの練習に行くかずさに追加台詞
1/17 朝の散歩(1周目で聴き取れない台詞が聴き取れるようになっている)
1/21 「ずっと、残しておきたい」を選択(かずさの独白が追加)
現在、公式サイトでソフマップ特典「WHITE ALBUM2 ピロートークCD 幸せの日~ベッドの上の物語~」が公開中。
closing chapterプレイ終了後に聴くことを推奨します。
「忠犬はご機嫌斜め」(冬馬かずさ)
http://leaf.aquaplus.co.jp/product/wa2cc/special_pt.html
かずさが弾いた曲リスト 暫定版
バッハ作曲「3声のシンフォニア第2番」ハ短調 BWV.788
ショパン作曲「練習曲黒鍵 op.10-5」(空港の次の場面)
「練習曲op.10-5」
「革命」Op.10No.12
「舟歌 嬰ヘ長調op.60」(冬馬がコンクール曲で弾いた曲)
「華麗なるワルツop.34-1」
ラヴェル作曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」(冬馬と春希の重奏)
ドビュッシー作曲「ベルガマスク組曲 第4曲パスピエ」(はじめての「WHITE ALBUM」合奏の直前)
「ピアノのために トッカータ」(冬馬がノートを取り上げられそうになり飛び出した次の場面)
ベートーヴェン作曲「ピアノソナタ第32番 第1楽章」(第二音楽室の主を探す場面。)
「ピアノソナタ第23番「熱情」 第3楽章」(冬馬と春希が職員室で説教された次の場面)
「ピアノソナタ第5番 ハ短調 作品10 第1楽章」(コンクールの場面で使用されている)
ヘンデル作曲「lascia ch'io pianga」(元はアリアだがピアノにアレンジされている)
フォーレ作曲「夢のあとに」(学園祭ライブの終わった後の場面。元は歌曲だがピアノにアレンジされている)
リスト作曲「愛の夢 第3番」(旅行に行く直前)
「仰げば尊し」 ★WHITE ALBUM2 ミニアフターストーリー
Windows用ADVゲーム『WHITE ALBUM2 ミニアフターストーリー』(丸戸史明書き下ろし)を応募者全員にプレゼント。
収録内容は下記の2本となり、ゲーム版のアフターストーリーをプレイできます。
小木曽雪菜ミニアフターストーリー
冬馬かずさミニアフターストーリー
(応募は2014年11月末に締め切られました)
http://leaf.aquaplus.jp/product/wa2cc/special.html#i2014-01-24
Coda
ショパン/ポロネーズ第6番「英雄」変イ長調Op.53
リスト/愛の夢 第3番
ヴェルディ/歌劇「椿姫」より「乾杯の歌」
ショパン/即興曲「幻想即興曲」嬰ハ長調Op.66
チャイコフスキー/バレエ「くるみ割り人形」より「あし笛の踊り」
チャイコフスキー/バレエ「くるみ割り人形」より「トレパック」
ショパン/ポロネーズ第15番「別れ」変ロ短調
リスト/パガニーニによる超絶技巧練習曲集 第3番「ラ・カンパネラ」嬰ト長調
シューマン/ピアノソナタ 第2番 ト短調 第1~第4楽章
ショパン/24のプレリュードOp.28ハ長調 (時の魔法イントロ)
以降コンサート
ポロネーズ第15番「別れ」変ロ短調が1曲目と2曲目
ラ・カンパネラが3曲目
ピアノソナタ 第2番 ト短調 第1~第4楽章が4曲目。 最新?追加情報
WHITE ALBUM 2 SPECIAL ENCORE 再会と贖罪のニューイヤー 生アフレコドラマCD
(コンサートif。vita特典の映像で見るか、ドラマCDを高値で買うかしかないかも)
WA2novel2届かない恋、届いた(丸戸短編小説。公式HPでダウンロード)
SETSUNA MCディスク (手に入りにくい幻のCD?)
WHITE ALBUM 2 ノベライズ 雪が紡ぐ旋律 6巻 巻末書き下ろし短編(丸戸短編小説。かずさT後の2人の話)
WHITE ALBUM2 ミニアフターストーリー(かずさT後の2人の話) ←NEW!
SSについて
WHITE ALBUM2 SS まとめwiki (簡易ブログ・ツイッターまとめなども)
http://seesaawiki.jp/white_album2_ss/
今のところ
SS職人ができる対応
・ろだに上げてリンク貼る
・コテハン付ける
読みたくない人ができる対応
・スルー
「かずさ好きで集まるこのスレの住人に読んでもらいたい!」
という職人側の気持ちもあると思うの。できればそれは、尊重したいな。
元をただせばここにいるのは、かずさ好きで集まった住人だし。
それに、今までの作品の次回作を楽しみにしてる人もいるだろうしね。
互いにちょっとづつ気配りして、同居する形でいければベストだと思うんだ
避難所
【WHITE ALBUM2】冬馬かずさスレ 避難所
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/game/59384/1446135555/
関連スレ
WHITE ALBUM 2 *157 [無断転載禁止]©bbspink.com
http://nasu.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1452148841/
【WHITE ALBUM2】 北原春希スレ 2
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1352121979/
【WHITE ALBUM2】杉浦小春スレ 3年参り [無断転載禁止]©bbspink.com
http://nasu.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1450550138/
【WHITE ALBUM2】和泉千晶スレ ネコ2匹目
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1338829309/
【WHITE ALBUM2】 最強OL 風岡麻理スレ ピル2錠目
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1333452576/
【WHITE ALBUM2】 友近 浩樹 スレ 2人目
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1328941153/
【WHITE ALBUM2】水沢依緒
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1326017951/
【WHITE ALBUM2】柳原 朋スレ [Leaf・Key板]
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1326881733/
【WHITE ALBUM2】 亜子・小百合・矢田 三人娘スレ
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1326879965/ >>1 乙
『冬馬かずさ、急死
2月14日、ピアニストの冬馬かずさ(28)が現在活動拠点としているウィーンの病院で亡くなった。
1月末に行われた野外コンサート期間中に演奏を行ったことで体調を崩し、その後の活動の強行で肺炎を引き起こし、入院時には既に手術や投薬治療も間に合わない程弱っていたという。
彼女の所属する冬馬曜子オフィスでは、故人の葬儀をウィーンで行った後、遺骨を日本に送り、社長である故人の母冬馬曜子が引き取る流れになっているという。
冬馬かずさがウィーンでの活動を始めたのは……』
「申し訳ありません!」
北原春希がソファーにも腰掛けず、床に這いつくばるようにして深々と土下座を繰り返した。そんな春希を工藤美代子は向かいのソファーの後ろでただオロオロと見詰めているだけだった。
「あなたの責任じゃないわよ……春希君」
そしてその向かいのソファーに座っていた女性、冬馬曜子——今の春希の義母——は、思い掛けない形での五年ぶりの再会の場で、それこそ母親の眼差しと声で春希を優しく包み込んだ。
「でも、でも俺、あいつを、かずさを……」
「だからそれは、あなたの責任じゃない。あの子の自己責任よ」
「それだって、全部俺が背負うものだったのに。あいつの全てを守るはずだったのに」
「……そのことで、あの子はあなたに恨み言をぶつけた?」
ハッとしたかのように春希は顔を上げた。曜子の顔は娘を失った母親とは思えない程に穏やかだった。
『かずさ、しっかりしろ!』
『春希……情けない顔、するな』
『でもお前、このままじゃあ』
『何を勘違いしてるかは……知らないが、あたしは……幸せだったよ』
『過去形かよ!俺たちまだこれからじゃないのかよ!?』
『春希……ありがとうな』
『止めろ!そんな言葉、お前から聞きたくない!』
『……』
『……かずさ?』
『……あ、あ……』
『かずさぁ!』
「あなたが何もかも捨てて自分の側にいてくれたんだもの。あの子は幸せだったと思うわ、きっと」
「でも、俺はかずさを守れなかった。あいつを今以上に幸せにできなかった。
