二言三言の僅かな会話のやり取りに過ぎないが、北川にとっては大きな進歩だった。
そんな日々が続くうちに、段々と他の男たちは「空気を読む」訳ではないが、一人
また一人と減っていく。 香里とマンツーマンになる日の方が多くなり、ついには
それが日常になっていく。
香里は未だ自身の気持ちに気づけてはいない。 しかし名雪のみならず、この頃には
様子を見ているクラスメイトの誰もが、香里は北川を「特定の男」にしている・・・と
思い始めている。 いや普通は思う、そんな状態だった。
「ねえ、あなた名前は?」
「北川だよこの間教えてやって、やっとクラスメイトだったって認識してくれたじゃないか」
「違うわよ」
「えぇ、違うのかよ」
「そうじゃなくて・・・・・」
「?」
「下の名前は?」
「?・・・ああ、ファーストネームか」
「そうよ、なんて言うの?」
「潤だ」
「潤・・・ふ〜ん」
「呼んでくれるのか?」
「なわけ無いじゃない」
「じゃ、何で聞くんだよぉ〜」
ちょっと期待外れだった北川が肩を落としている様子を見ながら、香里は「そうね、
何で聞きたくなったのかしら?」と自身の行動に疑問符がついている。
ただちょっと北川の「ガッカリ」ぶりに罪悪感を感じた香里はこの後、こんな提案で誤魔化そう
と発言していた。
「美坂・・・じゃなくて、香里でいいわよ」
「ん?」
「だから私の事は、香里って呼び方でいいって言うの。 だからあなたの下の名前は知っておこう
と思ったのよ・・・私は呼ばないけど」
しょげていた北川は一瞬で復活し、頬に赤みが差し生気が漲る。
「香里」
「何?」
「香里」
「だから、何よ?」
「呼びたかっただけ」
「ちょっとぉ」
真剣に揶揄われたと思っている様子の香里を見ていた名雪は、「北川君、良かったんだけど
これから先、まだまだ大変そう」と思ってしまうのだった。