「はぁぁ、あーもう心臓が止まるかと思ったわよ」
「えぇ?香里ったらそんなに悪いの?」
「・・・なにバカな事言ってんのよ、さっきのアレよ」
「アレ?」
「わざとトボケているでしょ? もーイヤよ、ああいうのは」
「草津の湯?」
「それ以外に何があるって言うのよ!もう」
教室に残っているのも二人だけになり、夕日に染まった教室で話す名雪と香里。
香里にしては珍しく、机の上にちょっと行儀悪く腰かけながら不平を漏らす。
「まさか意味を知らないとは思わなかったよぅ」と名雪。
「良かったのよ! 私の心の準備ってものがあるでしょ?」
「怒ってる?」
「ん・・・まぁ、結果オーライで時間も稼げそうだしいいけどね」
「明日からは、香里からアプローチしなきゃね」
「うぅ・・・・・ダイジョブかしら、私」
あの会話がなされた時はまだ放課後になったばかりで、当然に名雪の言葉の意味を
解したクラスメイトもいただろう・・・祐一みたいに。
香里が名雪にしていた「外堀から埋める」という格好が自分になされている、それを
感じて香里は、やや諦めた表情で明日からの北川への対応は「どうすれば・・・」
とまた考え始めていた。
「ちなみに香里、その机って北川君の机だよ」
「え・・・?」
「だからぁその机・・・」
名雪が言い終わる前に香里はピョンっと机上から降りて、また鼻先から上を朱に染める。
「うわわ、香里ったらすっかり恋する乙女だね」
「・・・・・」
反論することなく、机の上を掌で拭くような仕草をした後にソソクサと自分の席に
座り直す香里。
「何やってんの?」
「北川君がこの机で寝たら・・・あの、その・・・私の匂い、嗅がれちゃうじゃない」
「臭いじゃなくて?」
「・・・・・・・な〜ゆ〜き〜〜〜」
香里は名雪のほっぺたを両方つまんで、容赦なく引っ張り上げる。
「いひゃい、いひゃいよ〜かほひ〜」
名雪は悲鳴を上げる、それくらいに容赦がなかった。 自身の事を顧みて、恋する乙女を
揶揄った事を激しく後悔する名雪だった。
(あ、しまったやり過ぎた・・・)と香里が我に返る位だから、痛かっただろう。
半泣きになってしまった名雪を今度は香里がなだめて、落ち着いてから二人家路についた。