あいつが本当に幸せになる道を、永遠に閉ざしてしまった……」
向かい合ったソファーの間に置かれたテーブルの上、かずさの死が掲載された新聞が開かれている。既に日本でもこのことは公にされているのかと、春希の心は更なる重しに圧し掛かられた。
「でもありがとう。わたしはもうこんな身体だから、あなたがかずさの遺骨や遺品を持って来てくれて、正直感謝してる」
「……本当に、ごめんなさい」
「いいのよ。あの子だってきっと後悔はしていない。
むしろ、あなたに辛い思いをさせてしまってごめんなさい」 「脳のここの部分に腫瘍がありますね。最近、頭痛を感じた事は?」
「いいえ…」
春希はそう答えた。しかし、実のところ慣れない異国での激務で身体に不調を感じることは頻繁であったので、最後に頭痛に襲われたのはいつかなど覚えてはいなかった。
「浸潤が激しく、悪性である疑いが高いです。摘出手術が困難な箇所ですが…化学療法や放射線治療もあります。希望を持って治療を続けて下さい…」
「はい…」
誰にも相談できない。特にかずさには…
◆◆
「ただいま」
「遅いぞ、春希」
玄関のドアが開き、片付けのできないかずさの待っていた家からはカビと生乾きの洗濯物の匂いがした。
「誰の尻拭いで遅くなったと思っているんだ?」
「あたしの尻を追っかけるしつこい記者を追い払うのも春希の仕事だろう?」
気怠い身体を引きずって帰って来ても玄関で待つのは憎まれ口。そんな生活を今まで続けてきた。
医者から言われた事が頭の中で泥色の渦をまく。何も考えたくない。休みたい。
「今日は疲れたよ。明日も早いしもう…」
しかし、そんなささやかな望みさえ、我が侭放題に育てられた愚妻は許してくれない。
「3日も待ったんだぞ」
かずさがナメクジのように腕をからめてくる。胃の底に生ぬるい鉛を流し込まれたような気分だ。
眠い。この腕を払って眠ることができればどんなにか楽だろう。
ベッドを一つにするんじゃなかった…
逃げ道など最初からない。首筋に湿った唇が押しあてられる。
鈍い悪寒が背筋をこわばらせた。
流しには腐臭をまとわりつかせた食器が積み上がっていた。
明日になればさらに耐えがたい臭いを放つだろう。
玄関でしっかりと靴を拭わずに部屋に入ってくれるものだから部屋が砂ぼこりくさくなる。
脱ぎ捨てられた服や空のワインボトルが床に散らばっているのなんてもうご愛嬌だ。
子供がいなくて良かったと心底思った。
吐き気をこらえつつ洗ってあるものと思しきグラスを一つ取り水でよくすすいだ上で、冷蔵庫から炭酸水のボトルを取り、注いで飲む。
まずい
だが、苦味すら感じるほどの硬度の水道水より遥かにマシだった。
紅茶でも沸かそうかと電気ポットを見て舌打ちする。
ものぐさなことに、電気ポットに直接紅茶の葉をぶち込んで、飲み終わってそのまま放置していたのだろう。
電気ポットの中には2日前の紅茶の葉が黒っぽいカビと共に鎮座していた。
「何をしてるんだ? 早くしろよ」
急かすかずさを無視してゴミバケツにカビだらけの紅茶の葉をぶち込んだ。
居間のテーブルの上には固まった極彩色の脂を浮かべたカップラーメンの容器が整列している。
もう嗅覚は麻痺していたが、まとわりつく不快感はどうにもならない。
居間から逃げるように寝室に入り、こぼれたワインのシミのついたベッドに手をついた。 かずさ派は自分の悪行忘れることに定評ある食糞駄犬だから、忘れないよう再貼りしておいてやんよ
330 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:29:32.10 ID:tFeStDMd0
コピペ野郎から必死に逃げようと無理に話題振ってお前らかなり痛いというかわざとらしいなw
その努力は感服ものだよ…
まあそろそろここで全ての思惑を伝えよう
331 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:38:26.28 ID:tFeStDMd0
SSをコピペしまくったのは俺だよでもそれはいつまでたっても糞SS野郎がSS投下を止めないから
このスレじゃなくて本スレや雪菜スレも荒らせば糞SS野郎もSSの投下を止めると思ったからだ
実際のところ糞SSの投下は無くなっただろ
ほかにも愉快犯がいたみたいだけど7割くらいは俺だよ
素直にかずさファンには謝罪をしておくよ悪かった
332 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:47:02.26 ID:tFeStDMd0
雪菜スレを荒らしたのはあちらの住民には悪いがSS投下を止めさせる意図もあった
でも純粋に雪菜が大嫌いなのもあったから
そうまさに一石二鳥作戦だったんだよ雪菜ファンには申し訳ないが人柱だな
俺もかずさファンだし糞SS野郎がいつまでも駄文を投下してスレ妨害するのが我慢ならなかった 春希 「驚いたなぁ。かずさにそんな人がいたなんて」
曜子 「…あまり動揺してくれないのね」
かずさ 「こういう男だ。春希は」
春希 「いやいや。驚いていますよ。あんなに曜子さんに仕事漬けにされていた上に、俺たちと会ったときもそんな浮いた様子一つもありませんでしたから」
かずさ 「そんなの隠していたに決まってるじゃないか」
春希 「そりゃ、自分みたいなマスコミの記者に話すなんて日本全国に広めてくださいって言っているみたいなものだしな。
でも、祝福してくれる人もたくさんいると思うぞ。俺もそうだし」
かずさ 「そういう意味じゃない。ったく」
春希「?」
曜子 「…まあ、いいわ。ともかく、かずさが選んだ事だし。私みたいな趣味の悪い女がとやかく言える話じゃないわね」
春希 「それで、相手の人ってどんな人なんですか?」
かずさ 「橋本健二さん」
春希 「え、えと。どんな人かって質問なんだけど」
かずさ 「な!? お前はアホか?
なんで今を時めく若手ナンバーワンピアニストの健二さんを知らないんだ? 仮にも記者のはしっくれだろ? お前は!」
春希 「え、えーと。かずさに比べて特徴ない人だから…」
曜子 「おやおや。女王杯始め数々の賞を取った身長2m弱の巨漢の化け物ピアニストが『特徴ない』なんて、まぁ。
ま、胸の大きさなら私の娘も十分化け物級だけど」
かずさ 「健二さんを化け物呼ばわりするな。あの人はああ見えてそういうのすごく気にする人なんだ」
春希 「はは。無知ですいません」
曜子 「ま、ギター君はできないと自分で決めちゃった線からは本当に努力しないコだもんね。
ギターの腕にせよ、クラシック知識にせよ」
春希 「…返す言葉もありません」
かずさ 「ふん」
曜子 「ま、人間手の届かない才能目差した努力はしない方がいいわよ。
幸せにできるのはその手の届く人だけ。好きなだけ崇拝してるだけでは、2、3年は良くても結局5年10年はうまくいかないものよ」
かずさ 「ふん。とっかえひっかえした経験者の言葉かい?」
曜子 「ええ。だから、橋本さんとの縁は本当に歓迎しているわ。
あなたのような、ピアノだけのちょっといびつに育ってしまった娘を、その才能を、崇拝でもなく知識としてでもなく、同じ才能を持ち共に歩んで行ける存在として受け止めてくれる人と出会えたんだから」
かずさ 「ふふん♪」
春希 「良かったですね」
曜子 「おや? あなたの『良かった』は『フった女が幸せに収まりそうで良かった』の意味じゃなくて?」
春希 「ぐ…」
かずさ 「ちょっと! 母さん! それはやめろよ!」
曜子 「あらあら。ギター君、わかりやすい表情。ひょっとしてかずさがこの先独身だったらどうしようとか気に病んでくれてた?」
春希「……」
かずさ 「フフン。残念だったな」
春希 「い、いえ。…そ、そういえば、お二人の馴れ初めなど聞かせていただけると…」
曜子 「かずさの方からよ。もう、猛烈アタック。そうしなきゃダメって経験が生きたわね」
かずさ 「(赤面)ちょっと! 母さん!」
春希 「はは…普段のかずささんからはなんだか想像できませんね」
曜子 「冬馬家の女の性欲なめんな。男ナシで20代の盛りを乗り切れるワケないでしょ」
春希 「……」
かずさ 「…あんたの血を受け継いでこれほど後悔した日はないな」
曜子 「ま、そういうワケで。明日の記者会見までは口外禁止でね」
春希 「いえいえ。ありがとうございました」
曜子 「じゃ、またね」
かずさ 「またな、春希。…あ、そうだ。もうひとつだけ教えてやる。耳を貸せ。春希」
春希 「なんだい? かずさ」
かずさ 「(ゴニョゴニョ)」
春希 「…(がくっ)…そりゃ、向こうは身長2mで…(ぶつぶつ)」
かずさ 「じゃあな。春希」
曜子 「さっきギター君に何吹き込んだの? カレ、心へし折られたような表情してたわよ」
かずさ 「…いや、健二さんの方が大きくて固かったって」
曜子 「…えげつない子ね。さすが私の娘ね」
かずさ 「いや、自分でもえげつないと思うけど、あたしやっぱり母さんの娘だよ」 ・取材後
春希「……」
麻理「ふむ。まあ、固くなるな。もう上司でも部下でもないのだからな。
事情は曜子社長から聞いた。私はお前が選んだ道を肯定したり否定するつもりはない」
春希「…ありがとうございます」
麻理「だが、お手並みは最悪だ」
春希「!?」
麻理「北原、お前は冬馬かずさを助けたいのか?」
春希「な!? 助けたいに決まっています」
麻理「助けたいがために開桜社にも何も語らなかった。そうか?」
春希「はい…」
麻理「全く、これほど先の見えてない男だとは思ってなかったな」
春希「!?」
麻理「確かに、一時のマスコミの興味本位の報道から免れることはできたな。そのために自らの退社理由を隠し、冬馬かずさが日本を去ることもひた隠しにし続けた」
春希「はい…」
麻理「どうなったと思う?」
春希「ご迷惑おかけしました…」
麻理「…全くわかってないようだから説明しておこう。お前たちの出国から一週間足らずで冬馬かずさがお前と共にウィーンにいることが知れた。
すぐに事の次第も明らかになった。
大変だったよ。
浜田やアンサンブル編集長は矢面に立たされたし、冬馬曜子オフィスと我が社の関係は最悪になった」
春希「そ、それは…」
麻理「新人一人やめた程度と思ったか? 残念ながらお前はただの新人どころかかなりの有望株だった。だから期待もコストもかけていた。
例えすただの新人でも取り引き相手からの無断引き抜きなんて言語道断の掟破りだ。
日本から静かに去るために誤情報流すのもな。日本での活動を支援するために方々回っていたアンサンブル編集長がどんな目に遭ったか想像できるか?」
春希「す、すいません…」
麻理「日本から去るから開桜社にはいくら迷惑かけても良いとでも思ったか? 残念ながら、この狭い世界、ましてや狭すぎるクラシック界ではな、お前のやったことは恥知らずの所行にしか過ぎない」
春希「しかし、自分はかずさを…」
麻理「守りたかった。それはわかる。しかし、冬馬かずさをピアニストとして活動させる為には最悪だったと言わざるを得ない。
迷惑は巡り巡って自分の所に降りかかるものだ。アンサンブルが社内から槍玉に挙げられ、これを機にと社内のメセナ活動でアンサンブルの持ってた枠を奪う動きが起きた。そんなドタバタは社外にも伝わった」
春希「……」
麻理「最初の一年半、全く仕事取れなかっただろ? お前の語学力とかの問題じゃないぞ。英語もできるんだし」
春希「な、何かあったんですか?」
麻理「冬馬曜子オフィスは味方も敵も多かった。そんな中、ウィーンで有力なある日本人が『冬馬かずさを使うのは避けたい』と言った。開桜社とのトラブルを避けたいがために。たったそれだけの事だ」
春希「え?」
麻理「企業同士のトラブルなんて『もう仲直りしましたよ』ということを知らしめるのが一番難しいんだぞ。
まして、お前たちが日本の仕事避けまくってるから尚更だ」
春希「そ、そんな…」
麻理「あの狭い業界、仲違いしても結局すぐ仲直りしないといけないし、人と仲違いしたらそれ以外の人間から避けられまくるから気をつけろ」
春希「はい…」
麻理「ウィーンの件の人物も悪い人じゃない。甘いもの好きだから、金沢『やまむら』の甘納豆でも買って持って行け」
春希「何から何まで…ありがとうございます」
麻理「本来、新人が取り引き相手に引き抜かれたといっても、双方了解済みの話なら歓迎しても良いくらいの話なんだぞ。新たな方面へのパイプとして期待できるわけなんだからな。
了解の有無で婿入りと駆け落ちくらいの雲泥の差がある」
春希「そ、そうは言われてましても…」
麻理「まあ、お前の場合はこれからだ。悪いが、期待かけていた分まで働いてもらう。ビジネス相手としてな。
お前は私が育てあげた男だ。逃げられると思うなよ」
春希「…楽しそうですね。麻理さん」
麻理「当たり前だ。曜子社長の粘り強さのおかげでやっと社の関係も戻り、お前とこうして会えるようになったからな。
グラフも『ブラックだから人が逃げた』とあらぬ誹りを受けている。しっかり拭ってもらわないとな」
春希「(十分ブラックですよ…)」
麻理「これからもよろしくな。北原」 ・意地の悪い指揮者と商談中
指揮者「ふむ。それはいいがミスター北原、私の問いには答えてくれていないようだが?」
春希「あ、はい。その件については…自分には少し専門的すぎてお答えしかねます」
指揮者「ほう。素晴らしい。私は冬馬かずさのマネージャーと話をする予定だったのだが、どうやら間違えてコメディアンと話し込んでしまったようだ。すまないがマネージャーを呼んできてくれるかい?」
春希「…フランツさん。私が冬馬かずさのマネージャーです」
指揮者「なんと!? いやはや。コメディアン呼ばわりしてすまなかったな。君はコメディアンよりずっと愉快だよ。
しかし、冬馬曜子オフィスがうらやましいな。音楽家崩れの未成年も雇わず、君のような素晴らしくユーモア溢れる人材を抜擢する余裕があるなんてね」
春希「あの、フランツさん。仕事の話を進めませんか?」
指揮者「残念ながら君と話してるほど長い休暇は取れそうもない。冬馬かずさに来てもらえるかな?」
春希「残念ですが、かずさと直接の交渉はお断りしております。特にあなたのような方とはゴメンだと、かずさからも言われております」
指揮者「そうか。全く、冬馬かずさも幸運な女性だな」
春希「何か?」
指揮者「君という男を選んだばかりに母親のようなピアニストにならずに済んだのだからね」
春希「…それはどういう意味ですか!?」
指揮者「なに。親子で好みが違う事は珍しくない。冬馬曜子は自分を頂点に導く男を好むが、冬馬かずさはその性癖を受け継がなかっただけだろう」
春希「…あなたとはこれ以上話にならないようですね。失礼します」
指揮者「君は君の幸運さを知った方がいい。頂点に立ちたいと思わないピアニストにとって君は最適のパートナーだよ」
春希「くっ…」 春希 「驚いたなぁ。かずさにそんな人がいたなんて」
曜子 「…あまり動揺してくれないのね」
かずさ 「こういう男だ。春希は」
春希 「いやいや。驚いていますよ。あんなに曜子さんに仕事漬けにされていた上に、俺たちと会ったときもそんな浮いた様子一つもありませんでしたから」
かずさ 「そんなの隠していたに決まってるじゃないか」
春希 「そりゃ、自分みたいなマスコミの記者に話すなんて日本全国に広めてくださいって言っているみたいなものだしな。
でも、祝福してくれる人もたくさんいると思うぞ。俺もそうだし」
かずさ 「そういう意味じゃない。ったく」
春希「?」
曜子 「…まあ、いいわ。ともかく、かずさが選んだ事だし。私みたいな趣味の悪い女がとやかく言える話じゃないわね」
春希 「それで、相手の人ってどんな人なんですか?」
かずさ 「橋本健二さん」
春希 「え、えと。どんな人かって質問なんだけど」
かずさ 「な!? お前はアホか?
なんで今を時めく若手ナンバーワンピアニストの健二さんを知らないんだ? 仮にも記者のはしっくれだろ? お前は!」
春希 「え、えーと。かずさに比べて特徴ない人だから…」
曜子 「おやおや。女王杯始め数々の賞を取った身長2m弱の巨漢の化け物ピアニストが『特徴ない』なんて、まぁ。
ま、胸の大きさなら私の娘も十分化け物級だけど」
かずさ 「健二さんを化け物呼ばわりするな。あの人はああ見えてそういうのすごく気にする人なんだ」
春希 「はは。無知ですいません」
曜子 「ま、ギター君はできないと自分で決めちゃった線からは本当に努力しないコだもんね。
ギターの腕にせよ、クラシック知識にせよ」
春希 「…返す言葉もありません」
かずさ 「ふん」
曜子 「ま、人間手の届かない才能目差した努力はしない方がいいわよ。
幸せにできるのはその手の届く人だけ。好きなだけ崇拝してるだけでは、2、3年は良くても結局5年10年はうまくいかないものよ」
かずさ 「ふん。とっかえひっかえした経験者の言葉かい?」
曜子 「ええ。だから、橋本さんとの縁は本当に歓迎しているわ。
あなたのような、ピアノだけのちょっといびつに育ってしまった娘を、その才能を、崇拝でもなく知識としてでもなく、同じ才能を持ち共に歩んで行ける存在として受け止めてくれる人と出会えたんだから」
かずさ 「ふふん♪」
春希 「良かったですね」
曜子 「おや? あなたの『良かった』は『フった女が幸せに収まりそうで良かった』の意味じゃなくて?」
春希 「ぐ…」
かずさ 「ちょっと! 母さん! それはやめろよ!」
曜子 「あらあら。ギター君、わかりやすい表情。ひょっとしてかずさがこの先独身だったらどうしようとか気に病んでくれてた?」
春希「……」
かずさ 「フフン。残念だったな」
春希 「い、いえ。…そ、そういえば、お二人の馴れ初めなど聞かせていただけると…」
曜子 「かずさの方からよ。もう、猛烈アタック。そうしなきゃダメって経験が生きたわね」
かずさ 「(赤面)ちょっと! 母さん!」
春希 「はは…普段のかずささんからはなんだか想像できませんね」
曜子 「冬馬家の女の性欲なめんな。男ナシで20代の盛りを乗り切れるワケないでしょ」
春希 「……」
かずさ 「…あんたの血を受け継いでこれほど後悔した日はないな」
曜子 「ま、そういうワケで。明日の記者会見までは口外禁止でね」
春希 「いえいえ。ありがとうございました」
曜子 「じゃ、またね」
かずさ 「またな、春希。…あ、そうだ。もうひとつだけ教えてやる。耳を貸せ。春希」
春希 「なんだい? かずさ」
かずさ 「(ゴニョゴニョ)」
春希 「…(がくっ)…そりゃ、向こうは身長2mで…(ぶつぶつ)」
かずさ 「じゃあな。春希」
曜子 「さっきギター君に何吹き込んだの? カレ、心へし折られたような表情してたわよ」
かずさ 「…いや、健二さんの方が大きくて固かったって」
曜子 「…えげつない子ね。さすが私の娘ね」
かずさ 「いや、自分でもえげつないと思うけど、あたしやっぱり母さんの娘だよ」 ・ワルシャワ
中年男「なるほど、パスポートそのものの再発行には一旦帰国しなければならないわけか。それは仕方ないね」
春希「ええ、写真付きの身分証が一つも無ければ海外でのパスポート再発行は原則できないということで…」
中年男「そうか。航空機のチケット代くらいなんて事ない。遠慮しないでくれ」
春希「すいません…何から何まで…」
中年男「…その代わり一つ頼まれてくれるかな?」
春希「はい?」
中年男「実は、私も日本に行くことになったんだ。正直なところ、君の事がキッカケで曜子さんや他の日本の方と話ができてね。商談とちょっとしたコンサートで2週間ほど滞在する」
春希「そうなんですか」
中年男「そこで、君にも来てもらえるかな? 日本人の知り合いがいると心強い」
春希「え、ええと」
中年男「行き帰りの空港から空港までと、滞在間2、3日ほど東京で手伝って欲しい日があるが、簡単な会話や案内だけ、他の日は自由だ。それで貸し借り無しにして、少し報酬も出そう」
春希「(どうせ再発行で10日間は日本でかかるし、これは良い話だけど…)すいません。本当にいいんですか?」
中年男「良いもなにもこれはお願いだよ。ポーランド語とドイツ語しかできない私には、君みたいな人がいるだけで大変ありがたい」
春希「(少しでも損失軽くしないとな)わかりました。やらせて下さい」
・国際電話
かずさ「ずいぶん長くかかるんだな。普段の行いが悪いからだな」
春希「(日本に一時帰国する話は隠しておこう…)ごめん。どちらにせよ再発行までウィーンに戻れないから、あのポーランドの人の所で帰りの交通稼ぎに簡単なアルバイトして帰るよ」
かずさ「仕事熱心は結構だが、早く帰って来いよ」
春希「ああ。かなり長く家を空けるけど大丈夫か?」
かずさ「洗濯物と食器がたまっている」
春希「できるだけ節約して耐えてくれ。水仕事なんてして手を痛めるんじゃないぞ」
かずさ「洗濯機は全自動だし、コンサートがある訳じゃないからそこまで神経質になることもないんじゃ…」
春希「前に部屋を泡だらけにしたろ?」
かずさ「はいはい。春希の仕事は残しておくよ」
春希「悪いな。頼むよ」
かずさ「ああ…」 5/10(月)冬馬宅地下練習スタジオにて
フランツ・リスト作曲、詩的で宗教的な調べより第10曲…Cantique d'amour『愛の賛歌』
かずさはそれを奏でたつもりだった。しかし…
奏で終わった途端に押しつぶされそうな罪悪感が彼女を襲った。罪悪感に重みがあったなら彼女の身体は鍵盤に叩きつけられて二度と起き上がることはなかっただろう。
ぱん、ぱん、ぱん…
練習スタジオ入口から曜子が拍手をしつつ入ってくる。その表情は笑顔に満ちていた。
「素晴らしい出来じゃない、かずさ。こんな演奏、わたしには逆立ちしてもできっこないわよ」
母親の言葉には痛烈な皮肉が混じっていた。
「わかっているよ、母さん。今の演奏は…」
弱々しい娘の口応えを遮るように曜子は追撃を続ける。
「ええ、出来は素晴らしいわよ。
賛否両論あるだろうけど、今の演奏は全盛期のわたしでも敵いっこない。
たぶん、ウィーンで値段をつけさせたら倍の値段がつくわよ。
フランツ・リスト作曲ザイン・ヴィゲンシュタイン侯爵夫人に献呈された詩的で宗教的な調べより第10曲…」
「もうやめてくれ。母さん…」
娘の懇願に耳を傾けることなく、母親はとどめの言葉を撃ちこむ。
「『愛の《怨嗟》』ってね」
「っ…!」
やはり、母親には全部見抜かれていた。
「もぉ、すっごいわたし好み。
オンナの秘めておきたい部分がもぉ『これでもかっ』ってぐらい伝わってきて、同じオンナに生まれてきたこと懺悔したくなるぐらい。
フランツに聞かせたら墓から飛び出してきて、あなたの首を絞めにかかるか、頭を垂れるかのどちらかね。
まぁ、カレも身に覚えが二つ三つあるコだから後者の方が若干確率高いかな」
200年前の偉大な先人を元愛人の一人のように看做す発言の方こそ祟られても文句言えないほど不敬極まりない。しかし、かずさは罰を受ける罪人のようにうなだれて口をつぐむ。
そう、被告人かずさが全く弁明できないほど、今の演奏はどす黒い感情に満ちていた。
春希を奪った雪菜への嫉妬、自分を捨てて雪菜をとった春希への妄執
そして…春希を振り向かせる事が出来なかった自分への自己嫌悪
「熱心なのは結構だけど、あまり入れ込みすぎるんじゃないわよ」
曜子はそう言って練習スタジオから出て行った。
残されたかずさの口から嘆息とともに男の名が漏れる。
春希ぃ…
5年間付き合ってきた慕情を振り切ろうと決意したのが2ヶ月前。
しかし、心身の隅々まで根を張った感情から容易く免れることなどできるはずもなかった。
冬の終わりにはかずさ、春希、雪菜の3人が心重ねた一瞬があったが、春が来て夏が近づくにつれ、かずさ心の隙間から抑えきれない感情が滲み出てきた。
忘れるためにピアノを弾けば逆に、自分は今まで春希の事ばかり考えてピアノを弾いてきたのだと思い知らされた。
かずさのピアノはあたかも鏡のように容赦なく彼女の内面を映し出していた。彼女自身でどうにもならないほどに。
「やっぱり私、母親失格かも」
曜子は、閉じた練習スタジオのドアの向こうでため息交じりにつぶやいた。
「娘がつらい経験を重ねるたびにピアニストとしての艶を増していくのを見て…喜ばずにはいられないなんて」 『冬馬かずさ、急死
2月14日、ピアニストの冬馬かずさ(28)が現在活動拠点としているウィーンの病院で亡くなった。
1月末に行われた野外コンサート期間中に演奏を行ったことで体調を崩し、その後の活動の強行で肺炎を引き起こし、入院時には既に手術や投薬治療も間に合わない程弱っていたという。
彼女の所属する冬馬曜子オフィスでは、故人の葬儀をウィーンで行った後、遺骨を日本に送り、社長である故人の母冬馬曜子が引き取る流れになっているという。
冬馬かずさがウィーンでの活動を始めたのは……』
「申し訳ありません!」
北原春希がソファーにも腰掛けず、床に這いつくばるようにして深々と土下座を繰り返した。そんな春希を工藤美代子は向かいのソファーの後ろでただオロオロと見詰めているだけだった。
「あなたの責任じゃないわよ……春希君」
そしてその向かいのソファーに座っていた女性、冬馬曜子――今の春希の義母――は、思い掛けない形での五年ぶりの再会の場で、それこそ母親の眼差しと声で春希を優しく包み込んだ。
「でも、でも俺、あいつを、かずさを……」
「だからそれは、あなたの責任じゃない。あの子の自己責任よ」
「それだって、全部俺が背負うものだったのに。あいつの全てを守るはずだったのに」
「……そのことで、あの子はあなたに恨み言をぶつけた?」
ハッとしたかのように春希は顔を上げた。曜子の顔は娘を失った母親とは思えない程に穏やかだった。
『かずさ、しっかりしろ!』
『春希……情けない顔、するな』
『でもお前、このままじゃあ』
『何を勘違いしてるかは……知らないが、あたしは……幸せだったよ』
『過去形かよ!俺たちまだこれからじゃないのかよ!?』
『春希……ありがとうな』
『止めろ!そんな言葉、お前から聞きたくない!』
『……』
『……かずさ?』
『……あ、あ……』
『かずさぁ!』
「あなたが何もかも捨てて自分の側にいてくれたんだもの。あの子は幸せだったと思うわ、きっと」
「でも、俺はかずさを守れなかった。あいつを今以上に幸せにできなかった。
あいつが本当に幸せになる道を、永遠に閉ざしてしまった……」
向かい合ったソファーの間に置かれたテーブルの上、かずさの死が掲載された新聞が開かれている。既に日本でもこのことは公にされているのかと、春希の心は更なる重しに圧し掛かられた。
「でもありがとう。わたしはもうこんな身体だから、あなたがかずさの遺骨や遺品を持って来てくれて、正直感謝してる」
「……本当に、ごめんなさい」
「いいのよ。あの子だってきっと後悔はしていない。
むしろ、あなたに辛い思いをさせてしまってごめんなさい」 春希 「驚いたなぁ。かずさにそんな人がいたなんて」
曜子 「…あまり動揺してくれないのね」
かずさ 「こういう男だ。春希は」
春希 「いやいや。驚いていますよ。あんなに曜子さんに仕事漬けにされていた上に、俺たちと会ったときもそんな浮いた様子一つもありませんでしたから」
かずさ 「そんなの隠していたに決まってるじゃないか」
春希 「そりゃ、自分みたいなマスコミの記者に話すなんて日本全国に広めてくださいって言っているみたいなものだしな。
でも、祝福してくれる人もたくさんいると思うぞ。俺もそうだし」
かずさ 「そういう意味じゃない。ったく」
春希「?」
曜子 「…まあ、いいわ。ともかく、かずさが選んだ事だし。私みたいな趣味の悪い女がとやかく言える話じゃないわね」
春希 「それで、相手の人ってどんな人なんですか?」
かずさ 「橋本健二さん」
春希 「え、えと。どんな人かって質問なんだけど」
かずさ 「な!? お前はアホか?
なんで今を時めく若手ナンバーワンピアニストの健二さんを知らないんだ? 仮にも記者のはしっくれだろ? お前は!」
春希 「え、えーと。かずさに比べて特徴ない人だから…」
曜子 「おやおや。女王杯始め数々の賞を取った身長2m弱の巨漢の化け物ピアニストが『特徴ない』なんて、まぁ。
ま、胸の大きさなら私の娘も十分化け物級だけど」
かずさ 「健二さんを化け物呼ばわりするな。あの人はああ見えてそういうのすごく気にする人なんだ」
春希 「はは。無知ですいません」
曜子 「ま、ギター君はできないと自分で決めちゃった線からは本当に努力しないコだもんね。
ギターの腕にせよ、クラシック知識にせよ」
春希 「…返す言葉もありません」
かずさ 「ふん」
曜子 「ま、人間手の届かない才能目差した努力はしない方がいいわよ。
幸せにできるのはその手の届く人だけ。好きなだけ崇拝してるだけでは、2、3年は良くても結局5年10年はうまくいかないものよ」
かずさ 「ふん。とっかえひっかえした経験者の言葉かい?」
曜子 「ええ。だから、橋本さんとの縁は本当に歓迎しているわ。
あなたのような、ピアノだけのちょっといびつに育ってしまった娘を、その才能を、崇拝でもなく知識としてでもなく、同じ才能を持ち共に歩んで行ける存在として受け止めてくれる人と出会えたんだから」
かずさ 「ふふん♪」
春希 「良かったですね」
曜子 「おや? あなたの『良かった』は『フった女が幸せに収まりそうで良かった』の意味じゃなくて?」
春希 「ぐ…」
かずさ 「ちょっと! 母さん! それはやめろよ!」
曜子 「あらあら。ギター君、わかりやすい表情。ひょっとしてかずさがこの先独身だったらどうしようとか気に病んでくれてた?」
春希「……」
かずさ 「フフン。残念だったな」
春希 「い、いえ。…そ、そういえば、お二人の馴れ初めなど聞かせていただけると…」
曜子 「かずさの方からよ。もう、猛烈アタック。そうしなきゃダメって経験が生きたわね」
かずさ 「(赤面)ちょっと! 母さん!」
春希 「はは…普段のかずささんからはなんだか想像できませんね」
曜子 「冬馬家の女の性欲なめんな。男ナシで20代の盛りを乗り切れるワケないでしょ」
春希 「……」
かずさ 「…あんたの血を受け継いでこれほど後悔した日はないな」
曜子 「ま、そういうワケで。明日の記者会見までは口外禁止でね」
春希 「いえいえ。ありがとうございました」
曜子 「じゃ、またね」
かずさ 「またな、春希。…あ、そうだ。もうひとつだけ教えてやる。耳を貸せ。春希」
春希 「なんだい? かずさ」
かずさ 「(ゴニョゴニョ)」
春希 「…(がくっ)…そりゃ、向こうは身長2mで…(ぶつぶつ)」
かずさ 「じゃあな。春希」
曜子 「さっきギター君に何吹き込んだの? カレ、心へし折られたような表情してたわよ」
かずさ 「…いや、健二さんの方が大きくて固かったって」
曜子 「…えげつない子ね。さすが私の娘ね」
かずさ 「いや、自分でもえげつないと思うけど、あたしやっぱり母さんの娘だよ」 ・取材後
春希「……」
麻理「ふむ。まあ、固くなるな。もう上司でも部下でもないのだからな。
事情は曜子社長から聞いた。私はお前が選んだ道を肯定したり否定するつもりはない」
春希「…ありがとうございます」
麻理「だが、お手並みは最悪だ」
春希「!?」
麻理「北原、お前は冬馬かずさを助けたいのか?」
春希「な!? 助けたいに決まっています」
麻理「助けたいがために開桜社にも何も語らなかった。そうか?」
春希「はい…」
麻理「全く、これほど先の見えてない男だとは思ってなかったな」
春希「!?」
麻理「確かに、一時のマスコミの興味本位の報道から免れることはできたな。そのために自らの退社理由を隠し、冬馬かずさが日本を去ることもひた隠しにし続けた」
春希「はい…」
麻理「どうなったと思う?」
春希「ご迷惑おかけしました…」
麻理「…全くわかってないようだから説明しておこう。お前たちの出国から一週間足らずで冬馬かずさがお前と共にウィーンにいることが知れた。
すぐに事の次第も明らかになった。
大変だったよ。
浜田やアンサンブル編集長は矢面に立たされたし、冬馬曜子オフィスと我が社の関係は最悪になった」
春希「そ、それは…」
麻理「新人一人やめた程度と思ったか? 残念ながらお前はただの新人どころかかなりの有望株だった。だから期待もコストもかけていた。
例えすただの新人でも取り引き相手からの無断引き抜きなんて言語道断の掟破りだ。
日本から静かに去るために誤情報流すのもな。日本での活動を支援するために方々回っていたアンサンブル編集長がどんな目に遭ったか想像できるか?」
春希「す、すいません…」
麻理「日本から去るから開桜社にはいくら迷惑かけても良いとでも思ったか? 残念ながら、この狭い世界、ましてや狭すぎるクラシック界ではな、お前のやったことは恥知らずの所行にしか過ぎない」
春希「しかし、自分はかずさを…」
麻理「守りたかった。それはわかる。しかし、冬馬かずさをピアニストとして活動させる為には最悪だったと言わざるを得ない。
迷惑は巡り巡って自分の所に降りかかるものだ。アンサンブルが社内から槍玉に挙げられ、これを機にと社内のメセナ活動でアンサンブルの持ってた枠を奪う動きが起きた。そんなドタバタは社外にも伝わった」
春希「……」
麻理「最初の一年半、全く仕事取れなかっただろ? お前の語学力とかの問題じゃないぞ。英語もできるんだし」
春希「な、何かあったんですか?」
麻理「冬馬曜子オフィスは味方も敵も多かった。そんな中、ウィーンで有力なある日本人が『冬馬かずさを使うのは避けたい』と言った。開桜社とのトラブルを避けたいがために。たったそれだけの事だ」
春希「え?」
麻理「企業同士のトラブルなんて『もう仲直りしましたよ』ということを知らしめるのが一番難しいんだぞ。
まして、お前たちが日本の仕事避けまくってるから尚更だ」
春希「そ、そんな…」
麻理「あの狭い業界、仲違いしても結局すぐ仲直りしないといけないし、人と仲違いしたらそれ以外の人間から避けられまくるから気をつけろ」
春希「はい…」
麻理「ウィーンの件の人物も悪い人じゃない。甘いもの好きだから、金沢『やまむら』の甘納豆でも買って持って行け」
春希「何から何まで…ありがとうございます」
麻理「本来、新人が取り引き相手に引き抜かれたといっても、双方了解済みの話なら歓迎しても良いくらいの話なんだぞ。新たな方面へのパイプとして期待できるわけなんだからな。
了解の有無で婿入りと駆け落ちくらいの雲泥の差がある」
春希「そ、そうは言われてましても…」
麻理「まあ、お前の場合はこれからだ。悪いが、期待かけていた分まで働いてもらう。ビジネス相手としてな。
お前は私が育てあげた男だ。逃げられると思うなよ」
春希「…楽しそうですね。麻理さん」
麻理「当たり前だ。曜子社長の粘り強さのおかげでやっと社の関係も戻り、お前とこうして会えるようになったからな。
グラフも『ブラックだから人が逃げた』とあらぬ誹りを受けている。しっかり拭ってもらわないとな」
春希「(十分ブラックですよ…)」
麻理「これからもよろしくな。北原」 かずさ派は自分の悪行忘れることに定評ある食糞駄犬だから、忘れないよう再貼りしておいてやんよ
330 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:29:32.10 ID:tFeStDMd0
コピペ野郎から必死に逃げようと無理に話題振ってお前らかなり痛いというかわざとらしいなw
その努力は感服ものだよ…
まあそろそろここで全ての思惑を伝えよう
331 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:38:26.28 ID:tFeStDMd0
SSをコピペしまくったのは俺だよでもそれはいつまでたっても糞SS野郎がSS投下を止めないから
このスレじゃなくて本スレや雪菜スレも荒らせば糞SS野郎もSSの投下を止めると思ったからだ
実際のところ糞SSの投下は無くなっただろ
ほかにも愉快犯がいたみたいだけど7割くらいは俺だよ
素直にかずさファンには謝罪をしておくよ悪かった
332 名無しさんだよもん sage 2015/07/29(水) 09:47:02.26 ID:tFeStDMd0
雪菜スレを荒らしたのはあちらの住民には悪いがSS投下を止めさせる意図もあった
でも純粋に雪菜が大嫌いなのもあったから
そうまさに一石二鳥作戦だったんだよ雪菜ファンには申し訳ないが人柱だな
俺もかずさファンだし糞SS野郎がいつまでも駄文を投下してスレ妨害するのが我慢ならなかった
616 名前:名無しさんだよもん[sage] 投稿日:2015/04/02(木) 11:56:00.15 ID:95jiF43J0 [1/6]
自己中駄犬のかずさは保健所送りが妥当だな
雪菜を傷つけ友情や社会人としての責任も捨てた糞春希も保健所で安楽死だな
このスレのかずさ信者も保健所送りだな
ま雪菜の優しさ家庭の温かさエロさを理解できない時点でお前らも駄犬だな
恥ずかしくねーの?
617 名前:名無しさんだよもん[sage] 投稿日:2015/04/02(木) 12:17:45.08 ID:95jiF43J0 [2/6]
雪菜スレ出張してきてこんな書込みしてるお前も恥ずかしくねーの?
とかの返しか出来ないんだろうな駄犬信者はw
駄犬かずさの餌は味噌汁ぶっかけメシで上等だなw
駄犬!駄犬!駄犬!のかずさエンディングも雪菜に取られてんのw
長いことプレイしてエピローグで雪菜が最後だった上の馬鹿もアホだなw
大団円を最後にプレイしない時点で駄犬の飼い主だなw
680 名前:名無しさんだよもん[sage] 投稿日:2015/04/07(火) 10:55:02.71 ID:AWtkGK8I0 [5/6]
駄犬信者で狂犬病野郎どもは雪菜スレを荒らしに来る根性もなし!
アンチスレがあると露骨に書き込みが減るしw
まさに負け犬で狂犬病w
雪菜様スレを荒らしに来いとか煽ってるんじゃねーぞ勘違いすんじゃねーぞ!
崇高で気高き聖母雪菜スレに狂犬病共が来るのは許されないんだよ!
雪菜アンチの書き込みがしてーなら本スレ行けよアホ共!
お前らみてーな童貞ヒキニートにそんな根性ないだろうがなw
分かったのかよコラ! 以下、最初の部分はペルシャ語に翻訳してお楽しみください。
—冬馬曜子オフィス 欧州支部—
—時刻 19:47
春希 「…ですから、会場の手配、支払い等も含めて、必要経費は全てそちらでみていただけるというお話だったでしょう。最初の打ち合わせの際にもきっちりと確認させていただきましたし、契約書に添付されている実施計画書にも
明記されています。そもそも今回のコンサートはそちらからのごり押しが発端で、はっきりいって、弊社にも、弊社のタレントにおいてもうまみは多くないものなんですが?」
春希 「…ええ、結構ですよ。こんな初歩的な意思疎通も図れないようでは、弊社としては手を引かざるをえません。…弊社のタレントは、近々ロシアでの権威あるコンクールに出場し、少なくとも、入賞することを確信しております。
そうなれば、今回の件はますます無用、御社との関係も、はっきりいって不要ですので。…ではもう、よろしいですか?」
春希 「…ああ、そうですか。それでは、計画書通り進めるということでよろしいですね?…ええ、ええ。了解しました。それでは、コンサートに向け、万全の準備をお願いします。…ああ、後、今回の件で、弊社としては
御社に対して不信を抱かざるを得ません。実施準備について、今週末に報告書の提出を求めます。また、会場の設営に入った時点で、私自らが現場に入ります。そこで、ひとつでも弊社のタレントがコンサートを行うに
ふさわしくないと判断される要素があれば直ちに指摘させていただきますし、それが改善されないようであればその時点で手を引かせていただきます。もちろん、一切の保障は行いません。…それで、よろしいですね?」 5/10(月)冬馬宅地下練習スタジオにて
フランツ・リスト作曲、詩的で宗教的な調べより第10曲…Cantique d'amour『愛の賛歌』
かずさはそれを奏でたつもりだった。しかし…
奏で終わった途端に押しつぶされそうな罪悪感が彼女を襲った。罪悪感に重みがあったなら彼女の身体は鍵盤に叩きつけられて二度と起き上がることはなかっただろう。
ぱん、ぱん、ぱん…
練習スタジオ入口から曜子が拍手をしつつ入ってくる。その表情は笑顔に満ちていた。
「素晴らしい出来じゃない、かずさ。こんな演奏、わたしには逆立ちしてもできっこないわよ」
母親の言葉には痛烈な皮肉が混じっていた。
「わかっているよ、母さん。今の演奏は…」
弱々しい娘の口応えを遮るように曜子は追撃を続ける。
「ええ、出来は素晴らしいわよ。
賛否両論あるだろうけど、今の演奏は全盛期のわたしでも敵いっこない。
たぶん、ウィーンで値段をつけさせたら倍の値段がつくわよ。
フランツ・リスト作曲ザイン・ヴィゲンシュタイン侯爵夫人に献呈された詩的で宗教的な調べより第10曲…」
「もうやめてくれ。母さん…」
娘の懇願に耳を傾けることなく、母親はとどめの言葉を撃ちこむ。
「『愛の《怨嗟》』ってね」
「っ…!」
やはり、母親には全部見抜かれていた。
「もぉ、すっごいわたし好み。
オンナの秘めておきたい部分がもぉ『これでもかっ』ってぐらい伝わってきて、同じオンナに生まれてきたこと懺悔したくなるぐらい。
フランツに聞かせたら墓から飛び出してきて、あなたの首を絞めにかかるか、頭を垂れるかのどちらかね。
まぁ、カレも身に覚えが二つ三つあるコだから後者の方が若干確率高いかな」
200年前の偉大な先人を元愛人の一人のように看做す発言の方こそ祟られても文句言えないほど不敬極まりない。しかし、かずさは罰を受ける罪人のようにうなだれて口をつぐむ。
そう、被告人かずさが全く弁明できないほど、今の演奏はどす黒い感情に満ちていた。
春希を奪った雪菜への嫉妬、自分を捨てて雪菜をとった春希への妄執
そして…春希を振り向かせる事が出来なかった自分への自己嫌悪
「熱心なのは結構だけど、あまり入れ込みすぎるんじゃないわよ」
曜子はそう言って練習スタジオから出て行った。
残されたかずさの口から嘆息とともに男の名が漏れる。
春希ぃ…
5年間付き合ってきた慕情を振り切ろうと決意したのが2ヶ月前。
しかし、心身の隅々まで根を張った感情から容易く免れることなどできるはずもなかった。
冬の終わりにはかずさ、春希、雪菜の3人が心重ねた一瞬があったが、春が来て夏が近づくにつれ、かずさ心の隙間から抑えきれない感情が滲み出てきた。
忘れるためにピアノを弾けば逆に、自分は今まで春希の事ばかり考えてピアノを弾いてきたのだと思い知らされた。
かずさのピアノはあたかも鏡のように容赦なく彼女の内面を映し出していた。彼女自身でどうにもならないほどに。
「やっぱり私、母親失格かも」
曜子は、閉じた練習スタジオのドアの向こうでため息交じりにつぶやいた。
「娘がつらい経験を重ねるたびにピアニストとしての艶を増していくのを見て…喜ばずにはいられないなんて かずさの怒声が、徐々に涙声まじりに変わってくる。
…仕事と恋愛、って昔からあるタームだけど。ここまで極端なのは、なあ。
確かに約束したよ?
「毎日、かずさの練習が終わるころの、20:00までには家に帰る。どうしても駄目なときは、必ず事前に連絡する」って。
でもお前…、たった数分も、待てないのかよ。
…喜んでる俺が、いっていいことじゃない、けど、な。
春希 「悪かった。本当に悪かった。いますぐ帰るから、な?」
かずさ 「…今から帰ったって、後、数十分はかかるじゃないか…。なんでそんなに待たされなきゃいけないんだ…。
20:00までに帰るって、絶対帰る、って約束、したのに…」
俺は、約束の内容が飛躍していることに苦笑する。
春希 「超特急で!超特急で帰るから!」
かずさ 「…やだ。待てない。あたしもそっち行く。どっか途中で落ち合って
春希 「馬鹿。そんなことしなくていい。約束破ったのは俺の方なんだから、お前は待っててくれればいいんだよ」
かずさ 「馬鹿はおまえの方だ。約束なんて、今日は、今は、どうだって、いい。…早く、早く会いたい、会いたいんだよ、春希」
春希 「…かずさ。ごめん、本当にごめん。でも待っててくれよ。今日はもうタクシーで帰るからさ。
…その間もずっと、お前の声を、聞いてるからさ」
かずさ 「…はるきぃ」
必要最小限の帰り支度を最速で済ませ、俺は事務所を出る。
かずさ 「…はるき」
春希 「…なんだ?かずさ」
かずさ 「…ごめんな」
春希 「何を謝ってんだよ。約束を破ったのは俺のほうだろ?」
かずさ 「…ほんとはさ、わかってるんだ。わかってるんだよ。おまえがさ、あたしのために頑張ってくれてるって」
春希 「…かずさ」
かずさ 「…でもさ、やっぱり駄目なんだよ、あたし。駄目なときがあるんだよ。お前があたしのこと愛してるって。あたしだけのこと、愛してるって信じられても、駄目なものは駄目なんだ。駄目なときは、もっと駄目なんだ。
…お前がそばにいてくれなきゃ、駄目、なんだよ」
春希 「…なんか、あったのか?」
かずさ 「…ううん、何もない。朝、お前の胸の中で目覚めて、お前と一緒に朝ごはん食べて、お前とキスして別れて、ピアノに向かってお前のこと考えて…
それだけ、それだけの、幸せな、一日だった」
…昼飯はどうした、って突っ込みたいところだったけど。他にも色々と言いたいことはあったけど。
俺の胸が満たされていることが、一番駄目なところだったから、何も言えなかった。
かずさ 「…お前が、約束を破ったこと、以外は」
春希 「…」
かずさ 「…春希ぃ、はるきぃ、はやく、はやく、あいたい、よお」
春希 「…ああ」
タクシーを呼びとめ、乗り込む。行き先を告げる。
熾火はもう、燃え盛っている。…十数分ほど、かずさに遅れをとって。
かずさ 「…春希ぃ、あたしを、不安にさせないでくれよ…」
春希 「…かずさ、…かずさ、ごめんな?」
かずさ 「信じてても、不安なんだよ…。一度それが出てきたら、もう駄目なんだよ…」
春希 「…今日は、いつもより、キスしよう?抱きしめあおう?」
かずさ 「…うん、…うん。」
春希 「…かずさ、俺も会いたい。お前に会いたい。いますぐに会いたい、よ」
かずさ 「…春希ぃ、…遅い、よ」
春希 「…そうだな。いつだって俺は、遅いよな」
かずさ 「…そうだよ、いつまでだって、春希は、足りない、足りないんだよ。全然、足りない」 開桜社NY支社にほど近いマンションの一室。
さすがマンハッタンにあるということもあって家賃が高い。
しかし、通勤時間を考えると会社に近いほうが便利ということもあって
小さいながらもマンハッタンに居を構えている。
その辺は、居住者たちの性格が反映されていた。
夕食というには、まだ早い時間。
しかし、朝食をとった時間を考えれば、・・・・・・、というか、
昼食をとった時間を考えれば、ほどよい時間といえる。
日本であっても、NYであっても、決まった時間に食事を取れることなんかない。
春希「麻理さん。もう少しで食事の準備ができますから、食器用意してもらえます?」
麻理「あぁわかった。こっちもきりがいいから、
・・・・って、もう少し待ってくれる?」
春希「いいですよ。そっちやっちゃってください。
食事の準備できましたら、呼びますから。」 5/10(月)冬馬宅地下練習スタジオにて
フランツ・リスト作曲、詩的で宗教的な調べより第10曲…Cantique d'amour『愛の賛歌』
かずさはそれを奏でたつもりだった。しかし…
奏で終わった途端に押しつぶされそうな罪悪感が彼女を襲った。罪悪感に重みがあったなら彼女の身体は鍵盤に叩きつけられて二度と起き上がることはなかっただろう。
ぱん、ぱん、ぱん…
練習スタジオ入口から曜子が拍手をしつつ入ってくる。その表情は笑顔に満ちていた。
「素晴らしい出来じゃない、かずさ。こんな演奏、わたしには逆立ちしてもできっこないわよ」
母親の言葉には痛烈な皮肉が混じっていた。
「わかっているよ、母さん。今の演奏は…」
弱々しい娘の口応えを遮るように曜子は追撃を続ける。
「ええ、出来は素晴らしいわよ。
賛否両論あるだろうけど、今の演奏は全盛期のわたしでも敵いっこない。
たぶん、ウィーンで値段をつけさせたら倍の値段がつくわよ。
フランツ・リスト作曲ザイン・ヴィゲンシュタイン侯爵夫人に献呈された詩的で宗教的な調べより第10曲…」
「もうやめてくれ。母さん…」
娘の懇願に耳を傾けることなく、母親はとどめの言葉を撃ちこむ。
「『愛の《怨嗟》』ってね」
「っ…!」
やはり、母親には全部見抜かれていた。
「もぉ、すっごいわたし好み。
オンナの秘めておきたい部分がもぉ『これでもかっ』ってぐらい伝わってきて、同じオンナに生まれてきたこと懺悔したくなるぐらい。
フランツに聞かせたら墓から飛び出してきて、あなたの首を絞めにかかるか、頭を垂れるかのどちらかね。
まぁ、カレも身に覚えが二つ三つあるコだから後者の方が若干確率高いかな」
200年前の偉大な先人を元愛人の一人のように看做す発言の方こそ祟られても文句言えないほど不敬極まりない。しかし、かずさは罰を受ける罪人のようにうなだれて口をつぐむ。
そう、被告人かずさが全く弁明できないほど、今の演奏はどす黒い感情に満ちていた。
春希を奪った雪菜への嫉妬、自分を捨てて雪菜をとった春希への妄執
そして…春希を振り向かせる事が出来なかった自分への自己嫌悪
「熱心なのは結構だけど、あまり入れ込みすぎるんじゃないわよ」
曜子はそう言って練習スタジオから出て行った。
残されたかずさの口から嘆息とともに男の名が漏れる。
春希ぃ…
5年間付き合ってきた慕情を振り切ろうと決意したのが2ヶ月前。
しかし、心身の隅々まで根を張った感情から容易く免れることなどできるはずもなかった。
冬の終わりにはかずさ、春希、雪菜の3人が心重ねた一瞬があったが、春が来て夏が近づくにつれ、かずさ心の隙間から抑えきれない感情が滲み出てきた。
忘れるためにピアノを弾けば逆に、自分は今まで春希の事ばかり考えてピアノを弾いてきたのだと思い知らされた。
かずさのピアノはあたかも鏡のように容赦なく彼女の内面を映し出していた。彼女自身でどうにもならないほどに。
「やっぱり私、母親失格かも」
曜子は、閉じた練習スタジオのドアの向こうでため息交じりにつぶやいた。
「娘がつらい経験を重ねるたびにピアニストとしての艶を増していくのを見て…喜ばずにはいられないなんて」 春希 「驚いたなぁ。かずさにそんな人がいたなんて」
曜子 「…あまり動揺してくれないのね」
かずさ 「こういう男だ。春希は」
春希 「いやいや。驚いていますよ。あんなに曜子さんに仕事漬けにされていた上に、俺たちと会ったときもそんな浮いた様子一つもありませんでしたから」
かずさ 「そんなの隠していたに決まってるじゃないか」
春希 「そりゃ、自分みたいなマスコミの記者に話すなんて日本全国に広めてくださいって言っているみたいなものだしな。
でも、祝福してくれる人もたくさんいると思うぞ。俺もそうだし」
かずさ 「そういう意味じゃない。ったく」
春希「?」
曜子 「…まあ、いいわ。ともかく、かずさが選んだ事だし。私みたいな趣味の悪い女がとやかく言える話じゃないわね」
春希 「それで、相手の人ってどんな人なんですか?」
かずさ 「橋本健二さん」
春希 「え、えと。どんな人かって質問なんだけど」
かずさ 「な!? お前はアホか?
なんで今を時めく若手ナンバーワンピアニストの健二さんを知らないんだ? 仮にも記者のはしっくれだろ? お前は!」
春希 「え、えーと。かずさに比べて特徴ない人だから…」
曜子 「おやおや。女王杯始め数々の賞を取った身長2m弱の巨漢の化け物ピアニストが『特徴ない』なんて、まぁ。
ま、胸の大きさなら私の娘も十分化け物級だけど」
かずさ 「健二さんを化け物呼ばわりするな。あの人はああ見えてそういうのすごく気にする人なんだ」
春希 「はは。無知ですいません」
曜子 「ま、ギター君はできないと自分で決めちゃった線からは本当に努力しないコだもんね。
ギターの腕にせよ、クラシック知識にせよ」
春希 「…返す言葉もありません」
かずさ 「ふん」
曜子 「ま、人間手の届かない才能目差した努力はしない方がいいわよ。
幸せにできるのはその手の届く人だけ。好きなだけ崇拝してるだけでは、2、3年は良くても結局5年10年はうまくいかないものよ」
かずさ 「ふん。とっかえひっかえした経験者の言葉かい?」
曜子 「ええ。だから、橋本さんとの縁は本当に歓迎しているわ。
あなたのような、ピアノだけのちょっといびつに育ってしまった娘を、その才能を、崇拝でもなく知識としてでもなく、同じ才能を持ち共に歩んで行ける存在として受け止めてくれる人と出会えたんだから」
かずさ 「ふふん♪」
春希 「良かったですね」
曜子 「おや? あなたの『良かった』は『フった女が幸せに収まりそうで良かった』の意味じゃなくて?」
春希 「ぐ…」
かずさ 「ちょっと! 母さん! それはやめろよ!」
曜子 「あらあら。ギター君、わかりやすい表情。ひょっとしてかずさがこの先独身だったらどうしようとか気に病んでくれてた?」
春希「……」
かずさ 「フフン。残念だったな」
春希 「い、いえ。…そ、そういえば、お二人の馴れ初めなど聞かせていただけると…」
曜子 「かずさの方からよ。もう、猛烈アタック。そうしなきゃダメって経験が生きたわね」
かずさ 「(赤面)ちょっと! 母さん!」
春希 「はは…普段のかずささんからはなんだか想像できませんね」
曜子 「冬馬家の女の性欲なめんな。男ナシで20代の盛りを乗り切れるワケないでしょ」
春希 「……」
かずさ 「…あんたの血を受け継いでこれほど後悔した日はないな」
曜子 「ま、そういうワケで。明日の記者会見までは口外禁止でね」
春希 「いえいえ。ありがとうございました」
曜子 「じゃ、またね」
かずさ 「またな、春希。…あ、そうだ。もうひとつだけ教えてやる。耳を貸せ。春希」
春希 「なんだい? かずさ」
かずさ 「(ゴニョゴニョ)」
春希 「…(がくっ)…そりゃ、向こうは身長2mで…(ぶつぶつ)」
かずさ 「じゃあな。春希」
曜子 「さっきギター君に何吹き込んだの? カレ、心へし折られたような表情してたわよ」
かずさ 「…いや、健二さんの方が大きくて固かったって」
曜子 「…えげつない子ね。さすが私の娘ね」
かずさ 「いや、自分でもえげつないと思うけど、あたしやっぱり母さんの娘だよ」 冬馬かずさ、急死
2月14日、ピアニストの冬馬かずさ(28)が現在活動拠点としているウィーンの病院で亡くなった。
1月末に行われた野外コンサート期間中に演奏を行ったことで体調を崩し、その後の活動の強行で肺炎を引き起こし、入院時には既に手術や投薬治療も間に合わない程弱っていたという。
彼女の所属する冬馬曜子オフィスでは、故人の葬儀をウィーンで行った後、遺骨を日本に送り、社長である故人の母冬馬曜子が引き取る流れになっているという。
冬馬かずさがウィーンでの活動を始めたのは……』
「申し訳ありません!」
北原春希がソファーにも腰掛けず、床に這いつくばるようにして深々と土下座を繰り返した。そんな春希を工藤美代子は向かいのソファーの後ろでただオロオロと見詰めているだけだった。
「あなたの責任じゃないわよ……春希君」
そしてその向かいのソファーに座っていた女性、冬馬曜子——今の春希の義母——は、思い掛けない形での五年ぶりの再会の場で、それこそ母親の眼差しと声で春希を優しく包み込んだ。
「でも、でも俺、あいつを、かずさを……」
「だからそれは、あなたの責任じゃない。あの子の自己責任よ」
「それだって、全部俺が背負うものだったのに。あいつの全てを守るはずだったのに」
「……そのことで、あの子はあなたに恨み言をぶつけた?」
ハッとしたかのように春希は顔を上げた。曜子の顔は娘を失った母親とは思えない程に穏やかだった。
『かずさ、しっかりしろ!』
『春希……情けない顔、するな』
『でもお前、このままじゃあ』
『何を勘違いしてるかは……知らないが、あたしは……幸せだったよ』
『過去形かよ!俺たちまだこれからじゃないのかよ!?』
『春希……ありがとうな』
『止めろ!そんな言葉、お前から聞きたくない!』
『……』
『……かずさ?』
『……あ、あ……』
『かずさぁ!』
「あなたが何もかも捨てて自分の側にいてくれたんだもの。あの子は幸せだったと思うわ、きっと」
「でも、俺はかずさを守れなかった。あいつを今以上に幸せにできなかった。
あいつが本当に幸せになる道を、永遠に閉ざしてしまった……」
向かい合ったソファーの間に置かれたテーブルの上、かずさの死が掲載された新聞が開かれている。既に日本でもこのことは公にされているのかと、春希の心は更なる重しに圧し掛かられた。
「でもありがとう。わたしはもうこんな身体だから、あなたがかずさの遺骨や遺品を持って来てくれて、正直感謝してる」
「……本当に、ごめんなさい」
「いいのよ。あの子だってきっと後悔はしていない。
むしろ、あなたに辛い思いをさせてしまってごめんなさい」 『冬馬かずさ、急死
2月14日、ピアニストの冬馬かずさ(28)が現在活動拠点としているウィーンの病院で亡くなった。
1月末に行われた野外コンサート期間中に演奏を行ったことで体調を崩し、その後の活動の強行で肺炎を引き起こし、入院時には既に手術や投薬治療も間に合わない程弱っていたという。
彼女の所属する冬馬曜子オフィスでは、故人の葬儀をウィーンで行った後、遺骨を日本に送り、社長である故人の母冬馬曜子が引き取る流れになっているという。
冬馬かずさがウィーンでの活動を始めたのは……』
「申し訳ありません!」
北原春希がソファーにも腰掛けず、床に這いつくばるようにして深々と土下座を繰り返した。そんな春希を工藤美代子は向かいのソファーの後ろでただオロオロと見詰めているだけだった。
「あなたの責任じゃないわよ……春希君」
そしてその向かいのソファーに座っていた女性、冬馬曜子――今の春希の義母――は、思い掛けない形での五年ぶりの再会の場で、それこそ母親の眼差しと声で春希を優しく包み込んだ。
「でも、でも俺、あいつを、かずさを……」
「だからそれは、あなたの責任じゃない。あの子の自己責任よ」
「それだって、全部俺が背負うものだったのに。あいつの全てを守るはずだったのに」
「……そのことで、あの子はあなたに恨み言をぶつけた?」
ハッとしたかのように春希は顔を上げた。曜子の顔は娘を失った母親とは思えない程に穏やかだった。
『かずさ、しっかりしろ!』
『春希……情けない顔、するな』
『でもお前、このままじゃあ』
『何を勘違いしてるかは……知らないが、あたしは……幸せだったよ』
『過去形かよ!俺たちまだこれからじゃないのかよ!?』
『春希……ありがとうな』
『止めろ!そんな言葉、お前から聞きたくない!』
『……』
『……かずさ?』
『……あ、あ……』
『かずさぁ!』
「あなたが何もかも捨てて自分の側にいてくれたんだもの。あの子は幸せだったと思うわ、きっと」
「でも、俺はかずさを守れなかった。あいつを今以上に幸せにできなかった。
あいつが本当に幸せになる道を、永遠に閉ざしてしまった……」
向かい合ったソファーの間に置かれたテーブルの上、かずさの死が掲載された新聞が開かれている。既に日本でもこのことは公にされているのかと、春希の心は更なる重しに圧し掛かられた。
「でもありがとう。わたしはもうこんな身体だから、あなたがかずさの遺骨や遺品を持って来てくれて、正直感謝してる」
「……本当に、ごめんなさい」
「いいのよ。あの子だってきっと後悔はしていない。
むしろ、あなたに辛い思いをさせてしまってごめんなさい」 ・クラクフ
春希「そんな訳で、ウィーンから離れても仕事がなかなか軌道に戻らなくて困ってます。西側ではもう仕事もらえないですし、東側でも続かないので苦しいです」
中年男「私もあちこち回ってるが、悪い噂が酷いな。曜子さんもやり方がやり方だったから恨みを持っていた者も多いしな」
・イタリア
評論家「なんだか今一瞬、耳鳴りがしたわね」
その友人「誰かが君の悪い噂をしているに違いないな」
評論家「なら、トウマの親子が一生耳鳴りに苦しむようにしてやらないとね」
友人「君も人が悪いね。ちょっと記事潰されたくらいで」
評論家「オトコに手を回されて、じゃなかったらここまで恨みはしないわよ!」
友人「おーこわ」
・再びクラクフ
春希「そういう訳でほとんど開店休業状態です。あまり営業に精を出しても通信費交通費で足が出るので」
中年男「そういう状態なら師事先探すのもままならないか。厳しいな」
春希「あの。すいません」
中年男「何だね?」
春希「あなたも若い折、苦労されたと聞いています。何かアドバイスを頂けたらと」
中年男「何かと言われてもな。確かに私も長い間苦労した。コンサートなんてなかなかありつけなくて、師事先への謝礼も滞りがちだったね。その…曜子さんからの支援とかでなんとかしのいでいた」
春希「(形は違えど自分たちと同じか…)」
中年男「あとは、金にはならなくてもとにかくどんな事でもやったな。子供相手の先生から老人会の慰問、さらには路上弾きまで。
これも曜子さんの勧めだったんだが…おかげで独りよがりな自分の演奏を見直すきっかけになったかな。
恥ずかしながら私も昔、曜子さんに『観客はあなたの腕自慢見に来た訳じゃない』なんて言われていてね。芸術家なんて世界狭いから、気をつけてないとすぐに視野の狭い独りよがりに陥る。
世界の多くの演奏家が、いや、巨匠と言われるような人間ほど自分より若い人間のレッスンを盛んに受けたりしているのもそのためだな。最新の流行や理論も貴重だが、俗に言う『いい音楽は密室で生まれ、いい演奏は劇場で生まれる』だ」
春希「 『いい音楽は密室で生まれ、いい演奏は劇場で生まれる』? 」
中年男「そうだ。音楽も想像からの産物だから、最初は狭い密室での想像から生まれる。芸術にはそういう閉じた世界が必要だ。しかし、それを演奏するとなると今度は相手の要る技術になる。そこには開いた世界が必要だ。
つまり…仕事がないからと引きこもっているのは演奏家には良くない。どんな仕事でも、仕事以外の理由でも良いから外に出してあげないと、とは思うね」
春希「……」
中年男「まあ、私もまだ修行の途上のヒヨッコだ。参考になったら嬉しいがね」
春希「いえ。どうもありがとうございました」 以下、最初の部分はベトナム語に翻訳してお楽しみください。
—冬馬曜子オフィス 欧州支部—
—時刻 19:47
春希 「…ですから、会場の手配、支払い等も含めて、必要経費は全てそちらでみていただけるというお話だったでしょう。最初の打ち合わせの際にもきっちりと確認させていただきましたし、契約書に添付されている実施計画書にも
明記されています。そもそも今回のコンサートはそちらからのごり押しが発端で、はっきりいって、弊社にも、弊社のタレントにおいてもうまみは多くないものなんですが?」
春希 「…ええ、結構ですよ。こんな初歩的な意思疎通も図れないようでは、弊社としては手を引かざるをえません。…弊社のタレントは、近々ロシアでの権威あるコンクールに出場し、少なくとも、入賞することを確信しております。
そうなれば、今回の件はますます無用、御社との関係も、はっきりいって不要ですので。…ではもう、よろしいですか?」
春希 「…ああ、そうですか。それでは、計画書通り進めるということでよろしいですね?…ええ、ええ。了解しました。それでは、コンサートに向け、万全の準備をお願いします。…ああ、後、今回の件で、弊社としては
御社に対して不信を抱かざるを得ません。実施準備について、今週末に報告書の提出を求めます。また、会場の設営に入った時点で、私自らが現場に入ります。そこで、ひとつでも弊社のタレントがコンサートを行うに
ふさわしくないと判断される要素があれば直ちに指摘させていただきますし、それが改善されないようであればその時点で手を引かせていただきます。もちろん、一切の保障は行いません。…それで、よろしいですね?」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています